<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


天球儀は海を指すT −白と黒−

□オープニング□

 太陽の光を何かが遮った。ちらつく視界に、フェンリーは空を見上げた。
「鳥……?」
 彼女の視線を横切り、クルリと輪を描いて岩に舞い降りたのは、黒い羽が美しい大鷲。高く長い声で、フェンリーを呼ぶように鳴いている。
「――、ヨカ…」
 忘れるはずもない獣。――それは兄弟子シュウ=ホウメイの聖獣であった。
 フェンリー・ロウはクレストの森で、リレン師をしている。リレン師とは、老木が周囲に呪詛を与える病「レン」を発病することがあり、これを治療する者を指す。
 フェンリーが近づくのを待っている黒鷲。大きく広げられた黒い翼の先には、光り輝く宝珠のように白い斑点が列をなして並んでいる。
 そっと足に付けられた銅筒を開いた。
『急ぎ、来られたし。「レン」を闇へと誘う者よ』
 そう、懐かしい字で書かれてあった。余程急いでいたのか、語尾は乱れている。顎に指を当て視線を泳がせた。手もとの銅筒を見つめる。皮羊紙は取り出したはずなのに、まだ少し重い。異音に気づいて筒をひっくり返すと、手の中に小さな赤い石が落ちた。
「やだ……相変わらずなんだわ」
 そっと呟いて、ヨカの眉間を撫でると、急いで使い掛けた鉱石加工の道具をしまった。
 そして、白山羊亭のドアを開けたのだった。

 海に行かねばならない。
 この大陸に存在するリレン師は数えるほど。兄弟子シュウも、遥か遠方の海岸沿いに暮らしている。確かに街道はその町、グラーダに繋がっている。だが、のんびり馬車で街道を行くことなどできない。
 事は速さを要する――。
「そんな危険なルートを通るの!?」
 ルディアが店中に響き渡る声で叫んだ。昼の混雑も一段落して客は少なかったが、どの顔も可愛いウェイトレスを驚いた顔で見つめている。
「ええ。リスクを負ってでも、急がねばならないから……」
 本来シュウは人を頼ることを嫌う。師匠ならまだしも、妹弟子に手を貸すよう頼むなど、余程のことに違いなかった。
 フェンリーは手にした天球儀を机に置いた。
 半円状の闇の中に、小さな光が点滅している。ざわついた店内と対象的に、どこまでも静かな世界を映し出しているかのように――。

□葉の下に集う――エーアハルト+アンセルム+レベッカ+シェアラウィーセ

 薄青のテーブルクロス上に、暗黒とまばらに光る星を映した半球体。
 白山羊亭のドアを開けたレベッカは、それに釘づけになった。工房にこもって宝飾の依頼作成ばかりしている少女にしては、珍しい来訪である。更に稀事と言えるのは、困っている女性――フェンリーに興味を持ったことだった。
 マスターに来客へ品物を渡してくれるよう頼みつつも、レベッカの耳は自然彼女を取り巻く会話に集中していた。
「僕にお供をさせて頂きたいのですが」
 声が掛かった。フェリーの振り向いた先にいたのは、先日行われたジェンカの祭りで知り合いとなった青年騎士。
「これはアンセルムさん……ご主人様は一緒ではないのですか?」
「ええ、でもすぐ近くのバーでお休み中ですから」
 その言葉にフェンリーが緊張で強張った頬を緩める。金髪の遊覧好きの公子は、また美酒でも探しているのかもしれないと心のなかで笑った。
「僕が同行してもよろしいですか?」
「ありがとうございます……。とても危険な航路なので申し訳ないのですけど……」
「いいえ、そのように眉根をひそめられている姿は、見るに絶えられませんから。それに、エーアハルト様も同行を希望されると思いますし」
「うふふ、私でもわかるような気がしますわ」
 アンセルムの言葉にフェンリーは安堵の表情を浮かべた。行くと言ってはみたものの、自分の力のみで行動できないことに不安が大きかったのだろう。ようやく、肩に入っていた力が抜けたようだった。
「今回のことはレンと関係があるのでしょうか? ――あ、他言無用ならば聞き流して下さい」
「……私にもよく状況は分からないのです。ただ、今から向かうグラータ゛に大きな厄災が発生しているとだけ」
「樹木の病、レンを治療するリレン師の力が必要、ということなのですね」
 フェンリーが頷いた。様子を見ていたレベッカは聞きなれない職業に、ますます興味を持った。探求心と向上心を強く持つ少女らしい反応だと言える。未知なるものは、既知に。無知では生きる価値もない――そう育てられたから。今は亡き両親に。
 フェンリーの持つ独特な雰囲気は、この見知らぬ職業のためなのかもしれないと、レベッカは思った。
 そして、彼女の手元にある天球儀に自分の姿を映し込んだ。「わたしも行きます」と。
 
 この時、稀代の織物師で納品の帰りに立ち寄った、シェアラウィーセの姿も店内にあった。
 お節介焼きのルディアのいる店では、このような冒険へのいざないなど日常茶飯事だったが、珍しく深刻な雰囲気に、足元まで伸びた黒髪を揺らして足を止めた。奥の席へと行くをやめ、騎士らしい青年と厳しい表情の少女、依頼主らしい女性を観察する。彼女の手にしている天球儀には見覚えがあった。それに、どこかでこの依頼主を見た気がしたのだ。不老となった現在、記憶はあり過ぎて困るほどある。最近の断片の中に、フェンリーと呼ばれるリレン師の顔を探した。
「ああ、あの少女か……」
 まだ幼いフェンリーを、訪れたリレン師の下で見たことがあったのだ。
「修行中だった幼子が、こんなにも大きくなったか」
 懐かしい気持ちと、自分の時間の流れがはっきりと人のそれとは違うのだと、痛感してシェアラウィーセは苦笑した。まだ、こんな感情を持っていたとは。神すら気づきはしなかったのに。
 レベッカが参加したばかりの席に近づいた。
「私で良ければ付き合うが……?」
 フェンリーの成長を見届けると共に、彼女の窮地を助けるため参加することを心に決めたのだった。

                               +

 ルディアに丁重に礼を述べると、フェンリー一向は店を後にした。無論、旅支度をするため。危険な旅ならではの用意も必要となるだろう。
「急ぐ気持ちも分かるが、焦って危険増やすようではいけない。準備に時間をもらうよ」
「分かりました。二手に別れましょう。用品の買出しは、お2人に頼んでもいいですか?」
「承知した。レベッカ行くぞ」
「あ、待って…シェアラさん、どこに行くんですか!?」
 オリーブ色ドレスとブーツ姿を翻して、レベッカは既に歩き始めているシェアラウィーセの後を追った。
「フェンリーさんは、僕とご同行願えますか? エーアハルト様をお迎えに参りますので」
「ええ、私からもお願いせねばなりませんから」
 遠ざかっていく女性2人に背を向けて、アルマ通りを北へと向かった。その先にある「占星酒華」は珍しくも美しい酒を饗する店。行き先など聞いてはいないが、少し彼を見知った人ならば軽事――幼少より敬愛し仕えてきたアンセルムにとっては尚更だった。酒と華を愛で、世界の終焉と人生の空しさを語るのが好きな青年公子の趣向する店を探すことなどは。
「エーアハルト様、ここにおいででしたか。フェンリーさんをお連れしました」
「美酒は心を彩る。貴方もどうですか、お嬢さん」
 奥座のゆったりとしたソファに腰掛けていた青年が立ちあがった。丁寧に差し出されたグラスを遮ったフェンリーに向かって、甲にある十字傷にくちづけつつエーアハルトは微笑した。
「手にしているのは、天球儀……か?」
「ご存知なのです? これは行く先と未来を星が示すモノ」
「なるほど、これがそうか……噂には聞いたが見るのは初めてだな」
 金髪が美しい青年の頬が緩んだ。アンセルムは機会を逃さない。気分の良い時にこそ願いは聞き入れられるものだ。
「実はフェンリーさんはグラーダへ行かねばならないのだそうです。僕はその旅に同行するつもりでおります。休暇を申し出てもよろしいでしょうか?」
「許可しよう――もちろん僕も行くが、異論はないな」
「はい!!」
 顎に右手をあてて、エーアハルトはこれから始まる楽しそうな出来事に笑みを絶やさないでいる。アンセルムも主人の言葉を予想していたのだろう、即答して笑顔を見せた。危険である――とは、最後まで言わなかった。言ったところで彼の答えが変わることのないことを、彼に従属する騎士は充分に承知していた。

                                +

「ここですか?」
「アルマ通りでは手に入りにくいのでな」
 レベッカとシェアラウィーセはベルファ通りまできていた。専門的な店が建ち並び、冒険者達が行き交っている。
 魔法系の物品が揃う店のドアを開けた。
「そのユージスロッドと、傷薬を箱ごともらえるか?」
「じゃあ、私はその船の手引書を下さい」
「ほれ、ロッドと薬だ。嬢ちゃんこの本かい?」
 口髭たっぷりの店主がシェアラウィーセに品物を渡して、レベッカの頷きに顔をしかめた。
「こりゃ売りモンじゃないんだ。それに、こんなモン買ってどうすんだい? 見たところこれから冒険にでも行くんだろうが?」
「どう使うかなんて、わたしの勝手だわ! それより、売ってくれるのどうなの!?」
「だから、売りモンじゃねぇって言ったじゃねぇか!!」
 感情が先に立ってしまっているレベッカを押さえて、シェアラウィーセが口を挟んだ。
「それは店主に必要なものか? 飾っておくだけならば、本も読み手を探して化けて出るやもしれんぞ」
「まさか……」
「いや、私は亜人だ。無知と思うか?」
 亜人――人を超越して不死となった者。冒険者相手に商いをしている人物が知らぬわけがない。店主は一気に青くなると、古びた本をレベッカに放った。
「船の名手、レグドラドが書いたって代物だ。大事に使えよ」
 2人は店を出た。手にした本をレベッカが歩きながら読んでいる。
「読んでどうするつもりだ?」
「理解します。構造を頭にいれて動きを予想する――それだけでも物事を操ることは簡単になりますから。錬金術を扱う者として当然の事なんです」
「ふむ、なるほど」
 シェアラウィーセは紺色のアオザイの裾から、先ほど買ったロッドを取り出した。三つ爪に掌位のアメジストの球体が付いている身長よりも少し短めの黒い枝。シンプルな造作だが彼女が持つと幻想的に見えた。それはやはり亜人としての高貴で落ちついた雰囲気によるものなのだろう。
 レベッカは感心のため息をついた。


□大いなる指先――エーアハルト+アンセルム+レベッカ+シェアラウィーセ

 エーアハルトの用意した船は激流で名高いジトフ河の水上にあった。滅多なことでは熟練者以外乗せない船としても有名だった。
「貴族が乗るなんて……」
 レベッカは唇を噛んだ。錬金術の生み出す価値ある物――それに魅了され、独盃したいと考えた貴族によって両親は殺された。吐き気がするほど嫌いな人種と同席せねばならない事態に、少女の心は雲っていた。だが、生真面目で頑固な性格とフェンリーの困る顔を見たくないという思いが強く、下船することはなかった。
「まさに冒険日和というわけだな。危険を孕んでいればいるほど、楽しみも増えるというわけか」
 嫌でも耳に入るエーアハルトの笑いにイライラは募るばかりだった。第一印象も最悪。いきなりレベッカの手を取って口付けたのだから当然とも言える。
「皆さん、ありがとうございます……。危険を承知で助けて下さって」
 フェンリーの言葉が乗船している一行を和ませた。樹木という自然を相手にしているからか、彼女の放つ空気は癒しに近いものがあった。アンセルムが船室に入っているよう促したのだが、フェンリーは聞き入れなかった。
「私がグラーダに行ったことがあれば、転移魔法が使えたのだが……あれは、座標が分かっていないと発動できぬのだ」
「そんな、こうして同行して下さっただけでも感謝しきりれませんわ」
 フェンリーの若草色ドレスが風を受けて舞う。同系色の瞳が申し訳なさそうに瞼の下に隠れた。シェアラウィーセは昔を懐かしく感じる時間を得て、嬉しく思った。
 河幅が狭い部分もあるため、船は大きいとは言えない。甲板に5人もいると、手狭な感じすらした。
 その中、レベッカはこの船を理解しようと購入した本を読み、船室から動力部まで歩きまわっている。それを見てエーアハルトが「意味のないことが好きだな」と笑い、レベッカの彼に対する印象は悪くなる一方。シェアラウィーセは壁に近い場所に目を閉じ静かに佇んでいた。時折、ロッドを八方に向けて円を描く仕草をしている。
「エーアハルト様、それくらいにされては……? フェンリーさん、どのくらいで着けば良いのですか?」
 アンセルムは主人の行き過ぎた愚言をたしなめた。レベッカが憮然した表情を貼りつかせている。だが、エーアハルトの言動がこの旅とその先に待つモノに暗色を示しているフェンリーから、その色味を消し去ろうとするためだと知っていた。人一倍気を使う人であるのに、それを見せたくないのだということも。
「兄弟子シュウの手紙にこれが入っていたのです」
 腰につけていた皮袋から取り出したのは、赤い鉱石だった。
「不吉を意味する石『ユルス』です。彼は昔から、石に意味を持たせることが好きでしたから」
「だから急務だと?」
「個人を大事にする彼が私に頼むとすれば、おそらく……」
 フェンリーが眉をひそめて空を見上げた。虎視した青天井には白と黒の鷲が乱舞しながら、船についてきていている姿があった。

 危険区域が近づいていると船長が叫んだ。
「キミは船室が似合うと思うが?」
「どうしてよ! 話し掛けないでって言ったはずだわ。わたし、絶対入らないから!!」
 さしたる力もないような貴族が外にいるのに、ひとり安全な場所にいるのが癪だった。アンセルムはフェンリーを支えるようと背後に回った。
 激しい揺れと迫り来る崖と大きな岩。
 船員が動き回る。流れは更に激しさを増す。水しぶきが塊ごと甲板を濡らし、船底が不気味な低音を響かせた。景色は飛び去る。緑と土色だけが目に飛び込んでくる。風が渦巻き、湿気を吹くんで体にまとわりついて離れない。
「クソッ! 大雨で岩が落下してやがる!!」
 流れが変わっていた。熟知したルートでなくなった。船は急激にコントロールを失った。辛うじて岩をかわす。
「キャッ!! い、石が、『ユルス』が!!」
 激流の凄まじさに、フェンリーの手から赤く光る石が甲板に転がった。
「危険です! フェンリーさん!」
 アンセルムが拾おうと倒れ込む彼女の腕を掴んだ。
 ――その瞬間。
 河幅ほどの巨大な岩が目前に見えた。舵取りで処理できる角度大きさ、距離ではない。

 激突する!!

 誰もがそう思った時、エーアハルトのエーデルルードが発動した。
 赤く充血する瞳。指の間から見える限りの人を抱えて、青年は飛んだ。高貴なる赤と呼ばれる異質の力。思い描く場所に移転する能力。彼の見つめる先は崖の上。緑の広がる空間だった。
 舞い上がっていく視界に、船に残ったシェアラウィーセの姿。
「シェ、シェアラさん!! 待って、止まりなさいよ!」
 レベッカが腰を抱く腕を振り解くこうともがいた。エーアハルトの白い腕はそれを許すはずもない。
 駄目、か――。
 惨劇のカーテンコールなど見たくない。レベッカは目をきつく閉じた。

「シェアラウィーセ参る」
 轟音で消された声。囁きにも似た響きは力に変わる。
 岩に叩きつけられようとした瞬間、船が大きなオーラに包まれた。透明な膜を思わせる虹色に光る力。船は岩の上を通り抜け、球体の中心に浮かんでいた。水面からずっと離れた場所を浮遊している。
「素晴らしい魔法を持っている方だったのですね」
 フェンリーが安堵の声と共に、感嘆の言葉を零した。その声にレベッカが目を開けた。瞳に僅かに微笑むシェアラの姿が映る。尊敬できる母親のような師匠のような、彼女への思慕の感情。止めど無く湧きあがってくるのをレベッカは止めることができなかった。

 エーアハルトの力で、一旦降り立った草原から船へと戻った。既に着水している甲板は水すらも乾いている様子。
「あの……」
「はい、なんでしょう」
 主人の活躍に満足そうな笑みを浮かべたアンセルムの耳傍。声に反応して振り向くと、フェンリーが頬を淡く染めて視線を落した。
「あの、手…手を離してもらえます……か?」
「は?」
 見下ろした先に香る黒髪。「なぜ間近に?」と思って視線を更に下ろす。目にした事実にアンセルムは顔色を無くした。
「す、すいません!!」
「いえ、いいんです……急場でしたから」
 青年の失った顔色に朱色が色づく。
 アンセルムはエーデルルードに引かれる瞬間、フェンリーの腰を後ろから抱きしめていたのだ。それを降り立った後でも離すのを忘れていたようだ。互いに視線を甲板の板目に落して、固まってしまったのであった。
 それを横目で眺めつつ、エーアハルトがシェアラウィーセに表敬の言葉を述べた。人を誉めることのない彼にとって非常に珍しいことだ。
「才能は隠してこそ価値があるもの。それを実践されるとは」
「私は大いなる指先に従ったまで。自然の摂理に順じて、私達はその手の中で転がされているのだからな」
 金髪の青年は微笑した。
「キミとは意見が合いそうだ」
「それは光栄」
 シェアラウィーセは僅かに口の端を上げ、返答した。
 レベッカは不機嫌だった。自分が助かったのがあの貴族のおかげだからだった。口も聞きたくないと思っていたが、礼をしなければ気が済まない。借りを作ったようで面白くないのだ。
 シェアラウィーセと話し終わった彼を捕まえる。腕を掴んだら、眉間に皺を寄せた。
「何よ! 怪我してるじゃない!!」
 白いタキシードが破れ、腕に赤い傷が出来ていた。抱え飛んだ時に岩の破片でもかすったのかもしれない。
 傷箱を探したが、他にも怪我をした船員がいてそこに出回っていた。
「こんなものは放っておけばいい」
「駄目よ!! すり傷こそ、壊疽になりやすいんだからね!」
 レベッカは胸のリボンを引き抜いた。甲板に置いたそれに両手を重ねる。
「天地の御名において、同等のものは同等に、透過を違え我の思考に準じよ!」
 黒いリボンが光りを放つ。銀色の輝きの中にその姿が消え、眩しさが失われた時、レベッカの手の下にあったのは、真っ白い包帯だった。
「錬金術師か……珍しい型だな」
「アリューゼル家独特のものよ。その辺の錬金術と一緒にしないで欲しいわ」
 純白の包帯が傷跡を隠していく。手際の良さが冴える。
「ありがとう、だなんて言わないでよ!」
 口を開きかけていたエーアハルトは出鼻を挫かれた。この世に生を受けて初めて、目を丸くして閉口したのだった。

 
□至極の一杯

 到着したグラーダは、活気のある漁港だった。
 潮の香りと、市場から聞こえてくる威勢の良い掛け声。フェンリーが背負っている不安を微塵も感じさせない街の様子に、同行者は一様の安堵をみた。急がねばならない旅なのだろうけれど、第一関門が無事終了したことは肩の力を抜かせるのに充分だったのだ。本来の街道でここまで来ていたなら、あと5日はかかる。今回は正味2日で到着していた。
「皆で、休みを取ろう。紅茶などいかがかな?」
「僕が美味しい店を調べてきますので」
 全員が頷かない内にアンセルムは案内してくれるという婦人を連れてきた。
「貴族のすることは分からないわ」
 と、レベッカは呆れたが、素直にお茶を楽しんだ。

 フェンリーにはこれから何が待っているというのだろうか?
 漠然とした不安が彼女を覆っている。僅かに見せた笑顔がしっかりと道の先を見据えていた。
 一行は別れた。
 白と黒の翼を従えて、遠ざかっていくリレン師の背中。彼女の足が向かう小さな森から、鳥が南へと飛び去っていく。
 それぞれの想いのままに、見えなくなるまで見つめ続けた。


□END□


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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+ 1113 / エーアハルト・ヴェルフェン / 男 / 21 / 公子(貴族) +
+ 1141 / アンセルム・ハルワタート  / 男 / 18 / 騎士      +
+ 1525 / レベッカ・アリューゼル    / 女 / 17 / 工房技師   +
+ 1514 / シェアラウィーセ・オーキッド/ 女 / 184 / 織物師     +

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございますvv ライターの杜野天音です。
 かなり長い作品になりましたが、個別部分はあえて作りませんでした。趣向が絡み合い、メインのストーリーを作るのが一番大変でした。
 さて、いかがだったでしょうか?
 レベッカはすごく普通の女の子で、ファンタジーを書く上で驚いてくれる子がいるというのは、とても助かります。言動も素直でとても魅力的でした。またどこかで彼女が活躍する姿を書きたいなぁと思いました。