<PCクエストノベル(1人)>
水の面に沈く華のいろ
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【冒険者一覧】
【整理番号 / 名前 / クラス】
【 1378 / フィセル・クゥ・レイシズ / 魔法剣士 】
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▼1.
フィセル:「さて、どうするか……」
ルクエンドの地下水脈に入ってうろつくこと早五時間。フィセル・クゥ・レイシズはいい加減途方に暮れていた。
事の始まりは数日前、偶然耳にしたこの場所の噂話だ。曰く、“ルクエンドの地下水脈の通路の一つは、異界へ通じているらしい”のだと。文字通りすれ違い様に会話が聞こえてきただけの話だったが、何故だかその話にとても興味を覚えた。“異界”という言葉自体に惹かれたのかも知れなかった。
フィセルはこの世界に来てあまり時間の経っていない―――いわば、新参者のようなものだ。それでも早く慣れようと白山羊亭などに足を運んでみると、どうもこの世界は冒険が一種のステータスになっているようで、皆何処かしらの噂話をもとに足を運んでは、そこでの冒険談を土産に持って帰ってくる。例え徒労に終わったとしても、とても誇らしげに、楽しそうに、酒を飲みつつ話をしているのだ。フィセルはまだ冒険をしたことがない。しかし、そんな者たちの話を聞いて少しは冒険というものに憧れに近い気持ちを抱いているのは確かだった。
異界に興味を覚えた上にそんな事情も手伝って、フィセルはでは自分も冒険をしてみようという気になったのだった。
一人なので気軽に準備して、妹のスティラに挨拶をしてルクエンドの地下水脈へと向かう。入り口は噂通り何処が入り口ともつかなかったので、もう何処でも一緒だろうと腹を括ってとにかく入ってみた。入り口にも一応印をつけておく。以前ここに来た人の話を事前に聞いていたので、松明と地図を書く用意も忘れずに。
準備万端だと思っていたのだが、世の中そんな甘くはないらしい。中はまるで迷路のようで、しかも真っ暗だから距離感と方向が掴めない。一応地図を書きつつ印もつけつつ進んでいるのだが、知らぬうちに通路がカーブになっていていつの間にか元の場所に戻っていたりする。かと思えば、五つくらいの分かれ道になっている場合もある。流石は地下、細い通路に潜り込んでみたら何百羽という数の蝙蝠が羽ばたいてフィセルの方へ向かってきたこともあった。異界へと通じるどころか、確かに存在する筈の海や湖にすら出ない。
今はちょうど開けた場所に出たと思ったら、またしても色んな通路への分かれ道に出くわしたのだった。中は鍾乳洞のようになっていて、奥に続いているのかただの穴なのかそれすらも判断がつかない。いつもの彼のお決まりの台詞が出たのも、仕方のないことだと云える。
フィセル:「異界か……」
それはどんなものだろう。
異なる世界なのだから、ここと価値観なども全く違っているのだろうか。もっと様々な技術が進んでいるかも知れないし、逆に生き物もほとんどいないような世界かもしれない。
それを考えると、少しわくわくしてくる。それを糧に、フィセルはもう少し頑張ってみようと己を奮い立たせた。
▼2.
何処か遠くで水の音がするから、どれかの通路が海か湖に通じているのは確かだろうと思う。
今出てきた通路の入り口に印をつけ、水音が強いような気がする通路から順に入ってゆく。異界への興味は未だ薄れないが、湖を見つけたらもう魚でも釣って帰れば良いかという気にもなってきた。この調子ではまた出口に向かうまでも大変そうだ。
いくつかの通路を出たり入ったりして、フィセルはとうとう手ごたえを感じた。その通路は他の通路に比べれば大分奥まで続いていて、進むにつれて水音が強くなってきている。足元に気をつけつつ前を見据えると、松明の明かりの向こうに、闇が口を開けて待っていた。ぽっかりと穴が開いたようになその出口は真っ暗で、その先には何も見えない。
フィセル:(とうとう異界への入り口に辿り着いたのだろうか―――)
その先に何が待っているのか、ほんの少しの距離がもどかしいまでに待ち焦がれて奥へと進むと、果たして、そこにあったのは闇の中に広がる地底湖だった。
フィセル:「これは……」
フィセルの出てきた出口が暗かったのは、それが少し高い場所にあるからだ。その下は危険ではない程度の傾斜の崖になっていて、下に湖が広がっている。異界に通じていないのは少し残念ではあるが、その光景のあまりの美しさにフィセルは言葉を失った。
暗闇の中である筈なのに、何かが発光源になっているのか、その水面はキラキラと煌めいていた。広いとは言っても向こう岸も肉眼で確認できる程度だったが、周囲までその光を反射して煌めいているものだから辺りは幻想的な雰囲気に包まれていた。
これだけの光が他の場所まで届かないということは、もしやこの場所こそが異界なのではないかと思ったが、光ってさえいなければ今までの景色と大して変わってはいないようだ。
フィセル:「まさかこんな場所で美しい景色に出遭えるとは思わなかったな……」
フィセルは逸る気持ちを抑えて崖を降りた。眼前に広がるのは、閉ざされた空間だ。
充分満足だ、と思う。もし異界を見つけても今は一人だし、何か証拠になるものでも見つけて帰ろうと思っていたから、この美しい景色に出遭えただけでも充分来た甲斐はあったように感じる。
これ以上歩き回ってもあまり成果があるように思えない、というのも本音だ。運良くも先ほどからぱしゃぱしゃと魚が跳ねているようだから、妹のために魚でも釣って帰ろうかと思った。この世界も悪くない。
もともと海や湖はあると聞いていたから、そのつもりで用意してきた釣竿をぱぱっと用意して、座れそうな平らな岩を探して腰を掛ける。糸を吊るして落ち着くと、今一度フィセルは確かめるように辺りを見回した。
フィセル:(水草が光っているのだろうか?)
どうもそのぼうっとした幻想的な光は、水中が大元のようだ。そう云えば光を放つ苔があったような気がするななんて考えていると、釣り糸の先に何かが引っかかったような気がした。
手ごたえが何となく魚ではないな、と思いつつ引き上げると、そこにあったのは予想通り魚ではなく花だった。しかし、ただの花ではない。幽かな光を放っていたのである。よく見てみようと松明の光を当ててみたら、しかしその光はすぐに消えてしまった。松明の光の元なのでよく判らないが、どうやら赤い色をしているようである。
まさかこの花が光っているお蔭で湖が光って見えるのだろうか、と考えたフィセルは松明を脇に置いて水の中を覗きこんでいた。
そこにあったのは―――まさしく、一つの“世界”だった。
▼3.
さきほど引き上げたのと同じ花が水底のあちこちで淡い光を放っていて、驚くほど澄み切った湖の中は暗い中にあってもよく見えた。どんなに目を凝らしてみても、そこにあるのは間違いなく街である。
フィセル:「水中都市か?」
中を優雅に泳ぐ魚も見える。しかし、良く良く考えてみれば一つの街があるほどこの湖が広いとは思えない。そう思ったフィセルははっとした。
フィセル:「まさか……異界が写し出されているのか!?」
咄嗟に釣り竿を掴んで、水の中を探るように水面に突き刺す。すると、フィセルの想像通りその街の姿はゆらゆらと揺れて、竿は何物にも触れることなくすぐに水底についた。
フィセル:「間違いない……この湖こそが、異界へと通じているのだ」
その街は水の揺れが収まると共に徐々に元の姿を取り戻していった。地底湖に写しだされる異界の姿は、また何とも美しい。この世界とは少し違う建物が連なっている。云ってみればこの湖は二つの世界を遮る鏡だ。そしてきっと、光る花は道標なのだろう。今まで噂のままだったのは、もしこの湖を見つけた者がいたとしても中を覗き込む者まではいなかったためであろう。魚を釣ろうとしたのがフィセルにとって良かったらしい。
美しい湖を見つけた上、目的も達成できた。フィセルとしてはもちろん大満足の結果だ。
しかし、この異界の証拠になるものとは何だろうと思うと、フィセルはひどく困ってしまった。いくら異界への入り口が判ったとは言え、水の中に飛び込めば異界へ行けるとは限らない。そうでなくとも水の中に飛び込む気はない。しかしそうすると、異界のものを持ち帰ることは出来ない。残りはこの不思議な光る花くらいだが、松明の光を当てるとその輝きを失ってしまうこの花が、外に出ても不思議なままでいられるのかどうかは疑問である。
フィセル:「やはり、魚を釣って帰るか」
他の連中は判らないが、妹のスティラならばきっと笑いながらも信じてくれる。この美しい風景の記憶と、その妹の笑顔さえあればフィセルはこの先も冒険を続けていけるような気がした。
暗闇の中光る花は、フィセルの荷物の中で未だその光を失わずに幽かな光を放ち続けている。
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