<PCシチュエーションノベル(ツイン)>
夜光虫の舞戯
星屑の雫が散りばめられたような宵闇の帳。
束の間の凪の刻に、夜光虫たちがその舞を始める。
そんな光景を窓から眺めているのは、珀金の髪の貴人…。
某国の公子たるエーアハルト・ヴェルフェンその人である。
自らも燐を纏うような彼の淡く影を帯びた容姿は、掴まえていなければ夜光虫の舞に混じってしまいそうなほど儚いものに感じられる。
「美しいな…。」
外に瞳を向けたまま、エーアハルトは溜息をつくような囁きを漏らした。
「は、何かおっしゃいましたでしょうか?」
そんな微かな呟きを耳に捕らえたのは、他ならぬアンセルム・ハルワタート。
公子直属の騎士となった時より、主人たるエーアハルトのためだけに存在するといっても過言ではないほど、その忠義は厚く深い。
アンセルムは、今この刻もエーアハルトのための香草茶を青磁の器に注いでいた。
古き良き時代の風を染みこませたような趣深い骨董家具と、それを優しく包みこむように柔らかな硝子灯の光。
その部屋に溶け込んでいながら、その一切と交わらぬように厭世的な主人・エーアハルト。
窓辺で物思いに耽るエーアハルトから視線を逸らすことなく、アンセルムは答えを待つ。
「美しい、と言ったんだよ。
この夜光虫たちの無邪気な舞戯に、僕も加わってしまえればどれほど良いかとね。」
まるで、魂が夜光虫たちに捕らわれてしまったようなエーアハルトは、窓の外を見つめたまま抑揚のないぼんやりとした声で答える。
そんな主人の幼い頃からの悪い癖…この世を忌むような答えに、アンセルムは香草茶を注ぐ手を止めると、どこまでも生真面目なその性格で引き留めようとする。
「ご冗談をおっしゃらないで下さい。
エーアハルト様を失ってしまうことになったら、僕は…。」
その言葉に、エーアハルトはふっと視線を窓の外から逸らすと、微かな笑みを浮かべてアンセルムを見る。
「ふっ冗談か…。
アンセルム、そんな表情をするな。僕は何処へもいかないから。」
その言葉にほっとしたような表情を浮かべ、再び香草茶へと手を伸ばすアンセルム。
しばらくの間、アンセルムの礼儀正しい動きを目で追っていたエーアハルトは、ふと、思い出したように口を開いた。
「そういえば…、犬の調教法というのを知っているか、アンセルム?」
いつも通りの気紛れで唐突なエーアハルトの問い。
アンセルムは、手慣れた仕草で香草茶の入った青磁の器をエーアハルトの前へ置くと、その取っ手を主人の利き手側へ向けて答えた。
「いえ、犬を飼っておりませんので存じませんが。どうなさるのですか?」
エーアハルトは、置かれた青磁の器を取ると香草茶の香りを愛で、ゆっくりと口に含むと満足気な笑みと共に話し始める。
「犬は、己が優位と認識すると、主人よりも前に立って歩き、歩調を合わせることもしない。
無論、犬に見下げられる者も愚かだけどね…。」
そう言うと、再び香草茶を含み喉を潤すと、エーアハルトは言葉を続ける。
「だが、虚栄心ばかりの貴族どもは、是が非でも犬を自分に従わせようとする。
そこで、犬に目隠しをするのだよ。」
エーアハルトの前で姿勢を正して佇んでいたアンセルムは、不思議そうな表情で問う。
「目隠し、ですか?」
その問いに頷くと、エーアハルトは再び話を続ける。
「ああ、目隠しだよ。
犬の視界を闇で覆い、不安にさせておいて、その首紐を主人が引いて歩かせる。
姑息な手だが、これで犬は主人を認めるしかなくなるんだよ。」
なるほど、と頷くアンセルム。
その様子を沈黙と共に眺めるエーアハルト。
視線に気付いたアンセルムが瞳を見返すと、エーアハルトはふっと瞳を伏せて言った。
「アンセルム、キミは私の騎士だ。けして裏切ることの無い…な。」
その言葉に、アンセルムは敬意を示す姿勢を取って答える。
「勿論です、エーアハルト様。
貴方に初めてお会いした時から、僕の命はエーアハルト様に捧げておりますから。」
真摯な瞳を逸らすことなく言う、アンセルム。
だが、エーアハルトは陰りの帯びた表情を浮かべて口を開く。
「アンセルム…、僕は怖いんだよ。
キミが僕に忠誠を誓うのは、僕がキミの瞳を闇で覆い、服従させてしまったからではないかとね。」
エーアハルトの予想外の言葉。
アンセルムは驚きに瞳を見開くと、二・三度瞬いてから首を振りながら言った。
「それは違います…。
僕が貴方に、エーアハルト様に身命を捧げることを望んだのです。
エーアハルト様が僕の瞳を闇で覆ったというのなら、貴方を逃さぬように紐を絡めたのは僕かもしれませんよ。」
アンセルムは微笑を浮かべると、困ったような表情で言う。
そんなアンセルムに、エーアハルトはくすぐったいような笑みを浮かべた。
「アンセルム、まったくキミは…。
そんな事を言われたら、感傷に浸ることもできないじゃないか。」
エーアハルトの珍しい笑みに、アンセルムもまた微笑んで答えた。
「当たり前です。これでも、幼少の頃よりエーアハルト様を存じ上げているのですからね。」
そうして、二人は束の間の休息を満喫し、風の吹き始めた夜半の頃に部屋の灯りを消す。
窓の外では、夜光虫たちの舞戯が、いつしか終わりを告げていた。
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