<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


闇鍋をしませう
■〜Prologue〜
 それはある日の唐突な思いつきではじまる。冬に向かい始めた秋。店の外では霜も降りていた。1枚増えた私服で店内を右往左往しながら、面白いことを考えているのは、レイシィ・リグレクト。白山羊亭一商魂たくましい店員だ。
 数年前から白山羊亭で働いている彼女には、『先輩』は少ない。店内の『後輩』が、心配そうにレイシィを見つめる。
「面白いこと……面白いこと……」
「そんなに考え込まなくっても……」
 『後輩』がレイシィに声をかけた。それは経験上、面白いことがしょうもないことを知っているがためのたしなめに他ならない。レイシィは決まりきった『後輩』の文句に反論する。
「面白いことがなくちゃぁね、人間生きていけないのよ!」
「面白おかしく騒ぐのが苦手な人だっているんですから……ね?」
「――そうだわ、闇鍋よっ!」
「闇鍋ェ!?」
 レイシィの突然の提案に、『後輩』が1歩後ろに退く。闇鍋と来たか、こいつは。
「苦手な食べ物を、さわやか昆布だしのスープが入った鍋に入れて、煮て、暗闇の中で食べる!! 苦手なもの克服にはいいでしょ!?」
「は、はぁ……ですけど、苦手なものがトマトとかだったらどうするんです? ナマモノ鍋に入れたらまずいですよ?」
「まずいのも一興。おいしいのも一興。さ〜って、マスターに場所の交渉しよーっと」

 ――――大丈夫かなぁ。

 『後輩』は頭をかいた。後輩の心を知らないのはレイシィのみである。
 数分と経たないうちにマスターの交渉を終えたレイシィは、店内の掲示板に早速『依頼』を書き始めた。
「急募っと。えーっとぉ、『闇鍋大会開催決定!! 昆布だしのきいたスープに、苦手な具を入れて、みんなで食べちゃいましょう!! 参加者は、苦手な具を一つ持って集合!』――っと、これでよし」
「先輩っ、ちょっとこっち手伝ってくださいよぉー!」
「うんっ、今行くーっ!!」



■〜A Sleepng Human??〜
「う〜〜ん、片付けないとなぁ……」
 一向に現れない闇鍋大会参加者。今回は失敗だな、と、レイシィは重い腰をあげた。店の一角にある小部屋に設けていた会場を見回しても、人影はない。テーブルの真ん中には、後輩に手伝ってもらいながらとった、昆布とかつおだしのスープ。
 変な具ばかりではなんなので、いくつかまともな具も用意した。――ハズ。
 レイシィは目の前にあるはずのものがないことに気付いた。目の前にあったはずの白菜・エビ・肉がない。数分前までは鍋の中でぐつぐつと煮えていたはずのものだ。
「あら?」
「うっ、う〜〜〜〜ん……」
 人のうめき声に、レイシィは我に帰り、そっと声のするほうに視線をずらした。入り口からは死角に入るその位置にいたのは、白い肌に茶の髪の紛れもなくヒト。かたわらにおいてあるコートとカバンはその人のものだろうが、無造作に置かれている。
 このままでは風邪を引くな、とレイシィは人の身体を揺さぶった。寝顔は幼いが、小柄なレイシィよりは少し大きい。20歳前後と言ったところか。
「だれぇ〜、起こすのはぁ〜〜」
 ソファの上に置いたファーの上で眠っていたため、静電気で妙な寝癖ができていた。目をこすり、ひとつあくびをする。レイシィの存在を確認すると、手櫛でそう長くない髪をとかし、金色の瞳でぱっちりとレイシィを見つめた。
「キミ、だぁれ?」
 人よりもワンテンポずれたスローテンポ。男とも女とも取れる抽象的な面立ちだが、声の高さは間違いなく女。金色の目が大きいせいか、幼い印象もある。
「わっ、私ですかぁ!?」
 普段、はきはきとした仕事仲間に囲まれているせいか、レイシィは彼女のスローテンポな口調にイマイチ追いつけない。普段以上におろおろとしている自分にさらに動揺する。
「まぁ、だれでもいいんだけどぉ。今日ココで、闇鍋大会があるんでしょー?」
「えっ、ええ……」
「なんか〜、イマイチ〜、『闇鍋』の意味がわかんなかったから〜、とりあえず〜、酢の物もって来た〜」
 寝起きでテンションが高いのか、かばんからごそごそと取り出した緑色のタッパーから、ワカメの酢の物を出す。口の中を刺激するような酢のにおいがあたりを包み、レイシィも酢独特のすっぱさを感じた。
「これ、はじめてみる……」
「あれぇ? 酢の物、知らないの〜?」
「うん……」
「お酢でつけたものだよ〜。この独特のすっぱくさが、なんか苦手なんだよね〜」
「折角もってきてもらったのに悪いんだけど、お鍋できないんだよね……」
「えぇ〜〜? なんでぇ??」
 レイシィは頭を抱えて空になって、だししか残っていない鍋を指差した。
「……あなたが全部食べちゃったんですっ! もう」
「まだ〜、少し残ってるよ〜」
 具ののったお皿を出して、彼女は意気揚揚とそれを鍋に入れる。ワカメの酢の物を惜しげもなく入れ、ガスコンロの火をつける。テキパキとした思い切った行動にレイシィはあっけにとられる。エビも白菜も、火の通り方などを考えずに入れた鍋は、鍋としての色彩を失っている。
「闇鍋って〜、どうやるの〜?」
「えっと、電気消して鍋つっつく!!」
「……そんなコトして〜、何が面白いの?」
 レイシィは身体を硬直させる。――やれば分かるさ。



■What taste was SUNOMONO of WAKAME?
 反論する彼女を置いて、レイシィは部屋の電気を消した。ガスコンロの火で鍋の位置は見えるものの、具は見えない。だが、暗闇の中で黄色いものが2つ浮いている。
「……えーっと……?」
 レイシィは思わずその2つのものを見つめた。
「『夜目がきく』っていうでしょ? 暗闇だからって、いつもと同じように見えるし」
「……暗闇の中で、変な具を食べるから楽しいのよ? 闇鍋って言うのは……」
 反則にも感じる彼女の体質。店に来る客の何人かは彼女によって運ばれている。フクロウ目フクロウ科の<個人配達人>といえば一部で有名だ。
「へぇ〜、じゃぁ、私には一生楽しめないわね〜。目ぇ瞑ったら、危ないし〜」
 そういいながら彼女はどんどん鍋を空にしていく。暗闇になれたせいか、レイシィもなんとなく分かるようになってきた。鍋におそるおそるはしを入れたが、そこに具の感触はおろか、スープの感触さえもなかった。
「……えーっと?」
「おいしかったぁ〜。ごちそうさま」
 両手を合わせた軽い音が鳴り、レイシィは口を開いた。
「えっ、と……スープ、とか……は?」
「ん〜? 全部、食べて良いんでしょ〜? ちょっと〜、酢の物のせいで〜、へビィーな味になってたけど、おいしかったよ〜」
「入れたワカメの酢の物、苦手じゃなかったの?」
「いい具合に〜、お酢の味がなくなって〜、普通のワカメになってたよ〜。いいねぇ、お鍋って」
 レイシィが確認のため明かりをつけた。確かに鍋の中身はスッカラカンで、自分と向き合うように座っていた彼女は満足げだ。
「いい具合にお腹いっぱいになったし〜、身体も温まってきたし〜、ちょっと寝るねぇ〜」
「えっ、ちょっとココお店だからっ! ココで寝ないで――っ!!」
「寝るよぉ〜、寝るねぇ〜? おやすみ」
 今度はさっきとは違い、コートをふとん代わりにかけて、カバンを枕代わりにしている。起きる気はさらさらないらしく、部屋の中に寝息が響く。
「ちょっとっ、……困るんだけどっ、お店なのに!!」
「うるさいよぉ〜〜〜〜!! 仕事と食事のとき以外は寝るのっ、私は!」
 レイシはひらめいたように、彼女の耳元でささやいた。
「ねっ、じゃぁ私を家まで送って!? それから、自分の家に戻って寝て!!」
「うみう〜〜〜、仕事かぁ〜、なら仕方がないなぁ〜……」
 彼女はゆっくりと身支度を初め、レイシィも会場の片付けと自分の身支度をした。
「そういえば〜、名前なんていうの〜?」
 彼女が身支度中、気付いたようにレイシィに尋ねた。
「私? 私はレイシィ・リグレクト。ちなみに18歳ね。あなたは?」
「私〜? 私は、オウリス〜。歳はまぁ、乙女のヒミツということでぇ〜」
 オウリスは微笑を浮かべた。




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■    この物語に登場した人物の一覧     ■
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< オウリス >
整理番号:1543 性別:女 年齢:165歳 クラス:個人配達業



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■        ライター通信         ■
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はじめまして、ライターの天霧です。受注、ありがとうございました。
『闇鍋をしませう』いかがでしたでしょうか?
当初考えているものと違うものになって、私自身も驚いていますが……(苦笑)
感想などいただければ幸いです。(^^

それでは、折がありましたら、よろしくお願いします。

天霧 拝