<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


捕縛できない捕縛者

■オープニング■
「まあ極簡単にいうと人探しなんですけどね」
 はふうと溜息を吐いた少女の名前はティア。生業は賞金稼ぎ。
「って言うか人と言うか反社会的生物と言うかロクデナシと言うか、まあぶっちゃけロクなモンじゃないんですけど」
「……大体わかりました」
 ルディアはティアを見つめ、同じようにはふうと息を吐き出した。
 現在ティアはその『人と言うか反社会的生物と言うかロクデナシと言うか、まあぶっちゃけロクなモンじゃない』ものの身元引受人になっている。名をバーク・ウィリアムズ。無銭飲食と宿代踏み倒しで正気じゃない額の借金を作り上げたという世紀の阿呆である。ティアが捕まえてそのまま預かっていたのだ。ただ預かっていた訳ではなく借金を返す為の労働も当然させていた。朝は農家の家畜小屋の掃除、昼は石切場の荷運び、夕方に羊飼いの手伝い、夜は酒場で下働きと言うえげつなさと、当のバークに悪い事をしたという意識が一切ない為に度々バークは逃亡、その都度ティアにとっ捕まるといういたちごっこを繰り返している。
「何回目ですか?」
「通産で18回目です。……まあここで一つちょっと厄介なお願いがありまして」
「はい?」
「見つけても捕まえないで欲しいんです」
「はあ?」
「つまり石切場の親父さんがすっかりお冠で。『あんなやる気のない奴は雇って置けない』って言うんです。まあ気持ちも分かりますけど、石切り場より実入りのいい仕事となるともう夜の街頭に立ってもらうしかなくなっちゃうんで、どうにかかき口説きまして」
 ぴっとティアは人差し指を立てる。
「自主的に戻ってきたらまた雇ってもらえると、そういう事になりまして」
 ルディアは沈黙した。長い沈黙の果てに頬から冷や汗など流しながらティアをみやる。ティアは重々しく頷いた。
「あの、バークさんが、自主的に、ですか?」
 ありえねえ。ルディアの顔にもティアの顔にもバッチリそう書かれている。
「つまりですね。騙してもスカしても何でもいいので、バークさんを見つけて、石切場の親父さんのところへ連れてって欲しいんです」
 難題に、ルディアは完全に頭を抱えた。

■本編■
 頭を抱えるルディアと、渋い顔のティアのの前に真っ先に立ったのはいまだ幼い風情の少年だった。名前をニール・ジャザイリーと言う。
「また逃げたんですか」
 はああと溜息を吐いたニールに、ティアはこっくりと頷く。既知の少年との旧交を温めるだけの精神的余裕はないらしい。横合いから今度はまた別の溜息が聞こえた。こちらは面白がっていなくもない風情の溜息だったが、やはり好奇心や喜悦よりも呆れの色の濃い溜息だった。
「途方もない作り話かと思っていたが、実際に居たんだなその馬鹿男は」
 酒盃を玩びながら声をかけてきた女はそのままティアの横に座り込む。ティアは何処か人を食ったような笑みを浮かべる女を眺めて、はあともう一つ息を落とした。
「いないなら苦労しないんですけど」
「全くだ」
 肩を竦めた女はそのまま酒盃を干した。シェアラウィーセ・オーキッド――単にティア達にはシェアラと名乗った――はカウンターに肘をついた姿勢でティアの顔を覗き込んでくる。
「参考までに聞きたいのだが、そいつは幻術を見破れるんだろうか? それと女に対しては下心を直ぐもつか? 石切り場の払いはどれくらいだ?」
 矢継ぎ早に切り出された質問にティアはきょとんと目を瞬かせた。傍らのニールと顔を見合わせる。
「……幻術を見破れるってことはないと思いますよ」
「前に毒茸密栽培しようとしたりとかしましたしねー」
「……どうせ今頃もどこかの食堂で無銭飲食中なんでしょうし」
「学習能力はありませんし、良識とか常識とかもありませんし、さっきも言いましたけど基本的に人と言うか反社会的生物と言うかロクデナシと言うか、まあぶっちゃけロクなモンじゃないわけで単なる馬鹿ですから」
「……ティア」
 身も蓋もないいい口にニールが額に手を当てるがティアは気にした様子もない。
「女性に対して直ぐ下心って事もないと思いますけど。下半身で生きてるわけじゃないみたいですし。まあ木石でもないでしょうけど」
「……あのティアもう少し言葉を選んだほうが」
「因みに石切り場の賃金ですけど」
 ティアの口にした金額は、まあ妥当なものだった。そこらの店で店員などをするよりもよっぽど実入りはいいといえるだろう。
「ふむ……」
 シェアラウィーセは顎に指を当てて沈思した。女に目がない男なら幻術で変装して色仕掛けで落とすかなどと思っていたのだが。
「捕まえるなって? 無茶な依頼だなー」
 下りた沈黙を打ち破るほどの力は残念ながらその声にはない。低い男の声はシェアラウィーセの物思いを打ち破る事はなかったが、ティアとニールの気を引く事には成功した。刀伯・塵、30歳。何の因果か生まれ育った時代も土地も離れて流れてきてしまった哀れなおっさんである。
「無茶とは重いますけどねー私も。けど流石に街娼やらせるのは嫌ですし」
 優しいんですねとニールが微笑むよりはやく、ティアはピッと指を立ててみせる。
「私は賞金稼ぎで女衒じゃないんです。外聞悪いし、病気でも持ってこられたら他の仕事に差し支えます」
 そこにバークに対する思いやりは全くない。作りかけた微笑を固まらせるニール。もう少し人生経験を積んでいる塵はかぱっと口を開けたが次の瞬間には苦笑した。
「……嬢ちゃん根性据わってるなー」
「据えないであんな人と言うか反社会的生物と言うかロクデナシと言うか、まあぶっちゃけロクなモンじゃないイキモノの身元引受人なんかやってられません」
 どきっぱりとティアは言い切った。



「それで心当たりはあるのか?」
 自己増殖しつづける息子のような年齢の少年、ニールを見下ろし、塵が問い掛ける。やはり同じく興味があるようで、シェアラウィーセもまたニールをじっと見つめている。
「はあ、まあ」
 苦笑してニールは一点を指さした。区画整備がきっちりとされているわけでもないが、同じような店は同じような場所に、何故だか固まる傾向がある。何故だかというのもおかしな話かもしれない。衣料品店や八百屋の並ぶ通りに一店だけ風俗店があっても客など入るまい。つまりそういう事である。
 さてニールが指さしたのは調度賑わい出した頃合の飯屋のある辺りだった。ひくんとシェアラウィーセが眉を跳ね上がる。
「――つまり、全くもって全然懲りていないと?」
「多分間違いありません」
 胸を張ってニールが断言する。
「いやんなことに自信持たれてもなー」
 塵がぽりぽりと頭を掻いた。



 ――勿論外れていなかった。



 飯屋のテーブルを一つ占拠してものすごい勢いで食事をしている男は、まあ見てくれだけで言うならまともだった。テーブルの上には皿だけではなく愛用だろう妙に使い込まれた感じの簡素な剣が置かれている。結構な長さのある剣で、重量も十分にありそうだ。
 ほお、と塵は少々感心したような溜息を落とした。
「ありゃ結構腕が立つんじゃないのか?」
「何故そう思う?」
 シェアラウィーセがからかうように尋ねる。塵はその男、バーク・ウィリアムズから視線を外さないままそっけなく応じた。
「単なるろくでなしかと思ったが、あの剣は完全に実戦仕様だろ。椅子なんかに座るなら腰に佩くより卓の上に置いたほうがあの手の剣は抜きやすい。中身も実戦仕様だな」
「――ふむ」
 説明を聞くまでもなくその程度の事は分かっていたらしいシェアラウィーセは寧ろ塵の洞察の方に感心したように頷いた。
「それって余計に厄介だってことだと思うけど」
 ボソッとニールが呟く。
 そりゃそうである。完全ロクデナシより腕の立つロクデナシの方が万倍厄介だ。
「さてどうしてやろうかね?」
 塵が顎をしゃくった。
 見つけるは見つけた。だが見つけるだけではお話にならないのも事実である。捕獲するのではなく、自主的に石切り場へ向かわせるのが依頼なのだ。
「……精神を操る術もあるんだが禁術だからな。……傀儡の術も似たようなものだし」
「楽そうでいいんじゃないか?」
「まあ楽は楽だが」
 何しろ説得がいらない。なら楽勝だと塵が軽い気持ちで応じる。しかしニールが実に疑わしげな視線をシェアラウィーセに投げる。
「……それ使ったらどうなるんですか?」
「こちらの意のままに動くようになるが?」
「精神は?」
「廃人」
 さらっと言ってのけたシェアラウィーセに塵がかっぱりと口をあける。
「……おい」
 冷や汗など流しながら微妙にシェアラウィーセと距離を取る塵30歳そろそろ隠居切望するお年頃。嗚呼中つ国へ帰りたい。少なくとも中つ国にはあっさり人を廃人にするような技術は存在しなかった。
 遠い目をする塵を尻目に、シェアラウィーセはうーんと唸る。己が中年に恐怖を与えた事にはまるで気付いていない様子である。
「僕は酔い潰して前後不覚にした上で送るとかいって石切り場へ送っていくといいかなと思ってたんですけど」
「まあそれなら自主的に戻ることにはなるだろうが、酒の匂いをさせて戻ってきたんじゃ意味ないんじゃないのか?」
「そうなんですよね。真昼間だしあんまり外聞もよくないですよね」
「かと言って色仕掛けもあまり通用しそうにないしな」
「困りましたよね」
「全くだな」
 うーんと飯屋の戸口でシェアラウィーセとニールは腕を組んで考え込んでしまった。営業妨害とかそういう意識はないようだ。
 地面にへのへのもへじやこっくさんを書きながら聞くともなしに二人の話を聞いていた塵はやおらがばっと立ち上がった。自閉してても始まらないのである。
「……襲うぞ」
「は?」
「へ?」
 塵は座りきった目つきでバークを指さす。
「襲う」
「……そういう趣味があるのかお前」
 今度はシェアラウィーセが塵と微妙に距離を取る。
「兎に角襲う。昼夜を問わず襲い掛かる。交代でやるぞ」
「……昼夜も問わないんですか」
 ニールまでもが塵と距離を取る。なんか激しく誤解されている。
「しかも複数がお好みらしいな」
「いや交代でってことはそこまで乱れてないんでしょうけど」
「にしてもまあ見てくれは悪くはないが私は見ず知らずの男をどうこうする趣味はないが」
「それ以前に僕なんか男ですよ」
「一目惚れか」
「そう言えばさっきちょっと褒めてましたよね」
「しかし一目惚れなら独占したいもんなんじゃないのか?」
「疲れてたほうが扱いやすいとかそういうことかもしれませんよ」
「だああああああっ!!! 誰がそっちの襲うだって言ったかああぁああぁ!!!!!」
 好き勝手放題言われてついに塵はぶちきれた。切れられた二人はきょとんと顔を見合わせる。
「だって……」
「なあ?」
「だってもなあもない!」
 ぜいぜいと肩で息をしながら塵は怒鳴った。
「だからだなっ! 昼夜問わず襲撃して何処にいても安全じゃなくしてやりゃーいーんだろうが! 石切り場以外安全なトコがなけりゃ自主的に戻るだろ!」
 塵は一気に言い切る。
 暫く荒い息をつく塵と互いの顔を交互に見ていた二人はややあってから同時にぽんと手を打った。



 ――かくてバーク・ウィリアムズ地獄の日々が幕を開けた。
 まず飯屋からは何処からともなく沸いて出た犬に追い立てられ、落ち着いた先々で花瓶は落ちてくるわ、ウインドスラッシュに襲われるわ、逃げようとすれば何故か何も無い空間の先に進む事が出来ず、シルフィードに襲われ、何処からともなく炎の剣が飛んでくる。
 バークが疲れ果て、泣きながら石切り場へ逃げ込んだのはそれから三日後の事だった。



「ところでな」
 ティアから報酬を受け取ったシェアラウィーセが塵に言った。
「ん?」
「愛情表現はもっと素直にするべきだと私は思うぞ」
「違うといっとろーがー!!!!!」
 塵の絶叫が虚しくこだました。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【1514 / シェアラウィーセ・オーキッド / 女性 / 184歳 / 織物師】
【1205 / ニール・ジャザイリー / 男性 / 13歳 / 見習飛翔船乗り】
【1528 / 刀伯・塵 / 男性 / 30歳 / 剣匠】

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■         ライター通信          ■
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 はじめまして、里子です。今回は参加ありがとうございました。

 食い逃げは行けません。(何)
 今回はバークとティアの話の三回目となりますが、何回やっても多分バークは成長してくれないものと思います。
 でも食い逃げはいけない事なのでしたらダメです皆様も。(しませんフツーは)

 今回はありがとうございました。また機会がありましたら宜しくお願いいたします。