<東京怪談ノベル(シングル)>


勝つは為すべきなり

■校(くら)ぶるに計を以ってす

「――それで、敵の戦力はどうなのです?」
 城の小さな部屋の中、大きなテーブルを数人で囲んでいた。
「今調べさせている」
 私の問いに答えたのは、この騎士団・団長自らだった。
「落ち着かないようですね。こちらの戦力を確認しておきましょうか?」
 隣に控えていた参謀役の青年が口を開く。私はすぐに頷いた。
「お願いする」
「先日の戦いで負傷者が出ていますから、これはそれを除いた数です。現在総数750部隊ほど。うち人間騎兵が375、攻城兵器が75、エルフ弓兵225、魔法兵75」
 ちなみに私は、そのどれにも含まれていない。
「ちくしょう、なんだってこんな時に!」
 1人が悔しそうに机を叩いた。
 本来の騎士団の戦力なら、軽く1000を超える。
「あのクルデンでの戦闘は、これを見越してのものだったのか」
「十分に、考えられますね」
「…………」
 沈黙が広がる。
(だからといって、負けるわけにはいかない)
 ここは国境線。アセシナート公国との境目だ。よってもちろんこの城はエルザード城ではなく、国境防衛の拠点として建てられた要塞である。
(負ければ国内に侵入を許すことになる)
 それは多くの悲劇を生むだろう。
(私たちには)
 撤退すら許されない。
 誰もがそれを自覚していて、だからこそ言葉が出なかった。
 ふと静寂の中に、近づいてくる足音。それはとまることなくドアを開ける音へと変わる。
  ――バタンっ
「偵察部隊、戻ってきました!」
 一瞬にしてざわめく。
 報告書が参謀に手渡された。その眉が、少し寄った。
「敵部隊総数700……人間騎兵420、攻城兵器140、殲鬼兵35、魔獣105――魔獣は人間騎兵の一部が乗り物として使用しているようです」
「殲鬼に魔獣……」
 誰かが恐ろしげに呟く。
(来るとは思っていた)
 だがこうして数を聞いてみると、また違う。覚悟があってもそれが何になろうか。実際に対峙しなければ、本当は何もわからない。
(向き合える強さがなければ)
「――何を、不審がっている?」
 団長の不意の言葉に、ざわついた空気は一瞬にしてひいた。声をかけられたのは参謀だ。
 参謀はゆっくりと団長に視線を移すと。
「おかしいと思いませんか? 先日の戦いが今回のためだとしたら、我々の戦力よりも向こうが劣るのはおかしい」
「あ……っ」
(確かにそうだ)
 こちらの戦力を削ぎ、戦いを有利にするための策だったのだとしたら、それは失敗していることになる。
「つまり、これは欺きであると?」
「考えるのがいいでしょう」
 参謀は平然と答えた。が、それは向こうの勢力が実はこちらよりも勝っているかもしれないという可能性を秘めていた。
「――では、どうするのです?」
 訊ねた私の声は、自然と乾いていた。そんな私に、参謀は何故かにこりと笑う。
「兵は詭道なり――これは我々にも言えることです。さらに騙してやりましょう」



■上兵は謀を伐つ

「”ハルバード”、持ち堪えろよ」
 手を振って、何人かの部隊長が部屋を出て行った。
 ”ハルバード”は私の愛称である。ハルバードを愛用しているところからついた。今では、実名を呼ばれるよりも多い。
「――さて、ではもう一度確認しましょうか」
 参謀の言葉に、皆の表情が引き締まる。
「向こうの戦力、おそらく実際は2割増しくらいでしょう。どこかに潜んでいるはずです。そう近い位置とは思えませんが」
 テーブルの上に広げられた地図を、棒で差しながら。
「近くても、おそらくこの辺りでしょうね。すぐに駆けつけることは不可能でしょう。ですからこの際、考えないことにします」
「え?」
 一斉に声をあげた。先ほどまでと言っていることが違うからだ。
 しかし参謀は無視して、話を続ける。
「それでこちらの出方はというと、こちらも戦力を少なく見せるために、2割の――主に人間騎兵部隊を発たせました。向こうの背後を取ろうという作戦です」
 地図を差す棒が動く。そんなにたやすく行けるとは思えないが、それはやらなければならないこと。彼らに任せるしかない。
「彼らが回りこんでいる間――」
 参謀の目が、私を捉えた。
「”ハルバード”や魔法部隊、エルフ弓部隊に頑張ってもらいますよ。おそらく向こうは殲鬼兵をメインに来るでしょうから」
 殲鬼の咆哮は、人を無力化する効果があると言われている。だからこそ私たちが残ったのだ。
「お任せ下さい」
 私は頷いて応えた。
「先に滅するべきは殲鬼と――攻城塔ですね。内側に入られては元も子もありません」



■勢は険 節は短

 遠くから、命を叫ぶ声が聴こえる。
「来るぞっ!!」
 奮い立たせるように、負けじと叫んだ。
 参謀の予想どおり、先頭は殲鬼。まずは人間を使いものにならぬようしようと言うのだろう。
  ――パン パン パンっ
 城からあがる花火の色が、私たちの行動を指示する。
(まずは弓と投石器か)
 城壁に並んだエルフたちが一斉に弓を構えた。その後ろから、巨大な岩が飛んでくる。無数の矢がその後を追った。岩で捕らえ損ねた者を、矢で捕らえようというのだ。
「魔法部隊! サポートを頼むぞっ」
 言い捨てて、私もその後を追う。さらに残ったものを、滅するために。
  ――シャキンっ
 ハルバードを構え宙を斬った。戦う前の一儀式。
「我が名はエルレアーノ! 人に害を為す者たちよ、私が永遠の安らぎを与えよう。――そなたらの死を以って!」
 岩が殲鬼たちに到達し、煙と共に恐ろしく大きな咆哮が響き渡る。また攻城塔をなぎ倒し幾人かを下敷きにした。そして矢も、殲鬼を捕らえ痛みを与える。攻城塔の行く道を遮り人を貫く。
 しかしそれでも、彼らはその足をとめなかった。まるで死をも厭わぬように、襲い掛かってくる。
 私は――
「グオオォォォオオオ」
「その口を閉じよ!」
 近づいてみると、殲鬼のサイズはさほど大きいものではなかった。開かれた口にハルバードを突っ込み、そのまま横に振る。
「グァ……」
 それ以上は声にならなかった。大きな刃が顔を引き裂いたからだ。
 私の後ろからは、他の魔導人形や魔法剣士たちがついてくる。
(とりあえず殲鬼の声さえ封じれば)
 人間騎兵隊も普通に動くことができるのだ。
 ――意外にも、それはすぐに叶った。
 私はそのおかしさに気づく。
(妙だ……)
 敵の攻撃をかわし適所にハルバードを振りながら、考えていた。
(ずいぶんと多くないか?)
 それは敵の数であり――同時に味方の数だった。
「わああぁぁぁぁぁああ」
「!」
 敵軍の後ろの方で、大きな悲鳴が聞こえる。それも1人じゃない。そして近づいてくる、人々の走る足音。
(まさか、もう?!)
  ――パン パン パンっ
 花火があがった。弓部隊と投石器部隊は待機……?
「――おい、”ハルバード”?!」
 誰かが呼んだ。けれど構わずに、私は敵軍の中心へと飛び込んでいった。
 近づく者はハルバードの一振りで切り裂き、行く手を邪魔する者は容赦なく突いた。
 そうして敵軍を突っ切ると……
「よう! 善戦してるじゃねーかッ」
 そこにいたのは味方軍の――しかも怪我をしてこの戦いには参加していないはずの者たちだった。
「何故?!」
「後ろっ」
  ――ザシュっ
 振り返らぬまま、襲い掛かってきた者を刺した。
 私に声をかけたそいつは笑う。
「敵を騙すならまず味方からって、言うだろ?」



 我が軍が圧勝したことは、言うまでもない。



■勝つは為すべきなり

「余裕だったな」
「ですね」
「ですねじゃありませんよ、まったく……」
 実に楽しそうに笑っている団長と参謀に、私は深いため息で応えた。他の面々も、騙されていたことに気づいているのか、複雑な表情をしている。
「一体、どういうことなのです? どうして先に城を発ったはずの部隊がそのまま残っていて、怪我をして休んでいるはずの人たちが敵の後ろから現れるのですか」
 そう、敵を欺くために出て行ったと思っていた人々も、私の後ろの方で――つまり自陣に近い方で、しっかり戦闘に参加していたのだ。つまり我が軍は、全戦力をもって戦っていたことになる。
(どうりで多いと思ったはずだ)
 実際は減っていなかったのだから。
 参謀は一度小さく頷くと、真実を語り始めた。
「先のクルデンでの戦い――敵の戦力や戦術から考えて、あの戦いは明らかに領土を奪おうとするものではなく、こちらの戦力を減らそうとするものでした。それがわかっていたから、のってあげたのですよ」
「怪我をした振りをさせたんですか?」
 誰かの問いに、参謀ではなく団長が、しかも笑いながら答える。
「それだけじゃないぞ。スパイも受け入れてやった」
「え?!」
 その言葉には、さすがに誰もが驚いた。
(スパイ……?)
 こちらの戦力を削るための戦い。それなのにこちらよりも少ない戦力でやってきた敵軍。
(! そうだ……)
 そしてあの時、参謀は最初の計画とは違うことを言っていた。
『ですからこの際、考えないことにします』
 それは先発隊が発った(と思っていた)あとであり――
「スパイとは……偵察部隊の情報を持ってきた?」
 そいつがいなくなったあとだ。
「お、正解。あの情報はあの人が書き替えたものだったのですよ。実際の向こうの戦力はおそらく900ほど。けれどこちらを油断させるためにはこちらの勢力よりも少ない方がいい」
「では隠れているはずの2割を考えないことにすると言ったのは……」
「ええ、初めから含まれているからです」
 にこりと笑って言い切った。初めから欺いていたのは、向こうではなくこちらだったのだ。
「ちょ、ちょっと待って下さい! 向こうの戦力が900だとして……こちらの戦力は750であったことには変わりがないのでしょう? その差をどうやって埋める気だったのですか?!」
 弓部隊の指揮を担当していたエルフが、責めるように告げた。しかし参謀は涼しい顔で。
「私はあなた方の力を信頼しているのですよ。そして――」
 私の方を見た。
「”ヴァルキリー”、あなたの力をね」
「この作戦は、奴らに自分たちの計画がうまくいっていると思わせることが最大のポイントだったのさ。最初から挟み撃ちしたのではすぐに対応されかねない。そのためにも”間”が必要だった。もっとも向こうはこちらが750よりも少ないと信じていただろうから、のせるのは簡単だったがね」
 団長はまた面白そうに笑い、それから。
「実際には900と750か――それでも持ち堪えられると、私も信じていたよ、エルレアーノ」
 私を見つめて、そう終えた。2人に見つめられて、私はしばし言葉を失う。何と応えたらいいか、わからなかったからだ。
(――それでも)
「ありがとう……ございます」
 ゆっくりと私を支配してゆく、温かい心。私は自分の力を信じていてもらえたことが、とても嬉しかったのだ。



「ところで、普通に戦っていたら900と1000だったのでしょう? それでも勝てたのではないですか?」
「戦力で勝っているだけでは、戦いに勝ったことにはなりませんよ」
「それは……そうですけど」
「勝利はね、つくり出さなければならないのです。だからこそ私は――私たちは、勝つために最良の策をとったのですよ」





(終)