<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


シェリルの依頼 ***溶けない氷***


===オープニング========================================================

まだお客さんが少ない時間だから。
そう思ったルディアは、裏の倉庫で食材の整理をしていた。
そこへフラリとやって来たのは、同じ通りに店を持つシェリル。
シェリルの店は雑貨店だが、不思議な物が多いため、様々な問題を巻き起こす
こともしばしばである。
「はーい、ルディア!元気!?」
屈託の無い笑顔で声を掛けて来たシェリルに、白羊亭の看板娘ルディアは微笑
んで挨拶を返す。
「シェリルさんこそお元気そうですね。
 何か良いことでもあったのですか?」
今日は一段と陽気なシェリルは、ルディアの言葉にさらなる笑顔で答える。
「さっすがルディアちゃんね♪
 実はね〜…(ヒソヒソヒソ)。」
ルディアの耳元に顔を寄せて、シェリルはヒソヒソと囁いた。
「えっ“溶けない氷”…ですか?」
耳慣れぬ言葉に、ルディアは不思議そうに呟いた。
「そうなのよ、“溶けない氷”!!
 やっと仕入れたのは良いんだけどね…。」
そこまで言うと、シェリルは顔を曇らせた。
そうして、腰に結んでいた巾着袋を開けて見せた。
中には、ニンジンの様な大きさと形をした、乳白色の石が入っていた。
「この“溶けない氷”を手に入れてから、変な奴に付き纏われてるのよ。
 もう買主も決まって届けるだけだっていうのにさ〜」
そこまで言うと、ルディアの両肩に手を置いて、シェリルは言った。
「白羊亭で暇を持て余してる人がいたら、お願いして欲しいの。
 これに付き纏ってる奴を退治して、買主まで届けて欲しいって。」
そう言うと、シェリルは巾着袋とメモをルディアに押し付ける。
そして、用は済んだといった様子で自分の店へと戻って行った。
「あっシェリルさん!!
 もう、仕方が無いですね…。あら?」
取り残されたルディアは、仕方なく買主のメモを見る。
そこには《天使の広場、吟遊詩人カレンまで》と書かれていた。
「買主って、カレンさんだったんですね。
 じゃあ、白羊亭のメニューに募集の事を書いておきましょう。」

===第1話==============================================================

「あら、シグルマさん。お仕事が終わったのですか?」
白羊亭のルディアの愛らしい微笑みが向けられたのは、豪快な多腕族の青年。
仕事が終わる度、店にフラリとやってきては懐が空になるまで飲み明かす。
「おぅ、ルディア。
 だが、小銭にしかならねぇ。俺には指一本で済む仕事だ。」
シグルマは腰に下げていた袋をカウンターに出し、皆の分もおごりだと笑う。
ワッと歓声の上がる店内の客に対し、シグルマは酒杯を掲げて飲み干す。
「シグルマさんったら。
 …あっお帰りになってしまわれるのですか、アイラスさん?」
そんな店内の雰囲気に反し、カウンターの端で席を立つ者がいた。
ルディアは引きとめるように声をかける。
その言葉に振り向いたシグルマにおじぎをすると、アイラスと呼ばれた青年は
困ったような微笑みを浮かべて告げた。
「ええ、今宵は静かに詩でも呟きながら飲みたかったので…。
 すみませんが、また今度、寄らせていただきますよ。」
そう言って店の出口へ向かおうとしたアイラスの腕を、シグルマが掴んだ。
「アイラスとやら、俺の酒が飲めねえってのかい?」
武骨者の好意は、無理をしてでも受けなければ諍いを招く。
アイラスはそのことを失念していた…、ついうっかりと。
「いえ、そういうわけでは…っ!!」
弁解の機会も与えず、シグルマの手は軽々と彼の襟を掴んで持ち上げる。
苦しそうに眉根を寄せながらも、アイラスは袖口に隠していた小刀を手にしようとした。
「お待ち下さいっシグルマさん、暴挙はいけませんよ。
 アイラスさんが困っていらっしゃいます…。」
二人の喧騒を止めたのは、他ならぬルディア。
ルディアは2人の間に割って入ると、それぞれに紙を手渡した。
「なんだ、こりゃ?」
「…“溶けない氷”の保護および配達依頼書?」
怪訝な表情の二人に、ルディアは諭すように告げた。
「お二人が仲良しになれるように!
 この依頼を解決して下さるまで、白羊亭への出入りは禁止ですよ。」

===第2話==============================================================

「何だって俺がこんなことを…。」
不満を隠しもせずに言うシグルマ。
アイラスは人差し指で眼鏡を直すと、腰に依頼品を入れた布袋を下げ小声で囁く。
「文句は後で聞きます。白羊亭に出入り禁止はごめんですから。
 それより、打ち合わせ通り、お願いしますよ?」
「ああ、わかってるって。お前はさっさと行きやがれ!」
溜息をつくと、路地を天使の広場へと歩きだすアイラス。
それから少し離れた後方からシグルマが物陰に隠れながら付いて行く。
もうすぐ夜明けの時刻、辺りが薄明かりに包まれ始めた時だった。
路地を進むアイラスの後方を、小さな影が追ってきた。
微かな足音は、少しずつ近づいて来る。
アイラスは、眼鏡を人差し指で直すと、さっと路地を曲がった。
足音は慌てたような小走りになり、アイラスの後を追って路地を曲がる。
だが、そこには、小刀を持ったアイラスが待ち構えていた。
「覚悟は良いで………、おや?」
若干なる驚きの声を漏らしたアイラス。
逃げようとした小さな影は、後方のシグルマの4本の腕に絡め取られた。
「こいつぁ…、どういうこった?」
驚いたのも無理はない。
二人の視線の先にいたのは、蒼い瞳と髪の男の子だったのだから。

===第3話==============================================================

「っっく…え、っく……。」
嗚咽を漏らしながら泣く男の子に、アイラスは優しく尋ねた。
「どうしたのですか?」
怯えた瞳の男の子は、それでも気丈に答える。
「っ…その石っが、無いと、お母さんが死んでしまうんだ…。」
「なんだって!?」
お手上げといったように後方に下がっていたシグルマ。
男の子の言葉を聞いて、すっとんきょうな声を上げた。
「その母親はどこにいるんだ!?」
アイラスを押しのけるようにして男の子の前に立つシグルマ。
男の子の肩を掴むと、揺さぶるようにして尋ねた。
その腕に手を置いて留めると、アイラスは言った。
「そんな言い方では怖がってしまうでしょう。
 …僕たちならお母さんを助けられるかもしれない。
 案内してくれますか?」
アイラスの優しい微笑みに幾分か安堵した様子の男の子。
嗚咽を漏らしながらも、立ち上がると路地の向こうを指し示した。
それは、天使の広場の方向である。
3人は急いでそちらへと向かった。

「珍しいお客だね。」
広場に来た皆に、そう声をかけて来たのは他ならぬ吟遊詩人カレン。
アイラスに好意的な視線を向ける一方、シグルマと男の子には驚いた表情を見せた。
「俺だって、ルディアから頼まれなきゃこんなとこ…。」
「シグルマ!…カレンさん、実はこの石のことなのですが。」
気まずそうに不満を漏らすシグルマを制止したアイラス。
“溶けない氷”を腰の袋から取り出して、カレンに見せる。
「ああ、私がシェリルから買った石だね。」
「はい、彼女から依頼を受けてお届けするはずだったのですが…。」
そう言って、アイラスは男の子の肩に手を置くと、カレンに事情を説明した。
「なるほど…。
 それで、君のお母さんは何処にいるんだい?」
カレンの問いに、男の子は広場に面した建物の庇を指差した。
「あの、庇ですか?」
アイラスは不思議そうに男の子を見る。
その脇で、シグルマは怪訝そうな表情で言った。
「だが、あの庇は古い鳥の巣があるだけだぞ?」
「おや、古いけれど、ちゃんと使われていますよ。」
そう言うとカレンはシグルドに頼む。
「すまないが、あの巣の住人をこちらにお連れしてきてくれないかい?」
「しょうがねぇなぁ。」
そう答えると、シグルマはひょいと腕を伸ばして、巣ごとカレンに差し出した。
その中では、苦しげに、それでもなお卵を抱いてうずくまる一羽の白い小鳥がいた。
「…なるほど、どうやら栄養不足のようですね。」
しばらく眺めてから告げたカレンに、アイラスが不思議そうに尋ねた。
「栄養不足、ですか?
 それと“溶けない氷”とどのような関係があるのですか?」
「このように卵を産む鳥には、卵の殻を作る栄養が必要なんだよ。
 けれど、この鳥は羽に怪我をしていて、その栄養を取ることができなかったみたいだね。
 この“溶けない氷”は、その栄養素が固まった純度の高いものなんだよ。」
なるほどと頷くアイラスの隣で、シグルマは男の子に向かって言った。
「そうなんだとよ。坊主、あとはこの吟遊詩人殿が助けてくれるから安心しな。」
すると、男の子は笑顔をいっぱいに浮かべて礼を言う。
「お兄ちゃんたち、ありがとう。」
その言葉と共に、男の子は霧のように消えてしまった。
「いったい、なんだってんだ…?」
「不思議ですね…。依頼内容が片付いたから良いですが。」
2人が男の子のいた場所を眺める後方で、小さな声が聞こえてきた。
振り向いたアイラスとシグルマの瞳がとらえたのは、微笑みを浮かべるカレン。
そしてその手にある巣で孵化したばかりの、青い雛鳥だった。
「この色の雛は珍しいんだよ。」
そう囁くカレンの前で、2人は呆然とした表情で佇んでいたのだった。

===エピローグ==========================================================

依頼の後、アイラスが白羊亭に足を向けたのは10日ほど経った後のことだった。
不思議な出来事ばかりだったため、しばらく書斎で思想にふけっていたのだ。
だが、今夜はその手に羽根筆ではなく、酒瓶が1本握られていた。
その歩みも、心なしか軽いもののように感じられる。
「シグルマも悪い人じゃなさそうですし、今夜は一緒に飲んでみましょうか。」
そういって、アイラスは白羊亭へと入っていったのだった。

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参加者一覧
【0812 / シグルマ / 男性 / 35歳 / 戦士】
【1649 / アイラス・サーリアス / 男性 / 19歳 / 軽戦士】

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OMC Writer 儀間春花より

>>アイラス様へ
お時間をいただいてしまいましたが、
『シェリルの依頼 ***溶けない氷***』はお楽しみいただけたでしょうか?
また、機会があれば、ライターとして作品に携わらせていただけることを、
楽しみにしています。

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