<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


喧嘩上等。


 …ここは何処。

 と。
 唐突に見知らぬ場所に放り出された…青い髪に赤い瞳の――ラシェル・ノーティは。
 …思いっきり途方に暮れていた。

 ここは何処。
 目の前には翼を生やした綺麗な人型の像――天使の像?――が据えられた、大きくて、澄んだ水の湛えられた…噴水。
 どうやら公園のよう。
 だが。
 …道行く人の格好が何か変だ。
 風体も変だ。更に言えば統一性も皆無。
 全然別個の文化圏としか思えない風体の連中が平気な顔で並んで歩いてもいる。
 そして…遺跡のレリーフでしか見掛けない幻獣のような姿の連中が平気で歩いてもいる。
 …かと思うと自分と変わらぬような…と言うか自分が似せて造られている、一般的な人間風の存在も自然に居る。


 …あー、記憶にある限り俺が居たのはちょっとしたテントで、発掘して来たばかりの品に埋もれていた筈なんだけど…。


 ここは何処。
 改めて自分に問う。
 俺は何をしていた?
 …悩む。
 ここは何処。

「…困ったな」
 ふとぼやく。
 状況が良くわからない。
「…ここは…取り敢えず酒場でも探すかな」
 情報収集がてら。
 一応ヒトの文化圏でもあるようだし店もあるようだから。
 …フィールドワークフィールドワーク。
 うん。とひとり頷くと、ラシェルは漸く、煉瓦敷きの道を歩き出した。


■■■


 暫く歩いた先、見付けた扉を何となく押す。
 酒場と見た薄暗い店の扉。
 入るなり、じろ、と視線が集中した。
 ラシェルは目を瞬かせる。
 が、特に気にもせず、てこてことカウンターへ移動。ひとまず酒場である事は当たりのようなので。
 …但し、その間も視線がずぅっと突き刺さっている。

 何だっつーんだ。
 そりゃ俺は一見の客だけど。

 思いつつも一応、近場に居た男に話し掛けてみる。
「なぁ、ちょっと訊きたい事があるんだけど良いかな?」
「…何かな?」
「お、良かった言葉は通じるな。…っつかさ、ここって何処なんだ?」
「ここか? 酒場だが?」
「んじゃなくって、気が付いたら違う場所に居たんだよ。どうもここらさ、俺の元々居たトコとはなんか違うし」
「…ヤクでもやってラリってたんじゃねえのかァ…?」
 くくく、と莫迦にしたよう笑いつつ、男はラシェルの姿をちらちら。
 が、それを聞きラシェルは、こちらを莫迦にし切った男の姿を見る前に、ふむ、とひとり考え込む。
「…別に毒は無かったと思うんだけどなぁ」
 あの時調べていた、発掘して来た代物の中には。
 たまにヤバい猛毒とか麻薬みたいなのが罠がてらある時もあるけど今回は無かったと…。
 考えつつ、男の顔を再び見る。
「…つーかさ、ラリってるのはお前じゃねーの? いきなりにやにや笑いやがってさ」
「あン?」
「ほぉ、威勢が良いじゃねえかカワイコちゃん」
「…あ?」
 じろ。
 唐突に入った横槍。今の男の連れと思しき。
 今度ばかりはラシェルも思わず反応。
「…今何つった、お前」
 と、返すなり、その横槍を入れた戦士風の巨漢は面白そうに唇を歪める。
「カワイコちゃんにカワイコちゃんと言って何が悪い?」
「…誰がカワイコちゃんだ。死ぬ準備できてんだろうな…?」
「ほぉ? やるかい?」
「へっ! 上等だ掛かって来いよ。…このウドの大木」
「何だと貴様!?」
「ああ、ウドの大木の意味わかったんだ、良かったぁ。頭悪そうだから気付かないかと思ってたよ」
「手前っ!!」
 戦士風な男の手がラシェルの襟首を引っ掴む――掴もうとする。
 が、その時。
 その男の身体がくるりと一回転し地に落ちた方が速かった。
 ついでに、がたーん、とスツールも倒れる。
 店内が俄かにどよめいた。
「…な!?」
「やりやがったな!」
「先に手を出したのはお前だろ?」
 と、立ち上がったラシェルが言う間にも、先に話し掛けた相手の男が殴り掛かってくる。
 ラシェルはあっさりとそれを躱し、突き出された腕を取るとそのまま同じ方向に引っ張り投げ、その背を無造作に蹴り飛ばした。
 男はバランスを崩し踏鞴を踏むと…無様に転ぶ。
 その転んだ男から、きっ、と睨む顔がラシェルに向けられた。
「こいつっ…」
「畳んじまえィッ!!!」
 次いで発されたのはまた別の声。
 …ここに居るのはどうやら連帯感の強い皆さんらしい。
 げ。
 複数になると…やば…。
 思い、一番慣れた戦う手段である銃を取り出そう…とするが直前で一旦停止。
 冷静に立ち返り考える。
 ――いきなり店の中で銃ぶっ放すのはさすがにどうか。
 …止めといた方が無難だよな。
 でもな。
 ラシェルは周囲を見渡す。
 やる気満々の有象無象が一人二人三人四人五人以下略。
 横からは煽るよう指笛が鳴り響く。
 やれやれ、と無責任に囃し立てる声。
 …ちょっと待てえええ。
 こうなりゃ知り合い居ねえ俺が不利なの当たり前じゃねえかぁっ!!!
 悪いトコ入っちゃったな…。
 そんな事を考える間にもまた別の戦士風の男がラシェルに躍り掛かる。そちらに意識を向け躱そうとするが、次の瞬間横合いから酒瓶で頭を強か殴られ。砕けた細かいガラスが髪に混じり、中身らしき液体がつぅと顔に流れてくる。ドールである身故、生身のように頭が痛む事はないがそれでもやられて楽しく無い事は確か。ついでに頭部のコーティングに傷が付く。文句を付けようとそちらを振り返った――ら、今度はまた突進して来ているのとは別の野郎の拳がラシェルの目の前に。
 …いや、だからヤバいから…。
 と、妙に冷静に思った瞬間。
 顔面に来ると思った拳が――来なかった。
「…何だか良くわからねえが多勢に無勢ってなァ気に食わねえな?」
 代わりに飛んできたのはまた違う声。
 その声の主は、ラシェルの顔面に来る筈だった拳を横合いからあっさりと掴んでいるこれまた戦士風の男。
 但し、彼らと文化圏は極端に違うような装束に鎧を纏っていた。そして首元には金色の鎖が巻き付けてある。
 小麦の肌に黒い瞳、その黒髪は項で小さな尻尾に纏められているその男は、明らかに他の連中とは毛色が違っていた。
「ンだ貴様ァ!?」
 と、声を荒げ凄む、腕を掴まれた戦士風のデカブツ。
 が、毛色の違う乱入者は動じない。その腕を離さないままぎりぎりと締め付ける。と、それを見兼ねたかまた別の男が乱入者に躍り掛かった。が、乱入者が腕を掴んでいた相手をおもむろにその相手に向け放り投げるのが先だった。ふたり分の体重を乗せ、同時に床面に、ズザァ、と吹っ飛ばされる。
「へぇ…素手か。よっし。ちょうど身体も鈍ってたところだ。久々に暴れてやろうじゃねェかあ…」
 にや、と不穏に笑ったその乱入者――虎王丸は、腰に差した日本刀には手を触れようともせず、これ見よがしにぱきぱきと指を鳴らしてみせた。


 …暫し後。
 テーブルは引っ繰り返され椅子は倒れ、コップや酒瓶は床に落ちるわ破壊されるわの何が何やらわからない酷い惨状になっていた。…何やらむやみやたらと酒臭い気がする。アルコールの水溜り。暴れた結果か時々血と泥が混じっている様子。そして累々たる屍(死んでません)の山。酒を確保し遠巻きに避け、心持ち蒼白になって黙している僅かな数名も居る事は居た。
 結局、乱闘の輪の中で最後に立っていたのは、埃塗れ酒塗れ傷だらけのラシェル・ノーティに虎王丸のふたりのみ。
 ラシェルは、ふー、と安心したよう溜息を吐き、虎王丸はぜーはー荒い息を吐いていた。
「よぉ、なかなかやるじゃねえかお前」
 どー見ても弱そうだと思ったから加勢したんだが。
 遠慮無く言いながら虎王丸はラシェルをちらり。
 このラシェル、襲い来るひとりひとりだけは確実に撃退していたと虎王丸も視界の隅で確認している。
「…あー、一対一ならまだ自信あるんだけど…複数相手だとちょっとね…」
 ぽりぽり、と頭を掻きながら、ラシェル。
「とにかく、さんきゅ。助かった」
「ま、役に立てたなら何よりだ。この酒場で喧嘩に負けるととにかくヤバいしな。ところでお前何で全然息切れしてねえの?」
 散々暴れたっつーのに。
 俺もそこそこ体力にゃ自信あるんだぜ?
「えーと…」
 む、と少々困った顔になるラシェル。
 それは、自分が魔法と機械の融合技術で造られた自動人形・ドールだから…だとは言いたくない。
 隠したいと言うより単純に自分自身がその事実が嫌なので。
 けれどこの相手は今助力に入ってくれた人で。
 ま、誤魔化さなくてもいっか。
「俺生き物じゃないからね。はっきり言って嫌なんだけど『造られた者』なんだ」
「ふぅん。それでか…ま、人それぞれ色々あるよな」
「…それだけか?」
「って他に何かあるのか? ソーンじゃ珍しくもないだろ?」
「…ソーン?」
 聞き慣れぬその言葉にラシェルは首を傾げた。
 その反応に虎王丸は訝しげに眉を顰める。
「…っておいお前ひょっとして…初めてソーンに来たクチか!?」
「ソーン…って『ここ』の事?」
「そうだ。『この世界』の名前。で、この街は聖都エルザード」
「………………俺そんな場所知らない」
「そりゃそうだろ。ここは異世界から夢現の内に来訪するもんなんだ。来たのが初めてだったらそりゃワケわからねえ筈だよ」
「そうなのか?」
「俺もここの人間じゃねえもん。日本、ってとこから来た虎の霊獣人さ。…それより初っ端に『ここ』で喧嘩かよお前…なぁんか滅茶苦茶好感持てるじゃねえか…」
 だはははは、と弾けるよう豪快に笑う虎王丸。
「よし! これも縁だ。俺がこの辺色々案内してやるよ」
「え、本当!? やったっ! 実は何が何だかわからなくてすっごく困ってて、いっちょ情報収集するかって思惑でこの酒場に来たんだよね〜。そしたらいきなり舐めた事言われて頭に来ちゃってさぁ。あ、そうそう俺の名前はラシェル・ノーティって言うんだ。そっちの名前訊いてもいい??」
「おう、名乗り忘れてたな。俺は虎王丸ってンだ。つーかな、情報収集でいきなりこの酒場選ぶってのも大当たり過ぎだぞ」
「今思いっきり実感してる。…って他の酒場だとそんな事無い訳?」
「場所によるさ。治安の良いトコ悪いトコ色々あるからな。…でもここは悪い方に入るぜ?」
「ふぅん…」
「んじゃ取り敢えず話に出たトコで、無難な酒場でも巡ってみっか?」
「うん!」
 と。
 いつしか、店内の状況を気にもせず、ラシェルと虎王丸のふたりは和気藹々と歩き出す。ラシェル…と言うよりほぼ虎王丸に叩きのめされたと言って良い累々たる屍(だから死んでません)と、滅茶苦茶な店内を完全無視で店の扉を押し開ける。
 そしてそのまま…埃だらけ傷だらけのちょいと見栄えの悪い格好にも拘わらず、彼らは平然と聖都エルザードの街中見物に出るのでありました…まる


■■■


 …余談ながらその後の店内。
 しぃんと静まり返ったそこに、ぼそりと冷たい声が響く。

「…店内での荒事は負けた方が全額弁償プラス迷惑料で、取り敢えずしめて金貨五千枚。複数名いらっしゃいますのできっちり平等に割り勘の上即金で。無ければ一週間以内にまで猶予は与えますが逃げるようでしたら漏れなく地獄の果てまででもヒットマンを差し向けますので宜しくお願い致しますね」

 ………………常連である貴方がたの場合、『ウチの慣例』は重々御承知の筈ですから?
 びた一文、まけはしませんよ?

 霜の下りた店主の声。
 立ち直り掛けた屍の一体が、その氷点下の宣告で再び地にばたりと倒れた。


【了】