<東京怪談ノベル(シングル)>
■ジュディ。愛しているよ■
――3:00PM
街中でも名家として知られるマクドガル家では、ひとつの大騒動が起きていた。
ジュディの放ったイーグルが、ひとつの知らせを持って、屋敷の中へ飛び込んできたのだ。
その時、ジュディは、広く、手入れの行き届いた屋敷内の庭園で、母親から頼まれた小さな仕事――お花植え――をしていた。
はにかんだ時のジュディの唇の色のような、鮮やかなピンク色の花弁が愛らしい、小ぶりの花。
ジュディはそれをひと目見ただけで気に入った。
そして、自分のお気に入りの場所に植えてもいい、と母親に言われたジュディは、まるで、自分だけが知っている、秘密の場所に宝物を隠すかのような気分で、スコップを片手に、楽しくお花植えをしていたのだった。
その時。
バサバサバサッ!!
ジュディの頭上で、一陣の風が巻き起こり、大きな、鳥の羽ばたくような音がした。
思わず、ジュディは空を見上げる。そして、すぐさま、可愛らしい笑顔を満面に浮かべた。
「イーグル!! お帰りっ!! ずぅっと、待っていたのっ!!」
ジュディは急いで立ち上がると、羽ばたいて主のねぎらいを待っているイーグルへと、片腕を差し出した。イーグルは、嬉しそうにその鋭い瞳を和ませて、ジュディの腕へと降り止まる。
しかし、その時になって、ジュディはようやく気がついた。
「……あら? イーグル、その足につけている物、なぁに?」
ジュディは、自分の肩に乗って、暫しの旅の疲れを癒しているらしい、イーグルの脚を見詰めた。そこには、荒っぽく、しかし、しっかりと巻きつけられた、一通の書簡のような紙切れ。
ジュディは、もう片方の手を伸ばして、巻きつけられた紙切れを、慎重に、イーグルの脚から解いてゆく。
彼女の手によって広げられた、少し皺だらけになっている紙切れには、荒っぽいとも言えそうな、しかし、達筆の文字が綴られていた。……このように。
『今日の夕べには旅から帰る。 愛しいジュディへ お前をこよなく愛する父より』
ジュディは、その一文を、声に出して読み……そして、最後まで読み終えると、歓声を上げた。
「まあ、おとうさまだわっ!! 旅からお帰りになるのね!! みんなに伝えなくっちゃっ!!」
その大歓声の混じったひと言は、ジュディが図らずとも、屋敷内の小間使いたちや、ひとり趣味の編物をしていた母親の方まで……つまり、屋敷中の隅々までに響き渡っていたのだった。
――そして、現在。
屋敷の中は、この屋敷の主こと、ジュディの父親を迎えるために、てんやわんやの大騒ぎをしているのだった。
ディナーは、いつもよりとっておき豪華な物を。テーブルや扉の入口に飾るお花は、主の好きな物を。カーテンも新しい物へと変えて、久しぶりに帰宅する主人が、屋敷で快く時間を過ごせるように、と、小間使いたちが屋敷の中を、忙しく走り回っていた。
細かな指図をするのは、ジュディの母親。自分の連れ合いの好みを最もよく知っている彼女は、女中たちへと、事細かに指示の声を飛ばすのだ。
その頃、ジュディは自室にいた。
クローゼットの中身を漁りながら、久々に父親を迎えるためのドレスを選ぶ。
「そうだ! おとうさまからプレゼントしてもらった、あのドレスを着ようっと」
ジュディは、壁越しに廊下を行き来する小間使いたちの足音を聞きながら、いつものシャツとスパッツなラフな格好から、小さな淑女へと変身するように着替えを始める。
まずは、シャツを脱いで。少々小ぶりながらも弾むような形の良い胸が露わになる。
そして、スパッツを脱ぎ降ろせば、誰しもが絶賛しそうな、可愛い丸みを帯びたおしりもまた露わになる。パンティで隠されているのが惜しいほどの、美しいラインを描いたヒップだった。
誰もいない室内の事、ジュディは誰の目も気にする事無く、ブラウスと、自分の大好きな、珍しく、身体のラインが隠れるようなピンク色のフリルがたくさんついたふんわりとしたワンピースへと着替えをして。ついでに下着も新調して。鏡の前に立てば、満足そうな微笑みを浮かべた。きっと、おとうさまがお気に入ってくださるに違いない、と確信しながら。
――5:00PM
屋敷の扉から、真っ白いペガサスに乗って、堂々と門をくぐってくる、ひとつの人影があった。
ジュディは門の影で父の帰りを待っていたのだが、その人影を見るや、走り出した。
「おとうさま!! お帰りなさいっ!!」
言うや否や、ジャンプして、父の首根っこに抱きつこうとする。父親はそんなジュディをペガサスの上に軽々と抱き上げると、熱く抱擁した。
「ジュディ、ただいま帰ったよ。少し見ない間に、また大人っぽくなったな。……良い子にしていたか?」
父親は目を細めて、己に駆け寄ってきて、抱きついてくるジュディを抱え、背中を優しく撫でる。
「はい。良い子にしていました! ね、おとうさま、このドレス、見て? この間の誕生日に贈ってくださった物よ? どう? 私に似合うかしら?」
父親は、再び目を細めて、ジュディの姿を頭の先から爪先まで、じっと見詰める。そして微笑んだ。
「ああ、とっても似合う。私の見立てもまんざらではないな。いつもと違う、ドレスを着ているジュディも可愛いぞ?」
と、褒め言葉を投げて、父親はジュディと共にペガサスの背から、降りた。そして、屋敷の中へとふたり、向かう。
屋敷の前のエントランスには、小間使いとジュディの母親が、父の帰還を待って、立ち並んでいた。まずは、夫の姿を見たジュディの母が「お帰りなさいませ」と頭を下げ、続いて、屋敷の主人を迎える小間使いたちが、同じように「お帰りなさいませ」と頭を深々と恭しく下げて出迎えた。ジュディの父親は満足そうに、ひとつ頷く。ジュディもそれを見習って、笑顔ながらに小間使いたちに軽く頷いて見せるのだった。
ジュディは自慢げに、自分よりも屋敷の事を知り尽くしている父親に、屋敷の中を案内しようと、父親の手を引っ張った。
「ジュディ。私は早めのディナーを味わいたいところなのだがな? …旅から急いで帰ってきた所為で、腹が減っている」
「あら、そうなの? じゃ、ディナーにしましょうっ!! でも、私もとってもお腹空いてるー!」
ジュディは父の前に立って、早速、食堂へと向かって駆け出す。
「ジュディ! レディはそんな格好で走るものではない!」
父親の言葉も聞こえているのかいないのか、ジュディはドレスの裾を翻して駆けてゆく。
「ジュディ!! 待ちなさい!!」.
ジュディは踊り込むかのように、食堂の扉を開け放って、中へと入っていった。
「わあっ!! すごくおいしそうなごちそうばっかりっ!! んーっ いい匂い!!」
これまた新調された、テーブルクロスの上にならんでいたのは、香草詰めの鳥の丸焼き、魚介類と野菜のマリネ、野菜もお肉もたっぷりなビーフシチュー…そこまでは、ジュディにもわかったのだが、その後のごちそうはジュディも初めて見るものばかりで、名前がわからない。ジュディはくんくんと、ずらりと並べられた料理の匂いを嗅いでまわる。
「んー…とりあえず、これはデザートね!」
シャーベットらしきものを指差して、コックリ頷いた。
「これは何のゼリーかな?」
などと言って歩いているジュディの足元は、まるで雲の上でステップでも踏んでいるかのように浮ついていた。
だが。
「ああっ!?」
踏んでいたステップが突如狂ったかと思うや、ジュディの身体は大きく傾ぎ……つまり、足が縺れて転びそうになっている、ということなのだが……
ジュディは、転ぶ直前に、つい、反射的に、手を伸ばしてしまった。
……テーブルクロスへと。
次の瞬間、テーブルの上から雪崩が起きた。……ごちそうが、テーブルクロスが引っ張られるままに、こぞってジュディの上へと降ってきたのだった。
食堂に、食器やら食べ物の入った器やらが割れる、けたたましい音が響いた。
「きゃああああっ!!」
「何事だ!?」
悲鳴を上げたのはジュディ。
その後の声は、食堂の中へと駆け込んできた父のもの。
ジュディは暫らく呆然としていたが、自分が仕出かしてしまった事の重大さに気付いて、一気に青褪めた。
「お…おとうさま、ごめんなさい……っ」
父親をもてなすために作られたごちそうが、すべて、壊滅してしまったのだから。
父はジュディの元まで歩み寄ると、ひとつ、嘆息した。
「……ジュディ。レディになりなさい、と言っただろう。……おしおきだ。わかっているな? さあ、こちらへ来なさい」
ジュディは一層青褪めたが、仕方がない。自分が悪いのだから。スープやらフォアグラやらを被ってベトベトにしてしまったドレス姿で、父が座った椅子の元へと歩み寄っていった。
「いつもの事だからわかっているな? さあ、お尻を出しなさい」
ジュディは、顔を真っ赤にしながらも、ドレスの裾を、腰までたくし上げた。途端に、今まで隠していた、それこそゼリーのように、触れればプルルンと弾みそうなヒップが現れる。ただし、フリルのパンティに隠されている部分が大部分だったが。
「パンティも脱ぎなさい」
父親は無情にも、そう命令する。ジュディは、小さな声で「はい、おとうさま」と応えて、パンティを膝まで下ろした。膝のあたりでわだかまる、真っ白なパンティ。
「ジュディ、わかっているな…?」
ジュディは顔を真っ赤にしながら、コクリ、と頷いた。自ら、椅子の上で膝を組んでいる父の脚の上に身体を預けると、露わになった一糸纏わぬヒップを突き出す。
ヒュッ!
風を斬る音が鳴った、とジュディは思った。そして、その瞬間には、覚悟して目をきつく瞑っていた。
バシン!
「きゃんっ!!」
父親の分厚い掌が、残酷な音を立てて、ジュディのヒップを殴打する。
バシン!
「おと…さまっ!」
バシン!
「ごめ…なさ…っ!」
父は無言のまま、まん丸いお尻が徐々に紅く染まってゆくのを見ながら、ぶち続ける。
バシン!
「おゆるっ…し…くだっ!」
バシン!
広い食堂内に、メイドたちが気の毒そうに見詰める中…つまり、その光景は衆目に曝されていたのだが…数え切れないほどに、そのおしおきは続けられた。
ジュディのヒップが、可哀相にも腫れ上がって、ツルンツルンになった頃、父はその手の動きをようやくやめた。
「……ジュディ。いい加減、お転婆からは卒業するだろうな?」
息も絶え絶えなジュディは、精一杯の声で…涙声で、首肯する。
「は…はい…っ! おとう…さまっ!!」
すると、ジュディを横抱きに抱えていた父が、ジュディを膝の上に座らせて、抱き締めた。
涙をボロボロ零したせいか、濡れきった頬を、父がペロリと舐める。
「よく頑張ったな。痛かっただろう…?」
ジュディの金色の髪を、優しく何度も撫でて、その小さな身体を、ギュウ、と抱き締めるのだった。
ジュディもまた、抱き締めてくれる父に、嗚咽を漏らしながらも、広い背中に腕を回して、きゅ、と抱きつく。
その光景を見たメイドたちは、ほっとしたようにひとりふたりとその場を離れ、ジュディが台無しにしたディナーの代わりを作るべく、急いで台所へと向かって去っていったのだった。
彼女たちは聞かなかっただろう。ジュディの最後の言葉を。そして、彼女たちの主人の顔を。
「おとうさま…大好きっ!!」
相貌を崩した父親が、ジュディのヒップにレースのパンティを履かせてやりながら、言ったのだった。
「ジュディ。私も、ジュディを愛しているよ」
滅茶苦茶になった大惨事の食堂に、親子の絆を結ぶ言葉が、小さく響いたのだった。
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