<PCクエストノベル(1人)>


生きるもの、生かされるもの 〜機獣遺跡〜

__冒険者一覧__________________________

【1645 /ラシェル・ノーティ/トレジャーハンター】
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【序章】

 目には目を、歯には歯を。
 依頼を受けた時、彼――ラシェル・ノーティは、ぼんやりと…そんな言葉を脳裏に浮かび上がらせていた。

 機獣遺跡。
 今は失われた機械文明の名残で、海底に沈んだ古い遺跡ある。
 古くから海底に沈んだままだったその遺跡は最近ようやく発見されたばかりのものだ。中央にある侵入口から放射線状に展開されている遺跡の内部には、千年の時を経てなおその危険性を衰えさせぬ戦闘機械が闊歩し、知識と運の無かった侵入者たちを亡き者としている。
 機獣――永遠の時を刻む戦闘機械たちを学者たちはそう呼び、貴重な研究対象として都につどう冒険者を雇い挙げては遺跡に送り込むのだ。

ラシェル:「…知ってて俺にお声がかかったんだとしたら、――ある意味すごい悪趣味」

 全ての部屋と通路が終結している、遺跡の中央部。
 外観と通路の本数を鑑みれば、おそらく1度の探索で探れるのはどれか一筋の道のみだろう――ラシェルはその広大さと混雑さに内心舌を巻きながら、ぐるりと周囲を見回し始めた。どこか懐かしさを感じさせる遺跡内の様子は、この世界に迷い込んでからしばらくご無沙汰だった考古の匂いのせいなのだろうか。

 彼は、ドールと呼ばれる――からくりでできた命の器の中に、魔法と言う名の雫を一滴ずつ溜め満たして精製された自動人形である。
 が、例え街で彼と擦れ違うことがあろうと、共に酒を酌み交わすことすらあろうとも、彼を人形であると見抜くことができる者はまずいないだろう。
 実際、彼ですら己が自動人形であることを長い間知らずに生きてきたのだ。
 ヒトとしての生が、彼という人格を型取り、形成してしまったあとで――告げられたその真実を、ラシェルは未だ受け入れることができないでいる。
 所詮、『機械』というものは、『ヒト』に使役されることを目的として作られたものだ。決して己が意のままに動き、言葉を放つことを喜ばれるために精製されるわけではない。
 生まれながらにしての下僕――自分が自動人形であることを知った日、ラシェルは深くうな垂れた。

ラシェル:「――ま、時間をムダにしても仕方ないしね…じゃ、それ」

 すたり、とラシェルは踵を鳴らし、自分の立つ右手にある小さな虚空の通路へ向けて歩みを始める。たまたま、額にかかる髪をかき上げたのが右手であったからだ。
 悩んでも答えのでないことをぐだぐだと考えるのはつまらないことだ、と…ラシェルは思う。何かを思案し選択することが、危険の回避や利益の会得に繋がるのならば落ち着いて考えもしよう。
 が、彼はこの遺跡に足を踏み入れてしまった。どの道を選んでも危険であることに変わりはないだろうし、またどの道も選ばなかったとしても危険であることに変わりはない。
 ならば、行くしかないだろう。
 ラシェルは肩に背負った袋を担ぎ直しながら、数歩先すら見通せない闇の中へと足を踏み入れる。
 湿った床を踏むラシェルの靴音が不気味に響く。
 どこか遠くの方で、何か固い金属質のものが床を鳴らす無機の音がした。

【1―虚空の】

 カツリ、カツリと床を鳴らして歩く。
 暗闇の中で、ざわめくように震える空気の感触を肌に感じていた――この暗闇のどこかで、機獣の動力が空気を震わせているのだ。
 ちょっとしたからくり人形やトラップなどといったものではない、巧妙で精密な動力がどこかに眠っている。
 それも、当時と比べて全くの遜色なく―――。

ラシェル:「…ちょっと面白い事になりそう…じゃん?」

 小さく出した舌で口唇をちらりと舐めたあと、ラシェルがわざとらしい呟きで偽りの静寂を破る。
 と。

ラシェル:「・‥…っ来た来た来たぁッ!」

 すっかりと慣れた眼差しが、回廊のずっと遠くから捉えたものは――空気の揺らぎ。
 機獣がその動力を四肢に巡らせる瞬間、その一瞬のみ肥大化した電磁の波がラシェルの頬をぴりびりと打つ。狂気じみた叫びと共にラシェルはざっと大きく後に身体を引き、懐にしまっておいた魔法銃に手を掛けた。
 その刹那、彼の足下を狙うように虚空から飛んで来たのは、先の鋭利な3本の鉄槍。床の上に開いた3つの小さな穴に差し込み、勢いに任せたまま半分ほどめりこんだ。
 あとほんの少しラシェルが退くのが遅ければ、彼の身体はそのうちのどれか1つに確実に貫かれてしまっていただろう。

ラシェル:「…んなんで俺が、」

 満たされた電磁の波は、ヒトの殺意にも似た緊張感を齎す。
 空気の震えが耳に痛かった。生身の『ヒト』であったなら、むしろそれも感じる事はなかっただろうか――ラシェルは一陣の殺意を遣り過ごし、今度は槍と槍の間をくぐってさらに前へと足を進める。
 魔法銃を取りだしてからトリガーにしっかりと指を掛け、目の前の暗闇をじっと睨み付ける――背中で、再び槍が床に突き刺さる音をききながら。

ラシェル:「しっぽ巻いて逃げ出すとでも思っちゃってるわけ?」

 三度、ひとりごちる。
 が、その呟きに、ラシェルの仮説は確信に至った。視界の先で、ぽつんと赤い小さな光が灯されたからである。
 そこだ。
 ラシェルはニヤリと笑う。

ラシェル:「ココだって、ココ――俺の声が聞こえンだろ?」

 さらに高まる、電磁の殺意。
 赤い光――おそらくは機獣の、目だ――の方から、立て続けに5本のナイフのような刃物が吐き出された。この機獣はおそらく、ヒトの声に反応して攻撃を仕掛けて来るのだろう。ラシェルはその華奢に体躯を活かし、自分目がけて繰りだされるナイフの攻撃をひらりひらりとかわして行く。

ラシェル:「ひゃっは…トロくせえなお前!」

 冷たく湿った空気を震わせるラシェルの声、その方向を目がけて立て続けにナイフは繰られ、壁に弾かれては床に散って行く。それらを1つ1つかわしていきながら、ラシェルは確実に赤い光との距離を縮めて行った。
 そして、ナイフは3桁は繰られただろうか。
 金属が積み重なる音の感覚が少しずつ緩やかになり始めたころ、カチャリ。
 ラシェルの魔法銃が、赤い光のすぐ側で安全装置を外す音を立てた。

ラシェル:「サヨウナラ…悪いけど俺、キミの身体が目当てだから。」

 最後の1本をも吐き出し尽くし、機獣の身体が尽きたナイフを弾き出そうと虚しい金属音を立てたのと、ラシェルの構えた魔法銃がまばゆい光を放ったのは、ほぼ――同時だった。
 青白い極光に、みじめな鉄くずの身体を晒し――機獣は魔法銃の1弾にその頭部を吹き飛ばされる。
 まぶしさと、一瞬だけ巻いた魔法の仁風に目を細め、ラシェルはその首を少しだけ傾ぐ。

ラシェル:「――機械は機械らしく、電源切らして死ね」

 魔法銃の勢いに任せ機獣は側部の壁に身体を叩きつけられ、その両手で胡乱に空を掻く。
 ジジ、ジジ、と、半壊した頭部からバッテリーの漏れ出す音がした。
 そして、赤い光が少しずつ薄れて行き、空を掴もうと動かされていた細い金属の腕がかつんと床を叩くのを待って、ラシェルは膝を突く。ポケットの中に手を差し入れ、ほんの少しの金属と電気でできた珍妙な機械を取りだした――懐中電灯、と呼ばれる類のものである。

ラシェル:「ヒトの声、か――なかなか面白いよな…」

 音、に反応する機械の類ならば、彼が以前暮らしていた世界でもさして珍しいものではなかった。
 が、この機獣は、いくらラシェルがわざとらしい足音を立てようが、懐の中で金属音をガチャガチャと鳴らそうが、一向に反応を示さずにいたのだ。
 自分の眷族(と言う呼び方が合っているのかをラシェルはよく知らない)を誤って攻撃してしまわないために、ヒトと眷族の境目を『声』に求めているタイプの機械―――
 ラシェルは仄かな懐中電灯の明かりを頼りに、目の前でぐったりとこときれた機獣の身体を手探りで探っていた。

ラシェル:「独り言でもぶつぶつ言ってない限り、ここでパーティは全滅、と…。って事は、この先に―――」

 ヒトリモノの為に用意されてる機獣が、いるって事か。
 知らずラシェルはほくそ笑んだ。
 この世界の古い人間たちってのは、なかなか面白いからくり技術を持ってたみたいだ――指先で探り当てた機獣の動力パックの存在に、殊更その笑みは深くなる。
 ラシェルは口唇に懐中電灯を咥えると、両手を使ってその動力パックを外しにかかった。懐の中には、ドライバーやボルト外しなどと言った一揃いの工具を隠し持ってはいたが、この程度の分離ならばそれほどの装備は必要もないだろう。
 外し終えたパックはずっしりと重たく、潮を帯びて湿った空気に長い間晒されていたわりには保存状態も悪くはなかった。錆を防ぐためのこーTングが施されているのか、それともこの金属自体が錆を知らぬ金属なのか。このパックの中にはどんな情報が眠っているのか、そもそも何を司っている部分なのか――ラシェルの好奇心は止む事がない。

ラシェル:「とりあえず、また機会があれば…‥・来てみたいトコ、かな♪」

 動力パックを小脇に抱え、ラシェルは額を拭ってから立ち上がる。
 未だ目の前に広がる虚空に、好奇心を糧にした未練がないわけではない。だが、中央から放射状に広がる道の1つを奥まで進み行けば、帰りにかかる時間と危険はそれだけ増すことになる。
 まずは、今自分の足下に転がっているタイプの機獣がこの遺跡には存在すると判ったことだけでも大きな収穫だと見るべきだ。
 ラシェルはじっと虚空を見据え、そしてからゆっくりと、引き返すために踵を返す。

【終章】

 唯一、機獣の身体を探る間、ずっと彼の心の中を満たしながらも――ラシェルが見ぬ振りをしつづけていた感情があった。
 それは、彼が機獣に触れている間、ずっと彼の心の中で澱のように積み重なり、その存在感を誇示していたものだった。
 だからラシェルは努めて、機獣と無情に接しようと心がけた。
 機械と自分は、大きな隔たりを持つ存在であると。
 自分は、人形などではなく、機械などではなく――きちんと己の意志で行動し、言葉を話す、『ヒト』と等しい存在であるのだと―――

ラシェル:「・‥…ハハ…今更、って感じだよな…」

 左脇に抱えた機獣の動力パックに、歩みを進めながら何げなく右手の指を触れさせた。
 それは、しんと冷え、そしてぴくりとも動かなかった。
 生きていれば、身体は熱を持ち、己の脳でものを考え、悩み、そして行動し、後悔もする。
 生きているからこそ、自分の考えで大切なものを選び、勝ち取るために足を進め、そして今際の際には涙すら流すこともあるだろう。
 それが、生きる者と、生かされる者との差、なのだ。
 自分と、機械の―――差、なのだ。

 潮と、僅かな錆の匂う機獣遺跡。
 そこから抜け出し、地上の空気を肺いっぱいに吸い込み、ラシェルは安堵の息を吐き出した。

ラシェル:「―――ま、コイツも持って帰って来れた事だし、今回はこれで良しとすっかな…」

 そう考えれば、ほんの少しだけ気持ちが晴れたような気がして、ラシェルは笑った。
 空は澄み渡り、そして青かった。
 早く帰ろう、ソーンに――そう呟き、ラシェルは帰路を急ぐ。