<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


天、翔る

 (オープニング)

 インフルという風の神が居た。風の宝玉を守護する神である。
 有能だが病弱で、風邪の神と不名誉な呼び方をされる事も多いが、穏やかな風と心の彼を信仰する者は、それ以上に多かった。
 そんなインフルが、今日は神殿を離れ、彼に似合わない、騒がしい工房に立ち寄っていた。
 工房では、1隻の大きな船が製作中だった。だが、その船は少し様子がおかしかった。
 まず、船だというのに帆が無い。風を受けて走る船では無いようだ。さらに、水面を漕ぐための設備も無い。風を受けず水面も漕がない。この船は一体どうやって走るのだろう?
 インフルは、急がしそうに作業をしているコボルト…手先が器用な犬のような獣人…に声をかける。
 「コホコホ。
  コボリー君。やっぱり船の完成まで、私は持たないみたいだよ。
  また、しばらく眠らないと…」
 インフルの顔色は死人のように悪い。彼は、いつものように眠る必要があった。いつ目が覚めるのか、それともそのまま風に還ってしまうのかは本人にもわからない眠りである。それがインフルという神だった。
 「うぅ、とても残念デス…」
 コボルトは残念そうにしている。
 「ウル君に話はしておいたから、船の試運転は任せるよ…」
 親友の魔道士の事を、インフルは言った。コボリーは残念そうに頷く。
 インフルは、もう一度だけ船の方を見て微笑んだ。
 風を受けず、水面を漕がずに走る船。
 それは、インフルがコボルトの一族の技術を借りて、数百年かけて研究した船だった。自ら風を生み出して走り、空を翔るその船は、文字通り風の神の船である。
 数日後、インフルは神殿で眠りにつき、その数週間後、インフルの船は完成し、試運転を兼ねた船上パーティーが行われる事になった。
 船を操縦するのはインフルの友人で、風の魔法と魔法道具に精通した魔道士ウルである。
 船旅はインフルの神殿からエルザードまでの、テストを兼ねた一泊二日の空の旅だった。当日、インフルと古い付き合いの宝玉の神々や、大地を離れる事を怖がらない命知らずの物好き達が、出発点のインフルの神殿に集まってきた。飛竜の群生地が船の通り道にある事も知らずに…
 
 (依頼内容)
 ・飛空船の完成を記念して、試運転&船上パーティが行われます。
 ・誰か乗ってあげて下さい。
 ・途中、飛竜の群れが襲ってくる可能性が極めて高そうです。

 (乗船NPC)
 ・ウル、ルーザ、ニール、箱売り、ルキッド、ビッケ、マルコ、ミリー、コボリー。
 ・その他プレイングによって登場可能性有り

 (本編)

 1.フェイ、幸也
 
 魔道士ウルが操縦する飛空船の試運転&パーティーが行われるらしい。
 フェイと幸也は、早速、その噂を聞きつけ、白山羊亭の片隅で話し合う。
 「へー、空飛ぶ船でパーティーなんて楽しそうだね!」
 魔法戦士のフェイルーン・フラスカティは浮かれている。いつもの事だ。
 「ああ、楽しそうだな。ただ、馬車じゃ有るまいし、乗り物酔いだから外で休憩とか、そういうわけにもいかないのが問題かな」
 医学生の日和佐・幸也は、想定しうる問題を可能な限り考えようとしている。いつもの事だ。
 「うんうん。お酒とかも飲むしね。乗り物酔いの薬の他に、そういう酔い止めの薬とか、食べすぎに効く胃薬とか、色々用意した方が良いよね」
 「そうだな」
 「じゃあ、頼むね!」
 「そうだな…」
 用意するのは、俺なんだよな…
 なんだかなー。と、幸也は思った。
 かくして、2人は2人なりの準備を整え、飛空船のある場所、インフルの神殿へと向かった…

 2.船は飛ぶのか?

 飛空船が離陸する当日、インフルの神殿には乗船者達が集まってきた。
 インフルの同僚の神2人とその司祭や、インフルと共に船を作ったコボルトの技師達、そして物好きな招待客達である。一行は、神殿で眠りにつくインフルに祈りを捧げた後、飛空船の前に集まった。
 「それじゃあ、そろそろ出発の時間デス。
  もしかしたら、墜落しちゃうかもしれないデス。
  そうしたら、皆さん、がんばって脱出して下さいネ」
 船を作ったコボルトの技師の代表、コボリーが一同に向かって挨拶をした。コボルト族は嘘をつかない正直な種族らしい。
 「いや、墜落したら困るぞ…」
 招待客の1人、トレジャー・ハンターのラシェル・ノーティが言った。
 基本的には、皆、ラシェルの意見に賛成である。例外は魔法を使う必要も無く、自らの羽で普通に飛べる、幻翼人のフィーリ・メンフィス位だった。
 船を見渡すと、確かにしっかりとした造りをしている事は素人目にもわかる。海に浮かべるなら、簡単に沈みそうにもない。だが、果たして空に浮かんで飛んでも平気なのかは誰にもわからなかった。
 「大丈夫だよ!乗っちゃおう!」
 ほぼ何の根拠も無く、元気に言ったのは魔法戦士のフェイルーン・フラスカティである。彼女ほど楽観的な者も稀だったが、まあ、いざ飛空船が墜落しても、自力で何とかするような者ばかり招待されたわけである。一同は、多少の不安を感じながらも飛空船に乗り込んだ。
 「じゃあ、俺は操縦室に行くよ。みんな、窓から落ちたりしないようにね」
 操縦士の魔道士ウルは、そう言うと操縦装置のある部屋へ行った。
 「船が地上を離れたら、乾杯するデス。
  グラスを配るから、シャンパンを注いで下さいデス」
 と、コボリーの指示でコボルト達が手際よく招待客にグラスとシャンパンを注いで回る。一行が集まっている船内の食堂は、すっかりパーティの準備が出来ていた。
 「お酒は色々持って来たから、何でも飲んでねー」
 予め飛空船に酒を積み込んでおいたのは、酒と祭りの神ビッケだ。見た目は水商売の姉さんにしか見えないが、酒の神である。
 「二日酔いになったら、お水を召還しますよ〜」
 水商売というか、ただのぼーっとした姉さんにしか見えないのは水神ルキッドだ。水を召還するのが得意らしい。
 この2人のマイナーな神が、飛空船を作った風の神インフルの同僚の神である。それぞれ従者代わりに司祭を1人づつ連れている。
 「おう!飲みきるまで船を降りないから、そのつもりでな!」
 乾杯の瞬間、飛空船が地面を離れる、その瞬間を待ちきれない様子で、多腕族の戦士シグルマが言った。
 一行は、ざわざわと窓の外を眺めながら、飛空船が飛ぶのを待っている。外にはインフルが眠る神殿が見えていた。
 「ちゃんと、飛ぶかな?」
 落ちたら嫌だな。でも、飛んだら楽しそうだな。と、食堂の隅っこの方で、歌姫のロイラ・レイラ・ルウが、傍らの見習い魔道士に声をかける。
 「飛んだらいいですね…」
 見習い魔道士のニールがロイラに答える。落ちたら嫌だなー。と、彼は悪い方の心配ばかりしていた。
 「でも、不安ですよねー、実際…」
 軽戦士のアイラス・サーリアスも、やはり不安そうにしていた。
 ちゃんと飛ぶのか、そうでもないのかは、皆が気になる点である。
 「フィーリ様、ちゃんと飛ぶと思いますか?」
 契約魔獣のロイド・ハウンドは、主のフィーリに声をかけた。
 「どうなんだろうなー。ま、とりあえず待ってみよう」
 フィーリは契約魔獣に答えた。
 まだ、飛空船は動きを見せない。
 ちゃんと飛ぶのか、そーでもないか。ドキドキしているのは人間外生物も一緒だった。
 「みずねさん、みずねさん、コレ、ちゃんと飛ぶかしらね〜…」
 水神ルキッドが、不安そうに、よその巫女のみずねに声をかけた。
 「いえ、私に言われても…」
 自分が作ったわけじゃないし…と、みずねは返事に困る。
 「大丈夫。きっと飛ぶはずだよ」
 近くに居た織物師、シェアラウィーセ・オーキッドが2人に声をかけた。彼女にも確信があったわけでは無いが、船から感じる風の力は、それなりに信じても良いとシェアラは思った。風の力を操り、船を飛ばすのは魔道士ウルだったが、彼はそれに十分な技量を持っているだろうとも、シェアラは思った。
 コボルトの技師達も、ワンワン。と騒いでいる。彼らにしてみれば、飛空船は一族が数百年かけて完成させた大仕事でもある。是非、飛んで欲しい所だった。
 「…ん、少し揺れたか?」
 医学生の日和佐・幸也が呟いた。何となく、体に振動が伝わってきた気がした。
 「揺れたわね。そろそろ飛ぶんじゃないの?」
 他人事のように、盗賊ルーザが言った。飛空船を操縦しているウルの相棒の盗賊娘だ。彼女の言葉は間違いでは無かった。
 「あ、浮かびましたね。地面が少しづつ離れていくデス!」
 コボリーが窓の下を見て言った。なるほど、飛空船は静かに地面を離れていくようだ。ワンワン。と、コボルト達が完成を上げた
 「じゃあ、神殿で安らかに眠ってるインフル君に乾杯!」
 飛空船が空に浮いたのを確認して、ビッケ…酒と祭りの神が音頭を取った。
 『乾杯!』
 異口同音に声が上がり、一同は手にしたグラスの杯を飲み干す。飛空船は多くの者達を乗せ、静かに地面から遠ざかっていった…

 3.パーティ(幸也、ラシェル編)

 ひとまず、最初の乾杯をした後は自由行動となった。
 とりあえずパーティに興じる者も多かったが、医学生の幸也や、トレジャー・ハンターのロイドといった探究心溢れる面々は、船の構造を調べる事に興味があった。
 幸也とラシェルは、何となく酒を酌み交わす。
 「そっか、お前、あのフェイルーンっていう魔法戦士の娘のおもりばっかりしてるのか…」
 ラシェルはパーティ会場ではしゃいでいる、背中に大剣を背負った少女の方を見て言った。彼女…フェイは幸也の相棒らしい。
 「ああ、毎日大変だよ…」
 幸也はため息をついている。悪い奴では無いんだけどなー。と、パーティが始まった瞬間から遠い目をしがちな幸也だ。
 「ま、まあ、たまには羽根を伸ばして、船でも見物したらどうだ?」
 一緒に船の構造でも見て回ろうぜ。と、ラシェルは言った。元より、船の構造などは調べて回ろうと思っていた幸也に異論は無かった。
 「確か、実際にこの船を組み立てたのは、ここに居るコボルト達なんだよな?
  暇そうなコボルトが居たら、案内してもらうとしようぜ」
 幸也は言って、パーティ会場の各地に散っているコボルト達に声をかけて回る。そういう事なら。と、コボルトの技師達の代表のコボリーが、2人を案内すると言った。
 「コボリーデス。よろしくデス」
 コボリーは犬耳と一緒に、ペコリとおじぎをした。
 「うお、コボリーさん自ら案内してくれるんですか。ありがとうございます」
 「よろしくお願いします」
 ラシェルと幸也も頭を下げた。二人は、コボリーと一緒にパーティ会場を出て、船内に入った。
 「それじゃあ、飛空船の構造の説明を始めマス。
  …と言っても、あんまり話す事は無いデス。
  船そのものの構造は、海に浮かぶ船とほとんど同じデス。
  ただ、風を受ける為の帆や、水面を漕ぐ為の櫂は付いて無いデス。
  代わりに、風の力を船中に伝える為に、壁の裏に風の道を通してあるデス」
 と言って、コボリーは船内の廊下の壁を、コンコン、と叩いた。
 「あと、船の材質は水に強いものよりも、風に強くて耐久力があるのを選びマシタ。
  雷が降って来ても、運が良かったら助かるかも知れないデス」
 などと、コボリーは色々説明した。
 「なるほど、船の構造自体は普通の船と大差無いんですか…」
 すると、やはり船を飛ばしてるのは魔法の力なのかな。とラシェルは思った。
 「そうだ、確か、ウルさんが飛空船を操縦してるって話でしたけど、結局、ウルさんは何をどういう風に操縦してるんです?」
 幸也が疑問を口にした。船が魔法の力で飛んでいるというが、具体的にはどういう力があって、どういう方法でウルはそれを操って船を飛ばせているんだろう?
 「ハイ、それなんデスガ…」
 コボリーは、少し言いにくそうに口を閉じた。
 ラシェルと幸也は、コボリーの次の言葉を待つ。
 「ボク達は、魔法の事はワカリマセン…
  ウルさんならわかると思うんで、聞いてみて下さいデス…」
 コボリーは下を向いた。単にわからないので、言いようがなかっただけらしい。そういう事ならば、ウルに直接聞いてみよう。コボリーも含めた三人は、操縦室へ向かった。
 コンコン。と、軽くノックをする。
 「入ってるわよ。用があるなら、入れば?」
 女性の声がした。幸也には聞き覚えがある。ウルの相棒の盗賊の声だ。どうやら室内に入っても大丈夫そうな雰囲気なので、三人はドアを開けた。部屋は特に変わった所は無く、むしろ殺風景に何も無い部屋だった。ただ、部屋の真ん中に小さな玉がおかれ、側に座っているウルが、その玉に触れているだけだった。盗賊のルーザは、その側でだるそうにしている。
 「船の動力について…?
  真面目に説明すると、三日くらいかかるけども、良いかい?」
 ウルは穏やかに言った。魔法の事なら、何日間でもぶっ続けで話すよ。と、青年は微笑んでいる。彼は本気だ。
 「いえ、どちらかと言うと、適当でも良いんで短く話してくれるとありがたいです…」
 三日…って、今回の旅行は一泊二日で終わりなんですが。と、ラシェルは思った。
 「がんばれ、ウルさん。あんたなら30秒くらいで説明できるはずだ!」
 幸也は、たまには相棒の真似をして元気に言ってみた。
 「幸也君、フェイに似てきたわね…」
 と、ルーザが苦笑している。
 「簡単に言うと…そうだね、まず、この玉が風の力を増幅してくれるんだ。それで、その風を制御しながら船中に送って、船を飛ばしてる感じかな」
 ウルは、本当に簡単に説明を終えた。
 「それだけ聞くと、本当に簡単だけど…
  実際、その『風を制御しながら船中に送る』って言うのが、難しい作業なんですよね?」
 想像力は豊かなラシェルは、ウルの作業の大変さを察した。
 「風の力を増幅する玉って…」
 少し、神妙な顔をしているのは幸也である。そういうマジックアイテムに心当たりがあった。
 「例の宝玉事件の時の、風の宝玉とは違うわよ。
  …あれの簡易版を、ウルとインフル様は以前から造ってたの」
 そんな幸也に、少し低い声で答えたのはルーザだった。
 「なるほど…ウルさんがインフル様と力を合わせれば、それ位の事は出来ますよね…」
 幸也も何となく暗い顔をしている。コボリーも一緒だった。
 「ふーん、何だか良く判らないけど、その玉はスゴイ玉なんですね」
 少し取り残されたラシェルだけが、不思議そうな顔をしていた。
 「あ、すまん。少し前に色々あったんだ」
 以前、ちょっと面倒な事件があったんだ。とだけ、幸也は言った。
 「…じゃ、俺はそろそろ行くよ。幸也、また後でな」
 何やら微妙にワケありっぽいので、ラシェルは部屋を出る事にした。
 …ま、みんな色々あるよな。少し甲板で風でも浴びてくるか。と、ラシェルは船内の廊下を歩いた。 

 3.飛竜が来た(フェイ、幸也編)

 飛空船の操縦室では黒ローブの魔道士が、透き通った玉のようなものに触れている。もちろん、ウルだ。傍らには相棒の盗賊のルーザが居る。様子を見に来た幸也も一緒に居た。
 「そうね、もう少し飛行状態が安定したら、ある程度は自動運転で大丈夫みたいよ」
 「なるほど…ウルさんが不眠不休で操縦し続けるわけじゃないんですね」
 幸也とルーザが話をしている。
 そこに、魔法戦士の娘が、そーっと入ってきた。フェイだ。
 つんつん。フェイが、無言でウルの背中をつついた。
 反応が無い。
 つんつん、つんつん。
 フェイはウルの背中をつつき続ける。
 バシッ。
 ルーザが無言でフェイの頭を叩いた。
 「こら、子供みたいに事をするな!」
 少し遅れて入ってきた幸也がフェイに言った。
 「うぅ、たまには気分を変えて、ちょっとお茶目ふざけたみただけなのに、ひどいよ!」
 フェイが頭を抑えながら言った。『たまには』という言葉には、あえて誰も触れない。
 「ウル君、面白そうだから、私にも操縦させてよ!」
 さらに、彼女はウルに言う。
 「今度、1人乗りの船を作る予定があるらしいから、そうしたらね…」
 ウルはフェイと目を合わせないようにして言う。
 そうして、フェイと幸也がしばらく操縦室見物をしている時…
 ガタガタ。
 不自然に船が揺れた。
 「何か、ぶつかってきたのか?」
 そういう揺れ方だと、幸也は思った。
 言葉より早く、操縦室を飛び出して甲板に向かったのはルーザだった。
 「よくわかんないから、行ってみよう!」
 「そうだな!」
 2人もすぐに甲板へ向かった。
 一方、甲板では一足先に先に出ていた者達がざわざわと話していた。
 「何だ…面白い余興じゃねぇか」
 不適に言ったのは、シグルマだ。
 十数匹か、それ以上の飛竜が船の周りを飛んでいる。体長5メートル程と竜にしては小柄な代わりに飛行能力に長けた種族の竜達だ。どうやらこの空域は近所の飛竜達の縄張りらしく、襲撃を受けているらしかった。
 「飛竜さんの縄張りみたいですね、この辺は…」
 アイラスが言った。
 「飛竜さん達、何となく機嫌悪そうに見えるんですけど…」
 若そうな飛竜が飛空船の脇に火を吐いているのを見ながら、ロイラが言った。
 「遊びたいんだろ?
  …遊んでやろうぜ!」
 好戦的なフィーリは、さっさと飛び立った。
 「飛竜さん達も生きているのですし、出来れば穏便に…」
 逆にみずねは平和を主張した。
 それから、船内に居た者も様子を伺いに甲板に上がってきて、とりあえず飛竜の縄張りを通り過ぎるまで、船をガードする方向で話はまとまった。
 「これ、いざって時に空を飛べる個人用のアイテムだってさ。
  船から落ちたりすると危ないから、みんな持ってた方が良いわよ。人数分は余裕であるから」
 と、一度船内に帰ったルーザが肩にかける翼のような物を持ってきた。
 「おお、良い物があるじゃねーか」
 早速、シグルマは翼を肩からかけると、船から飛び立った。
 「いや、だから、それは非常用の…」
 積極的に使うような物では無いとルーザは言ったが、
 「なーんだ、こういうのがあるなら、早く言ってよルーザちゃん!」
 フェイも翼を肩からかけると、大剣を持って船から飛び降りた。
 「はい、僕は非常時に使う事にします。ほんとに」
 と、2人の戦士を見送りながら、軽戦士のアイラスは翼を受け取っただけだった。
 そうして、元々翼を持つフィーリ、非常用の翼で無理矢理飛ぶ、シグルマとフェイの三人の戦士達は船の周りに展開した。
 「こらー、お前らチョロチョロするな!
  当たっても知らないぞ!」
 ラシェルは文句を言いながら、魔道銃で援護と船に近づいてくる飛竜を迎撃している。
 「空に響くは夢の歌。
  風に乗るのは安らぎの声…」
 歌姫のロイラは眠りをもたらす歌、心を静まらせる歌を歌い始めた。
 ロイドとアイラスはロイラの護衛をするように、側に居る。幸也は甲板の入り口付近で怪我人の治療に備えていた。
 そうして飛竜達の襲撃を受けながら、船は進んでいく。飛空船の外では空中戦が延々と続いていた。
 中でも、元々飛べるフィーリの動きは良い。彼は飛竜の炎の息をかわしながら、飛竜達に近づく。
 「ジーク、倒す必要は無いぞ。飛空船が通り過ぎるまでの間、遊んでやれば良いからな!」
 と、連れの竜に声をかけつつも、フィーリは嬉々としていた。彼は軽い氷の魔法を放ちながら、隙を見て飛竜に肉薄して剣を振っている。
 「フィーリ様ー!
  調子に乗って、船からはぐれないようにしてくださいねー!」
 ロイドが声援を送った。
 元々飛べるフィーリはともかく、作り物の翼で飛んでいるフェイやシグルマは苦労していた。
 フェイは、
 「こらー!
  パーティで楽しんでるんだから、邪魔するなー!」
 と、飛竜に向かって飛びながら愛用の大剣を振り上げ…
 「ありゃ?」
 バランスを崩して、ぐらぐらと揺れた。地面が無い所で、体のバランスを保つのは難しいようだ。
 墜落するのも時間の問題だな……
 と、幸也は甲板に怪我人が居ないか注しつつ、フェイの様子も見ている。
 一方、シグルマも不器用に空を舞っていた。
 しかも、彼は剣を抜いていない。代わりに酒の樽を抱えていた。
 …酒の味を教えてやれば、こいつらもおとなしくなるさ。
 酔っているせいもあるのだろう。シグルマは不適に笑って、飛竜の中でも特に威勢の良いのに向かって飛んでいく。
 「あの人、頭大丈夫なの?」
 ルーザが呆れている。
 「おじさま、お酒が入ると何するかわからないんで…」
 一瞬だけ、ロイラが歌を止めて呟いた。
 飛竜は、まだ襲ってくる。彼らと直接触れる事の無い船内でも、地味に戦いは続いている。
 「それほど強い結界では無いけど、飛竜の炎程度で簡単には焦げないように処理をしてきたよ」
 操縦室に入ってきた、シェアラがウルに言った。
 「ありがとう。
  飛空船の操縦と風の守りを船にかけるのは、一緒には出来ないからね…助かります」
 ウルは言う。
 飛竜達が飛び回っている影響で風の流れも乱れているのか、特に攻撃を受けなくても飛空船の軌道が不安定になってしまう。ウルは操縦室から離れられなかった。
 「うん、もう少しだと思うから、がんばろうね」
 シェアラは、それから飛竜が去るまでの間、操縦室でウルと船の様子を見ていた。
 船の外では、フェイやシグルマが相変わらず作り物の翼で飛ぶことに苦労していた。
 「うぅ、空飛ぶのって難しいよー…」
 そもそも、飛空船が向かう方向へ飛び続けないと置いてきぼりになってしまう。その上で、方向を調整して飛竜に向かわなくてはならない。思うように飛竜に近づけないフェイだったが、それでも飛竜達の間をしつこく飛ぶ事で、船へ向かう飛竜の気を大分逸らす事は出来た。
 段々と飛ぶ事に慣れてきたフェイだったが、一つ大事な事を忘れていた。ルーザに借りた翼はあくまでも緊急用の翼であり、激しく飛び回るようには出来ていなかった。
 かくん。
 と、ふいに左側の翼が折れてしまった。
 「ひぃー!」
 フェイが地面に向かって急降下していく。
 あわてたのは、それを見ていた周りの者達だ。
 「だから言ったでしょ!非常用の翼だって!」
 甲板では、珍しくルーザがあわてている。
 「まあ、ビッケ様が居るから治療役は足りてるよな…」
 俺って、こんな役ばっかりだなー…
 同じく甲板にいる幸也は翼を肩にかけて甲板から飛んだ。急降下するフェイを目指して…
 また、飛竜の背中に飛び乗る機会を伺っていたシグルマも落下するフェイの姿を見つけた。
 「くそ、もうちょっとで飛竜のやつに酒を飲ませてやれたのに!」
 さすがに放っとくわけにもいかず、シグルマも彼女を追いかけた。
 もう1人、落下するフェイを目撃したのはフィーリだった。飛竜の間を飛びながら、彼は比較的周りを見る余裕があった。フェイが落下してるのを見かけたフィーリは、飛竜をさばきながら彼女の方に飛ぶ。
 こうして、船の外で飛竜を引き付けていた者達(+幸也)がまとめて戦列を離れたので飛竜は邪魔されずに船に向かう事になり、甲板付近はしばらく修羅場になった…
 だが、そんな事を知る由も無く、フェイは落下していた。
 「うわー、だめだー!
  魔法でも使えないと、落ちちゃうよー!」
 そうして、しばらくパニックになりながら、ひたすら落下していたが、
 「…あ、そーいえば、私って魔法使えるじゃん」
 やがてフェイは気づいた。
 「適当に吹き上げる風!」
 フェイは魔法で風に乗ると、かろうじて落下を止めた。良かった、良かった。と、安心するフェイだったが、しかし、墜落しないようにするので精一杯だった。とても、船に帰る事は出来そうも無かった。
 どうしようかなー、と、しょんぼりするフェイの所に、幸也とシグルマ、フィーリが降りてきたのは、それから間もなくの事だった。
 「うぅ、みんな、私の事を心配してきてくれて、ありがとう…」
 と、フェイは空中でお礼を言う。
 「全く…自力で飛べるって知ってたら、来なかったぞ…」
 フィーリの声は低い。
 「お前、魔法戦士だったよな、そういえば…」
 幸也は、ため息をついた。
 「まあ、仕方無い。地面に降りようぜ」
 やれやれ。と、シグルマは言った。
 船に戻れない以上、地面に降りるしか無い。
 「多分、船のみんなも心配してるからな。俺は、船に帰るよ」
 一人、フィーリはフェイ達の無事を伝えるべく、船へと帰っていった…

 4.二次会

 「まったく…お前が余計な事さえしなければ、飛竜の奴に酒を飲ませてやれたのに!」
 シグルマは酒を煽りながら、怒っている。
 「嘘だよ!そんな事、出来るわけ無いじゃん!」
 フェイは逆切れしている。
 「だー、逆切れするな、逆切れ!」
 幸也も怒っている。
 地所に降りた三人だったが、幸いと言えば幸い、シグルマが抱えた酒樽は無事だった。とりあえず休憩しながら酒でも飲もう。と、三人は酒樽を開けた。一般的には、やけ酒とも言う。
 怒る者二名、逆切れする者一名、三人の男女は、しばらく怒り続け、やがて、怒り疲れて寝た。
 そして、翌朝…
 「んじゃ、エルザードに帰ろっか!」
 「帰るか…」
 「酒、無くなっちまった…」
 三人は、やれやれ。とエルザードへ向かった。
 その後、エルザードに帰った三人は、飛空船が無事にエルザードに着いた事を聞いた…

 (完)

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / クラス】
【0812/シグルマ/男/35才/戦士】  
【1194/ロイラ・レイラ・ルウ/女/15才/歌姫】
【0401/フェイルーン・フラスカティ/女/15才/魔法戦士】
【1649/アイラス・サーリアス/男/19才/軽戦士】  
【1112/フィーリ・メンフィス/男/18才/魔導剣士】
【1505/ロイド・ハウンド/男/666才/契約魔獣】
【1645/ラシェル・ノーティ/男/15才/トレジャーハンター】
【0402/日和佐幸也/男/20才/医学生】
【0925/みずね/女/24才/風来の巫女】
【1514/シェアラウィーセ・オーキッド/女/184才/織物師】

(PC名は参加順です)


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■         ライター通信          ■
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 毎度ありがとうございます、MTSです。
 今回はNPCまで含めた登場人物が多すぎて、わかりにくい話になってしまった気もしますが、いかがでしたでしょうか? 
 何というか、ライターとしても、フェイのおもりをしない幸也というのをたまには見てみたくなる時があります…
 ともかく、おつかれさまでした。また、気が向いたら遊びに来てくださいです。