<東京怪談ノベル(シングル)>


新たなる旅立ちへ

 虎和泉・エリン・胡蝶 (トライズミ・エリン・コチョウ)は、ふうと大きな溜息をひとつついた。
 自分が元いた世界とはまったく異なる世界。
 パッと目に付くところだけあげていっても、家の作り、人々の服装、髪の色や瞳の色。それに当然文化や習慣も。
 なにもかもが、エリンの元いた世界とはあまりに違いすぎる。
 だが同時に、エリンは妙な違和感に首を傾げていた。どうも服装や外見がバラバラなのだ。様々な髪の色、様々な瞳の色。それに、様々な服――中には、エリンに馴染みのある日本の服を着ている者もいた。
「いったいどうなっちゃったんだろう・・・」
 歩いているうちに見つけた噴水の横にぺたんと腰を下ろして、エリンは通りを歩く人々を眺めた。
 エリンはある探しもののために各地を巡っていたのだが‥‥‥。故郷の世界を旅していた時には、まさかこんな遠い場所にやって来ることになろうとは思ってもみなかった。
 なにせ、足で歩いてこれる場所ではない。船で行ける場所でもない。
 距離がどうのという以前に、ここは、エリンが元居た世界とは地続きではないらしいのだ。
 ここはエリンから見れば異世界――ソーンと呼ばれる世界で、そしてエリンが今居る街の名はエルザード・・・らしいが、実を言えばエリンはまだこの世界のことをほとんどわかっていない。
 ぐるりと街を一周してみて、とりあえずこの街と世界の名を知っただけなのだ。
 もちろん何故自分がこんなところに来るハメになったのかもまったくわかっていない。
 いつもなら、多少知らない場所であろうとも行動あるのみで突っ走って行くところだが、あまりにも違いすぎる世界で、エリンは少々疲れていた。
「これからどうしよっかなあ〜」
 ずぅっと野宿というわけにはいかないから、泊まる場所を探す必要もある。しかしエリンはこの世界のお金を持っていない。
 だがどこでどうやって仕事を探せばよいものか‥‥‥。
「どうかしたのかい?」
 噴水を背に座り込んでいたエリンは、かけられた声に顔をあげた。
 目の前にいたのは、金の髪に碧の瞳を持つ女性。女性は、穏やかな笑顔でエリンを見つめていた。
「ああ、ええっと。急に知らない場所に迷い込んでしまって・・・」
 いきなりまったく違う世界に飛ばされていたなんてどう説明すればよいのやら。迷って言葉を濁すエリンに、女性はなにか納得したような表情を浮かべた。
「そうか、貴方はこの世界に来たばかりなんだね」
「え?」
「ここは異世界の客人が最初に訪れる街、エルザード。貴方みたいに突然の出来事に戸惑っている人も珍しくないからね」
 だから、実は来たばかりの者だろうと予想したうえで声をかけたのだと、女性は軽やかに笑った。
「それじゃあ、街を歩いてる人が妙にちぐはぐなのは‥・」
「いろいろな世界の人がいるからね。もしかしたら貴方と同じ世界から来た人もいるかもしれないよ」
 言ってから、女性はカレン・ヴイオルドと名乗り、天使の広場と呼ばれるこの場所で演奏をしている吟遊詩人だと告げた。
「うちは虎和泉・エリン・胡蝶。助かりました、どうもありがとうございます」
 多少なりとこの世界のことを教えてもらったことで、冷静な思考と落ちつきを取り戻したエリンは、ペコリとカレンにお辞儀をした。
「そんなたいしたことはしていないよ。それより、良かったら街を案内しようか?」
「いいんですか?」
 カレンは、にっこりと笑った。
「ここに訪れる人は皆、聖獣によって認められたか、もしくは招かれた存在だ。だからソーンの民は、そんな来訪者たちを歓迎するんだよ」
「聖獣?」
「この世界には、世界を守護している聖獣がいるんだ」
 エリンの感覚で言えば・・・四肢獣のようなものだろうか?
 納得して頷いたエリンの様子を見て、カレンは楽しげに微笑んだ。
「そうだな、まずは酒場に行くのが良いかな。あそこに行けば情報も仕事もいろいろ手に入る」
「はいっ。よろしくお願いします」
 そうして二人は、連れ立って天使の広場をあとにした。