<PCシチュエーションノベル(グループ3)>


変わった世界、変わらない日々。

 古き故郷『中つ国』を離れ、この世界『聖獣界ソーン』に流れ流れて、多種多様、千差万別の苦労を重ねて幾星霜と言うにはそれほど時間も経ってないが、そんな気分の今日この頃――。

 刀伯・塵(1528)は流転の果て、聖都エルザードに近い山間のとある廃屋に導かれるように住み着くようになった。
 ――いや、住み着く『ハメ』になったと言った方が正しいだろうか。
 そこに広がるは、世界は違えども、相変わらず何かが矛盾しきった居心地のあまり良くない見慣れた光景。
 ――と言うか、違う世界に来てまで、中つ国の住処と同じ様な場所で同じ様な生活をするのもどうよ、と自分にどーしよーもないツッコミを入れたくなるのはさておき。

 塵は麓の町で買って来た、工具や桶に箒に雑巾その他諸々を手早く用意し、手ぬぐいを頭に巻き付ける。
 そして、それなりに住みよい家に改装するために手を動かし始めた。

 盛大に鳴き喚く怪生物達の鳴き声に耳栓をしながら、壁や屋根を補修する。
 窓の向こうからの囁いてくる怪しい発言を無視しつつ、土間を掃き清める。
 餌をねだる人面魚を適当にあしらい、雑巾を絞る。

 そして数時間後。

「ふぅ‥‥なんとか、人間の住める場所になった‥‥って所か」
 壁に開いた穴は全て塞さぎ、溜まった埃は全て拭った。
 まだこれからも手を入れる余地はあるが、とりあえずの改造ビフォア&アフター。
 後は怪生物が去れば言う事ナシだが――まぁ、何処の世界でも贅沢は敵なので仕方ないと少し諦めてみる。
 こうして、ここ聖獣界ソーンに、塵の新たな住処が誕生したのであった。


「‥‥ここだな」
 塵が掃除を終えたその頃、家の前には一組の男女の姿があった。
 二人はどうやら双子の兄妹らしく、その端正な顔立ちは非常によく似ている。
 そして、その独特の装束から、最近ソーンにその姿が増えている中つ国からやって来た『サムライ』と呼ばれる者達であろう彼らは、懐かしげに目の前のあばら屋を見回す。
「‥‥まるで、昔の家みたいですわね」
「ああ、そうだな‥‥親父元気かな」
「父上さまの事ですもの、きっと元気にやってますわよ」
 二人は小さな子供の頃を思い出し、懐かしげに微笑んだ。
 

「さてと、後は玄関前の掃除だな‥‥」
 箒とちり取りを持って玄関の戸を開けた塵の前に、男女の姿が飛び込んできた。
 そして、塵の姿を見た二人は、微笑みながら駆け寄ってくる。
「お前ら、こんな辺境に何しに来たんだ? ここには何もないぞ‥‥」
「親父! 元気にしてたかっ!?」
 男の方が、もう嬉しくてたまらないと言ったばかりの表情で塵に一気に抱きついた。――突然の事に塵は凍り付く。
「あ、あのー、失礼ですが、どちらさんで‥‥」
「自分の息子の姿忘れるなんて酷いな‥‥俺だよ、俺! 己浬だよ!」
 銀髪の青年、無月風・己浬(1581)はイタズラっぽい笑みを浮かべ、抱きついたまま塵の肩を叩く。
「父上さま、お久しぶりです‥‥日吉です」
 青年の後ろに控えていた楚々とした女性――玉響夜・日吉(1582)が深々とお辞儀する。
 思わず塵は彼らのつま先から頭のてっぺんまでじっと見る。――確かに、二人の腕に付いてある数珠は、昔自分が誕生日祝いに与えた物とほぼ同じである。
「‥‥‥‥?」
 怪生物達の新手の嫌がらせかと、塵は思わず後ろを振り返る。
 だが、その場にいた半透明の後ろの人々は『しらないひとー』と塵にさりげなく微妙なアクションを返す。
「まま、ここで話すのもなんだから‥‥中でゆっくり話そうぜ」
「なにせ、十年ぶりですしね‥‥」
 またろくでもないモンスターや新しい怪奇現象にでも化かされてるのか、と思いつつ、己浬に背中を押されるまま塵は家の中に押し込まれるのであった。

「‥‥で、お前達は未来の中つ国から来たのか」
「だーかーらー、可愛い息子を胡散臭そうに見るの、やめてくれよ」
 まだ不安がぬぐいきれない塵の視線に困る己浬と交代するように、今度は日吉が口を開く。
「父上さま、確かに私達の姿がこれですから、いきなりは信じてはもらえないかも知れませんけど‥‥私達は陽翔歴九百二年の中つ国からやって来たんです」
 その瞬間、塵の目が点になる。
「‥‥えーと、俺達が戦っていたのが陽翔歴八百九十二年だから‥‥‥‥ひぃ、ふぅ、みぃ‥‥‥‥十年?」
「だから言ったじゃんか。未来って‥‥なぁ、日吉」
 日吉は微笑みながら首を縦に振る。
 ――ついでに彼女の後ろについて来ている温泉ペンギンも「くぇっ」っと同意の一鳴き。

 ぶっちゃけ。

 ヒルコと呼ばれる繊細な体つきの一族である二人は、十年という長い歳月をあまり感じさせない。ぱっと見で五、六年後、と言った位。
 だがしかし――である。
 小さくあどけなくそして非常に可愛らしかった子供達が、ほんのしばらく(一年未満)見ない間にあっという間に成長して「オトウサンコンニチハ」と言う状況に陥れば――一般的常識を持つ父親なら卒倒の一つや二つも当たり前である。
 勿論塵も例外ではなく――。

 見事に卒倒した。

「‥‥ああっ! 父上様、お気をしっかりっ‥‥!」
「‥‥日吉、桶に水入れて持ってこい! 後手ぬぐいと布団だ‥‥!」
 父親卒倒の予想外(?)の出来事に二人はしばらく混乱した。

 ――そして。

 次に気が付いた時、塵は布団の中に入れられて横たわっていた。
 額には水で濡らした手ぬぐいが乗せられ、張り付いた冷たい感触が心地よく頭を刺激する。
「‥‥ったく、だらしねぇなぁ。‥‥細かい事気にする所は全然変わってないな」
 視界に入るは己浬。
 やはり倒れる前と変わらず、大きいままの姿で苦笑いする。
 ――流石にさっきは夢でこれもまたの夢の続き、とかあまり都合よく考えるのは無理な様で。
「‥‥まぁ、俺達も色々あって成長してるんだ。‥‥そろそろ受け入れてくれよ、親父」
「‥‥おい、色々あったって何だ‥‥」
 父のさりげないツッコミに微妙に目を反らす己浬。
 正直、かなり気になったり。

 その時、厨の方向から暖かい湯気と米を炊く匂いがふわりと届く。
 聞こえるは、リズミカルな包丁の音――日吉が料理でも作っているのであろう。
 それはなんだか妙に懐かしい感じだった。

「じゃ、俺は庭の奴等に餌やってくるからよ‥‥親父はもう少し休んでたほうが良いぜ」
 己浬は横に置いてあった大きな籠を軽々と抱え、庭に出て盛大に餌(鶏肉ぶつ切り)をばらまく。
「さぁ、ぶわーっと食べろよ!」
 怪生物たちは己浬の存在など全く疑問に思わないようで、普通にわらわらと寄って来ては、はみはみと餌を食べ始める。
「(‥‥なんか懐かしい光景だよな‥‥)」
 塵のぼやけた視界の中には、昔と全然変わらない日常の断片が写っていた。

 全ての全てが自分達の世界と勝手が違うこの世界。
 でも、何処に行っても住めば都。
 元居た世界と同じ様に、慣れてしまえばどうって事のない日常に変化していくのであろう。
「(ま、それも一興だな‥‥場所が変わっても、大きくなってもあいつらはあいつら。俺の大切な子供だ)」
 塵は少し笑って、再び静かに目を閉じた。

 それもつかの間。
 眠りに入ろうとした塵の身体にずっしりとした重量感が襲いかかる。
 ふと目を開けてみると、いつの間にか布団の上に怪生物の一つの大きな白ワニが鎮座ましましていたり。
「‥‥おい‥‥誰か‥‥重いからどけてくれ‥‥」

 ――ま、これも相変わらずの日常って事で。