<PCクエストノベル(2人)>


オサカナ天国〜ルナザームの村〜
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【冒険者一覧】
【整理番号 / 名前 / クラス】

【 1696 / 忍 / 剣匠 】
【 0520 / スフィンクス伯爵 / ネコネコ団総帥 】

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☆序章

 雑多な文化、人種、種族、あらゆるものが混沌の中で混ざり合い、融合と断絶を繰り返していつしか、一つ一つの粒子は明らかに個別の形を保ちながらも、数え切れない程のそれらが集まって新しい一個体を形成している、それが聖獣界ソーン。それらの粒子の下となったのは、各地に残る古の遺跡からの出土品、冒険談、或いはインスピレーションなのだと言う。
 だがしかし、それでも尚、ソーン創世の謎が解けた断言するには真実は程遠く、誰もが納得する真実を手に入れる事が出来たのなら、富と名声を一気に手に入れる事ができると言われている。
 それ故、今日も冒険者達・研究者達が名誉と財産を夢見て、仲間と、或いは一人でソーン各地の遺跡へと、果てなき冒険の旅に出る。ある時は危険な、そしてある時は不可思議な冒険に…。
 それがこの世界での言う冒険者たちの『ゴールデン・ドリーム』である。


☆本章
〜未知なる世界は〜

忍:「………」
 最初に出て来た言葉が、『ここは何処だ』では余りに間抜けなような気がしたから、忍はあえて何も口に出さずにいた。が、周囲を物珍しげに見る視線と、周囲の人達が忍を物珍しげに見る視線から、自分が『ここ』では異質な存在である事は、嫌でも知る事になり、その多少居心地の悪い雰囲気に、気まずそうな顔をしてぼりぼりと後ろ髪を手で掻いた。
忍:「しかし、まぁ何と言うか…初めての地と言うのは、どこでも似たようなものだな」
 似たような、とは、自分にとって見た事がない故に見慣れない風景であると言う意味であって、その風景そのものに馴染みがある訳ではない。特に今、忍が見ているソーンの世界は、それまで彼が居た世界には全くと言っていい程無かった文明であるから、似たような、の中でも特に際立った存在になりそうであったが。いずれにしても、このままそこに立ち尽くしていても何の進展もなさそうだし、時間が経てば腹も減る。第一、この街道のど真ん中、人通りの多い往来の真ん中で仁王立ちしていては、人や荷車の行き来の邪魔になろうというもの。その辺りはどこの国でも同じなのか、「邪魔だ、退け!」の罵倒が忍に向けて浴びせ掛けられ、忍はしょうがないなぁと肩を竦めると、その場から一歩、足を前へと踏み出した。

 ここはルナザームの村。聖都エルザードから川を下って東南へ、小さな村であるが漁港としてこの周囲では有名で、この辺りの食卓に上がる魚の殆どがここで水揚げされる。それ故か、村人の大半が漁師か、またはそれに準ずる職業で、村の中も、市場か小売り店か、或いは魚料理店、そのような店構えが殆どである。生臭いような、水と魚の匂いをどこか懐かしく嗅ぎながら、忍は新鮮な魚が次々と搬入される、卸売市場へと足を向けた。
男:「さぁさぁ、いらっしゃい!今日も新鮮な魚が目白押しだよ!」
 如何にも魚屋らしい、威勢のいい掛け声がそこここに響く。忍が首を伸ばして人集りの中を覗き込んで見ると、そこには平たい木箱に山積みにされた、大人の掌程の大きさの魚があった。その外見に忍は全く見覚えが無く、だがそこで不安を覚える前に、世の中には色んな魚がいるもんだなぁ等と感心する方向へといく辺り、忍は根本的に幸せなのかもしれない。
男:「どうだい、そこのにーちゃん!コイツはからっと揚げて塩で食うのが一番だぜ。二度揚げすれば骨まで食える。この季節だからこその旨味だが、数匹どうだ?」
忍:「食ってはみたいが、何しろ先立つ物がなくてなぁ…」
 正直に打ち明ける忍に、逆に好感をもったか、或いは元々の忍の持つ雰囲気故か、そんな言葉を返した忍に、男はカラカラと豪快に笑い飛ばした。
男:「そうかい、それならちぃとここで働いて来な?そうすればコイツが食えるぐらい日当は出してやるぜ?」
 時給幾らとか就業時間はとか残業手当はとか、そんな細かい取り決めなど無いこの世界である。まして、忍の元居た世界でもそれはある訳もなく。よって、忍はその男の申し出を実にあっさり快く受け入れ、魚の詰まれた木箱を台車に積んで、広い市場内をあちらこちらへと走り回り、そして幾許かの金を手に入れたのであった。

〜腹が減っては〜

 人間、どんな困難に出会っても、また深い悲しみにくれたり悩みがあったりしても、腹は減るものだったりする。実際、今の忍の身の上はそう言う事なのだろうが、生来の性格からか、今の事情を困難とは捉えていない所為か、忍は至って平素のままだ。
 …ただ、一つの事を除いては。
女:「……もう一度言っておくれてないかい?」
 鮮魚料理店のおかみさんが、眉を顰めて忍にそう言う。忍は、そんなおかみさんの不穏げな表情など気にした様子もなく、いつも通りの声音でもう一度言った。
忍:「だから『寒ブリ』。聞いた事ないか?魚の名前だったと思うのだが…」
女:「…聞いた事ないねぇ……この辺の魚じゃないんじゃないかい?アンタの恰好も変わってるしね。何処の出身だい?」
忍:「…………。さぁ」
女:「さぁ、って…」
 忍の呑気な返答に、おかみさんは思わず苦笑いをする。いずれにしても忍が知りたかった『寒ブリ』と言う名の魚の事に付いては知らないらしい。忍は、丁寧に礼を告げて先程食したランチの代金を支払うと、その店を出ていこうとした。
忍:「………お」
 店の、開け放したままの扉を潜って往来へと出ようとした忍の目の前を、一人の長身の人物がほてほてと横切って行く。忍がいた世界では珍しい(ような記憶が若干ある)銀色の髪に橙色に近い金色の目。それだけなら、他にも見掛けたような外見であるが、それ以上に忍が惹かれたのはその人物の頭にあるもの。時折、ひくひくと蠢いてはアンテナのように方向を変えるそれ、それは俗に言う猫耳と言うものであり、ついでに言うとその人物には長くしなやかで、それ自体別の生き物のように動く猫尻尾まで付いていたのである。
忍:「…さすがは異国。猫が二本足で歩いている。しかも、人の姿をしている。俺が見て来た猫達の、どれと比べても格段にでかいし。いや、世間は広いな。俺が知っている世界など、所詮は微々たるものに過ぎないのだろう」
 等と感心しつつ、忍の足は自然と目の前を歩く人物の後を追う形になっている。最初は唯の好奇心だったが、ふと思い付いたよう、忍はぽんと手を打った。
忍:「そうだ、猫なら魚の事に付いても詳しいだろう。もしかしたら、この村の人では知り得なかった、『寒ブリ』の事も知っているかもしれないな。……おーい、そこな猫な御人!」
 その気になったら迷わず一直線、忍は前を歩く人物へと声を掛けた。その呼び方では己しか該当者はおらぬとばかりに、前を歩いていた人物がくるりと振り向く。猫耳が、ぴくんと震えて真っ直ぐに、その隻眼と共に忍の方へと向けられた。
伯爵:「猫な御人ではない。私はスフィンクス伯爵。何か用か、そこな人」
忍:「そうか、スフィンクス伯爵か。俺は忍。よろしく、伯爵。……で、用と言うか、聞きたいのだが。伯爵は、『寒ブリ』と言う魚を知らないか?」
伯爵:「カンブリ?」
 いきなりの尋ね掛けにも驚いたが、相手の、少年らしい見た目とは裏腹な、年輪を重ねたような落ち着き払った態度が伯爵の興味を惹いたようだ。ほぅ、と一声漏らして頭上の猫耳をぴくぴくと動かし、伯爵は自分の顎を指で擦った。
伯爵:「聞いた事がないな。それは魚の名前なのか?」
忍:「おそらく。俺も記憶が無いので、おそらくとしか言いようがないのだ。ただ、魚の名前のような気がしたので、ここに来たのだが…」
伯爵:「ほほぅ、忍は記憶が無いのか。それは不便な事だな」
忍:「いや、それ程でも」
 記憶がないと言う、かなり重要な事柄を話している割にはお互い呑気で穏やかな雰囲気なのが変わっていると言えば変わっているか。
伯爵:「まぁ良い。忍がそれに困っていないのならそれに越した事はない。どうだ、役に立てなかったお詫びに、何か美味い物でも奢るが?」
 忍は、つい先程食事を終えたばかりだと言うのに、思わずこくりと頷いてしまった。美味しい物を、と言った時に伯爵の表情が、そのクールな外見にはそぐわない程に、ほんわりと幸せそうに緩んだのに釣られてしまったのであった。

〜名物に美味い物は〜

伯爵:「この村の名物はやはりなんといっても魚だが、その中でもこの、街頭で食す白身魚のフライは絶品なのだ。この種の魚は生で食してもあまり美味くはないが、熱を加えることによって旨味が変化し、全くの別物と言っても過言ではないのだ」
 伯爵が蘊蓄垂れつつ、忍に奢ってくれたのはまずはこの世界ので俗に言うファーストフード、白身魚のフライを茹でた野菜と共に胚芽のパンに挟んで食べるものだ。中に添えるソースが数多くあり、お好みで選べる所が末長い人気の一つらしい。
伯爵:「一般的に人気なのは、この、魚の出汁で取った甘めのソースだが、私はこっちのタマネギ風味甘酢ソースの方がお薦めだ。若干とは言え、揚げ物の脂っこさがすっきりとして幾らでも食える」
忍:「なるほど、その日の気分によっても選べると言う訳だな」
 忍は感心しつつ、手が汚れないように紙に包まれたそれを美味しそうにぱくついている。如何にも美味しそうに食べるその様子に、伯爵も満足したように、忍と同じ表情で食べていた。
 ふと、伯爵の視線が忍から逸れる。それに釣られて忍もそちらの方を見ると、一匹の猫がほてほてと通りの端を歩いていくのが見えた。それを見た伯爵の表情が、ほわんと暖かくなるのを見た忍は、猫の方を指差して言う。
忍:「伯爵はやっぱり猫が気になるのか」
伯爵:「気になると言うか、同志だからな。そうでなくとも、動物は皆好きだ。心が和む。忍は、猫が嫌いなのか?」
忍:「嫌いじゃないけど、猫よりは犬の方が好きだな。…そう言えば、この村ではあんま犬の姿を見ないな」
伯爵:「漁港の村だからな。自然と猫の方が増えるのだろう。中には、魚を盗もうとする猫を防ぐ目的で犬を飼う人間も居るらしいが」
忍:「そうか。人間は多いんだがなぁ…」
 人の数と、犬猫の数を比べるのもどうかと思うが、忍や伯爵にとっては当たり前の事らしい。その通りだと伯爵も頷いた。
伯爵:「また、ここは魚の縁のある村だから、魚を飼う人間も多いぞ」
忍:「魚を飼う?」
 さすがに、その発想は忍にとっては聞き慣れないものだったらしい。驚いた表情の忍に向け、伯爵が大仰に頷いてみせる。
伯爵:「ああ、この辺だけに生息する魚類で、食用にはならぬが体色の綺麗なものがあるのだ。小さな鱗が虹色に光って、それは実に美しい。これらが生きたまま捕らえられると、愛玩動物として高く取り引きされるのだ。魚故にその飼育は難しいが、その困難さからか、金持ちのステイタスシンボルにもなっているらしい。それも、この村の名物の一つだな。体色の美しさによっては驚く程の高値で取り引きされるものもある。鑑賞魚の盗難騒ぎなど、ここでは日常茶飯事だぞ」
忍:「…食べられないのか」
 忍にとっては、その事が重要だったらしい。残念そうに呟く忍を見て、可笑しげに伯爵が喉を鳴らした。
伯爵:「名物に美味い物なしと言うが、まぁこの村でそれが当て嵌まるのは、その魚ぐらいだな。あとはどれもそれぞれに美味い」
忍:「伯爵は詳しいのだな。やはり猫だからか?」
 猫だから魚料理に詳しいのか、と聞いたつもりだったのだが、伯爵は自慢げに頷いてこう答えた。
伯爵:「ああ、猫と言うのは好奇心旺盛で新しもの好きだからな。何か興味を惹くものがあればすぐに飛び付く。私の場合は、それが美食だったと言う訳だ」
 尤も、飽きるのも早いが。それはあえて口に出さずにいた。

忍:「…あ、あそこにも猫が。しかもあんなにたくさん」
伯爵:「あの店は有名な魚料理店だが、店主が出来た人間で、残った魚のアラなどを猫達に分け与えてくれるのだ。それで猫達もああして集まってくるのだ」
忍:「なるほど…伯爵は猫事情には詳しいのだな」
 感心して忍が伯爵を見詰めると、伯爵は自慢げに自分の顎を指で撫でた。
伯爵:「まぁそれも当然と言えば当然だ。…だが、ここの猫達の数はしっかりとは把握してはいないな。人間と犬の比率もな。いずれはちゃんとした調査をせねばなるまい」
忍:「それは何かの役に立つのか?」
 忍の問い掛けに、伯爵はただ、ふふんと口許で笑ってみせただけだった。
忍:「俺はやっぱり、『寒ブリ』の事が気になるな…」
伯爵:「そう言えば、そんな事を言っていたな。私が聞いた事が無いと言うことは、古代語の一種かもしれぬ。図書館や遺跡などはもう調べたのか?」
 伯爵がそう尋ね掛けに、忍は「トショカンって何だ?」と聞き返す。少しだけ呻いて、伯爵は尻尾の先を揺らした。
伯爵:「忍は、まずはこの世界に馴れる事から始めた方が良いかもしれんな。謎を探るのはその後からでも遅くはあるまい」
忍:「ああ、俺もそう思っていた。この世界には俺が見た事の無いものばかりだが、居心地が悪い訳ではない。もっと他にも俺の知らない事、知らない物がありそうだし、今暫くはのんびりさせて貰う事にしよう」
 そう言って笑う忍に、今度は伯爵の方が釣られて笑み返した。


☆終章

 そうして一通り、ルナザームの村を探索した二人だった。小さな村とは言え、店の数や種類は多く、この村の名物を味わい尽くしたかと言えば、まだ触れていない部分も多く残っていた。それを聞けば楽しみが増えたとばかり、忍はまたこの村を訪れる事を誓うかのよう、土産物屋に売っていた、小さな木彫りの魚――何故か魚に人間の足が生えていると言う、一風変わった彫り物を買い求め、懐にしまうとまた日銭を稼ぎに、仕事を捜してどこかへと行くのであった。


おわり。