<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


新米冒険者―正義の味方は大掃除―

〜オープニング〜
「こんにちはー!」
ぴりぴりと肌を刺激する寒さの中、いつもと変わらぬ元気な声と共に、白山羊亭へ一人の少女がやって来た。
赤い髪を無造作に短く切った少女マーガレットこと自称・勇敢な大冒険者ロバート・ブリンダムは頬を赤くしてルディアの側へ駆け寄った。
「あら、こんにちは。マーガレットちゃん」
「ちっがーう!ボクの名前はロバート!!偉大な大冒険者とはボクの事だ」
えっへんと胸を張ってみせる少女にルディアは皿を拭きながらはいはい、とやり過ごす。
「……なんかノリ悪いなァ」
「そう?気のせいじゃない?」
「むぅ……ま、いいか。あのね、あのね、ボクさ考えたんだけど……」
ロバートの考えた、という言葉に嫌な予感がしてルディアは手を止め彼女を見た。
彼女はとてもワクワクしたような顔でこう言った。
「お手伝いしようと思うんだ!」
「……は?」
ロバートの言っている意味が良く分からず、ルディアは首を傾げる。
「だから〜もう今年も終わりでしょ。いろいろ大掃除とか来年の準備とか大変だと思うし。だから、ボクが手伝おうと思ってさ」
にこにこと笑顔で言い、最後に、正義の味方は困ってる人の助けにならないとね、と付け加えた。
ルディアはしばらく目を瞬かせていたが、ぱっと顔を明るくしてロバートの手を強く握り締めた。
「エライ。えらーい!さすがは未来の大冒険者ね」
「えへへへ」
誉められ嬉しそうな笑みを浮かべるロバートにルディアも笑顔を向ける。
「あのね、一人暮らしのおばあさんがいて大変そうだなって思ってたの。そのおばあちゃんを助けてもらえる?」
「まっかせといて!」
「本当?ありがとう」
ルディアはロバートにそのおばあさんの家の地図を書いて渡すと、意気揚揚と去っていくロバートの背に手を振った。
「……とは言っても、ちょっと心配。他の人にも頼もう」
一つ頷くと、ルディアは誰か手伝ってくれる人がいないか探し始めた。

■不幸な人々?
「……と言う訳なんです。手伝ってもらえませんか?」
ルディアは不幸にも居合わせてしまった面々にそう頼んだ。
「えぇ、いいですよ」
微笑みを持ってそう即答したのはアイラス・サーリアス。
彼はロバートが店にやって来た時から、ちょっと変わった子に興味を持って見ていたのだ。
「ありがとうございます、アイラスさん」
「いいえ。でも、ちょっと変わった子ですよね。ロバート……ちゃんですか? 男の子の名前ですよね」
「はい。本人が未来の大冒険者、ロバート・ブリンダムだ! ……ってマーガレットちゃん、言ってるものですから」
ロバートの真似か、腰に手を当て胸を張って言ったルディアは苦笑した。
「大冒険者ねぇ……随分と大きく出たもんだぜ」
アイラスの隣で首を擦りながら、アークフレイムは笑った。
「ま、ガキはそんくらい元気があった方が良いぜ。俺のガキの頃なんざ、もっと酷かったからな」
不遜な笑みを浮かべるアークフレイムに苦笑しか出ないルディアは、ちょっと首を傾げて尋ねた。
「えっと、アークさんも手伝ってくれます?」
「……ま、たまにはそういうのも悪かねぇかな。人助けだと思ってよ、一肌脱いでやるぜ」
「ありがとうございます」
微笑んで礼を言ったルディアは、最後の一人に視線を向けた。
何故かこの場に居合わせてしまったイルディライは自分の運の無さに溜息をついた。
「あの、イルディライさんも手伝ってくれませんか?」
おそるおそるそう口にしたルディアの目を見ないようにしていたイルディライだが、彼女の期待の篭った視線に耐えかねたのか立ち上がる。
「イルディライさん?」
「……婆さんが心配だ。やるならさっさと終わらせる」
「イルディライさん!」
ぱっと顔を明るくするルディアは、だがすぐに表情を曇らせる。
「そう言われればそうかも……」
「何を言っているんです?」
「たかが、婆さんの手伝いだろうが。何を心配する事があるってんだよ」
アイラスとアークフレイムの笑いはだが、切羽詰ったルディアの声に掻き消された。
「あぁ、どうしよう! おばあちゃん大丈夫かな?」
慌てるルディアにさっさと出口に向かい歩き出したイルディライ。
アイラスとアークフレイムは顔を見合わせ、慌てて立ち上がった。

■お片づけな人々
「必殺・ホコリ叩き!! うりゃりゃりゃりゃ〜」
バタバタとはたきを大きく叩きつけながら、ホコリが口に入るのも気にせず大きく開けて奇声を上げるロバート。
「やめい!」
「って〜! 何するんだよ」
後頭部を叩かれ、ロバートは頭を擦りながらアークフレイムを振り返る。
「お前は片付けに来たのか、散らかしに来たのかどっちだ?」
「もちろん、片付けに決まってるじゃないか!」
何故か得意げに胸を張り、答えるロバートを小馬鹿にしたような大げさな溜息をつくアークフレイム。
ムっとなり、何か言い返そうとするところをアイラスが笑顔で遮る。
「そうだよね。もちろん、片付けだよね。でも、折角落としたホコリをまた舞い上げちゃダメだよ」
「え……うん」
勢いを殺がれ、曖昧に頷くロバートの背を押し、アイラスはにこにこと自分もハタキを手にした。
「さ、僕も一緒にやるから、頑張ろう」
まるで保育園児と保父さんのようだな、と苦笑するアークフレイムはロバートの背に言った。
「ちゃんと掃除しろよ」
「分かってるよ!」
言い返すロバートの元気な声に、一人溜息をつくイルディライはあまり他の者たちに関わらないように……特にロバートを避けるようにキッチンへと入った。
使い尽くされた古いキッチンは彼を落ち着かせる。
だが、毎日使っている所とはいえ長年の汚れは溜まっている。
さっそく袖を捲くり、キッチンの掃除を始めるイルディライはポツリと呟いた。
「…………終わったら、スープでも作るか」
誰に、という訳では無いのだろうが何気ない思いつき。
そんなところが彼に対する他人の印象を良くしているという事に、彼は気づかず、いつも首を傾げる結果となるのだが……ま、ほっておこう。
「おい、ばあさん。こりゃゴミか? あっちのもんと一緒にして捨てちまってもいいのか?」
「あぁ、そうそう。捨てておくれ」
確認を取ったアークフレイムはとりあえず、ゴミを一纏めにして家の外に置く。
「すまないね。こんな事手伝わせて」
「何、気にすんなよ。俺たちゃ好きでやってるんだからよ」
不敵に笑うアークフレイムに申し訳無さそうに、でも嬉しそうな笑みを浮かべる老婆はありがとう、と言った。
「いいですか? ホウキを使う時は腕に力を入れすぎず……あぁ、そんなにホウキの先が曲がってはダメですよ」
「もうっ!一人で出来るよ〜」
「おや、そうですか?」
あまりに子ども扱いされる事に嫌がるロバートだが、アイラスはそんな事には気づかない。
自分では子ども扱いしていないつもりなのだが、無意識なのか意識的になのか、態度にはどうしても出てしまうらしい。
だが、ロバートは兄のように頭からダメだダメだと言われれば逆に意地になって反抗するが、アイラスのように悪気がなく笑顔でやって来る相手にはどう対応していいのか分からないらしい。
「……ほう。意外な天敵現る、か」
「ま、あのガキはこれで下手に暴れんだろ」
感心したような口調のイルディライにアークフレイムは呆れた顔で二人を見た。
「ちょっと、一休みしないかい? 疲れただろう。クッキーがあるんだよ」
皿一杯のクッキーを持ったおばあさんはにっこりと微笑み四人に言った。

■ご苦労様な人々
外は夕暮れ。
年の瀬の活気溢れる市場から戻ったイルディライとアークフレイムは部屋の暖かさに、自然強張っていた体の緊張を解いた。
「ご苦労様」
帰って来た二人に笑顔で言ったおばあさんへアークフレイムは両手の荷物を掲げてみせる。
「どっさり買ってきたからな。これで難なく年越せるぜ」
「おっかえり〜!ねぇねぇ、お土産は?」
纏わりついて来るロバートを無視するように歩くイルディライは一言。
「ない」
と、食材をキッチンへと運び入れる。
「なんだよ、ルディのケチ〜」
「そんな事より、ちゃんと掃除したのかよ」
「えぇ、もう終わりましたよ。ね?」
アークフレイムの言葉にアイラスはロバートに相槌を求めると少年のような少女は胸を張った。
「もっちろん! どうだー」
「いや、どうだと言われてもな」
苦笑するアークフレイムに大げさにロバートは腕を振り、拳を握る。
「上から下までホコリを落とし、窓はあのとおり! ぴかぴかじゃないか。これがボクの実力さ」
「そうそう。ロバートちゃんは頑張ったもんね」
「……ちゃんは止めて」
悪気はないだけに怒れないらしく、言葉少なくロバートはアイラスに言う。
その様子に大笑いするアークフレイムの足をぶぅと頬を膨らませるロバートは思い切り蹴飛ばした。
「イテっ! 何しやがる、このガキ!!」
「おう、やるかー! 相手になってやる。かかってこーい!」
睨み合う二人だが、漂って来た良い匂いに二人同時にお腹の虫が鳴いた。
「おやおや」
「ははは、もう夕飯の時間ですからね。そういえば、僕もお腹が空いたなぁ」
気恥ずかしそうに微かに頬を赤くするロバートとアークフレイムに微笑むアイラス。
「おや、出来たみたいだねぇ。良い匂いだこと」
おばあさんの振り向いた先、キッチンから出てきたイルディライは鍋を持っていた。
「ルディ、何ソレ?」
「……スープだ」
「うおー旨そうじゃねーか。これ、お前が作ったのか?」
「うわ〜美味しそう〜」
お互いの頭をつき合わせるように鍋を覗き込むロバートとアークフレイムに口の片端だけあげて笑ったイルディライは二人に言った。
「皿とスプーン」
「え?あ、はい。お皿とスプーンだね!」
素直に取りに行くロバートとアークフレイムの背をくすくすと笑いながら見送るアイラスは目を細めた。

いつもは一人寂しい静かな食卓も今日は明るく暖かい。
日が沈み、また明日がやって来る。
誰もが穏やかで、優しい時間が過ごせますように……
今日も一日お疲れ様。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【1649/アイラス・サーリアス/男/19歳/軽戦士】
【1721/アークフレイム/男/20歳/ぶっ壊し屋】
【0811/イルディライ/男/32歳/料理人】

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■         ライター通信          ■
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明けましておめでとうございます。

イルディライ様
旧年中は依頼のご参加とファンレター有難うございました。
今年もどうぞ宜しくお願いいたします。
今年は期限より早く皆様にお届けする!
をモットーに頑張りたいと思います。

では、今年が貴方にとって幸多き笑顔の絶えない一年になりますように・・・