<PCクエストノベル(1人)>


ボルシチ、それは愛…

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【 0849/ 鷲塚 ミレーヌ/ 派遣会社経営】

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◆ ボルシチ女王登場

 暗闇の中に佇む長身の姿。長い金髪の髪は腰まで垂れ、青い瞳をした美女だった。
 ふっと髪をかきあげ、宙を見据える。

 ボルシチ女王:「おのれ、目障りなガーデンファイブめ。どれだけ邪魔すれば気が済むのやら。」

 ぎりぎりと拳を握り締め、顔を歪める。彼女の前に、1人の人物が進み出た。

 部下その1:「ボルシチ女王様。私めが今度こそ必ず。」
 ボルシチ女王:「よかろう。そちの働き、期待しておるぞ。」
 部下その1:「はっ!」
 ボルシチ女王:「見ておれ、ガーデンファイブ。オーッホホホホホホ。」

 高笑いがぐわんぐわんと空間に響き渡った。



「はい、カットー!!」

 監督の声がかかり、ぱっと照明が照らされて周囲が明るくなった。

 監督:「よかったですよ、鷲塚社長。これはいいプロモが出来ますよ。」

 ボルシチ女王役の鷲塚 ミレーヌ(わしづか みれーぬ)はにっこりと微笑んだ。
 現在、「派遣戦隊ガーデンファイブ」のプロモ撮影を行っているのだった。

 ミレーヌ:「それはよかったですわ。わたくしがここまで足を運んだ甲斐があったというもの。」
 監督:「最高の出来にして見せますよ。」
 ミレーヌ:「期待してますわ。……ところで、今日の撮影はこれでお終い?」
 監督;「ええ。明日、ガーデンファイブに負けたシーンを撮りますので、朝10時までに準備を終えておいてください。」
 ミレーヌ:「分かりました。では、お疲れ様です。」

 打ち合わせを終え、ミレーヌは退室した。
 そして、メイクを落とし、服を着替えると、いそいそと町へ繰り出していった。



◆ ボルシチ女王、事件に巻き込まれる

 ミレーヌが現在訪れているハルフ村は、ある日突然温泉が湧き出したことで有名となった村である。観光客も多く、ミレーヌもその例に漏れなかった。

 ミレーヌ:「なかなか活気のある町ね。」

 旅館の並ぶ通りを颯爽と歩いていく。それぞれの旅館に、色とりどりの看板が掲げられ、温泉の効力などが書いてある。趣を凝らしたそれは眺めているだけで楽しかった。
 しばらく歩いていると、人だかりになっている場所にぶつかった。

 男1:「ふざけるんじゃねぇっ!」
 男2:「いい加減にしろよ、親父!」

 数人の男が蹲っている人をげしげしと蹴っている。周囲の人たちは止めるでもなく、呆れたように眺めているだけだ。

 ミレーヌ:「やめなさい!!」

 溜まらずミレーヌは割って入った。蹴るのをやめて、男たちはミレーヌに向き直る。

 男3:「なんだネエちゃん、邪魔する気か?」
 ミレーヌ:「どういう経緯でこうなったのか、説明しなさい。」
 男2:「じゃあ、あんたも知らなかった口だな。」
 ミレーヌ:「何のこと?」

 ミレーヌが首を傾げると、のろのろと身体を起こした壮年の男に、男の1人が顎をしゃくった。

 男1:「あそこの宿の主人だ。こいつ、俺たちに怪しげな食べ物を食べさせようとしやがって。」
 宿の主人:「怪しげな食べ物とは何だ! あれは立派な創作料理だぞ。」
 男3:「結構有名らしいぞ。客を実験台にしているって。」
 宿の主人:「私の料理を馬鹿にするは許せん!」
 男2:「ふざけるなっ! こっちはそれで死にかけたんだぞ!!」
 ミレーヌ:「……何やら大変なことがあったみたいね。」

 話を聞きながら、ミレーヌは困ったように顔を顰めた。うっかり仲裁してしまったが、放っておいた方がよかった。

 ミレーヌ:「戦隊ものなんてやってるから、首を突っ込むようになっちゃったのかしら。」

 悪役であることを棚に上げて、ミレーヌは呟いた。

 宿の主人:「見たことのない野菜が手に入ったんだ。食べてみたいのが心情だろうが。」
 男1:「1人で食べろよ!」
 男2:「なんだあの苦さは!」
 男3:「えぐかったぜ……。」
 宿の主人:「赤いカブみたいな奴だったから、色合いがいいと思ったんだがな。」
 男たち:「味見してなかったんかい!!」

 男たちが、やっぱり殺る、と殺気立った中、ミレーヌは驚愕に飛び上がった。

 ミレーヌ:「おじさん、その食材見せてちょうだい。」
 宿屋の主人:「いいぞ。台所にあるから持ってこよう。」
 男2:「逃げる気か!」
 ミレーヌ:「お黙り。もし、その食材がわたくしの思っている通りのものだったら、後でゆっくり美味しい料理を食べさせてあげるわ。」

 冷酷に笑うミレーヌに男たちは揃って黙り込んだ。



◆ ボルシチ女王の解決法

 ミレーヌ:「ああ、やっぱりビートだわ!」

 ミレーヌは宿屋の主人に見せてもらった食材に、目を光らせた。

 ミレーヌ:「ありがとうございます、ボルシチ神様。わたくしには神託が見えましたわ。」
 男3:「……何を言ってるんですか?」
 ミレーヌ:「ボルシチ神様へ感謝の言葉を述べているのよ。後3時間は余裕だわ。」
 男1:「それより、先に料理を作ってくれ……。」
 ミレーヌ:「仕方がないわね。」

 気が済んだのか、ミレーヌは宿屋の主人を振り返った。

 ミレーヌ:「これはビート、もしくはビーツと呼ばれる赤カブの1種ですわ。軽く火を通しただけでは、苦味とエグミが残るの。解決法は1つ、じっくり煮込むのよ。」

 水を入れた鍋を火にかけ、その間にビートを細かく刻む。煮立った後、玉ねぎとビートを加えて更に煮る。

 男2:「何が出来るんだ?」
 ミレーヌ:「今からそのビートを使った料理、ボルシチを作るの。他の野菜とかいろいろごった煮が出来るから、メニューとしていいんじゃない?」
 宿屋の主人:「よろしくお願いします、先生。」
 男3:「絶対、この親父、これから何をいれて煮込もうかとか考えるって。」
 ミレーヌ:「そこまで責任持てないわ。わたくしはこのビートを使ってボルシチを作るだけ。」
 男1:「この人もやばいぜ〜。」

 逃げるに逃げれず、男たちは半泣きでテーブルに突っ伏した。
 その後、人参、ジャガイモ、キャベツを加え、味付けをしてボルシチは完成した。

 ミレーヌ:「お待たせ。どうぞ、ご賞味あれ。」
 男たち:「……本当に長かった…………。」

 ミレーヌは夢中でボルシチを作っていたので気付かなかったが、煮込みに大層時間をかけていたので、すっかり夕方になってしまっていたのだ。

 男1:「今なら、空腹のあまり何を食べても美味しく感じてしまいそうだ……。」
 男2:「それでも、あの不味さには飛び上がったじゃないか。」
 男3:「とりあえず、いただきます。」

 一口食べて、男たちは目を瞠った。

 男たち:「美味しい!!」
 ミレーヌ:「でしょう?」

 オホホホホ、と勝ち誇った笑い声を上げた。

 宿屋の主人:「ありがとうございます、先生!!」
 ミレーヌ:「ボルシチは愛が詰まっているから。」
 宿屋の主人:「はい! 私、ボルシチ伝導として、立派に任務を果たします!!」
 ミレーヌ:「毎日1回のボルシチ神様へのお祈りも欠かしちゃダメよ。」

 ミレーヌは新たな信仰者を増やし、意気揚々と泊まる旅館へと帰っていった。



◆ ボルシチ女王の負け犬の遠吠え

 日が明けて、撮影の続きが行われた。

 ボルシチ女王:「くっ。おのれ、ガーデンファイブめ。覚えておれよ。」

 ボルシチ女王は、部下の失敗を聞き、悔しそうに地団太を踏む。

 監督:「はい。カットー!!」

 監督は困ったように、頭を掻いた。

 監督:「もう一回やりましょう。……鷲塚社長、何でそんなに嬉しそうなんですか?」

 昨日のボルシチが頭を過ぎって、なかなか表情が戻らないミレーヌも、困ったように微笑んだ。



 例の宿屋は、美味しいボルシチが食べれる店として繁盛したとか。



 *END*