<PCクエストノベル(1人)>


幻影ノスタルジア
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【冒険者一覧】
【 1755 / ヴィーア・グレア / 秘書 】

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▼0.

 一角獣―――それはユニコーンとも呼ばれる、伝説上の生き物だ。一見すると馬に似ていて、その額には一角を持ち、その角で作った杯は毒を消す力を持つとも云われるが、実際その姿を見た者すら存在するのかどうかも疑わしい、極めて不確かな存在だ。
 しかし、そんな一角獣が居るとも居ないとも云われる自然窟が此処聖獣界ソーンにはあった。聖都エルザードから見て南西、平野から少し山間に入った場所にその入り口はある。そのまた近くにあるエルフの集落に繋がっているとも云われていて、何一つはっきりとはしていない。
 それがまだ誰も入ったことがないからなのか、それとも帰ってきた者がいないからなのか。それすらもはっきりとはしていなかった。とにかく、その地下には湖があって、そこに一角獣が現れるらしい。
 確かなことなど何一つとしてなかったが、それこそ冒険のし甲斐があるというものだ。伝説に出会うため、若しくは己自身伝説となるため、一角獣の窟を訪れる者は絶えないと云う。



▼1.
 半神の青年、ヴィーア・グレアもまた、一角獣に出会うために窟へ足を踏み入れていた。

 ヴィーア:「少し寒いですね……」

 光の届かない窟内部は思ったよりもずっとひんやりしていて、真っ暗だった。
 足場はそんなに悪くないが、何しろ狭いためにヴィーア自身が放った言葉もあちこちに反響して、まるで一人きりで来たとは思えないほどだ。
 もっと静寂が支配しているのかと思っていたが、音の反響のせいで寧ろそこらじゅうに音が溢れていた。
 自分の足音が幾重にも重なって響いているのを聞きながら、ヴィーアは右の掌で壁に触れながら中へと歩を進める。壁の岩はごつごつしていて、表面は少し濡れているようだ。

 ヴィーア:「鍾乳洞のようですね」

 暗闇を臆することなく奥へと進む。一応道らしきものが続いていたので迷う心配はなかったが、複雑にくねっているので既に入り口は見えなくなっていた。

 ヴィーア:(ランプは一応持ってきましたが……)

 逆にランプを点けてしまうと、その周りが見えなくなってしまう。どちらかと云うと目でも手でも直に触れて探検をしたいので、ヴィーアはランプはつけないことに決めた。目も暗さに段々と慣れてきたので、今はそんな困ることもないし、と一応ランプを出しやすい場所に用意しておく。

 ヴィーア:「っと、そうだ。一応お弁当を持ってきたんでした」

 奥の方に入れてしまったのか、荷物を探ってランプを探していると手が筒状の入れ物に触れた。すぐにそれが用意してきた水筒だと気付いて、そう云えば軽い食事を用意してきたのだと思い出す。

 ヴィーア:「何処か、食べられるようなところはありますかね。外で食べても良いですけど……」

 緑の自然の中、風に吹かれて食事をするのも良いが、せっかくならこの中で食べてみたい。

 ヴィーア:「暗いから、無理かも知れないですが……」

 そう云いつつ、良い場所はないものかと辺りを見回しながらどんどんと奥へと突き進む。途中、珍しい形の岩があったりしたらヴィーアはいちいち立ち止まって手で良く触って確かめたりした。

 ヴィーア:(これが全て自然に出来たものだなんて……)

 純粋に素晴らしいと思う。自然の創り出す芸術に、ヴィーアは間近で触れて感動していた。寒さは入り口よりもずっと増していたが、凍えそうなほどでもない。そんなことを気にするよりは、道なりにあるものを見ている方に夢中だった。
 大きく開けている場所もあれば、何とかして潜らなければ通れない場所もある。とにかく奥へ奥へと突き進んで行ったが、細い通路などは帰るときに判るだろうか、と思い始めた頃。
 ヴィーアは、特に開けた場所に出た。
 大きな氷柱のような形をした岩が上からも下からもまるで生えているように立っていて、何と云うか、とにかく壮観だった。壁のようにも見える周囲の岩はまるで虫にでも喰われたようにところどころ穴が開いていて、実際は壁ではなくもっと奥にも人は入れない空間が続いているのだろうと知れる。
 何気なく覗いた穴の向こう、ヴィーアの目には自分が居るところよりは少し低い場所に広がる湖が映った。そんなに大きくはないが、ぼんやりと光っているのでそれが湖なのだと良く判る。
 どうやって進めば辿り着くかは判らないが、湖には浅瀬だと判る岸もちゃんと在って、それが一角獣が水浴びしていてもおかしくないくらいに幻想的だった。

 ヴィーア:「すごい……」

 随分と長いこと見惚れていたかも知れない。
 はっと気付いたヴィーアは、足が大分痛くなっていることに気付いた。思いのほか歩いてしまったらしく、しかもそれを忘れていたらしい。
 丁度良いと、その湖が一望できる穴を前にして休憩することにした。
 エルザードを出るときに用意しておいた軽い食事を開きながら、ヴィーアはもしかしたらあの場所には辿り着けないのではないか、と思い始める。もちろん行ってみたいと、一角獣の存在を確かめたいと思って先程まで見惚れていたのだが、それとは違う想いにも気付き始めていた。
 この場所に現れると云われているのは、一角獣の化神。自分も半分神であるからだろうか、何となく伝わってくる。姿は現すけれども、決して近付くことは許さないのだと。この穴の向こう、湖がある空気全て神の世界なのだと。
 ただそんな気がするだけの話だったが、ヴィーアは何となくそれが真実であることを悟っていた。食事を食べ終え、お茶で一息ついたヴィーアは荷物を弄って中から笛を取り出した。木製の、細長い横笛だ。
 これだけは、すぐに出せる場所に仕舞っている。
 絶やさぬ笑顔をその横笛に注ぐと、ヴィーアは徐に口をつけて笛を吹き始めた。

 ―――その顔に浮かぶ表情のように優しく、穏やかな曲を。

 聖獣界ソーンの成り立ちは、良くは判っていない。
 ある時、世界は既に在ったのだと云う。
 それでも、還りたい“昔”というものはきっと皆の心にある。伝説の、一角獣の化神にも、きっと。
 ヴィーアの奏でる曲は、何処かそんな郷愁にかられるように寂しげで、胸を打つ。けれどやはり穏やかで優しく、目を閉じればまるでそれぞれの思い描く故郷に居るような心地になる。
 切なげで、それでいて温かなその曲に呼ばれたかのように、幻想的な湖にはヴィーアの曲のように穏やかな光が現れた。
 笛を吹くことに夢中だったヴィーアだが、流石にその光の美しさには目を奪われた。それでも、曲を止めることはなく。光は収まると同時に馬のような形を成して、水辺で跳ね始めた。

 その様はまさしく、伝説の一角獣だった。

 ヴィーアは驚くよりも逆に穏やかな気持ちで、その一角獣と目があった気がして笛を銜えながらもにっこりと微笑んだ。そしてほんの少し、頭を下げる。何よりもの挨拶がこの曲だと思うから、失礼かも知れないが笛は吹きつづけたまま。
 すると、心なしか一角獣の周りを包む空気が和らいで、一角獣は目を細めた―――気がした。
 勿体ないとは思うが、曲はそろそろ終わりに近付いている。最後、過去に続くとも知れぬ優しい音を伸ばして、それが途切れる頃、また何処からともなく光が現れた。
 その光は一角獣をまるで守るように包み込んで、すっかり見えなくなった一角獣は光と共にそのまま消えてしまった。
 その光景を見届けたヴィーアは笛を口から放して、長い溜息を吐いた。
 身体を落ち着けたはずが、何故か逆に心臓がバクバクと脈打ち始めてしまう。

 ヴィーア:「び、びっくりしました……」

 遅すぎると云うより順番が違っている気がしなくもないが、今になって驚きが襲ってくる。手を胸に当てて、ヴィーアはとにかく落ち着こうと試みた。

 ヴィーア:「本物、だったのでしょうか……」

 やっと落ち着いた頭で思い返して見ると、そんな近くもないのに一角獣の表情など判るはずがないということに気付く。
 もしかしたら、己の思い描いた幻影だったのだろうか。けれど、例え幻覚だとしても美しすぎる光景だった。
 良く思い出してみれば何だか透けてるような気もしたし、と否定する材料はどんどん思いつくが、確かに一角獣の姿は目に焼き付いていて、今でもはっきりと思い描くことが出来る。

 ヴィーア:「――それで十分ですね」

 穏やかな時間を共有できたこと、自分の奏でる曲がもしかしたら一角獣に安らぎを与えたのかも知れないこと。
 夢だったとしても、全てはそれで十分すぎるほどに美しかった。
 最後にお礼を云って帰ろうとしたヴィーアだったが、何だか足から力が抜けて上手く立つことが出来ない。
 知らず知らずのうちに緊張していたらしく、立とうとすると膝が笑ってしまう。ちょっと情けなくて、ヴィーアは眉を下げて笑った。

 ヴィーア:「仕方ないですね。じゃあ、もうちょっと吹いていきましょう」

 きっと幻覚だろうが本物だろうがもう姿は現さないだろうけれど。お礼を込めて、もう一曲くらい送っても良いかも知れない。
 ヴィーアはまた腰を下ろして、湖に向けて曲を手向けた。
 良く音の反響する自然窟に、しかし、その曲は静かに幻想的に響いていた。



 -END.-





■□■ライター通信
 初めまして。発注ありがとうございました。
 今回執筆させて頂きましたライターの那岐イツキです。
 ノベル初依頼……とのことでしたが、依頼文は十分判りやすかったですよ。
 寧ろ、コチラの方がご希望の内容に沿うことが出来ているのかっていう;; 特にヴィーアさんの口調、あれで良かったのか非常に不安ですが……。
 少しでも楽しんでいただけましたら幸いです。
 これからも頑張ってソーンでの冒険を続けてくださいね。
 今回はこの辺で失礼します。ありがとうございました。