<PCクエストノベル(5人)>


誇りの城、母なる地に眠る  〜チルカカ洞窟〜

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【冒険者一覧】

■1649/アイラス・サーリアス/軽戦士
■1112/フィーリ・メンフィス/魔導剣士
■1244/ユイス・クリューゲル/古代魔道士
■1378/フィセル・クゥ・レイシズ/魔法剣士
■1728/不安田/暗殺拳士

【その他登場人物】
■ター・ラパ/王の亡霊

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【序】  

かつてチルカカの地に王ありて、
母のからだを以てかの地を治めん。

やがて夢見のパイザリオ、来たりて母のからだを求め、
王と民とを脅かしむ。

ときの王、ター・ラパ、其の言に曰く、

われらはチルカカの子、守り神ケアツァルトのもと、
夢見の人、夢見のパイザリオに、この憂き世界を明け渡し、
チルカカ、生まれし地、われらが母の胎内へ還らむ、
われらに、安らかなる眠りを、平安を、母は与えたまわん。

かくてター・ラパ、祭司、執政官、耕すもの、造るもの、
老いも若きも種々(くさぐさ)集め、
ともに母の胎へ旅立ちぬ。 

其は終焉にあらず、ただ眠りに落つるのみとて、
人々は歌いぬ。

チルカカ、われらが母、願わくは誇りを、安らかなる誇りを――

 ――ユニコーン地域歴史書全集、吟遊詩人かく歌えりの章より、北東部詩人の歌・全文



【1】集い――聖都エルザード

 聖獣界ソーン。三十六の聖獣が守護する、夢と現実のはざまに立つ大地。
 聖都エルザード、天使の広場と呼ばれる場所で、五人の冒険者が顔を揃えていた。

アイラス:「ありがとうございます……こんなに大勢、集まっていただいて」

 そのうちの一人、全員の顔が見渡せる場所にいる青髪の青年が、やんわりと頭を下げた。アイラス・サーリアス。この冒険者達を集めた張本人である。

フィーリ:「ま、また一人で行くのも退屈だったし、ね」

 肩に子ドラゴンを伴ったフィーリ・メンフィスが言うと、傍にいた二人の冒険者も頷く。

不安田:「俺も興味がありますよ〜。亡霊に会いに行くんでしょ?」
フィセル:「私もだ……その亡霊、とは、いったい何のことなのだ?」

 彼らはこの広場の近辺にある、天使の救護所で、アイラスが残した「亡霊と話をする」というメモに誘われ、集った冒険者達だった。アイラスはその場に自分を含めて五人、メモに返事をした人数が揃っていることを確認すると、ゆっくりと荷物から冊子を取り出した。そこには、これから行く場所についての資料やメモがびっしり書き込まれている。

アイラス:「ええ、揃ったようですし…説明をしますね。前回、僕は探求者の方に同行して頂いて、チルカカ洞窟の探求に行きました。目的はあの洞窟が、噂どおり『城』だったかどうかを確かめるためです」
フィセル:「――なるほど」

 金髪に緑の瞳をもつ青年、フィセル・クゥ・レイシズは、興味ありげに相槌を打つ。

アイラス:「……調査をして、僕はそこが城だったと確信しました。そしてそこで、僕は…あの亡霊に会ったんです。一度目はただ、話をしただけでしたが、二度目に遭遇した時は――こちらが機嫌を損ねたのかもしれませんが――攻撃されました」
フィーリ:「攻撃?」
アイラス:「ええ、電撃を飛ばす手荒な攻撃でした。そこで僕は、それ以上の調査を断念したんです」

 アイラスは話す間も、皆がきちんと聞き取れているかどうかの気遣いは忘れない。ひとりひとりの顔を確かめるよう、慎重に喋っている。

不安田:「それで、仲間を集めたんですね」
アイラス:「そんなところです。……おそらく、あれは古代の王だったのだと、僕は思います。チルカカにあった城を、大地に沈めた最後の王…」
フィセル「――滅びた一族の幽霊、ということ…か」

 フィセルはどこか、物思いに沈むような表情を見せた。と、そのすぐ横から、欠伸交じりの声が聞こえた。

ユイス:「はああ……男ばっかりかよ」

 赤髪に洒落た眼鏡をかけた男が、やれやれ、という風に肩を落としている。
 フィセルはそちらに向き直り、強い口調で問い質した。

フィセル:「……あなたは話を聴いていたのか?そんなチャラチャラしたことを言って」
ユイス:「あーらら、怒らない怒らない。早い話が肝試しっ、だろ」
フィセル:「肝試し――?相手は亡くなっているとはいえ、王なのだぞ?」
アイラス:「あ、その、お二人とも…」
ジーク:「キィ!」

 フィーリの肩にいた子ドラゴン、ジークが、「だめだよ」と言うように、睨み合う二人の間を飛んだ。主のフィーリも頷いて、その場を収める。

フィーリ:「まあまあ、二人とも、ここはアイラスさんに協力するって集まったんだからさ?……ほら、ジークもそう言ってるよ」
フィセル:「……くっ」
ユイス:「だーってよ、やだねー、頭のカタいヤツって」
フィーリ:「ああもう、キミに言ってるんだよ」
ユイス:「へいへい」

 皮肉混じりに肩をすくめ、そっぽを向いたユイス・クリューゲルの顔をちら、と伺い、そこに悪意のないことを確認すると、アイラスはふたたび口を開いた。

アイラス:「えっと…話を続けますね。今回の旅の目的は、あの王がなぜ城を沈めてしまったのか、原因をつきとめることです。道案内は僕がつとめます。準備ができていれば、早速にでも出掛けたいのですが」
フィーリ:「俺はいつでもオッケーだよ。ねえ、ジーク」

 他の三人も同様に頷き、準備が出来ていることを告げると、アイラスは微笑んで、よろしくお願いします、と言った。そして先に立ち、街の出口へ向かって歩き出す。
 先に動き出した四人の背中を見送りながら、冒険者の一人・不安田は、まるで猫のように伸びをし、ふわり、と空を見上げた。

不安田:「さあ……のんびりと旅でもしましょうか」

 青い空で、雲は足早に西へ急いでいた。


【2】ふたたびの地へ――チルカカ遺跡

ユイス:「はひ〜っ……ま〜だ着かねーの?」
不安田:「大丈夫ですか〜?」
フィセル:「……観光に来ているのではないのだぞ」

 目的地のチルカカ洞窟は、ユニコーン地方北東部の山間にある。
 険しい道のりに音を上げたユイスを、フィセルは冷ややかに見やった。発案者のアイラスは、みなの体力を気にかけながら、眼前に開けた遺跡の一部を指す。

アイラス:「もう少し、ですよ。ほら、あれが洞窟への入り口です」
フィーリ:「そうそう、俺も一度来たことがあるよ。こんな感じだったなあ」

 洞窟前で、懐かしむように言ったのはフィーリである。
 先頭でアイラスがともしたカンテラの光に導かれ、一行はじめじめした洞窟に入り、やがて人の手になる扉の前へたどり着いた。

不安田:「…あれ、この扉、開かないみたいですよ」
アイラス:「ああ、それは…その燭台に火をともせば良いんです。待ってください、今ろうそくを」

 以前に来た時、ぶつかった仕掛けである。アイラスが荷物を探っていると、コンコン、とその燭台を叩く音がした。顔を上げると、へばっていたはずのユイスが、仕掛けを見分している。

ユイス:「コレに火いつけりゃいいの?」
アイラス:「ええ、そこに明かりがつくと、扉が開くしくみに」
ユイス:「…ホラよ」

 ユイスは呟いて、手をかざした。何もなかった燭台に、あかあかと魔法の火が燃える。
 扉は音を立ててスライドし、中への口を開けた。

フィーリ:「あっ、開いたみたいだね」
アイラス:「ユイスさん、ありがとうございます」
フィセル:「………」

 少しばかり見直した、という表情のフィセルを一瞥し、ユイスは口の端で笑った。どうだ、というようでもあり、または単にからかっているようにも見える。その二人の前に立って、アイラスは一直線に目的地を目指した。
 闇に浮かび上がる、古代の城内。先に進むにつれ心がはやるのか、歩みも速くなる。
 小走りで追いついてきた不安田が、まわりを見回しながら言った。

不安田:「えっと、亡霊が出るのは、玉座の間…でしたっけ」
アイラス:「そうです、そこも仕掛けがあって…ああ、そこです、窪みにやっぱり火を」

 立ち止まったアイラスの指した場所は、いっけん何の仕掛けもないただの壁画のようだった。しかしよく見れば彼の言うとおり、火を入れるらしき窪みがついている。彼はそこにカンテラの火を移そうと、手を伸ばした。

ユイス:「……ふーん」
フィーリ:「――危ない!」
アイラス:「ッ!!」

 フィーリの叫びに、アイラスは何かの気配を察して飛びのいた。次の瞬間、闇に包まれた天井から、どすん、とばかりに黒い影が落ちてくる。
 大きさは人間とたいして変わらないが、異常に手足の長い、黒々した獣だ。目だけがらんらんと妖しい輝きを帯び、あからさまに敵意をもってこちらを睨めつけている。
 全員が武器を抜き、身構えた。

アイラス:「…魔物…!前はこんな…皆さん気をつけてッ!」
フィーリ:「俺がやるよ、さがって!」

 好戦的なフィーリが、真っ先に飛び出した。
 魔物が繰り出した長い手のパンチをひらりとかわし、魔法を詠唱する。

フィーリ:「ウィンドスラッシュ!」

 真空の刃が、魔物に向かって一直線に飛ぶ。風をもろにくらって、魔物はまっぷたつに千切れる…はずだった。

フィーリ:「――あれ」

 黒いけだものは動じることなく、身を震わせて雄叫びをあげている。そして何事もなかったように、またのしのしとこちらへ向かって歩いてきた。

フィセル:「魔法が効いていないのか!?」
不安田:「ここは、俺の出番〜…でしょうかー」

 それまでのんびりした表情で、様子を見守っていた不安田が前に出た。
 彼は武器を持たず、ただ拳を握り締めて、軽くステップを踏んでいる。間合いをとり、呼吸を読んだかと思うと、素早く魔物の後ろへ回り込んだ。

不安田:「はっ!」

 掛け声とともに正拳を突き出し、的確に急所を狙う。
 瞬間意識を失ったようによろめいた魔物に、待ち構えていたフィセルが斬りつけた。

フィセル:「――トドメだ!」

 断末魔の叫びをあげて、魔物は力尽きた。
 黒い影がぼうっ、と消え去って、あとには何かごつごつした塊だけが残る。

アイラス:「ふうう……」
不安田:「あれ、コレ…ただの石コロですね〜」

 冷や汗を拭って、アイラスは安堵の息をつく。魔物の遺骸を確認していた不安田が、あとに残った塊を蹴った。

フィーリ:「…本当だ。前に来た時は出なかったの、コレ」

 戦闘に参加できなかったのを惜しむように、フィーリもその石を拾い上げ、少し見てからまた放る。問われたアイラスはふむ、と少し悩むようにして、首を振った。

アイラス:「ええ、あのときは…一度、からくり人形が出たことはありましたが、こんなタイプのものは見ていないと思います」
ユイス:「……呪いの一種か。術者の意思で体質を変える、式――古代魔法」
アイラス:「え?」

 戦いからは少し離れた場所にいたユイスが、やってきて小さく断言する。虚を突かれたアイラスが聞き返すと、彼はまたもとのふざけたような表情に戻って、手をぱたぱたさせた。

ユイス:「ああ〜あ、何でもない何でもない!それよか開けねえの、その扉」
アイラス:「あ、はい、ええ、今」
フィセル:「ふむ…確かにあれは、何者かが操るような魔物だった…」

 あわてて仕掛けを解除するアイラスの後ろで、フィセルもまた思いをめぐらせる。
 壁画に描かれた扉が開いて、一行は玉座の間へと足を踏み入れた。


【3】心なき亡霊――玉座の間

アイラス:「……そこに、いるのですか…ター・ラパ……」
???:「――夢見るものよ」

 玉座の間、アイラスは虚空を見つめ、一歩前へ出た。
 何者かの声が、耳に響く。

フィーリ:「……?」
ジーク:「……キィ」

 フィーリは首をかしげ、彼の様子を見守る。
 にっこり笑ったアイラスは、さらにほかの仲間から遠ざかって、闇に向かって語り掛けた。

アイラス:「ああ…やはりおられましたね。お聞きしたいことがあるんです」
???:「――夢見るものよ。なんじ、何を求め再びこの地を踏むか」

 声は重く、地の底から震え立つようだった。だが、その言葉は、聴く者を選ぶ。
 フィーリと同じく、不安田も不審な顔をしていた。

不安田:「アイラス…?誰と喋ってるんでしょ」
フィセル:「……感じる…力、思念」
ユイス:「………」

 フィセルは身震いをし、ユイスはほんの少し眼鏡をずらして、目を細めた。
 しかし、彼らのやりとりは、もはやアイラスの耳には届いていないようだった。まるで取り憑かれたように、言葉をつなぐ。

アイラス:「あなたが…あなたがたが、何故ここを――!!」

 ぱしっ!
 青い火花が飛び散り、闇の中から電撃が弾け飛ぶ。
 アイラスは飛びすさり、なおそちらへ語りかけようとした。しかし電撃は止むことなく、他の四人がいるところまで飛んでいく。彼らはばらばらにそれを避け、着弾した電流のすさまじさに目を見張った。床が、黒く焦げている。

ユイス:「ひゅ〜う、アブねえの」
不安田:「うわッ!!こっちにも!!」

 不安田が素っ頓狂な声で回避する横で、フィーリは剣を抜きながら、敵の姿を探した。しかしその姿は闇にまぎれ、見当すらつけられない。逆に飛んできた電撃を避け、彼は素早くかがんだ。

フィーリ:「姿が見えないんじゃ、戦うのも…わわっと!」
アイラス:「ター・ラパ!話を聞いてください!」
ユイス:「ムダなんじゃねーの〜、『ソレ』と話すのは」

 アイラスの必死の叫びにも、電撃の手は緩められる様子がない。ユイスはその正体を見破っているのか、攻撃をかわしながら肩をすくめた。アイラスは観念したように、顔をゆがめて指示を出す。

アイラス:「う……ぎ、玉座の後ろです!皆さん、そこへ」
フィーリ:「う、後ろったって、よけるのが忙しくて…」
フィセル:「私が囮になる!その隙に――」

 フィセルは剣を抜いて、わざと電撃を受けるような動きをとった。彼の横すれすれを電撃が通り、さらにその出所へ向かって走る標的を、意地になって狙うがごとく、電撃は一点に集中砲火を浴びせかけた。
 一行はその隙に部屋の奥へ駆け、アイラスが開けた隠し扉に次々と入っていく。最後に残った不安田が、フィセルに向かって声をかける。

不安田:「……みんな行きました、フィセルも早く!」
フィセル:「ああ、今行く!」

 わずかな動きで電撃をかわしながら、一気に走る。
 彼が隠し扉の中に入り、それを閉じると、電撃はもう追ってくる気配はなかった。

アイラス:「なぜ…ター・ラパ…」

 扉の裏側に背中をつけ、電撃の着弾する音に耳を澄ましながら、アイラスはひとり目を伏せた。


【4】秘せられし眠りの間――玉座の間・隠し部屋

 室内は、ほのかな明かりに包まれていた。
 両の壁面には、金を中心に幾多の貴金属で彩られた、様々な調度品が置かれている。それは例えば小さな卓であったり、椅子であったり、あるいは盾であったり、剣であったりしたが、いずれも精緻な彫刻と加工技術によって仕上げられた業物である。

アイラス:「――凄い!古代の文明の極みだ…!」
不安田:「うわ〜あ、キンキンキラキラです〜」
ユイス:「かなーり、おカネになりそーね、これ」
フィセル:「……これは貴重な遺産なのだぞ。あなたという人間は」
フィーリ:「……ふーん…」

 口々にそれぞれの感想を述べながら、一行は奥へと進んでゆく。
 広い部屋は奥に長い構造になっていて、しばらくするとずらりと並んだ大きな箱の一群が見えてくる。これまた金と宝石で飾られた重厚なものであったが、その用途をすぐには察せなかった。

アイラス:「……これは……まさか、柩(ひつぎ)――?」

 整然と列をなして、はるか部屋の突き当たりまで並んだ、箱、箱、箱。
 どうやらこれらを安置するのが、この部屋の主たる目的のようだった。

フィーリ:「……やっぱり、肝試しっぽいかも」
ジーク:「キィ!」

 フィーリは顔をしかめて、溜息をついた。その肩にいたジークが声をあげ、居並ぶ柩の中でも最もランクの高そうなものに向かって飛んでいく。その表面に施された浮き彫りの上に着地すると、ひときわ大きく光る宝石におそるおそる爪の先をかけた。興味を持ったらしい。

フィーリ:「あ!ジーク、そんな嫌なニュアンスのトコさわっちゃ…」
アイラス:「うわああ!」

 ジークの触れた宝石が、かちっ、と中に押し込まれる。
 先頭に立っていたアイラスが、突如として姿を消した。

フィセル:「なっ!?――落とし穴かッ」
フィーリ:「ああもう、ごめーん!ジークもほら、おいで!」

 床にぽっかりと開いた穴に向かい、幻翼人のフィーリは素早く翼を広げた。ふわり、と宙に舞い上がり、ついで穴へ飛び込む。申し訳なさそうに子ドラゴンもあとを追ったが、その姿が見えなくなる前に、大きなものが水に落ちる音がした。

不安田:「…いま、どぼーん…って、言いましたねえ…」

 不安田は穴を覗き込んで、下の様子を窺った。
 下からは、水の流れる音が聞こえる。落ちても、そう大怪我はしないだろうが……

ユイス:「あーあ…俺たちもイっとく?」
フィセル:「当然だ!いざとなれば、翼もある――」

 先を切ってフィセルが飛び込み、続いて不安田、最後にやれやれ、とユイスが飛び降りた。


【5】水上の戦い――地下水路

アイラス:「す…すみません…フィーリさん」
フィーリ:「……細いからちょっとだけ、助かるけど」

 落とし穴の下。ざばざばと音をたてて流れる水の数センチ上で、アイラスはフィーリに掴まえられ、水に足をちらちらと濡らしていた。いったんは水路に落ちたものの、飛行するフィーリに拾い上げられたのだ。

不安田:「わわわーっ!どいてどいて!!」
フィセル:「ッ!!」
ユイス:「あらら〜、ヤバイ感じ?」

 上から、三人の男たちが、つぎつぎに降ってくる。
 彼らはアイラスたちの横をかすめ、次々に水へ落ちていった。

アイラス:「さ、三人とも…!」
不安田:「ぷはッ!!何ココ、水路ですか〜っ?」
ユイス:「なーんだよ、飛んでるなら来る必要なかったじゃねえの」

 水は深いところで3メートルはあったが、両端に行くにつれて浅くなっている。
 落ちてきた三人は背の立つところまで泳ぎ着き、あたりを見回した。水はひざまでに浅くはなっているものの、それ以上の両端には壁がそそり立っていて、乾いた場所には上がれそうになかった。

不安田:「あー…どうしましょうねえ」
フィーリ:「………ちょっと嫌な予感、するかも」

 フィーリは下流のほうを眺め、近づいてくる予感を告げた。

フィセル:「……水が、震えている」
ユイス:「……おでまし、みたいよ?」

 水中にいる二人が声をあげると、呼応するように下流からうめき声が聞こえる。
 ざざ、ざざ、と、流れに逆らって、巨大な生き物が姿を現した。

不安田:「……!」

 かたちはカエルに似ているが、全身に毛の生えたようすはマンモスにそっくりである。それが水を滴らせながら、こちらを舌なめずりして見ているのだ。

フィーリ:「わあ!水棲食人獣っ!」
アイラス:「!!」

 フィーリは喜々とした表情で高く舞い上がり、剣を抜いた。その拍子に手を離されて、アイラスはふたたび水に落ちる。しかしそんなことは気にもかけず、フィーリは剣に魔法をかけ、炎剣として魔物に斬りかかっていった。水に棲む獣は案の定炎に弱く、まわりを飛行しながら悠々と戦う相手に、手も足も出ないようだった。

フィセル:「く…水に足が取られて…」

 水中にいるフィセルは加勢しようとしたが、思うように身体が動かない。
 アイラスも同じようにサイを手にしたものの、水中では素早い動きは望めなかった。しかし見たところ、相手はそう手強いものではないらしい。

アイラス:「ぼ、僕もここでは武器が使えそうにありません…ここはフィーリさんに」
ユイス:「……アイツ、意外にリーチ長そうじゃねーの」
アイラス:「…え」

 しゅん、と魔物が口をあけ、ねばねばした大きな舌を伸ばした。
 その舌は攻撃を続けるフィーリではなく、水中にいる四人のほうに向かっていく。

フィーリ:「あ!ゴメン、そっち行っちゃった!」
不安田:「わ!!」
アイラス:「不安田さん!!」

 少し離れた場所にいた不安田は、伸びてきたそれを避け、バランスを崩した。
 その隙を見逃すことなく、魔物はなおも舌を伸ばす。

ユイス:「…ちっ」
フィセル:「危ない!!」

 刹那、彼らは手を伸ばし、同時に叫んだ。

フィセル、ユイス:『炎の矢!!』

 燃えさかる炎が合わさり、巨大な矢となって魔物に襲い掛かる。
 全身を焦がされ、力なくくずおれたかと思うと、その巨躯は水流に流されてしまった。

アイラス:「大丈夫ですか、不安田さん」
不安田:「はい、無傷ですよ〜」

 不安田は緊張感のない口調で、首を回す。
 少し離れた場所で、彼を救った二人が憮然として互いに別の方向を向いていた。

ユイス:「………」
フィセル:「………」
ジーク:「キィ!」

 ジークが楽しそうに、二人のまわりを飛び回る。空中でフィーリも、軽く笑った。

フィーリ:「あはは、けっこう気が合うんじゃないの?」
フィセル:「な!――何をっ」

 不安田とアイラスも、口元を押さえて忍び笑いをしている。
 当の本人たちは、笑うでもなく腕組みをして突っ立っていた。

ユイス:「…さあーて、これからどうするよ、リーダー?」

 ひとしきり他の者に笑われたのち、ユイスが改めて、アイラスに言った。

アイラス:「――上流に……何か、部屋があるようなんですが」

 アイラスは水の出所を見やり、そこにトンネルのようなものがあるのを発見していた。

フィセル:「しかし…この水流では、同じ場所にとどまるのがやっとだ。下手に動いて体力を消耗するのは、得策とは思えないが」
フィーリ:「……俺は一人しか運べないよ?」
アイラス:「……よければ、僕に行かせてもらえませんか」

 あの亡霊は、何故話を訊かなかったのか。
 その問いの答えが、あの部屋にあるような気がする。そう、告げると、冒険者達はそれに賛同した。

不安田:「当たり前ですよう、アイラスさんが提案者なんだから、行ってきてください」
ユイス:「わーかった、じゃあそれまで俺は、この二人が流されないように見とこっかね、特にカチカチのカタブツはいつ沈んじまうかわっかんねーし」
フィセル:「……それは誰のことだ」
フィーリ:「ああもう、ジーク、キミはここに残って、二人を見張っておいてよ」

 ひざまで水に浸かっている三人と、その上をぱたぱた飛ぶジークを残し、フィーリはアイラスの服を掴んだ。

フィーリ:「じゃ、いくよ。…ああー、服が水を吸って重い〜」
アイラス:「す、すみません」

 二人は水面すれすれを飛び、やがてトンネルの中に消えていった。


【6】真実、誇りに沈んだ城――水の祭壇

アイラス:「こ…れは」
フィーリ:「船……?」

 トンネルを抜けると、そこは広間のような場所だった。天井が高く、水路はそこで終わり、水の出所らしい湧き水で泉と、噴水が作られている。そしてその泉の真上に、天井から吊り下げられる形で、小振りのガレー船が浮いていた。木製のそれもまた、金や宝石で様々に飾り立てられている。宗教的なモティーフらしい浮き彫りや、舳先に据えられた彫刻など、これまでここで見た中でも一番美しく、力を持ったものである。
 二人はその壮麗さに、しばし言葉を失った。

???:「また…来たんだね。こんなところまで」

 ぼんやりと、泉の上に、人影のようなものが現れた。

アイラス:「あなたは!」
ター・ラパ:「…そう。キミが呼んだ…ター・ラパ…だよ」

 影は徐々に形をなし、やがて憂いを含んだ少年となって、アイラスのほうへ向かってくる。フィーリもまたその姿を目にすることが出来、その幼さに目を疑っているようだった。

フィーリ:「こ…子供?」
ター・ラパ:「……お父様が、早く死んでしまったからね。ボクが王様になった…ちょっとの間だけ」

 哀しげに、フィーリのほうを見やって、ター・ラパと名乗った亡霊は言った。

アイラス:「……ター・ラパ…僕は、あなたにお聞きしたいことがあるんです」
ター・ラパ:「わかってる……」

 少年はどこか、微笑むような顔をした。しかしその瞳は暗く、深い悲しみに沈んだままだ。そして彼は、長い彼らの歴史を語り出した。

ター・ラパ:「ボクたちは…気が遠くなるくらい昔、ここ一帯を治めていた。文明と魔法の融合、僕たちは母なるチルカカの恵みで、豊かに暮らしていた」

 恵み、と聞き、ふとアイラスは冊子を繰る。この周辺の歴史や、風土を書き止めて来たそれに、該当する箇所が見つかった。

アイラス:「それは…この一帯の、鉱脈のこと…でしょうか」
フィーリ:「鉱脈?」
アイラス:「ええ。この城のまわりを取り巻く地層には、金、それからコランダム…サファイアやルビーの原石ですね、そういった貴金属の鉱脈が集中して存在しているそうです。もっとも、複雑な地形なので、よほど技術のある者でなくては、採掘は難しいのですが」

 そこまで説明すると、亡霊は静かに頷いた。

ター・ラパ:「そう。黄金の石は、母の身体。青の石は、母の目。赤の石は、母の血。ボクたちはそれを、とてもとても大切にして、いろんなことに使っていた――でも、」

 半透明に透けたター・ラパの身体は、時折水がゆらめくように波をつくる。
 それが涙のゆらめきにも似ているように思えて、アイラスは俯いた。

ター・ラパ:「そのうち…夢見るものが…パイザリオが現れた。ヤツらは、ボクたちの使う道具をばらばらにして、持って帰った。そして、母の身体の一部を…お金にした」
アイラス:「………でも、何故それが、城を沈めることに」

 パイザリオ…というのは、おそらくこの世界にやってきた、異世界からの来訪者のことだろう。彼らは今でも冒険者として、宝を探している…過去において、ター・ラパの言うような、金のために神聖な貴金属を持ち出すものがいたとしても、不思議はない。

ター・ラパ「許せなかった。でも――戦えなかった。母の住む大地に、血を流すことは禁じられていた……。ボクたちは、話をしようと思った。でも、彼らは、力づくで石を奪おうとした。そのとき、ボクのお父様が……」
アイラス:「……」
フィーリ:「…やられちゃったんだね」

 フィーリが呟くと、ター・ラパは酷く悲しげな顔をした。しかしその顔はすぐにもとに戻り、彼は話を続ける。

ター・ラパ:「…ボクは王になってすぐ、守り神ケアツァルトに伺いをたてた。ケアツァルトっていうのは……ボクの前の王様や、前の前の王様や、ずっとむかしの王様のたましいが、みんな固まってできた神様だよ。キミたちも会った」
フィーリ:「もしかしてあの、電撃?」
アイラス:「あれは…王たちの思念体だったのですか?じゃあ…あの姿は」

 玉座の間で、話を聞くことなく、攻撃をしてきた亡霊。
 アイラスの目には、あれもまたこの少年と同じ姿をしているように見えたのだ。

ター・ラパ:「ボクも死んでるからね」
アイラス:「……ああ」

 ター・ラパの言葉に、彼は納得して、頷く。
 ひとの魂は必ずしもひとつの意思をもつとは限らない…集団となれば、行動原理も変わる。それは生きている人間にもいえることではあるが――

ター・ラパ:「ケアツァルトは…誇りを選べ、と言った。戦わず、しかし征服されることもなく、ただ誇りとともに眠れ…って」
フィーリ:「……それで、城ごと沈めたの?」

 少年の姿をした亡霊は、無理をして微笑むような仕草をした。

ター・ラパ:「……ボクはケアツァルトといっしょに、魔法をかけ、神の身体…キミたちは宝石っていうのかな、それを守るための罠や魔物を置いた。そして、民を集めて――眠らせた。息をしない、長い眠りについたんだ。ほら…玉座の後ろの部屋。あれはね、ボクや、他のみんなの身体が入ってる場所なんだよ。……もう…あの中身は…人の形なんて、してないけど」
アイラス:「だから…見て欲しくなかった、のですか」

 ター・ラパは、蚊の鳴くような声で、そう、と言い、それから遠くを見るような目で、少しだけ宙に浮いた。

ター・ラパ:「……ボクたちは…時が満ちたら、この部屋にある船で、旅立つんだ。そうして、新しい王国を造る……それが何年先か、いや、もしかしたらそんな時は来ないかもしれない。それは…わからないけれど」

 少年は、若き王は、部屋に安置されている船に触れながら、最後は誰にともなく、ささやいた。アイラスはただ、その寂寥に何と答えて良いか解らず、搾り出すように言う。

アイラス:「早く――時が満ちることを、祈っています」
ター・ラパ:「ありがとう。……これで十分?」
フィーリ:「あっ、ねえ、ここから脱出する方法はないかな?仲間が待ってるんだ」

 それまで黙っていたフィーリが、話の切れ目に入り、尋ねる。
 ター・ラパはふ、とそちらを向いて、トンネルの入り口脇を指した。

ター・ラパ:「ああ…それなら、そこに作業に使った小船があるはず、だよ。水路の流れに乗っていれば、外に出られる」

 彼の言うとおり、そこには小舟がいくつか伏せてある。
 フィーリは駆け寄って、どうにかひっくり返せそうなものを選び、水に浮かべた。この大きさなら、五、六人は楽に入るだろう。アイラスもまたそちらに行きながら、ター・ラパに謝辞を述べる。

アイラス:「ありがとうございます!…本当に」
ター・ラパ:「ううん…キミが来てくれて、よかった。ボクは…ケアツァルトのほかに、誰も話す人がいなかったから。…嬉しかったよ」

 少年の亡霊はここで、初めて子供らしい笑いを見せた。

アイラス:「ター・ラパ……」
フィーリ:「舟、いつでもいけるよ!みんな待ってる」
アイラス:「は、はい!ではっ、失礼しますっ…」

 フィーリがとも綱を解き、小舟は水路を滑り出した。
 最後に別れの挨拶をしようと振り向いたアイラスは、既に少年の姿が消えていることに気づく。

アイラス:「……?」

 彼が訝しむ間に、舟は流れに沿ってすばやく進み、すぐに部屋をあとにしてしまった。
 残された広間に、吹くはずのない風が吹く。

ター・ラパ:「また会う日まで……夢見るものたち、つぎに会うときは世界の王として」


【7】黄昏のレクイエム――チルカカ湖上

ユイス:「はあーあ、危うく凍え死ぬトコだったッ!」
フィセル:「…大分、体温を奪われてしまったようだな」
アイラス:「ご、ごめんなさい、遅くなってしまって」

 水路から拾い上げられたユイスは、これ見よがしに一つ、くしゃみをした。船上で濡れた服の袖を絞りながら、フィセルも少し震える。
 彼らの様子を見て、申し訳なさそうに小さくなるアイラスの肩を、不安田が叩く。

不安田:「それより、どうだったんですか?何か収穫は」
アイラス:「え、ええ…知りたいと思っていたことは、全部話してもらいました」
フィセル:「…興味があるな。話せる範囲で、教えて欲しいものだ」

 アイラスは亡霊に出会ったこと、そこで語られた真相を、できるだけ客観的にと努めながら、語った。滅びた古代人、に特別の思い入れがあるフィセルは、合いの手をいれながら真剣に耳を傾ける。

アイラス:「…というわけです」
フィセル:「誇り…誇りのために、自ら、死を選んだというのか――」
ユイス:「………」
不安田:「なんだか、悲しいおはなしですね」

 みなが下を向き、押し黙る中、フィーリが口を開いた。

フィーリ:「でも……なんか、あの男の子は、誇りとかあんまり関係なさそうだったよね」
アイラス:「そうですね――どこか、悲しげで…儚い」
ユイス:「まっ、とりあえず目的は果たしたっしょ?ほーら、もう出口っぽいのが」

 ユイスが目で示した先に、金色の光がぽつんと見え、それが水流に乗って、ぐんぐん近づいてきた。その光に入ったかと思うと、さっ、と明るくなり、目に光が満ちる。全員が目を細める中、その眼鏡でつねに良好な視界を保っているアイラスは、まわりに開けた景色を一番に見て取った。

アイラス:「――湖上…?」

 彼らがいたのは、ほかでもないチルカカ湖の上だった。
 夕暮れの光がさざ波に反射して、下で見た黄金と変わらない輝きを放っている。そう、まるで金の――「母のからだ」のように。

フィーリ:「へえ、落とし穴に落っこちたのに、上?」
フィセル:「…地下水路が、上昇していたというのか?…なんという技術だ」

 水の勢いは、平地を流れる川とそう変わらない。しかし巧妙に計算された角度が、徐々に彼らの乗る舟を、地上へ運んでいたのである。

アイラス:「ター・ラパ……」

 いつもならこの文明の奇跡に喜ぶはずのアイラスは、若き王の悲しみに思いを寄せ、浮かない顔をしている。心優しい彼は、少年の背負ったものに憐憫の情を抑えることが出来なかった。

ユイス:「さあさあさあ!ボサッとしてないで帰ろうぜ!」
フィセル:「……む?この舟…」
不安田:「わああ!キンキラがいっぱいです〜!」

 ようやく目が慣れ、これまで薄暗がりではっきりしなかった小舟の全貌を目にすると、冒険者達は目を疑った。こんな小さな、しかも話によれば作業用の舟にまで、サファイアやルビーの装飾が埋め込まれているのだった。さすがに城内にあった高級品と同じ純度ではなさそうだったが、これでも十分、労苦のもとは取れる。

フィーリ:「良いお土産ができた、ね」
アイラス:「………」
ユイス:「ん?どうかしたのか?」

 アイラスは問いに答えず、代わりに静かな歌を口ずさみ始めた。

――チルカカ、生まれし地、われらが母の胎内へ還らむ
――其は終焉にあらず、ただ眠りに落つるのみ

 これは、はじめてチルカカに赴こうとしたとき、ガルガントの館で調べた歴史書の一節だ。吟遊詩人たちはこうして、チルカカの伝説を語り継いできた。しかし、詩の本当の意味を知る歌い手は、この世界でアイラスのみである。だからこそ、彼の歌声は、金色にきらめく湖に響き渡る。

フィーリ:「……きれいな歌だね」
フィセル:「さしずめ、鎮魂歌と――いうところか」

 彼らは岸辺に舟をつけ、そのままそこに座って、アイラスの歌声に耳を傾けた。

アイラス:「願わくは――誇りを、安らかなる誇りを……」
ユイス:「……」

 彼が歌い終わると、ユイスはぱちぱち、と手を叩き、立ち上がる。他の冒険者もひとり、またひとりと、湖に背を向けた。最後にアイラスも舟を降りて、ひとりごちる。

アイラス:「ター・ラパ……あなたの悲しみが、早く癒されますように……」

 冒険者は、胸に祈りを秘めて、母なる湖をふりさけ見た。湖の輝きがほんの少しだけ、それはまるであの亡霊がゆらめいた時のように、少しばかり波を立てたような気がした。


―了―


【ライターより】
こんにちは、ライターのSABASTYです。
二度目のチルカカへの挑戦、まことにありがとうございます。ギリギリまでお待たせして申し訳ありませんでした!;;
今回は五人でパーティを組んでということでしたが、皆さん個性的なキャラさんばかりで、掛け合いや協力を書くのがとても楽しかったです。できるだけ全員が活躍できるようにと頑張ってみましたが、いかがでしたでしょうか?
それでは、またの冒険をお待ちしております。

※キャラさん毎のしゃべり方は、基本的にキャラクターデータを参考にさせていただきました。なので一部、プレイング文と口調が異なる場合があります。ご了承ください。
※今回の納品と同時に、アイラス・サーリアスさんのお持ちだった特別情報「かつての王の亡霊」を公式設定へ投稿しました。投稿が受理された場合、この情報は通常の情報に加えられることとなります。