<聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記>


奇跡の湖の水を

オープニング

「ここに来れば冒険者に会えるんだよね?」
 薄汚れた服を着た少年は被っていた帽子を取りながらエスメラルダを見上げる。
「えぇ、何か御用かしら?貴方みたいな子供が歩くには時間が遅くないかしら?」
 エスメラルダは少年と目線を合わせて言う。だが…少年は。
「……。お母さんが病気になったんだ。奇跡の湖の水が必要なんだ」
 少年はエスメラルダにお金の入った袋を差し出した。中は大人から見れば少ない金額のお金。だが、少年にしては必死にかき集めてきたお金だろう。
 奇跡の湖の水、それは実在するのかさえ分からないと言われている代物でエスメラルダも困った表情を少年に見せた。
「…あなた、お名前は?」
「シャロン]
泣きそうなシャロンの頭を撫でながら酒場の中を見回す。幸いにも冒険者はたくさんいる。
「待っててね。今、冒険者のみんなに依頼を受けてもらえるか聞いてくるから」
 そう言ってエスメラルダは酒場の人込みの中へと消えていった。


視点⇒シヴァ・サンサーラ


「奇跡の水…?」
 シヴァはその神秘的な名前を持つ水の名を口にした。シヴァも妻の転生者を探して各地を転々としたが、奇跡の湖など聞いた事がない。実際にエスメラルダから聞くまで《奇跡の湖》という場所があるのかさえ知らなかった。
「どうかしら?この仕事受けてくれる?」
 エスメラルダが心配そうにシヴァを見つめる。シヴァにはシャロンの気持ちが痛いほど分かる。《大切な人》を失うかもしれない痛み。そして、失う痛み。
「あの子に私と同じ思いをさせたくありませんしね…。何とかがんばってみます」
 シヴァがそういうとエスメラルダはシャロンを呼ぶ。
「この人が仕事を受けてくれるらしいわ」
 シャロンはシヴァをジッと見つめた後に「ありがとうございます!」と店中に響き渡るような大きな声で礼を言う。
「お礼を言うのはまだ早いですよ。シャロン、貴方が奇跡の湖の水について知っている事を私に教えてください」
 そう言って、空いているテーブルにシャロンを座らせ、シャロンの向かい側の席に座る。
「奇跡の湖はカナンの森の奥にあるって噂だけど、だれも見た事がないんだ。最近あそこは魔物も出るから誰も近づかないようになったし…」
「カナンですか。エルザードから近いですね」
「ごめんなさい、僕が知っているのはこれだけなんです…」
 シャロンは申し訳なさそうに下を俯きながら小さく呟いた。
「いえ、どこにあるのか分かれば十分です。後は伝説などが書かれている古い書物を調べれば何とかなるでしょう」
 そう言って、シヴァは席を立つ。
「もう行くの?図書館はとっくに閉館しているはずよ?」
 エスメラルダが引き止めるようにして言う。
「図書館が開いていれば図書館に行くんですが、古書専門の店ならまだ開いているでしょう?」
 なるほど、とエスメラルダは納得する。古い書物を探すのなら何も図書館だけに絞る事はない。図書館にはみんなが知っている伝説の書物しかないだろう。だが、古書を取り扱う店屋にいけば、誰も知らない伝説が載っている古書があるかもしれない。
「さっそく行って来ますね」
「僕も行きます!お願いです、連れて行ってください!」
 シャロンがシヴァの服を掴みながら必死に叫んでくる。
「カナンも森の奥には魔物がいると自分で言っていたでしょう?危険ですから―」
「僕のお母さんの命がかかってるんです、家でおとなしく待ってるなんてできません!」
「シャロン…」
 シャロンの必死のお願いにシヴァも負け、奇跡の湖の水を探す旅に同行させる事にした。
 二人が向かったのは夜遅くまで開いている古書を取り扱う店。人にはあまり知られてはいないが古書を取り扱う店を一軒だけシヴァは知っていた。
「こんな裏通りに店があったんだ…」
 シャロンとシヴァは店の中に入る。シヴァは店の者と顔見知りのようで、商品、もとい誰も買わない古書を見る事の了解を受けた。シャロンは見た事がないようなものばかりの店にキョロキョロと回りを見渡している。
「古書はここらへんですね」
 棚に並べられるなどされずに積まれた本を見ながら小さく溜め息をつく。本の数は膨大で調べるだけでもかなりの時間がかかりそうだ。
「僕も調べる」
 そう言ってシャロンはシヴァの隣に座り込み、一冊一冊本を捲り始める。
「ありがとうございます。お母さんのためにもがんばりましょうね」
 シヴァも小さく笑うと本を手に取り始める。

 それから何時間が過ぎただろうか。玄関が明るいところを見ると、もう朝になってしまったのだろう。シャロンも15冊目の本を調べている時に眠ってしまった。子供が一日中起きているのはさすがにつらいのだろう。
「あと、2冊…、これで手がかりが何もなかったらどうしましょう…」
 そのときは図書館の本を全部調べなおすしかありませんね、と呟きながらページを捲る。

―奇跡の湖

「あった…」
 シヴァは小さく呟くと、そのページを読み始める。
『奇跡の湖の水、それは信じるものの前にしか姿を現さない幻の万能薬。この水を飲めばどんな病も去ってしまうという水。だが、手にしたものがいるのかどうかはわからない。噂ではカナンの神の森の奥深くにその湖は眠るのだとか…』
「やはりカナンですか…。とりあえずは行ってみるしかありませんね」
 シヴァは立ち上がりシャロンを見る。さすがに危険な場所まで連れて行くことはできないと思った。もしかしたらシャロンを守る余裕がない相手かもしれないからだ。
「すみませんが、シャロンを見ててくださいね。夕刻までには戻りますから」
 そう言って、シヴァは店を出た。


 エルザードから数時間の時間をかけて、ようやくカナンにたどり着いた。見る限りいたって平和な村だ。とてもじゃないが《奇跡の湖》など大層なものがありそうな場所には見えない。
「奇跡の湖はどこにあるかご存知ですか?」
 道を歩く農夫に聞くと首を横に振りながら「そんなもんはこの村にはねぇよ」と冷たく答えられた。
「奇跡の湖はない…?」
 しかし、カナンという村は世界中の地図を調べてもこの場所にしかない。もしかしたらあの古書に書いてあるのは嘘だったのかも知れない。嘘だったとするとシヴァは完全にお手上げ状態になる。
「じゃあ、神の森という場所はご存知でしょうか?」
「あぁ、神の森ならこの道をまっすぐ行けばあるよ。しかし魔物が出始めて危険な場所だよ」
「そうですか、ありがとうございます」
 ペコリと頭を下げて森の方に歩く。
「この森の中に…」
 《神の森》と呼ばれるだけあって神秘的な雰囲気を感じさせる。だが同時に恐ろしい森であるのだという事も分かる。耳を澄ませば森の奥から魔物の奇怪な声が響いてくるのだから。
「時間がありませんね。夕刻までに変えると約束しましたから…」
 そう言ってシヴァは森の中を走り出す。走るたびに耳につけている金の鈴のイヤリングがリンと鳴る。襲い来る魔物を倒しながらシヴァは森の最深部を目指して、ひたすら走り続けた。
 そして、数十分後。森の最深部にあるソレを見てシヴァは愕然とした。

「…これが奇跡の湖…?」

 走り続けた事による疲れと、見つけたモノを見て緊張の糸が切れたのかガクンと膝を折ってその場に座り込む。
「……ただの枯れた湖じゃないか…」
 そう、シヴァが見たものは枯れた湖。それも最近枯れたものではない。
「………ッ!」
 シヴァは脱力感からか地面をガツンと殴る。異変が起きたのはそのときだった。

《あなたはなぜ、奇跡の湖の水を求めるの?》

「!?」
 シヴァは回りを見渡すが誰もいない。声は頭の中に直接響いてくるような感じだった。
《答えなさい。なぜ求めるの?》
「…母を助けたいと願う少年の為です」
 シヴァがその言葉を言った瞬間、枯れた湖の上に一人の女性が現れた。人間でないのは分かる。人間ならば宙に浮くということはできないだろうから。
「かつてはこの湖も溢れるくらいの水がありました。どんな怪我も治す癒しの水。だけど、ある人間が言いました。この水さえあれば世界すら手に入れることが出来る、と。泉の精は悲しみ、そんな事に使われるのならばと湖を枯らしたのです」
 その女性は寂しそうに淡々と話している。
「あなたがその泉の精、ですか?」
 女性は静かにコクンと頷いた。
「…そうですか…枯れたものならば仕方がありません…。別な方法でシャロンの母親を救う方法を見つけます」
そう言ってシヴァが背を向けたときだった。
「お待ちなさい」
「…?」
「このことを誰にも言わないと約束できますか?約束できるのであれば奇跡の水を差し上げます」
「言いません」
 シヴァはきっぱりと言い切った。
「約束を破られた時は貴方を殺しに行きますよ?それでもいいですか?」
 シヴァは躊躇うことなく首を縦に振った。女性はシヴァのその姿を見るとにっこりと笑って水の塊のようなものを差し出した。。
「一人の命を救うのであればこれだけでも十分です」
「ありがとうございます!」
 シヴァは持ってきた皮袋にそれを入れ、丁寧に頭を下げてきた道を戻って行った。
「貴方のような人が昔にいたならば…この湖も枯らすことなどしなくてすんだでしょうに…」
 女性は寂しげに呟いたが、その呟きはシヴァには聞こえなかった。


「シヴァさん!」
 森を抜け、シャロンを置いてきた店に戻ると、店の前にシャロンが立っていた。
「置いていくなんて酷いよ!」
「ごめんな。でもほら」
 シヴァは皮袋をシャロンに差し出す。
「これでお母さんは助かるだろう?」
 シヴァが言うと、シャロンは目に涙を浮かべて「ありがとうございます!」と深々と頭を下げた。
「あ、これ少ないですけど報酬―」
「いいよ、それより早くお母さんに飲ませてあげなさい」
「……本当にあるがとうございます!いつか御礼をしますから!」
 それだけいうとシャロンは走って家へと戻っていった。
(報酬は覚えていたら頂に参りますよ……)



(……魂と言う名の報酬をね)


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

1758/シヴァ・サンサーラ/男性/666歳/死神


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■         ライター通信          ■
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シヴァ・サンサーラ様>

初めまして、瀬皇緋澄です。
今回は《奇跡の湖の水を》に発注をかけてくださいましてありがとうございます!
《奇跡の湖の水》はいかがだったでしょうか?
少しでも面白いと思ってくださったら幸いです^^
それでは、またお会いできる機会がありましたらよろしくお願いします^^

            −瀬皇緋澄