<PCクエストノベル(1人)>


 流水は凍らない

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 今回の冒険者
【整理番号 / 名前 / クラス】
【 1780/ エルダーシャ/旅人】

 その他登場人物
【アクアーネの案内員A/アクアーネの一般的な村娘】
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 1.水の都アクアーネ

 一部では根強い信仰を集めている水神ルキッドの教えに、次のようなものがある。
 『水は凍る。
  しかし流れる水は凍らない』
 常に意欲を失わずにがんばろう。という意味で伝えられている言葉だが、元々は冬の寒さで凍った湖と、そこに流れ込む川を見かけた水神ルキッドが、
 『湖は凍るのに、川が凍らないのは不思議ね〜』
 と、無意味に呟いた言葉を神官達が最大限好意的に解釈して、後の世に伝えた言葉である事を知るものは少ない。
 …それはともかく、流れる水が滅多な事では凍らないという事を証明している村が、アクアーネ村であった。
 アクアーネの村中を走る運河は、冬の寒さの中でも凍る事を知らない。
 『買い物に行くのに、道を歩く必要が無い村』
 というのは、アクアーネ村の宣伝文句でもあが、それ程、アクアーネ村の運河はインフラとして整備され、機能していた。それは、水の都の象徴でもあり実質でもあった。
 そうしたアクアーネの風情を目的にする観光客も多く、村の入り口には宿を探す観光客と案内する村人の姿が常にあった。
 今も、ふらりとやってきた、若い女性風の観光客が案内の村人に声をかけている。

 観光客A:「あのー、これって何をどうしたら良いんでしょうか?」

 村の入り口には運河が流れ、船が浮かんでいたが、一方、陸の上には道が無く、休憩所兼案内所のような場所が水の辺に立っているだけだった。陸に道が無い以上、船に乗るしかないわけだが、どうしたものやら観光客Aにはわからなかった

 案内員A:「はい、ちょっと待って下さいね。まず、こちらのパンフレットと地図をどうぞー。
       それから、こちらの来客名簿にサインをお願いしますねー」

 制服風の民族衣装を纏った案内員の娘が、とまどう観光客Aに地図とパンフレットを差し出した。

 観光客A:「はい、わかりましたー」

 観光客Aは、名簿に『エルダーシャ』と自分の名前を書きながら、地図とパンフレットを受け取り、改めて村の入り口から村を見渡す。
 なるほど噂通り、運河が村中を流れ、小船やゴンドラが走っている。だが、驚いたのは普通は川に架かっているはずの橋が、この村ではどこにも見当たらない事だった。
 
 案内員:「船が通るのに邪魔なんで、うちの村の川や運河には橋が無いんです」

 エルダーシャ:「なるほどー…」

 さすが水の都だ。とエルダーシャは思った。村の中を移動する為の小船は無料で貸し出しもしているそうだが、特に船の通りが多い村内の運河等で、初心者が一人で小船を漕ぐのは危ないからやめた方が良いと案内員Aは言った。

 案内員A:「安いですから、追加料金で船頭さんを雇っちゃうのがお勧めですよー」

 エルダーシャ: 「そうですかー。それじゃあ、お願いします」

 エルダーシャは村の案内も兼ねて、船頭を頼む事にした。

 案内員A: 「わかりました。それじゃあ、お客さん、どこへ行きますか?」

 エルダーシャ: 「そうですね。お腹も空いたんで、今夜の宿でも取りながらお昼ごはんでも…て、案内員Aさん、船頭もやるんですね…」

 案内員A  「ええ、この村は男女問わず、誰でも船頭が出来ますから。というか、船が漕げないと村で生活出来ませんし」

 村中を走る川に橋が架かってない以上、船を所持する事と船の操舵技術は村人として必須というわけだ。水の都に住むのも楽じゃないなー。とエルダーシャは思った。

 案内員: 「…でも、年を取ったり怪我をしたりして船を漕げなくなる人も居ますんで、そういう人達の為に、橋が架かった区画も村の外れにはありますよ。子供達の学校もその区画にあります。
       船が漕げなくなったら子供達の先生になるのが、この村の暗黙の掟ですね」

 などと案内員Aは説明しながら、小船を漕ぎ出した。良い掟とも悪い掟とも取れる、微妙な掟だなー。とエルダーシャは思った。

 エルダーシャ: 「まあ、船が漕げなくなったら川に投げ込まれるとか、そういう掟よりは良いですよね〜…
          ところで、パンフレットを見てて思ったんですけど、主な宿屋って三軒あるんですね?」

 案内員A: 「はい。でも、一軒はエルザード方面まで川を下って荷物を運搬してる業者の団体さん向けの宿なんで、観光客さん用の宿は二軒になりますね。
       安い宿と高い宿なんですけど、私的には値段もサービスも大差無いかなーと思います」

 エルダーシャ: 「じゃあ、安い方の宿でお願いします〜」

 案内員A: 「はい、わかりましたー」

 というわけで、エルダーシャは村の風景を眺めながら昼食と部屋の予約の為に宿屋へと向かった。
 見ての通り、川と運河で構成された水の都である。住人達の多くは家の周りの川で魚を採ったり、豊富な淡水を利用して田畑を耕したりと1次産業に従事しているそうだ。その光景は、一目見て納得できた。また、エルダーシャのような観光客が多い時期や、むやみに広い村内で遺跡が発見されたりして冒険者が集まってきた時は、どの家も一時的に宿屋に変身する可能性はあるとの事だった…

 2.寒中水泳

 宿屋『リバーサイド』の一階、酒場兼食堂にエルダーシャと案内員Aは居た。

 エルダーシャ:「お料理はおいしいんですけど、『リバーサイド』っていう宿屋の名前はどうかなーって思いますよ〜…」

 案内員A: 「ええ、村の者達も常々、『そのまんま過ぎるだろう』と言ってます…」

 宿屋のネーミングセンスはともかく、『淡水マグロのキノコソテーとハヤシライス』という今日のランチは良い味だった。昼食を終えたエルダーシャは、もう少し村を見て回ろうと思った。

 エルダーシャ: 「あの〜、『船を漕げない人達の区画』…て、見に行ったらマズイですかね?やっぱり」

 こういう村で、むしろ船を漕げなくなった人達がどういう風に暮らしているのかエルダーシャは興味があったが、ただ、観光客が興味本位で見に行って良いものとも思えなかった。

 案内員A: 「あー、たまに『俺は見世物じゃねぇ』って機嫌悪くする人も居ますね。気持ちもわかりますけど。
        …でも、お年寄りの人とかは暇してますんで、昔話とか幾らでもしてくれます。
        あ、それからついでに、私の彼が去年、川で淡水鮫に襲われて左腕を失くしちゃってから、学校で先生やってるんです。
        だから、聞けば色々教えてくれますよ」

 エルダーシャ: 「…あの、『ついでに』の部分が、結構一大事な気もするんですけど」

 まあ、案内員Aの知り合いと言うか恋人が働いているなら良いか。とエルダーシャは思った。彼女と案内員Aは宿を後にし、『船を漕げない人の区画』へと船を向けた。

 案内員A: 「そうだ、今日は学校の寒中水泳大会の日なんで、今頃みんな泳いでるかもしれませんよ」

 エルダーシャ: 「寒中水泳…て、こんなに寒いのに泳ぐんですか〜?」

 案内員A: 「寒いから寒中水泳なんです」

 エルダーシャ: 「いえ、そりゃ、そうだと思いますけど…」

 アクアーネの子供に生まれなくて良かったと、エルダーシャは思った。それから学校の近くまで行ってみると、案内員Aが言うように、学校の子供達が近所の池で寒中水泳大会の最中だった。『船を漕げない人の区画』の者達が数十人程、見物に来ている。

 エルダーシャ: 「うわ〜、寒いのにがんばってますね〜」
          
 エルダーシャは寒中水泳大会の様子を眺めている。これも、水の都で生きていく為の教育なんだろうな〜、多分。と頷く。
 やがて彼女は、ある事に気づいた。

 エルダーシャ: 「あの、池の真ん中でガボガボ〜ってもがいてる子が3人位居るんですけど、あれは、そういう泳ぎ方なんですか?」

 案内員A: 「いえ、あれは溺れてるんだと思います」

 エルダーシャ: 「た、大変じゃないですか〜!」

 あわてたエルダーシャは颯爽と池に飛び込んだ。
 そして、3秒程泳ぎ、4.2メートル程進んだエルダーシャは、すぐに帰ってきた。

 エルダーシャ: 「ガタガタ。こ、こんな寒いのに泳げませんよぉ〜!」

 エルダーシャはガタガタと震えている。

 案内員A: 「いえ、こんなに寒いのに準備運動無しで急に飛び込んだら、私でも死んじゃいますって…」

 などと話してる間にも、時間は過ぎていく。池の周囲に居た何人かの若者…片腕や片足が無い、船を漕げない者達…達が、溺れた子供を救助するべく飛び込んだ。腕が無かろうと足が無かろうと、若者達は果敢に冬の池を泳ぐ。
 
 エルダーシャ: 「私、泳げないんで、飛んで来ます!」
 
 そういえば、飛行術は普通に使える事を思い出したエルダーシャは水面を飛んだ。とりあえず、溺れていた子供を1人抱える。子供は、どうやら足がつっただけで、命に別状は無いようだ。他の子供達は泳いできた若者が助けたようなのでエルダーシャも岸に帰る。早速、年寄りの治癒術師が溺れた子供に治療術をかけていた。毎年何人かはこうして溺れるそうで、それもまたアクアーネの習慣だそうだ。

 案内員A: 「人は溺れた数だけ強くなるのです」

 などと案内員Aの解説を聞きながら、エルダーシャは凍えた体を焚き火で暖めていた。

 案内員Aの恋人: 「あんた、飛べるんだったら最初から飛べば良いのに…」

 案内員Aの恋人が、エルダーシャにタオルを差し出しながら言った。子供の一人は、彼が泳いで岸まで連れて行ったようだ。片腕でも、彼の水泳の技術には何の問題も無い。

 エルダーシャ: 「ガタガタ。なんか、みんな泳いでたから、泳げそうな気がしたんですよ〜」

 説得力の無いエルダーシャの言葉だったが、彼女の行動自体は村人達に受け入れられるものだった。
 それから、『船を漕げない人の区画』で夕暮れまで過ごしたエルダーシャは宿に帰った。

 案内員A: 「それじゃあ、私も帰りますねー」

 案内員Aも帰っていく。
 宿には、エルダーシャが1人残された。
 一人になったエルダーシャは、宿屋でのんびりと夜を過ごしながらアクアーネ村の事を考える。まず、水の都の噂どおりの村である事は間違いないと思えた。運河が凍ったり干上がったり、流れの向きが変わったりしたら一大事と思える。また、この手の村、生活していく上で特殊技術が欠かせない村の場合、特殊技術を失うと村に居場所が無くなるケースが多いが、この村の場合は船に乗れなくなった者達も普通に生活しているようである。その点は優れているなーとエルダーシャは思った。
 この村なら、何処に宿屋を立ててもリバーサイドですよね〜。と思いながら、エルダーシャは宿屋『リバーサイド』で眠った。
 翌日、エルダーシャはアクアーネを訪れた時と同様、ふらりと姿を消した。
 次は何処へ行くか?
 彼女は歩きながら、次の旅先を考えていた…

 (完)