<聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記>


琥珀の腕輪
■プロローグ
「なぁ、知ってるか?」
 男は酒で酔っているのか、饒舌だった。もっとも、男の普段の口数がいかほどなのか、店内に知る者はいない。寒い冬へと趣きを変え始めた昨今に、半そでで過ごす男の右腕にある腕輪が、店内の明かりに反射して異様な光を放つ。近くに座っていた冒険者が男に尋ねた。
「それはなんだ?」
 男は自慢気に口元を緩めて語りだした。要約すると、これは男が一番最初の冒険で得たものだ。しかし語り終えたあと、男の顔は憂いを帯び始めた。
「そうだ、おれはこれをあの洞窟にもっていかにゃぁならんのだ……」
 次第に、男の顔から『ゆううつ』の色が濃くなっていく。ひと踊りし終えた黒山羊亭の踊り子、エスメラルダが、男の腕からするりとその腕輪をとった。
「へぇ、これと言った装飾のないシンプルな形だけど、いい輝きだ。これは琥珀かい?」
「ああ、見る目があるな」
 男は酒の入ったコップを回して飲み干すと、エスメラルダはその腕輪をテーブルに置くいた。
「ココから少し行った先に、洞窟があるんだ。ちょっと道のりはキツイが、空気のすんだ満月の日にその洞窟に行くと、一生に一度、願い事がひとつ叶えてくれるらしい」
 男は地図を出し、洞窟をまるで囲んだ。なるほど、聖都から山を二つほど越える道のりは、容易ではない。
「ふぅん。その地図と話のお代に、その腕輪を出そうってわけかい?」
「よくわかってるじゃねえか」
 笑った男の前で、エスメラルダはその琥珀の腕輪を左腕にはめてみる。

 ――きみが、わたしのもとへ――

 腕輪はエスメラルダに、思いを告げた。



■Good Luck
男の腕輪をエスメラルダがしたとたん、エスメラルダは放心状態だ。――意識がないとでも言うのか。男が戸惑っている中、近くを通りかかったアンフィサ・フロストはエスメラルダの手を握り、彼女の耳元でささやいた。
「エスメラルダちゃん〜どうしたんです〜?」
 エスメラルダは突然跳ね上がり、座っていた机から落ちた。
「っつ――……けど助かったわ、ありがと」
 痛むお尻をさすりながら、エスメラルダは差し出した男の手によって起き上がった。腕輪を男へと戻すと、エスメラルダは一瞬肩を震わせた。
「ヤな腕輪だね。―― 一瞬、魂を取られた感じがしたよ」
「アンフィは〜そんな気はしませんけど〜?」
 アンフィは試しに、その腕輪を右腕にしてみた。エスメラルダのように身体が硬直したり、放心するようなことはなく、いたって普段どおりである。
「お前さん、男か?」
 腕輪の持ち主がアンフィに尋ねた。
「アンフィは女ですよ〜」
「ほぉ……その腕輪には女限定で魂を吸い寄せるような効果があってな……嬢ちゃん、強い精神力持ってるか、――よほど鈍いかだな!」
 男は笑い始め、また酒を飲み始めた。エスメラルダは怒る気力もないのか、ステージに戻り、踊り始めた。アンフィは腕輪をじっと見つめ、男に申し出た。
「アンフィは〜洞窟に行ってもいいですよ〜」
 男は飲んでいた酒を噴き出し、前に座っていた男――アイラス・サーリアスにかけた。
「きっ、汚いですね!!」
 アイラスの反論など耳に求めず、男はアンフィをじっと見つめた。
「お嬢ちゃん、本気か!?」
「本気ですよ〜山も森もアンフィのホームグラウンドですし〜」
 花のようにぽやぽやとした雰囲気のアンフィに、不安を感じない人間はいないだろう。酒でまともな判断は出来ないだろう男でさえ、とてつもない不安を感じている。あたりの様子に気付いたエスメラルダが事情を聞き、アンフィを止めた。
「アンタみたいな子が行く場所じゃないんだから、やめときな! 悪いことは言わない、無理だよ!!」
 それはアンフィの身を大切に思ってのことだが、アンフィは頬をむくらせた。その様子を男の隣で見ていたアイラスは、手を上げ、男に申し出た。
「なら、僕も一緒についていきますよ。それならいいでしょう?」
「ま、まぁ……アンタは慣れているだろうしな」
 男は眉間にしわを寄せながらも、首を縦に振り、地図をさしだした。腕輪はアンフィの腕にはまったままだ。アンフィとアイラスはお互いに顔をあわせた。
「わぁ〜い。アンフィです〜よろしくお願いしますね〜」
「アイラス・サーリアスです。よろしくお願いします」
 ふと不安がよぎるアイラスに、男は肩に手をおいた。男も一緒に行くと思いこんでいたアイラスは顔が青くなる。
「Good Luck――アイラス」
「さーって、もう一踊りするよっ」
 席に集まっていた面々が、アイラスとアンフィを残して三々五々に散っていく。アイラスは地図を握りながら半ば後悔していた。――無事に洞窟にいけるんだろうか。
「一緒に頑張りましょうね〜」
 一見頼りない相棒の差し出した手を、アイラスは力強く握った。

■遭遇
 聖都の中心部から少し外れた場所で、翌朝、アイラスとアンフィは待ち合わせをしていた。日が昇り始めた空の下で、アイラスは、予定時刻よりも30分遅れたアンフィを見つめた。登山に必要な用具を一式そろえたアイラスは、かなりの重装備。一方アンフィはというと、昨晩あった格好となんら変わらない、軽装だ。
「あら〜アイラス君〜、どうしてそんなに〜重そうなの〜?」
 ふしぎそうに見つめるアンフィに、アイラスは不安ばかりが頭をよぎる。――もともと不安だったが。
「そういうアンフィさんこそ、どうして……」
「アンフィは〜どんな格好でもアンフィなので〜あまり必要がないんですよね〜」
「……ここで立ち話していてもしょうがないですし、行きますか」
「そうですね〜」
 2人がその場から去ろうとしたとたん、アンフィは肩をつかまれ、その場に倒れた。
「ったぁ〜」
 振り返ったアイラスは、尻もちをつくかたちで倒れたアンフィと、アンフィと一緒に倒れた男を見下ろした。緊張感のない面持ちは、まさに昼行灯。アンフィとの旅に不安を感じるアイラスにとって、アンフィの同類同然だ。
「……失礼ですが、どなたでしょうか?」
「俺も仲間ですよ! 手紙を預かってます――ほら」
 アイラスは男が出した手紙を読んだ。アンフィは男の手を借りて立ち上がり、アイラスの呼んでいる手紙を覗き込んだ。
「流麗な文字ですね〜アンフィは〜最後の〜『ご武運を』しか読めませんよ〜」
 アンフィ曰く流麗な文字でつづられた手紙を、アイラスはアンフィが読めないことを幸運に思った。

 ――アンフィさんのお目付け役ぐらいには使えるでしょう

 アイラスはアンフィと男を見比べた。さっきと同じ感想しか持てず、頭を抱える。役立たずではないだろう、身長も体系も標準的だが、服の上から見ても身体がどことなく引き締まっている。全身のボディバランスのしっかりしているあたり、体術を会得しているのだろう――きっと。
 さっきアンフィと一緒にこけたのは何かの間違いなのだ、――きっと。
 アイラスは不安を払いのけながらいった。
「はじめまして、アイラス・サーリアスです」
「ご丁寧に、はじめまして。不安田です」
「不安田、さん……」
「あっ、アンフィです〜本当は〜アンフィサ・フロストっていうんですけど〜長ったらしい名前なんて誰もいいませんよね〜」
 不安田はアンフィのその様子に笑った。
「ガラじゃないんで、アンフィとアイラスでいいですか? さん付けとかはちょっと……」
 不安田は申し訳なさそうに言った。そういうあたり、育ちは悪くなさそうである。アイラスは手を差し出した。
「かまいませんよ。依頼終了まで、よろしくお願いしますね」
「こちらこそ。大丈夫ですよ、身体1つあれば、何ごとも乗り切れますよ!」
 アイラスは手を握りながら、確実に不安要素が増して行くのを感じた。



■第1日目
「だから、こっちでいいじゃないですか!」
「もうちょっと待ってくれ、えーっと、こっちの道……う〜ん、もうちょっと地図が詳しければ……」
「早くしないと〜アンフィは〜先に行っちゃいますよ〜」
 アイラスが地図と道を比べている間に、不安田とアンフィが先を行く。アイラスがそれについて行く――そんな行動を今日1日で何度繰り返したか。アイラスの感じていた不安が少なからず的中したことは……不幸か否か。
 今回に限ってそういう役回りだったのだ、とアイラスはあきらめ、2人のあとをついて行く。地図を見ていないにも関わらず、不安田の思い切りの良さとアンフィの勘のよさが絶妙にマッチして、見事目的地に辿りつく。
 今登っている山はもう2つ目になろうとしていて、予定なら1つ目の山で野宿だったのだが。自然と近道を選んでいるらしく、1歩1歩確実に、一行は進んでいた。
 目印は、以前男が来た時につけた印だった。もう1度来ることを見越してか、地図にはその印の詳細が書かれている。ふしぎに思うべきは、その印の真新しさか。多く見積もったとしても、1年ほどしか経っていないだろうその印。樹にまきつけられた赤い布はしっかりと残っているし、深いきずも健在だ。不自然に深い穴もあり、――まぁ多少不気味ではあった。
「そろそろ〜日も暮れる頃ですかね〜」
 西の空に太陽が傾き始めたのをみて、アンフィが呟いた。ちょうど地図の示す『小さな湖』も近かったので、そこで1日目の行動を終らせることを一行は決めた。――が、なかなかその湖に到達できず、そのまま日も暮れてしまった。
「道に迷ったんでしょうか、やはり」
 アイラスが呟いた。不安田もアンフィも気にした様子はない。
「地図にだって多少の間違いはありますよ。さっ、気にせず、野宿の支度でもしましょう」
 不安田とアンフィは一緒に獲物を狩りに、薪を取るついでに行った。一番の重装備を抱えたアイラスは、持って来た毛布を出し、寝床の支度と、火をおこす支度をした。林から物音がし、いっせいに鳥たちが空に散っていく。不安田が獲物をしとめたと思ったアイラスは火をおこし、薪の来訪を待った。
 不安田がかったのは野ウサギが2匹と小物の若干。アンフィは薪と一緒に、食べられる木の実やきのこをもってきており、初日の食卓は豪華だった。資源豊富な森に、持って来た非常食の不要さをアイラスは感じた。
 持って来た毛布は2枚。レディーファーストということで、1枚はアンフィが、1枚を男2人で、という形容しがたい状態となった。
「身1つあればなんとかなると思ったんですけどねぇ……」
 依頼をあまり詳しく聞かされなかった不安田は呟いた。腕輪を洞窟に届ける、それだけで野宿するはめになるほうが珍しい。――と、アイラスは思った。
「今度から、登山するときは毛布一枚持ってくると良いですね」
「考えておきますよ」
 かたわらでアンフィは寝息を立てていた。毛布の利用を一番拒否したのはアンフィで、そんなものは不要だと言い張った。と言っても夜になれば山は冷える。結局2人が押し切ったのだ。
「――寝ますか?」
「そうですね」
 毛布をかけながら男2人、背を向けながら眠りについた。



■第2日目
「うーん、『小さな湖』は、見なかったんですけれどね……」
 アイラスが呟くと、そんなことは気にしない2人が、目の前の印を差した。樹にまきつけられた青い布――それはまさしく、目的地が近い証だった。早朝に出発してから大分歩きつめ、『小さな湖』『鉄パイプ』の2つの印を見ずに、3つ目の『青い布』にたどり着いたふしぎ――否、奇跡とでも言うべきか。
 とにもかくにも、昼下がりの午後、一行は目的地まで目と鼻の先までたどり着いた。それもこれも、男の出した地図よりも、不安田とアンフィの道案内のおかげである。特にアンフィは百発百中ともいえる鋭さで、正直舌を巻いてしまう。
 歩き詰めでは疲れるので、夕食の際に残った木の実と、アイラスの持って来た非常食とで遅めのお昼、ということになった。目的地が近いとなれば、食も進み、食も進めば会話も進む。
「そういえばアンフィさん、あの腕輪は?」
 アイラスは思い出したように、アンフィに尋ねた。アンフィは得意そうに右腕を出し、その腕輪を出した。
「ほら〜ちゃんとありますよ〜」
 依頼を受けた夜と同じ場所に収まっているそれに、アイラスは違和感を覚えた。
「――それ、抜けますよね?」
「それが抜けないんですよね〜困ってて〜」
「へぇ、それが依頼の腕輪ですか……」
 アンフィの言葉に硬直するアイラスをよそに、アンフィと不安田は琥珀の腕輪に見入っている。アイラスは膝に乗せた非常食の干し肉を地面に落とし、立ち上がった。
「……それじゃぁ困るじゃないですか!!」
「大丈夫ですよ〜心配しすぎですよ〜アイラスくんは〜」
 なだめるアンフィ。その様子は不安田も一緒で、アイラスは静かにその場に座り、木の実を口に入れた。
「そんな簡単な問題ではないと思うのですが……」
「簡単ですよ〜」
 一刀両断されたアイラスの意見。落ち着くと一向は場を切り上げ、最終目的地へと歩いた。今日中に洞窟へとつけば、洞窟で一夜を明かし、下山する考えだ。



■最終目的地にて
 『青い布』からどれぐらい歩いたか――それこそ、洞窟についたのは夕暮れ時であった。かろうじて空は赤みを残すが、そこに太陽はない。西の空には満月が輝き、アイラスはほっと胸をなでおろした。
「洞窟ですね〜」
 駆け足で歩いていれば、簡単に見落としそうな場所に洞窟はあった。生い茂った草木がバリケードの役目をし、穴も幾分狭い。最も背の低いアンフィでも腰をかがめるほどの高さで、一行はたいまつを片手に、洞窟へと入っていった。
「狭いですけれど、きちんとした洞窟ですね」
 不安田がいぶかしみながらいった。洞窟は人が何らかの目的でそうしたかのように、木で内部を補強され、土砂崩れを防いでいた。所々にたいまつの火をともせるろうそくもあり、それとは別に燭台もある。
 ろうそくを失敬して燭台に載せると、人数分の火元ができる。それを頼りに一行はさらに奥へと進み、石でできた扉を発見した。途端、アンフィの右腕にはめられた琥珀の腕輪が光り、アンフィの腕から抜け、空中に浮いた。
「腕輪が浮いてますよ〜」
 驚き、呟く。不安田もアイラスもそれは一緒で、ただ光ばかりの腕輪をじっと見ていた。アンフィが突然動き、石でできた扉に手をかけた。アンフィの目に生きた光はなく、アイラスと不安田は心配そうにアンフィを見つめた。
 石扉が開くと、腕輪はその中へと入っていった。アンフィの目には光が戻り、目をぱちくりさせながらアイラスと不安田を見た。
 3人が中にはいると、そこにあったのは粗末な祭壇だった。そして、同じ琥珀の腕輪がそこにあった。鈍く光り続ける、もう1つの琥珀の腕輪。一行の持って来た琥珀の腕輪が、祭壇の隣に落ち着くと、光はやんだ。
「なんだか、家に帰ったみたいですね」
 不安田はぽつりと呟いた。
「結局、願い事ってどうなるんでしょうかねぇ……」
「……本当に」
「ためしにこの場でお祈りしてみますか?」
 アンフィの提案に3人は頷き、祭壇に向かって手をあわせた。おりしも月は満月。――3人の願いは叶った――というより、叶えるものだったのはアイラスの願いのみであった。



■エピローグ
「見てくださいよ〜この傷〜新しく入ってきた子が引っ掻くんですよ〜」
 黒山羊亭のカウンター。アイラスが座っていた席の隣にアンフィが座り、真新しい包帯を見せる。『森の仲間達と仲良く』と願ったアンフィは、なかなかに楽しそうな毎日を過ごしている。新しく入ってきた子、というのはどうやら食虫食物らしく。アイラスは苦笑いを浮かべながらいつもの酒を飲んだ。
「ハハハ……」
 アイラスの願いは『無事帰還』。3人はそのあと、気付くと聖都の広場にいた。無事帰還と言うより、強制送還のようではあった。地図と腕輪を渡した男は、あの日以来黒山羊亭にきていないらしく、報告はいまだ出来ていなかった。
 帰ってきてから周辺の地誌について調べてみると、あの洞窟には昔、生贄がささげられていたことがわかった。それも、男女1組。腕輪にはきっと、その二人の想いが――と言うのはアイラスの空想で、生贄の話も、事実とは限らない。
 なぜ腕輪があの場所に帰るべきだったのか……男を問い詰めれば答えが見えると思っただけに、姿をあらわさない男に、アイラスは食傷気味だった。
「元気でやってます〜? あっ、俺はこのとおりですけどね!」
 不安田が黒山羊亭へと入ってきた。彼が祈ったのは『無病息災』。もともと頑丈そうな彼には無縁な願い事のようだが、実はかなりの病弱――と、本人が笑いながらいった。
「はぁ、本当に今回は辛かったな……」
「なんでです?」
 アンフィと不安田は声をそろえていった。アイラスは眉間にしわを寄せながら、笑顔でいった。
「素敵なパートナー達だったからですよ」
 空に光る月は欠け初め、真夜中に光り輝いていた。




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■    この物語に登場した人物の一覧     ■
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<アイラス・サーリアス>
整理番号:1649 性別:男性 年齢:19歳 クラス:軽戦士

<アンフィサ・フロスト>
整理番号:1695 性別:女性 年齢:153歳 クラス:花守

<不安田>
整理番号:1728 性別:男性 年齢:28歳 クラス:暗殺拳士


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■        ライター通信         ■
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はじめまして、発注ありがとうございました。ライターの天霧です。
何を話せばよいのか……。毎度悩んでしまいます;;

アイラスさんは、物腰の穏やかそうな人、
という感じで書かさせていただきました。
穏やかになり過ぎないように注意していたら、他の2人の押しの強さに
めげずに踏ん張る役回り(?)となってしまい……愛情はあるのですが。(苦笑)

――そんな感じで書きましたが、お気に召していただけたでしょうか?
よろしければ、ご意見・ご感想などをいただければ嬉しいです。

では、ありがとうございました。またの機会にお会いできれば幸いです。
天霧 拝