<PCクエストノベル(1人)>
双子の塔、歯車は廻りて冷たし 〜ウィンショーの双塔〜
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【冒険者一覧】
■1805/スラッシュ/探索士
【その他登場人物】
■旅の商人/商人
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【序】
スラッシュ:「失礼だが……ウィンショーの双塔、というのは、この方角で間違いないか」
聖獣界ソーン。三十六の聖獣が守護する、夢と現実のはざまに立つ大地。
風吹きすさぶ平原、一礼をしてすれ違った旅人が、つ、とこちらを向く。
商いを営んでいるらしき男は、一瞬怪訝な顔をしたが、すぐに客相手の顔に戻って、南の方角を指した。
旅の商人:「ええ、このまま南へちょいとばかし行けば、じきに見えてきますぜ」
スラッシュ:「……そうか」
道を聞いた青年――スラッシュは、軽く頷いてそちらを確認する。
彼のいでたちを見た商人は、世間話をもちかけるように、口を開いた。
旅の商人:「旦那もやっぱり、例の宝がお目当てで?」
スラッシュ:「……そんなところだ」
旅の商人:「ああ、まだお若えのに、お止しになったほうが」
スラッシュ:「………」
スラッシュが黙っていると、男は大袈裟に手振りを加えながら、彼の目的地である塔について語り始める。
旅の商人:「アノ塔はいけませんぜ、アッシも旦那くらいの年頃に、やっぱり宝目当てで入ってみたことがあるンですがね、やたらと罠はあるわ、行けども行けども進めやしねえわで、そりゃもう大変なトコですぜ。確かにお宝は魅力的かもしれませんがね、命にゃ代えられ……あ、ちょっと!」
しかしその言葉の終わりを聞くことなく、青年は外套の裾を翻し、先ほど教えられた方角に向かって歩いていってしまった。
残された商人の、どうなっても知りませんぜ、と言うような溜息を背に、彼は口の端で笑みを浮かべ、ひとこと呟く。
スラッシュ:「……だからこそ、行くんだろ」
彼の銀髪が、風に吹かれてさやさやと揺れた。
【1】ウィンショーの双塔・一階:罠
ユニコーン地方南部に位置する、ウィンショーの双塔。名前どおり、外観を同じくした塔が二つ、天に向かってそびえ立っている。上のほうはかすんで見えないが、どうやら互いの最上階から、二つの塔を連結する通路が伸びているらしい。そして聞いたところでは、その通路の真ん中にある部屋に、『伝説の宝』がある――ということだった。
スラッシュ:「……なるほどな」
スラッシュはしばし、そのたたずまいを眺めていたが、やがて右の塔を選んで、足を踏み入れる。
薄暗い内部はひんやりした空気で満ち、正確に切り出した石で、隙間なく積み上げられた内壁は、そのままこの塔の難攻不落を意味するようだった。
床を作る、正方形に揃えられたタイルは、一歩踏み出すごとにカツ、カツと小気味の良い音をたてる。
スラッシュ:「……と」
その、響く足音に、わずかな違和感を覚えて、スラッシュは一歩退いた。
音をたてて床石は落ち窪み、どこに終わりのあるとも知れない闇の中へ消えてゆく。あとにはぽっかりと口を開けた、四角い穴だけが残った。
スラッシュ:「落とし穴、か…子供騙しだな」
彼は遺跡や迷宮の探索技能を持ち、探索士を生業としている。罠は専門分野である、この程度の落とし穴に、引っ掛かるへまを仕出かすはずがない。
自身でもそれを自覚しているスラッシュは、軽くその穴を跳び越して、フロアの奥を目指す。正面の突き当たりに、鈍色に光る扉が現れた。
頑丈な鉄板に、恐ろしげな魔物が口を開いた彫刻がなされている、趣味の悪い扉だ。
スラッシュはこの扉を検分し、この奥にはどうやら重要なものがあるらしいことを悟る。そして同時に、扉には罠が仕掛けられていることも見て取った。
スラッシュ:「おそらく、こうすれば――」
彼は用心深く、武器の短剣を抜き、魔物の浮き彫りに触れる。
がしゃん、と、何かのスイッチが入る音を聞いて、スラッシュは身構えた。
スラッシュ:「!!」
歯車の回る音。体内のねじをきしきし言わせて、生命なき魔物が動き出した。この塔に罠を仕掛けたのと同じ者によって作り出された、簡単な仕組みの機械だろう。
青年は動じることなく、軽い身のこなしで攻撃を避け、スキをついてその首もとを的確に斬った。あっけなくその形を崩した魔物の部品が床に落ちるとともに、それまで壁に張り付いたように動かなかった扉が、音をたてて開く。
スラッシュ:「成る程…こいつを倒せば、開く仕組みか」
スラッシュは今しがた壊した魔物の機械を踏み越えながら、扉をくぐる。
上の階に向かう階段が、闇に向かって段を重ねていた。
【2】ウィンショーの双塔・二階:永遠
スラッシュ:「ちっ……長い階段だな」
かつん、かつん、かつん、かつん。
続く自分の足音さえも厭わしく、スラッシュは永遠に続くのではないかと思われる階段を、延々と上っていた。行けども行けども、視線の斜め上にあるのは、一点の光もない、四方の壁に切り取られた闇だけである。
スラッシュ:「もう――二階どころか、三階や四階に着いていたって……はあっ、不思議は、ないのに」
流石に息をきらしかけた彼は、いったん足を止め、呼吸を整えた。
それにしても、長い。
上を見ても、ただ延々と石造りの階段があるばかりだ。こんなにも歩を進めてきたのに、ちっとも終わりが来る気配は――
スラッシュ:「――!!」
スラッシュは振り返り、そして愕然とした。
自分はいまだ、下から五段も行かない、階段の下のほうに立っているではないか。あの労苦はいったい、と思う前に、彼はその答えに突き当たり、舌打ちをした。
スラッシュ:「……俺としたことが…無限階段か!くっ、解除の手段はッ」
彼は持てる知識を総動員して、無限の呪いがかかった階段の攻略方法を探した。確か、この手の階段は――
スラッシュ:「……これでどうだ」
彼は上に背を向け、そろそろと後ろ歩きに階段を登ってみる。と、それまでにない感触が、靴の裏に感じて取れた。そっと目だけで振り返ると、そこにはもう、平らな床と垂直な壁が広がっている。かたわらの柱には、古代文字で二つ目を意味する文字が刻まれていた。二階へ到着、だ。
スラッシュは大きく息をつくと、おもむろにこのフロアの探索を始めた。だが、何か様子がおかしい。まっすぐ行って、右。まっすぐ行って、右。道がそれしかないのだ。一階と違って落とし穴などのある様子もなく、ひたすら石造りの道が続いているのだ。彼はついさっきの教訓を思い出して振り返ったが、特に変わった仕掛けはないようだ。
スラッシュ:「ここも、無限か……?いや、その気配はない…」
そこでスラッシュは、一度曲がってから次の角に来るまでの歩数を数え、距離を測った。
スラッシュ:「83、84と……そうか――」
僅かずつではあるが、その距離は縮まってきている。つまりこのフロアは、蚊取り線香状に渦を巻く一本の通路で構成されているのである。その中心にきっと、上階への階段か梯子があるに違いない。
スラッシュはその予測に励まされながら、単調な道のりを注意深く歩いた。
スラッシュ:「――あれは…オルゴール?」
ようやく間隔が狭まり、目の回りそうな回廊を抜けた先に、ちょこんと何か、シリンダー状のものが据え付けてあった。真四角な部屋に、丁寧に巻くためのねじも取り付けられた、大ぶりなオルゴールが置いてあるのだ。
彼はまた罠かとも訝しんだが、それがこの塔攻略に必要な仕掛けである可能性も捨てきれず、思い切ってそのねじに手をかけ、幾度か回して手を離した。
シリンダーの突起が、並んだ鍵をはじき、素朴な音が響く。
奏でられた曲はスラッシュの知らないものだったが、このうすら寒い塔のなかで、その旋律は優しげに、彼のまわりをたゆたっていた。
スラッシュ:「――動かしておいて…損はなさそうだな」
彼が呟いたのは、何も曲の心地良さだけが原因ではない。オルゴールが歌い始めるとともに、低めの天井から、古びた鎖梯子が下りてきたのである。どうやら歯車と連動しているらしく、オルゴールが止まりそうになると、梯子も帰っていこうとする。スラッシュはいま一度、今度はもっと長い時間鳴り続けるように何度もねじを巻いて、それから降りてきた鎖梯子に手をかけた。
【3】ウィンショーの双塔・三階:遏絶
梯子を登りきった三階は、まったく遮るもののない、だだっ広い広間――と見えた。
スラッシュは逆に、その光景を疑って、しばらく足を踏み出すことが出来ない。
塔の北側にあたるほうに、階段らしきものも見える。普通に考えれば、そちらに向かってまっすぐ歩けば良いのだろうが……
スラッシュ:「ぐっ!?」
怪しみながらも、そちらへ向かって足を踏み出した彼は、すぐに何かに頭をしこたまぶつけ、よろめいた。目の前には、何もない。何も見えないのに、ぶつかる……
スラッシュは腹立たしい思いと、これまでの疲労が一挙に襲ってきたような倦怠感に襲われ、暫くは悪態をつくこともできなかった。しかし、ここまで来てしまったからには、もう後戻りは出来ない。この見えない壁をたどって、どうにか階段へ向かわなくては。青年は頼りない足元をもう一度しっかり踏ん張って、見えない壁に手をあて、手探りで道を探し始めた。
スラッシュ:「左は行き止まり――よし、こっちに――ッ!」
どうにか道を見破り、本物の壁際に着きかけたとき、今度は足元ががくん、と落ち込んだ。とっさに危機を感知した彼が飛びすさると、ばらばらと脆くも崩れ去った床板が、下の渦巻き迷宮に向かって落ちてゆくのが見えた。これまた落とし穴、らしい。
スラッシュ:「後戻りさせられて、たまるかッ…!」
落ちてもそう高さはないから、悪くても捻挫程度で済むだろう。だが、あの代わり映えのしない退屈な道に、再び戻されるわけには断じていかなかった。スラッシュは注意深く空いた穴のふちを通り、ようやく目に見えるほうの壁に手をかける。と、その壁の板が震え、何か仕掛けの入る音がする。
スラッシュ:「ッ!?」
ぎちぎちぎちぎち、と、これまたねじと歯車の機械音がして、どこからかスラッシュを狙う殺意が感じられた。しかしその出所は解らない、ようやく上だ、と悟ったときには、機械制御らしい弩(いしゆみ)の矢は、放たれたあとだった。
スラッシュ:「くッ!」
間一髪で床に転がって避け、彼は背後に、硬い石の床をやすやすと貫いて突き刺さっている鉄製の矢を認めた。あれが人体に刺さろうものなら、ただでは済むまい…
スラッシュ:「ちいっ!全く…どうなってるんだ!ここはッ…」
スラッシュは数々の出来事にはからずも我を忘れ、かたわらの壁をばん、と叩いた。
スラッシュ:「!!?」
またもその壁は音を立て、今度は壁自身が、向こうに倒れる動きを見せる。いや、実際それは外に向かって倒れていたのだ。人一人が通れる程度の、四角い穴が現れ、外の風と光がびゅう、と吹き込んだ。
スラッシュはしばし、薄暗い塔内に慣れた目を光に順応させられず、目を細めて様子を窺う。やがてその穴の向こうに、つり橋のような、梯子のようなものが伸びているのが目についた。
スラッシュ:「近道、か……?」
上半身だけそっと外に出してみると、確かにその梯子は、最上階の通路まで伸びているようだった。吹きっさらしのぶん、少しばかり危険だが、中を行くよりは時間もかかるまい。そして聞こえる、あの心地良い音楽……
スラッシュ:「そうか…さっきのオルゴールは、これも発動させるんだな」
その仕掛けは、普通に塔を登っていれば解らなかったことだろう。けがの功名、とスラッシュは頷き、薄暗い塔に背を向けて、天への梯子を登ることにした。
一段、一段、下を見やれば、塔の近くにあった背の高い木の梢がすぐ足元に見える。大分近づいてきた、誰も真相を知らぬという、伝説の宝のありかまで……
スラッシュ:「な――ん、だと………」
スラッシュは眼前に広がる光景に、言葉を失った。
梯子が――ない。
確かに二本の鎖は、最上階に向かって伸びている。しかしその間に渡されるべき枕木が、ある一点を境に全く無くなっているのだ。これでは鎖を伝う技術でもないかぎり、上までは行けない。呆然と中空に停止したまま、スラッシュは怒りと疲労に震える手で梯子を握りしめた。
スラッシュ:「畜生ッ!ここまで、ここまでやって…ここまで――」
彼の叫びがこだまするかしないか、あの心地良い旋律が、ふ、と止まった。
おそらく巻いていたぜんまいが動きを止めたのだろう、同時に鎖は急速に巻き取られ、がらんがらんと非情に揺れる梯子は、その上にいる人間を容赦なく振り落とした。
スラッシュ:「うわああああっ!!!」
スラッシュの銀色の髪は吹きすさぶ風にあおられ、がさがさ、と音をたてて、近くにあった木に体ごと突っ込んでいった。
【4】塔付近・地上:挑戦
旅の商人:「お、お目覚めですかい、旦那」
スラッシュ:「――ッ!!こ、ここ…俺はっ…」
がば、と身を起こし、スラッシュは銀色の瞳を開いた。
……焚火の側だ。すでに陽はとっぷりと暮れ、寝かされていた彼の上には、やわらかい毛布がかけられている。そして目覚めた自分に声をかけたのは、塔に行く前に出会った、旅の商人だった。
旅の商人:「心配ンなって来てみてよかった、気流に乗ったのと、木に引っ掛かったのが幸いでやしたね?たいした怪我もねェようで」
見れば服のあちこちに、木の枝や葉がついている。おぼろげな記憶をたどり、彼は塔から転落したのち、風にあおられて立ち木に突っ込んだことを思い出した。
スラッシュ:「俺は……助かった――いや、失敗…したのか」
旅の商人:「だから、言わんこっちゃねェ。一度や二度で、手の届く塔じゃありませんや」
商人はそう言いながら、焚き火に薪をくべる。炎の熱で温められて、スラッシュは徐々に身体を動かし、口がきけるようになってきた。
スラッシュ:「………あんたが、俺を…ここまで?」
青年はちらちらと揺れ動く火を眺めながら、軽く頭を下げた。
自分の顎に手をやり、伸びた無精髭をなぜて、商人は良いんですぜ、と肩をすくめる。
旅の商人:「……コレで懲りなすったでしょう?もう行く気も失せたでしょうに」
スラッシュ:「……いや」
スラッシュの心では、悔しさの底から不思議と湧き上がって来る、挑戦への意思が熱を持ち始めていた。彼はゆっくりと立ち上がり、少し離れたところにいまだ黒々とそびえ立つ、二つの塔を仰ぎみる。
スラッシュ:「次は――登ってみせるさ。頂上まで、な」
彼はそう、静かに呟いた。その言葉はまるで、挑戦を受けて立とうとでもいうように、闇の中へと吸い込まれていった。
―了―
【ライターより】
発注ありがとうございました、SABASTYです。
目的の達成より、次への挑戦を――ということで、こんな感じにまとめてみましたが、いかがでしたでしょうか。
スラッシュさんは探索士ということで、ちょっとやそっとの罠ではへこたれないかと思い、いささか意地の悪めな仕掛けを置いてみました。カッコイイキャラさんで、書いていても楽しかったです。
それでは、またの冒険をお待ちしております。
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