<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>
色のない石
■壱■
人が減り、一段落した未明の白山羊亭。
テーブルに肘を付き、頬に手をやり、ルディアは困惑した。
転がっている拳大の石を手に取り、目を細める。
「何だろう、コレ?」
一見して、それはただの石だった。
光に透かしても、手の上で転がしてみても何の変化のない石。足元に転がっていたら、目は落とすかもしれないが、そのまま蹴り飛ばしていたかもしれない。それほど、ごくありふれたものにしか見えなかったのだ。
「一本喰わされたんじゃねえか」
大笑いでからかう常連に少し自信をなくすものの、ルディアは大切そうに石を仕舞い、立ち上がる。
先日の夜に訪れた旅人は見慣れない顔だったが、少なくとも嘘をつくような人間には見えなかった。嘘をつくような人間がそのままの顔をしている筈もないが、何となく、そう感じた。
「“色のない石”……か」
ルディアは旅人の台詞を反芻する。
これは“色のない石”。
とても貴重なものですけど、食事の御代と貴方の笑顔には匹敵すると思いますよ。
良ければ、御代代わりに納めておいてください。
「……騙すような人には見えなかったんだけど」
呟き、ルディアは辺りを見渡す。
と、見慣れた人物が視界に入る。
「ねえ、ちょっとお願いがあるんだけど」
心配する気持ちを抑え、笑顔を浮かべるルディアに、相手はゆっくりと顔を向けた。
「この石が何か調べて欲しいの。あと、これをくれた旅人の人についてもね。報酬は料理食べ放題。どう?」
■弐■
「私としては「食べ放題」よりも「飲み放題」の方がいいのだが、それでも構わないか?」
腰に二本の刀を差した女侍は、そう言って協力を申し出た。習志野茉莉である。
「勿論構わないわ。あ……、あまり高いのは勘弁してね」
頷く茉莉に、ルディアは表情を明るくさせる。
「僕らも良いですか?」
後方からの声に、今度はルディアが振り返る番だった。
「アイラスさん、デューイさん、助かります。ではこちらへ」
ルディアは眼鏡の青髪の青年――アイラス・サーリアスと金髪の少年――デューイ・リブリースに満面の笑顔を浮かべた。
茉莉が策略を捻り出すことを得意とし、アイラスとデューイは文献・伝承に長けている。石探しにはもってこいのパーティーだ。
ルディアは茉莉の横、自身の正面に席を勧め、ポケットから取り出した石を二人の前に置いた。ことりと小さく音を立て、丁度四人の中心で動きを止めた。
仄かに白みを帯びた掌大の石を、ルディアは“色のない石”だと説明した。そして旅人の風貌も。
「私がお願いしたいのは“色のない石”の実態と、出所の把握。あと、あの旅人の正体の調査よ」
「何故そこまでして、その人間の正体を探るのだ?」
今迄黙っていた茉莉が、話の合間を縫って尋ねる。
「それは……」とルディアは一分間まるまる俯いて黙りこんでいたが、恐る恐る上げた顔には決意とも取れる色が浮かんでいる。
「気になるから」
拳を胸の前で掲げるルディアの様子に、他の三人が笑い出す。
「何で笑うのよ」
「だって、好奇心云々でそこまでやる人って珍しいかもだよ」
一際笑うデューイに、「人のこと言えないくせに」とルディアは膨れっ面で主張した。
白山羊亭はそれからすぐに元の賑わいに戻り、忙しそうにルディアは一行のテーブルから離れた。周囲の景色を見やって、三人は肩を寄せた。
“色のない石”
つまり、透明の石ということだろうか?
そうは見えないということは、やはりルディアは騙されたということになるのだろうか?
「“色のない石”ですか。これは文献や伝承を当たってみた方が早いですね」
手元の石を叩いて反応を確かめていたアイラスは、溜息混じりに提案した。その言葉に、他の二人が賛同する。
「同感だ。だが、ルディアが全く反応しなかったんだ。そう単純な石でなかろう」
「そうだね。でもボクの図書館になにかしら手掛かりがあると思うから、そっちを当たるのも良いかもだよ?」
「そこで一つ、妙案がある」
人差し指を立て、茉莉は目を細める。
「三手に分かれよう、と思うのだ」
なるほどね、とデューイは手を叩いた。
「効率が良いし、何よりも役割分担は各自が分かってるしね」
黒い目が二つ、青い目が三つ、緑の目が一つ、瞬時に交差し互いの意図を汲み取る。
「では、僕が“旅人”の捜索。恐らくまだ遠くにいないでしょうから」とアイラス。
「そして私が石の調査だな」と茉莉。
「で、ボクが石の文献の調査だね」とデューイ。
数時間後に再び落ち合うことを約束し、三人は行動を開始した。
■参―1■
白山羊亭の前の路上に出て、アイラスは周囲をぐるりと見回した。
時刻が時刻なだけあって、路上には何人もの商人が所狭しと店開きをしている。民芸品を売る者、食料を売る者、何だかよく分からない者を売る者――。
「手当たり次第訊くのは…………流石に骨の折れる仕事かな」
幾つもの店に訊ねるも、期待した答えは返ってこない。半ば興味本位で受けた依頼だったが、これもこれで楽しいなと思い始めているのもまた事実だった。左右を眺めながら進み、ある一件の店で足を止めた。
「兄ちゃん、いらっしゃい」
商人はアイラスの方を見ずに応対した。手元では針と糸を使って人の形をした物を作っていて、広げられたシートの上には黒い髪の人形が幾つも置かれていたのだが、アイラスにとっては品物よりも違うものに注意がいく。
「……すみません、これはどうなさったんですか?」
商人の前、小銭を入れる小さな籠に入っていたものを指差し訊ねると、
「これ? “色のない石”だとよ」
相変わらず人形作りに精を注ぎながら、「嘘くさいだろ」と軽い調子で石を投げたのを、アイラスは両手でキャッチ。
「茶色いフードの男が御代代わりにってくれたんだよ。俺としては、まあネタだな、ネタ。ネタのつもりで受け取ったんだよ。小っこい人形くらい、ただでもやったんだが、くれるもんは貰わねぇとな」
「その人、どこにいったか分かります?」
「海を見に行くって行ってたな。太陽の光を集めに行く……てなことほざいてたよ」
作業が一瞬止まり、商人は口元を緩ませた。手を伸ばし石を受け取ると、元あった籠に戻した。
アイラスは動かなかった。
「太陽の光を集める……? そうか、色がないとはそういうことか」
アイラスは頭を軽く下げて礼を言うと、急いでその場を後にした。
■四■
海辺に佇むは一人の旅人。
掌には一つの小石。
宙にふわりと浮いて、唄が流れて、白く光って、その場に落ちる。
旅人は落ち着いた動作で石を仕舞うと、後ろに立つ三人と対峙した。
「何か御用でしょうか? ……って大体は予想付きますけど」
穏やかな声だった。
「“色のない石”のことですね」
「そうだ」
茉莉が答えた。
「魔法石、しかも人工魔法石だな」
「ええ、俺の一族の特性ですよ」
微笑んで、旅人は仕舞ったばかりの石を取り出した。それは普通の、そこら辺に転がっている他の石と、何ら違いがないように思えた。
「僅かですが、魔力を感じます」
アイラスは指摘した。
「微力ですし、僕や商人の方の持っている石よりは弱いですが、それでも微かに。今なら、分かります」
「これはまだ生んだばかりですから、太陽の光をあまり蓄えていないんです」
「一つ、」
デューイは手を挙げた。
「一つだけ訊いても良いかなぁ? 何でそれが“色のない石”なの?」
はい、と旅人は頷いた。
「色とは何か、ご存知でしょうか?」
「光の波長分布の違いだな」
「はい。それでは、色に含まれない色というのはご存知でしょうか?」
「白……ですね。太陽の色、です」
アイラスの言葉に、ぱちぱちと手が叩かれる。
「そこまで判ってしまいますとは、流石です。白と黒、そして透明は色に数えない、という論があります。無論、俺もその理論の提唱者です。俺だけでなく、一族の宗教とでも呼んだ方が正しいですけど」
太陽の力を秘めた石。
それが“色のない石”の正体。太陽の力、それは即ち自ら光る力を持っているということであり、使用方法はランプ代わりが相場だろうか。
それでも、単なる便利さ以外のものを秘めている石は、彼らの一族にとっては大切な伝統なのだろう。
それは一種の守り神なのだとも旅人は言った。
「原価はただです。ですが、ほんの少し魔力を加えてやれば、立派なレアアイテムです。そうすれば、旅の資金になるでしょう?」
それは古人の知恵なのかもしれない。自ら生き抜くために、“力”を行使すること。破壊でも、略奪でもない力を与える力。
またどこかでお会いしましょう
旅人は小さく手を振り、海岸を後にした。
夕日に向けて歩くその姿は、三人が目を細めるといつの間にか姿を消していた。
■伍■
白山羊亭に戻ると、ルディアは笑顔で三人を迎えた。
“色のない石”とは太陽の光を含んだ石。
旅人は、独自に魔法石を生成する陰の一族の末裔。
「ふーん、本物だったんだぁ、これ」
僅かに白くなった石を、初めて手にしたときと同じようにルディアはポケットに仕舞う。
「お礼はまた後日でいいかしら?」
その問いに、三人は笑顔で頷いた。
石が太陽の如く色をなくすまでにはまだ時間がかかる。
だが、次に旅人が白山羊亭を訪れるときには、石は少し光を含んだ色になっていた。
【END】
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【1771/習志野茉莉/女性/37歳/侍】
【1649/アイラス・サーリアス/男性/19歳/軽戦士】
【1616/デューイ・リブリース/男性/999歳/異空間図書館の司書兼管理人】
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■ ライター通信 ■
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初めまして、千秋志庵と申します。
依頼、有難うございます。
今回は“色のない石”の話でしたが、その性質は実は最後まで悩んでいました。
次第に透明になっていく石とか、澄み切った石とか、非常に曖昧な設定でした。
それが太陽の色だと確定したのは、色について辞書をぱらぱら捲っていたときのことです。
そのことについては登場人物に語らせていますが、「ああ、そういう考えもあるんだな」と思い採用した、という次第です。
辞書には様々な意味やら説やら載っているので、いつも重宝させていただいています。
話は変わり、「参」では、三人が各々異なる視点で描いています。
全て読んで、何か発見できるようにしたつもりですので、宜しければ読んでみてください。
それでは、またどこかで会えることを祈りつつ。
千秋志庵 拝
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