<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


一つにつながる分岐点
 道の真ん中にでんと突っ立ち、二人はにらみ合っていた。
 一人が立っているのは、深い森に入っていく細い道。
 もう一人は、谷間を行く、あまり整備されておらず歩きにくい道に立っている。そう、二人は互いにどちらを通るかについて揉めていたのである。
 時刻は、真っ赤な太陽が山裾に消えていこうとする頃。もうじき日が暮れ、あたりは闇に包まれるだろう。
 どちらも、いずれはこの先の大きな街にたどり着くが、谷間の道は荷馬車や商人が使う比較的新しく広い道で、あまり旅人は使わない。おまけに砂埃が酷く、道は小石や岩が多く凹凸が激しい。
 もう一方は旅人がよく使う道で、昔から使われている道だからならされているため、歩きやすい。砂埃を嫌う裕福な人々の馬車が通ったりもするが、何せ森の中だから昼間でも薄暗く、獣も多く出没する。
「何でわざわざ、森の中を通るんだ。獣が出た時に見つけにくいし、盗賊が出るかもしれねえだろうが」
 谷間の方に行く道の真ん中に立った男は、森に向かう方の道に行こうとしている女に言った。
「襲うなら、そっちの谷間の道で荷馬車を襲うさ。そっちの方が危ないね」
 女は、ちら、と半分だけ顔をこちらに向けて答える。
 ああ、この女‥‥セレネ・ヒュペリオンはこのレン・ブラッドベリが言う方向に向かいたくないのだ。レンは察した。
 ‥‥本当は、レンもセレネが意地になっていたから、ついつい自分も意地を張ってしまっているのだ。どちらかが右と言えば、必ずもう一人は反対側がいいと言いだし、譲らない。
 セレネはいつでも何かとレンに反抗してくるばかりか、ふいと予告も無しに居なくなったり、そうかと思えばいつの間にか自分の横を歩いていたりする。
 魔術の腕は立つので、誰かに絡まれたりしても一人で切り抜けられるが、とにかく目を離すと何かいざこざを起こすか巻き込まれるかしていた。
 人一倍人目を惹く容姿をしているから、自分の行動のせいばかりとは言えないが。
「単に、砂埃が嫌なだけだろう、お前。向こうは風も強いし、砂埃が舞っているから服も体も汚れるからな」
「煩いね、大きなお世話さ。‥‥盗賊は今日は、谷間の方に出るよ。だいたい、私の感の方がいつでもよく当たるじゃないか」
「そうか?」
 そんな事、あっただろうか。レンは眉を顰める。セレネの感に従うと、いつも必ずもめ事に巻き込まれている気がする。
「とにかく、私はこっちに行く。あんたは好きにしな」
 セレネはレンの返事も待たず、歩き出した。

 道は歩き慣らされているとはいえ、樹木の枝や低い木々が邪魔をして体を舐めていく。セレネの格好は決してうっそうとした森を歩くに適している訳ではなく、いやむしろ露出が激しい方であるから、それらが平気でセレネの体に傷をつけていく。
 本人も後悔しているに違いないが、やや後ろをレンが歩いているから絶対に引き返したりしないだろう。レンはつかず離れず、セレネの後ろを歩いた。
 セレネは後ろを付いて来るレンと邪魔をする枝に腹を立てたのか、いらいらした様子でくるりと振り返った。
「あんた、いつまでついて来るんだい!」
 レンは無言で、足を止めた。セレネはレンに向かって、大声を張り上げる。
「後ろからじろじろと人の尻を見て、やらしいったら無いね」
「安心しろ、お前のマントで覆われて尻も胸も見えない」
 セレネはむっとして、再びすたすたと歩き出した。レンもあとを負い、足を進める。
レンが付いている時はレンが前を歩き、枯れ木の枝などで邪魔な草を追い払って歩いている。居ない時はおそらく、こんな山道を通ろうとはせず、さっさと飛翔して通り抜けるのだろう。
 しかし今日は歩き通しで疲れており、セレネも魔術をできるだけ温存しようとしている。飛翔を使わずに歩いているのは、そのせいだった。
 ふ、とセレネは足を止めて当たりを見回した。
 レンもつられて空を見上げると、月が顔を覗かせていた。
(今日はここで野宿か)
 谷間を通っていれば、こんなじめじめした森の中で眠らずに済んだものを。レンはセレネの方に歩き出した。
「どうしたんだ、やっぱり私が居ないとダメなのかい?」
 くすくすとセレネは笑ってレンを見た。レンは無視したまま、木の根本に腰を下ろそうとした。
 ざわざわと風が吹き、しなった木々の枝が一瞬月を隠す。影はセレネとレンの上に落ち、二人は闇に覆われる。
 と、レンはぴたりと動きを止めた。セレネも何かに気づいたように、荷物をそっと木の根本においた。ロッドはぎゅっと握りしめ、隙無くあたりに目を配る。
 草を踏む音が聞こえると同時に、レンは駆けだした。
 目に見えるのはレンの後ろに二人、セレネの方に左右が三人接近している。
 レンは剣を抜きざまに後ろから迫っていた一人を斬りつけると、もう一人を蹴りつけて距離を取り、返す刃で手元を切り裂いた。取り落とした剣を足で踏み、ひょいと蹴り上げて取ると、遠くに放り投げる。
 セレネの方は、一人に腕を捕まれていた。相手のうち一人は素手だ。
「傷は付けるなよ」
 剣を持った男が、薄笑いを浮かべる。セレネはふ、と唇の端をつり上げると笑った。
「ふん、あんた達みたいな人の金奪って生きてる奴らにやる体じゃ、無いんだよ」
 セレネは足をひゅう、と振り上げて剣を持った男に蹴りつける。しかしその足首は、間を詰めた素手の男に掴まれた。
「つ‥‥っ」
 ロッドで叩こうとした手を、後ろから迫る男に止められる。ちら、とセレネが視線をレンに向けると、間を詰めたレンが残る1人の背中に剣をたたきつけた。
 鮮血を吹いてどうと倒れる男から、次の目標をセレネの背後でロッドをつかんでいる男に向ける。とっさにロッドから手を離し、構えなおした男の剣とレンの剣が打ち合う。
 セレネは足をひねり倒そうとした素手の男の動きにあわせて身を反転させながら、ふわりと浮遊。空中から男に蹴りつけた。
 レンはちょうど2人目を倒したところで、失神した男の横に着地したセレネに向き直った。

 先ほどあんなピンチにあったばかりなのに、セレネはもう平然と盗賊の巻き上げた金品を横取りしようとしている。
「それじゃ、労働に見合う報酬をもらおうか」
 どうせ、誰かから巻き上げた金だし、とセレネは言いながら金品を懐から取り出した。
 あきれてものもいえない、レン。
「お前一人だったら、命は無かったんだぞ」
「よく言うね、あんたが迷子になったらかわいそうだから、付いて来てやったのさ。一人だったら、さっさと飛んで越えていたよ」
 しれっ、とセレネは言い返す。
「俺の言うように、谷間の道を行けばよかったんだ」
 どこまで強気なんだ、とレンはため息をつきながら、セレネの頬に手をやった。レンの指がセレネの頬をなでると、セレネがレンの指に視線を落とす。
 微かに、血が付いていた。
 よく見ると、あちこち藪につけられた傷が体に付いている。いつもならばここで“だから藪は嫌いさ”とか一言文句を言うのだろうに、自分が人の忠告を無視してまで選んだ道だから文句は言えない。
 黙って傷を拭くセレネに、レンは少し怒ったように言った。
「そんな傷もつけられずに、すんだだろうが」
「関係ないだろう、あんたには」
 セレネに強い口調で言われ、レンはむっとして舌打ちした。
 くるりとセレネに背を向ける。
「ああ、それじゃあおまえ一人で街まで行けばいい。人の親切を聞けない女の面倒を、これ以上見る気はないからな」
 セレネを残し、レンは歩き出した。一瞬セレネが言葉を失い、背後にしいんとした静寂が戻る。やや後ろで、セレネの声が響いた。
「じゃあ、あんたは何で谷間の道を行かなかったのさ。そっちの方が安全だと思ったなら、そうすればよかったじゃないか?」
 草を踏む音が聞こえ、セレネが背後に立ったのがわかる。セレネは前ほどは怒ったような口調ではなかった。
 自分は、好きこのんで危険な道を足を踏み入れるような男ではない。好きこのんで混乱を招いているセレネはどうだかわからないが、少なくとも自分はそうではない。
 誰かがこの道を通らなければ、自分は谷間を通っていただろう。そう、わざわざ薄暗く視界も見通しも悪い夜の森をわざわざ通ろうという女に付いていこうと思わなければ。
 くるりとレンは踵を返すと、セレネと目を合わせた。セレネは、むっとした顔のレンを見て、くす、と笑った。
 が、ふいにその口元をレンが捉える。
 驚いて立ちつくしているセレネをおいて、レンは今の感情を隠すように足早に歩き出した。きっとセレネは笑っているだろう。
 レンの背中をしばらく見つめていたセレネだったが、やがてレンの耳に走り寄ってくるセレネの足音が聞こえてきた。

(担当:立川司郎)