<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


SAN SALVADOR

「セフィス…ですか?」


文官の一人が立ち上がり、その疑問に満ち溢れた言葉を、
この場―――御前会議―――に居る者全員に投げかけた。
ある者は、何の抵抗もなく頷き、ある者は、信じがたい表情で立ち上がり
会議室は、瞬く間に飛び交う声でいっぱいになった。





悲しき戦争の中で、荒れ果てた地フィルケリアは、どうしても助けが必要だった。
草木は枯れ果て、作り上げた建造物は崩壊。
物流の手段も途絶え、その地に住む人々は様々な意味で飢えていた。
住む家も、仕事場も、食料、家族、恋人…
もはや何もかも失っていた。

そこで提案されたのが「フィルケリア復興支援」。
エルファリア王女以下直属の近衛騎士、及び、空輸支援として、騎士を派遣しようというのだ。

その作戦に名を挙げられたのが、竜騎士セフィスだった。
彼女は、戦乙女の旅団出身のわずか18歳という若さである。
しかし任務に従順で、負けず嫌いな性格のため近衛騎士の中では
彼女の腕を認めるものが多かった。


「…何か、問題でもおありか?」

彼女を認める一人がざわめきをかき消すように言い放った。
賛成派と反対派は5分5分といったところで
テーブルを挟んでパッキリと対立していた。
すかさず、反対派が反撃に出る。

「しかし、近衛は主を守る専守防衛が基本であろう」

「そうだ。戦地に派兵するのは近衛法に違反するではないか」

規則重視の堅いアタマを持つ反対派は複数人で同じようなコトを何度も言ったが、
「死にかけた土地」と「規則」は天秤で量るまでもなく、
また「他に人手が無い」というのも事実。
納得出来ない者もたくさんいたが、ついに会議は竜騎士セフィスの派遣、という結論で幕を閉じた。







窓から差し込む光で目が覚めた。
今日は任務が無いので、私は久しぶりにゆっくり眠ることが出来た。
ベッドの傍においてあった懐中時計の針は午前10時を指している。
私は身を起こし、郵便物を確かめるため玄関に赴く。

そこには、1通の手紙が在った。
太枠で囲まれた重要の文字。
私は急いで封を切った。
中には1枚の派遣命令書があった。





『竜騎士 セフィス殿
 

 先日の御前会議にて、フィルケリア復興支援の派遣騎士として決定された。
 任務開始は明後日明朝。尚、冒険者の部隊参加を推奨する。人材は乙の自由決定とする。』


「フィルケリアに?」

思わず呟く私がそこにいた。
まさか私が戦地へ行くことになるとは。

私に、王女を守ることが出来るだろうか。
私に、戦地の中の人々を救うことが出来るだろうか。
いや…きっと、やってみせる。
今まで上手くやってこれたのだから。

私は、派遣命令書を封筒に戻し、懐にしまい込んだ。
さてこれからどうすればいいのか。
まず戦地に備えて入念に道具や非常食を調達しなければ。
そして、派遣命令書の最後にあった「人材の決定」。
こういうとき、顔の広い者なら苦労しないと思うのだが、
私はどうにも協調性がかけているらしく、私を慕ってくれる者はほとんどいない。

…仕方ない。調達ついでに腕の立つ冒険者の聞き込みに廻るとしよう。



***



「こんなにたくさん?戦地にでも行くのかい?」

「…あぁそうだフィルケリアに明後日向かうらしい。
 至急用意していただきたい。それと…。良い腕の冒険者の噂をご存じないだろうか?」

「良い腕の…冒険者?あぁ…」

私の注文を忙しそうにしながら承っていた店の主人は、上の空のような口調で呟いたが、
いきなり吹き出した。

「ど、どうかなされたか?」

主人はまだ笑っている。
私が不思議そうに訪ねると彼は腕組みをして

「それならよーく知ってるよ」

自信満々に言い放った。
しかし先ほどの笑いが気になる私は更に問い詰めた。

「どういうお方なのだ?」

主人は私に顔を近づけた。
タバコ臭い息が鼻に掛かったが、構わず主人を見つめると

「4本もの腕を持っている。な?いい腕だろ」

「……」

どうやら彼は、そういう意味での「良き腕」を思いつき笑っていたに違いなかった。
40代半ばの男性に見られるなんとかギャグというのか、それだったらしく
彼は一人でウケていたが、私は呆然としていたため、急にテンションが下がった。

「…わ、悪かったよ」

「別に咎めている訳では無いのだが…」

「真面目に返されると余計行き場が無いって言うか」

どうすればいいのだ、と私は益々あきれてしまった。
すると彼はギャグのよさを私に理解させようとする気が失せたのか
(初めから理解しようとしていないのだが私は)
落ち着いたトーンで呟き

「腕は確かだよ。多腕族のシグルマ」

私に微笑した。

「多腕族のシグルマ?」

「またの名を酒豪のシグルマ」

何故か先ほどの名前よりしっくりきたのは、以前どこかで聞いた事があるからだろうか。
どこでかは記憶が無いのだが、とにかく酒に強いのだろう。

「そのシグルマというお方はどれほどの?」

「ま、それはお譲ちゃんの価値観によるってモンよ。ハイ全部で5万」

大型の袋一杯に道具が詰められた袋を私に譲渡した後、ニッコリと笑った。

「請求は城宛に。どこに向かえばいいのだろうか?」

「白山羊亭に行ってみな」

「承知いたした。感謝する」

重い荷物を抱きかかえ、私は主人の言う場所に向かった。
白山羊亭…とは酒場だとは思うが…こんな昼間に?
それにしても……重い。


***


白山羊亭は、道具屋とそう変わらぬ距離に位置していた。
100メートルほど歩いた所に、小さな看板を掲げていた。
店は小さかったが、中から聞こえる声は大きくこの都の酒好きを証明していた。
私は未成年なので酒場になど入ったことが無いので
少し複雑な気分だ。何故か悪い事をしている気になる。
これは仕事だと自分に言い聞かせてトビラを開くと、
アルコールの匂いと泥酔した者たちの笑い声で頭がくらくらした。

「いらっしゃーい。何にしますか〜?」

どうやら店のウェイトレスらしき私と変わらぬくらいかもしくは年下か、
若い娘が私に注文を求めてきた。

「い、いや私は飲みに来たわけではない」

「じゃあおいしいおつまみでも」

「そっちでもない」

ウェイトレスは不思議そうな顔で私を見た。
冷やかしと思われているのか?
どうでもいいがさっさと要件を済ませたい…。
私は咳払いをした後、ウェイトレスに尋ねた。

「ここに、シグルマというお方はおいでか?」

「シグルマさん?えぇいるわよ。そこでお酒飲んでるガッチリした人」

ウェイトレレスの視線の先にはガッチリした泥酔者がうじゃうじゃと…。

「あ、それと腕が四本ある人」

そっちを先に言え!というツッコミは私らしくないのでやめておいた。
そこに目をやると、4本腕の男がいた。
小麦色の肌に、筋骨隆々まではいかないが良い体格の持ち主だ。
私は彼のいる席に移動した。

「あなたがシグルマ殿か?」

彼は私の声を聞いて振り向くと、酒に泥酔していると思いきやほとんど素面で
意識がハッキリしているらしかった。
不思議なことに、彼の傍には空になった樽が転がっているのに。

「誰だいお譲ちゃん」

「竜騎士のセフィスです。エルファリア王女以下直属の近衛騎士をしております。
 あなたの噂を聞いて是非、フィルケリア復興支援隊に参加していただきたいと思いここに来ました」

「へぇ〜」

気の無い返事が返ってきた。
お酒を飲んでいるところに仕事の話など持ち出して気を悪くさせただろうか。
でも負けてはいられない。こっちも仕事なのだから。

「いや、へぇ〜って。無駄知識じゃ無いのですよ」

「結構危ない所だよなあ、あそこは」

「戦地ですよ」

「何しに行きゃあいいんだ?」

「復興支援です」

「へぇ〜」

ま、魔のエンドレスかこれは!?
どうすればいいのだろう…。

「ま、そこ座れやセフィス」

いきなり呼び捨てですか。
別に構わないが調子が狂う。

「失礼する」

空いている席に腰掛ける。道具屋で調達した荷物を床に置くと
重い音を立ててテーブルの上の酒を揺らした。

「重かったんだなぁ。サンタさん」

「季節が違いますよ」

「真面目に返すなよ」

「冗談の類は通じない性格ですので」

「酒でも飲むか?」

「未成年」

「真面目に返すなよ」

「法の類は破れない性格ですので」

「面白いなあセフィスは」

どこがですか、と聞きたかった。
彼は手に持っていた大型のジョッキの中身を飲み干すと
ウェイトレスに向かって叫んだ。

「セフィスに飲みモン持ってきてやってくれ!」

「は〜い」

カウンターから元気な返事が聞こえてきた。
わ、私に飲めというのだろうか。

「シ、シグルマ殿!私は…!」

断ろうと立ち上がるとウェイトレスが笑顔とともに運んできたのは、
炭酸入りのオレンジドリンクだった。
目を丸くさせた私に、顎と目を使って「まぁ飲めや」と勧めてきた。

「いくらするのですかこれは」

「おいおい。俺が頼んだ物を払って貰おうなんざ思ってねえよ。
 俺のおごりだ。遠慮すんな。酒の飲めねえヤツにはジュースを飲ませるのが俺のルールだ」

体格だけでは無く、気前も良いらしい。
私は言葉に甘えさせて貰うことにした。

「…仕事は嫌いですか?」

オレンジ色の液体を喉に流し込んで尋ねた。

「好きさ。俺の名を売ることが出来る仕事ならな」

にっと笑って彼は言った。
名声が目的なら、この仕事は不向きなのだろうか。
戦地の復興支援は大勢が協力して初めて成り立つ仕事だ。
大勢の中の一人だ何て彼の性分にはあわないかもしれないな。

「協力しては頂けないだろうか」

「俺の名を世に示すことが出来る方法があればなんでも協力するぜ。『お国の為に、多腕族のシグルマはよく働いた』ってな」

国の為…。
何かあるだろうか。
彼の目的を果たしつつ、今回の任務に協力もして貰えるようなことが。

…国…聖都…
そうだ、これだ!

「シグルマ殿」

「ん?なんだ?」

「フィルケリア復興支援にエルファリア王女にも協力して頂く事になっています」

王女の前で精一杯働けば、王女直々に認めてもらえる事ができる。
私はこれに賭けてみた。
途端彼は目を輝かせ、身を乗り出して喜んだ。

「何!王女が!!それを先に言ってくれよ!よし、いいぜ!」

「引き受けてくださりますか?」

「あぁ」

「感謝いたす。早速城の者に報告します。
 それから武器の使用は近衛法によって制限を受けるから注意してくれ。詳しくはこのマニュアルに記載してある」

私は分厚い手引き書をテーブルに置き、彼に見せた。
彼は首を縦に振って熟読した。フリをしていているようだ。

「りょーかい」

「私は先に城に行く。準備が出来次第城に来て頂きたい。では、失礼する」

私は立ち上がった。
重い荷物を持とうと伸ばした手を大きな手につかまれた。

「待てよセフィス。任務の仲間になったんだ」

「そうだが、何か?」

「健闘を祈る儀式だ、おーい!サンサルバドル持ってきてくれ!」

聞きなれぬ名前を彼は叫んだ。
ウェイトレスは例によって元気な返事の後、笑顔と注文どおりのものを持ってやってきた。

「サンサルバドル?」

「あぁ。冒険の前にはこれを飲むとやる気が出る」

彼はたった今もって来た酒瓶から自分のジョッキに気前よく注ぐと
次は私の飲みかけのオレンジドリンクに注ぎ始めた。
私は慌ててそれを制した。

「酒と私は無関係だ」

「ちょっとでも飲め。俺が許す。度はそんな高くねえ」

「しかしさっきは…!」

反抗する私の口に無理やりグラスを突きつけて傾けた。
遠慮なく私の喉に流れ込んでくる。
オレンジと割った所為か酒という感じはしなかった。
しかし未成年という私の肩書きがどうにも罪悪感を生み出した。
グラスを空にした後私は彼をにらみつけた。

「そんな顔すんなって」

「…失礼する」

私は今度こそ、白山羊亭を後にした。


***


任務当日も晴天で、悪天候に任務を邪魔される心配はない。
集合時間は午前7時だったのだが、シグルマのせいで30分ほど遅れてしまった。
私は戦地に向かう早い足取りで歩きながら彼に話しかけた。

「重役出勤ですか」

遅らされた腹いせに精一杯のイヤミをぶつけた。
彼は悪びれもせず笑いながら

「悪かったって」

と4本のうちの一本の腕で後頭部を掻いた。

「昨日あんなに酒を飲むから…」

とげとげしい口調で攻めてみる。

「二日酔いじゃねえぞ。寝坊だ」

効果は…無かった。
私はあきれながら言葉を返す。

「どっちでもいいです」

トーンの低い私の声を聞いて、
相変わらずの彼は私の機嫌を直そうと必死に愛想を振りまいてくる。

「朝っぱらから機嫌悪いなぁセフィスちゃん」

『ちゃん』と言われた途端悪寒が走った。
そんな風に呼ばれたことも無いのもあるし、柄じゃないからだ。
余計に不機嫌になりそうになるが何とか抑えて
イヤミのひとつを返す。

「…私はあの酒を飲んだが二日酔いなんかにならないし寝坊もしなかった」

意外に私は酒に強いのかも、と思った。
しかし彼は意外な一言を投げかけてきた。

「ん?あれ酒じゃねえぞ」

「え」

呆気に取られた。
酒だとばかり思って罪悪感に押しつぶされそうだったのに
昨日のアレは何だったのだろう。

「水だよ、聖水」

更に意外な単語が出てきた。

「せ、聖水?」

その身を清めるために飲んだり、頭からかぶったり
まぁ用途は色々あるが聖水らしい。

「あぁ。意味もちゃんとあるんだぞ」

「意味?」

嘘をついている様子は無いので興味を示して彼に聞き入った。
彼は微笑を浮かべて、まだ昇り始めて間もない太陽に目を細めながら
独り言のように呟いた。

「『救世主』」





私とシグルマ。
戦地の救世主になることができるのか、
その答えは神のみぞ知る、と言った所か。


フィルケリアは、まだ遠い。



FIN