<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


白山羊亭新年会
●オープニング【0】
「それではっ……乾杯っ!」
「かんぱーいっ♪」
 白山羊亭の店内のあちこちで、カップのぶつかり合う音が聞こえてきた。そして少しの間静かになったかと思えば――。
「かーっ、うめえ!」
「たまんないよね〜♪」
 たちまち酒の感想を言い合う客たちの声が聞こえてくる。感想は談笑に変わり、やがては笑い声に昇華する。
「今日はサービスしますから、どんどん飲んでくださいね〜」
 白山羊亭の看板娘・ルディアが客たちに言った。今日は白山羊亭で新年会が行われている日であったのだ。
「こんにちはですにゃー。お年始持ってきましたのにゃー☆」
 そう言って白山羊亭に入ってきたのは、いつもの街外れに住む元騎士ガーナルの屋敷で働くメイドさん3人娘だった。
 猫耳メイドさんのマオ、エルフのメイドさんのユウミ、三つ編み眼鏡っ娘メイドさんのカオルの3人である。各々、焼き立てのパンや干し肉、果物などが入った籠を抱えていた。
「きゃあっ!!」
 突然カオルが悲鳴を上げ、身を竦めた。ふと見れば、カオルのそばの壁がほのかに焦げていて……。
「あーっ、お客さん! 火を使わないでくださいーっ!」
 慌てて客を窘めるルディア。どうやら酔っ払った客の誰かが、火を吹いたか使ったかしたらしい。
 さて、この新年会の行く先はどっちだ?

●注文の品を運びましょう【1】
「ああ、よかった……何も燃えなくて」
 店内を一通り確認したルディアは、カウンターの中へ戻ってくると、ふうと大きく息を吐いた。
 店が燃えた日には、楽しい新年会どころではなくなってしまう。酷い場合には営業許可まで取り消されてしまう可能性もある訳で。敏感になるのも当然のことだった。
「あっ、ルディア〜。注文がいっぱい来てるよ〜」
 そんなルディアに、可愛らしいシフールの少女ディアナが客からの注文がたまっていることを告げる。その姿は何故かメイド服である。
「え、そうなの? 用意しなきゃ!」
 そして急いで注文の品を用意するルディア。ジョッキやらワイングラスやらが、ずらずらとカウンターの上に並んでゆく。
「お? シフールの嬢ちゃん、今日は飲まないのかい?」
 ルディアが用意している最中、客の1人がディアナに話しかけた。
「うん。お酒はおいしいけど、飲むと次の日頭がいたいの……」
 ディアナが頭をさすった。どうも以前の大酒飲み比べ大会でのことが、まだ堪えているらしい。
「だから、今日はルディアを手伝ってウェイトレスにチャレンジするんだよ〜♪」
 メイド服の裾を持ち、その場でくるくると回ってみせるディアナ。
「ほー、そうかい。んじゃ、しっかり頑張んなよ」
「うんっ!」
 ディアナが元気よく答えた。その頃にはルディアも注文の品を全部用意し終わっていた。
「これが向こうのテーブルで、そっちはあそこで……」
「ディア、これ持ってくね〜☆」
 ルディアが誰がどの注文をしたのか確認をしていると、ディアナがジョッキを1つ手にして運んでゆこうとした。
 が、シフールにとってジョッキとは大きい物。運ぶのも一苦労である。
「大丈夫?」
「うん、大丈夫〜。ディア頑張るから任せてね〜♪」
 心配するルディアにディアナはそう答えたが、飛び方がジョッキの重さでへろへろになってしまっている。とうてい大丈夫には見えない。
「はい、お待たせ〜☆」
 それでも近くのテーブルだったこともあり、ディアナは何とかこぼさずに運ぶことが出来たのだった。

●隙を見せてはいけない【2】
「……やーっと来た、やっと来た。これでようやく飲めるぜ」
 やれやれとばかりに半鬼の青年、ケイシス・パールがつぶやいた。まあこう客が多いと、自分の注文が通るまで時間がかかってしまうのは仕方のないことなのだが。
 さて飲もうかとケイシスが思った時、近くからいい匂いが漂ってきた。隣のテーブルにルディアが、肉と野菜の炒め物を運んできたのだ。
「はい、どうぞ。よーくソースを絡めて食べてね」
「うんっ、いっただきマ〜ス☆」
 嬉しそうな表情で言うのは、狼の耳と尻尾を生やした可愛らしい少年だった。一目では男の子にも女の子にも見える幼さ残るその姿と、首につけられた首輪のためか、狼というより犬みたく感じられるのは気のせいだろうか。
 そんな少年――ロイ・ローウェルは、はぐはぐと口一杯にたっぷりソースを絡めた肉と野菜を頬張った。
 しばし口をもごもごと動かしごくんと飲み込んでから、ロイがカウンターへ戻っていたルディアに一言こう言った。
「これ美味しいヨ! ソースがぴりっとしてお肉に合ってて美味しいネ!」
「そう? よかった、ありがとうね」
 にっこり微笑むルディア。
「こんなに美味しい物食べられるなんて、入ってきてよかったヨ」
 にこにことまた一口、さらに一口と炒め物を口の中へ放り込むロイ。美味しそうな匂いにつられ店を覗いたら、何だか楽しそうだったのでそのまま参加してみたのだが……その判断は間違っていなかったようだ。
「あ、旨そう……俺も後で頼もうかな」
 ロイが美味しそうに食べる様を見ていたケイシスは、ごくりとつばを飲み込んだ。
「ま、とにかく1杯飲んでから」
 そしてジョッキの方に視線を戻したケイシスだったが、信じられない光景を目にしていた。
「あ?」
 何とジョッキの中の酒がすっかりなくなっていたのだ。代わりに入っていたのは、九尾狐の焔。見た感じ、上機嫌のようだ。
「こんっ♪」
 そう一声鳴いてから、前脚を上げる焔。まるで『お代わりよこせ』と言ってるように見えなくもない。
「あーっ! お前っ、何俺より先に飲んでんだよーっ!!」
 叫ぶケイシス。いやはや、油断も隙もあったもんじゃない。

●酒は飲め飲め【3】
 それはそうと、こういう席ではよく次のような者が現れる。
「ま、ま! とにかく1杯飲めや、な?」
 こう言って、他人に酒を注いで飲ませようとする奴だ。程度に差はあるが、1人や2人は必ずと言っていいほど出てくる。もちろん今日もそんな輩が居る訳で。
「そこの姉ちゃん姉ちゃん! ワインどうだい? あー、金は心配すんな! 俺のおぉーごぉーりっ、とくらぁ!」
 すでに出来上がった様子の中年男性が、床につくほどに長い黒髪の女性にワイン片手に話しかけていた。
「……私に?」
「そーそー。はいはい、飲んだ飲んだ」
 黒髪の女性――織物師のシェアラウィーセ・オーキッドが確認すると、中年男性は空になっていたシェアラウィーセのワイングラスへ、勝手にワインを注ぎ入れた。
「では、遠慮なく」
「へっへっへ、遠慮いらねーって!」
 中年男性はへらへらと笑いながらシェアラウィーセに言った。そしてまた、他の客の所へ向かってゆく。
「さて、次はどこへ行くのやら」
 シェアラウィーセはそんな中年男性の後姿を見ながら、こくこくとワインで喉を鳴らした。
「お〜、こっちにも姉ちゃんが居るな〜。そこの姉ちゃん姉ちゃん! ワインどうだい? 俺のおぉーごぉーりっ」
 新たなターゲットを見付け、後ろから話しかける中年男性。後姿からは銀髪長髪の女性のように見える。
「ん、俺に? あんたが?」
 くるっと振り返った女性――もとい、青年は自らと中年男性を交互に指差して尋ねた。
「うん? お〜や〜? 悪ぃ悪ぃ、姉ちゃんじゃなく兄ちゃんか〜。よぉーっし、分かった! 俺が悪かったっ、飲めっ!」
 中年男性は青年――レイ・ルナフレイムに謝ると、まだ半分ほど中身が残っていたワイングラスへどぼどぼとワインを注いだ。あっという間に溢れんばかりになってしまう。
「おっと、もったいねえ」
 ワインがこぼれそうになり、慌ててワイングラスに口をつけるレイ。そしてそのまま一息に飲み干してしまう。
「お〜っ、兄ちゃんいい飲みっぷりだね〜。ささっ、もう1杯もう1杯!」
 レイの飲みっぷりに感心したのか、中年男性はワイングラスが空になるや否や、またしても並々とワインを注ぎ入れた。
 結局レイは、中年男性からワインを全部で3杯飲まされたのだった。

●ああ、勘違い【4】
「ごめんなさいね、せっかく新年会に来たのに手伝わせちゃって」
「いえいえ、構いませんよ。こんなにお客さんが居ると、大変でしょうし」
 ルディアに話しかけられたアイラス・サーリアスは、動かしている手を止めることなく言葉を返した。何をしているかというと、皿洗いである。
 忙しそうだったルディアたちを見かねて、アイラスは手伝いを名乗り出たのだ。まあ元々そういうつもりで白山羊亭にやってきたのだが。
「もうちょっとすれば注文も一段落つくと思うし……そうしたら、アイラスさんも新年会を楽しんでくださいね」
「ああ、お気遣いありがとうございます」
 にこっと微笑み答えるアイラス。
「他に何かあれば言ってください。酔っぱらいの介抱でも何でも、出来ることであれば手伝わせていただきますよ」
「じゃあ、その時はお言葉に甘えますね」
 ルディアがくすっと笑った。そんな時、白山羊亭の扉が勢いよく開かれた。
「何があった!」
 大声が店内に響き渡る。一瞬、店内の空気がぴたっと固まった。入ってきたのは、エルフの女性騎士ウィリアム・ガードナーであった。
 険しいウィリアムの表情。それに対して、呆気に取られた視線をウィリアムに向ける客たち。微妙な空気が店内に漂い始めた。
「……おや?」
 その空気に気付いたのか、ウィリアムがゆっくりと店内を見回した。別に客が宴会している他に、変わった所は何もない。
「あのー……どうされたんですか?」
 恐る恐る尋ねるルディア。
「いや。白山羊亭で喧嘩があって、火を放ったという情報があってだ……しかし、どう見てもそんな様子はないようだな」
 おかしいなといったウィリアムの表情。
「あー、火ですか」
 ルディアが明後日の方に視線を向けた。喧嘩はさておき、火についてはあながち間違いでもない訳で。
「誤報だったか、やれやれ。だが、何事もなくてよかった」
 ウィリアムはそうつぶやき、うんうんと小さく頷いた。やはり何事もないことが一番なのである。平穏だということなのだから。
「さあ帰るか」
「あの、せっかくですからご一緒に飲んでゆきませんか?」
 帰りかけたウィリアムに声をかけたのはユウミであった。
「いや、今は任務の途中だから、遠慮しておく」
 ユウミへやんわりと断るウィリアム。しかし、マオが余計な一言を口にした。
「1杯飲んだくらいで、仕事にならなくなるほど弱いんですかにゃー?」
「……何?」
 少しカチンときたのだろう。ウィリアムはじろっとマオに目を向けた。
「1杯くらいなら、あたしは何ともないのですにゃー。10杯飲んでも大丈夫ですにゃー」
 自信満々に言い放つマオだったが、すでに頬が紅くなっていることは突っ込んではいけないのだろうか。
「マオちゃんちょっと言い過ぎ……」
「いいから飲んでくのにゃー!」
 窘めるカオルの言葉を聞き流し、マオがウィリアムを招き猫のごとく手招きする。
「仕方ない。1杯だけなら……」
 マオとのやり取りに疲れたか、小さく溜息を吐いてからウィリアムが言った。1杯飲んで、さっさと帰った方が早いと踏んだようである。
 けれども、1杯飲めば終わりであるはずがなかった。1杯飲めばもう1杯、それを飲んだらさらにまた1杯……と、飲まされるはめに。
「飲むにゃー、飲むにゃー、どんどん飲むにゃー☆」
 案の定、ウィリアムも新年会へ巻き込まれていったのである。

●そいつに手を出すな【5】
 時間が経つにつれ、盛り上がってゆく新年会。盛り上がりに比例して、当然酔いも増してゆく。
「うう……何か眠いな」
 ケイシスは酔いの代わりに、眠気が増していた。あまり酔わない体質であるのだが、飲み過ぎると眠くなってしまうタイプだったのだ。
「よぉーし、眠気覚ましに芸だ!」
 眠気に打ち勝とうと、芸を披露することにしたケイシス。自己最高記録4樽半を更新するには、どうしても眠気に勝たねばならなかった。
「んー、何やるんだー?」
 もごもごと口を動かしながら、ケイシスの飲み比べの相手をしていたレイが尋ねた。こちらは、飲む食べる飲む食べる飲む食べる……の繰り返し。出てきた料理はあっという間に空になっていた。
「よーく見てろよ。……せやっ!」
 ケイシスは懐から何やら小枝を取り出したかと思うと、それを依代に式神を召喚したのだった。召喚した式神は女性ぽく感じられた。
「んじゃ、見せてやれ」
 式神に命令するケイシス。すると式神は歌い出し、それに合わせて踊り始めたのだった。
「あーやるなー。いいなー♪」
 レイがパチパチと拍手した。
「飲んで食って歌って踊って寝るだけでいい人生だったらどんなに幸せかな……」
 式神の踊る様子を見ながら、ぼそっとつぶやくレイ。でも人生はそうはいかない。レイもそのことはよく分かっていた。だがそれゆえに、たまの宴会が楽しいのだ。
 客の間からも、やんややんやと喝采が起こる。なるほど、これは見事な芸だ。……退魔術の一部を芸と呼んでいいのかという気もするが、それはさておき。
「うにゃー、楽しいですにゃー☆」
 客の間を、すっかり酔っ払ったマオがふらふらと歩いてゆく。足元が少しおぼつかない。
「ね〜、大丈夫なの〜?」
 相変わらずウェイトレス仕事を手伝っていたディアナが、心配そうにマオに尋ねた。
「大丈夫ですにゃー☆ あたしは100杯飲んでもまだ大丈夫ですにゃー☆」
 桁1つ増えとるやないかいっ!
「牛乳と酒を交互に飲みゃ酔っ払わねぇんだよ」
 レイが口を挟み、無理っぽいことを言い放つ。こちらも酔っているのか?
「そうですにゃー☆ ミックスしてもいいのですにゃーっ☆」
「……いいのかな〜?」
 首を傾げるディアナ。マオはなおもふらふらと歩いていたが、ふとあるテーブルに目が止まった。ロイの居るテーブルだ。
「坊主、これ食うか?」
「うん、食べル☆」
「そこのぼくー、これはどう?」
「あっ、それも欲しいナァ♪」
 あまりにも食べっぷりがよく、かつ美味しそうに食べていたからだろう。周りの客が、あれこれと自分たちの頼んだ料理を分けてあげていたのだ。
 ロイの前には鶏のもも肉にタレをつけて炙った奴や、魚のフライにふかして潰したじゃがいもを添えた物など、色々と料理が並んでいた。それらをロイは、次々にぱくぱくと食べてゆく。
「皆優しいんダネ〜」
 満面の笑みを浮かべるロイ。ロイにとって今はかなり幸せな時間であった。が、それを邪魔しようとする者が現れた――マオだ。
「もも肉いただきますにゃー☆」
 いつの間にかそばへ来ていたマオが、横から手を出して鶏のもも肉を奪おうとしていたのだ。その瞬間、ロイのフォークを持つ手が素早く動いた。
 さく。
「にゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーっ!!」
 マオの悲鳴が店内に響き渡る。マオが鶏のもも肉をつかむ前に、ロイがフォークで軽く手の甲を刺したのである。あまりにも素早くて、肉眼では見えなかったのだが。
「痛いにゃーっ、痛いにゃーっ! カオルちゃん治してにゃーっ!」
 泣きながらカオルの元へ舞い戻るマオ。カオルが『生命の水』の魔法を使う準備に入る。
「今のはマオちゃんが悪いですよ。人の物に手を出そうだなんて」
「……うにゃー……」
 ユウミに窘められしゅんとなるマオを他所に、ロイは先程までと変わらず料理に舌鼓を打っていた。

●カードの達人【6】
「一段落しましたし、そろそろどうですか?」
「そう……ですね。じゃあ僕も、ちょっと飲ませていただきますね」
 ルディアの言葉に、アイラスはきりのいい所で片付けの手を止めて、カウンターの中から出てきた。
 出てゆくと、アイラスはさっそく酔った客たちに捕まってしまった。
「はい、お疲れお疲れ〜。1杯飲んで疲れなんざ吹っ飛ばしな!」
「まずは駆け付け3杯。ささ、飲んだ飲んだ」
「あ、はい。では遠慮なくいただきます」
 客の1人からジョッキを受け取り、アイラスが口をつけた。手伝いの間に喉が乾いていたのか、酒がするすると身体の中へ入っていった。
 そんなアイラスの近くのテーブルでは、シェアラウィーセがウィリアムや周りの客たち相手にカードゲームに興じていた。
「さあ、どこにする?」
 自分の前に1枚、ウィリアムたちの前に10枚カードを裏向きに並べ、シェアラウィーセがベットを促す。
「そうだなあ……」
 半分ほど中身の入ったワイングラスを手に、しばし思案するウィリアム。やがて、とあるカードの前にワイングラスを置く。
「あ、俺ここ」
「あたしはこっちに賭けるわ」
「わしはそこじゃ!」
 他の客たちも、同じくらいの中身のワイングラスをカードの前に置いてゆく。これがチップ代わりであった。
 このゲームのルールは簡単。シェアラウィーセの前にあるカードより、大きな数字のカードを選べばいいのだ。
 勝てばシェアラウィーセが1杯、負ければ自分が1杯ワインを飲むことになる。つまり負ければ負けるほど量を飲むはめになり、酔いが回ってゆくことになるのである。
 そしてカードオープン。結果はシェアラウィーセの完勝。ウィリアムたちは全員、自分が飲むはめになった。
「これで3連敗だ」
 苦笑いを浮かべ、ワイングラスを口に運ぶウィリアム。
「俺なんて5連敗だよ?」
「わたし7連敗だわ」
「何の何の、これでわしは10連敗じゃ!」
 威張ってどうする。
「そんなに飲んでると、身体がワインになりそうだな。ご老人、気を付けなければ」
 軽く茶化す言葉を口にしたシェアラウィーセ。しかし老人も返し方が洒落ていた。
「なーに、わしがワインになったら年代物じゃから、さぞかし旨かろうて! 酸いも甘いも噛み締めておるからの!」
 たちまち笑いが起こり、温かく穏やかな空気が流れる。が、そんな空気を壊す輩がそこへやってきた。
「おっ、そこのお姉ちゃん色っぽいねぇ〜。ジジイとか相手してねーで、俺といいことしねぇ〜?」
 酔っ払った客の男性が、シェアラウィーセに絡んできたのだ。最初はあれこれとかわしていたシェアラウィーセだったが、あまりにもしつこかったので、すくっと立ち上がって店の奥へ歩いていった。
「こっちへ」
 男性を手招きするシェアラウィーセ。男性はでれでれといやらしい表情を浮かべ、店の奥へと消えてゆく。少しして――『ひいっ』という声とともに、奥から音が聞こえてきた。
 ゲシ! ゴス! バキッ!
 聞こえてきた音は、どう考えても『いいこと』をしているようには思えない。別の意味で『よい子は見ちゃいけません』な光景が繰り広げられているとは思うのだが。
 やがて奥からシェアラウィーセ1人だけが出てきた。手にはたっぷりと中身の詰まった財布を持って。
「おごってくれるってさ」
 呆気に取られていたルディアに財布を手渡し、シェアラウィーセはこともなげに言い放った。

●この料理どこの席?【7】
「お、坊主! いっぱい食ってるか?」
「うんっ、いっぱい食べてるヨ☆」
 ロイは酔った中年男性に話しかけられ、にっこりと答えた。すでにもう料理を何皿平らげたことだろう。
「そうかそうか、いっぱい食べて大きくなれよ〜」
 中年男性がロイの頭を撫でた。それから、ニヤッと笑ってワイングラスを差し出す。
「どうだ、ちょこっと飲んでみるか?」
「ボクお酒飲めないヨ?」
「ま、ま。酒の味も知らなきゃ、立派な大人になれないぞ〜? ぺろっとでも舐めてみな」
「う〜ん……分かった、舐めてみるネ☆」
 ワイングラスを手渡され、ぺろっと舌を出して舐めてみるロイ。意外と美味しかったのか、今度はこくっと一口飲む。
 また一口、さらに一口……結局ロイはワインを飲み干してしまったのだった。
 さて、別のテーブルに目を移してみると――。
「あははっ、面白いこと言いますねーっ!」
 ケタケタと笑いながらアイラスが隣の客の背中をバンバンと叩いていた。そして空いている方の手でジョッキをつかみ酒を飲む。
「おいおいっ、痛いって! あんた飲み過ぎなんじゃないか?」
「僕がですか? あははは、問題ありませんよ。それに牛乳と酒をミックスして飲めば、酔いも覚めるらしいですし」
 だから違うって。
「何だか楽しそうだね〜」
 ケタケタと笑い続けるアイラスの声を聞きながら、ディアナはまだルディアの手伝いをしていた。けれども慣れないことをしているためか、多少なりとも疲労の色が見えていた。
「うぅ〜〜。ルディアはいつも楽しそうにしていたから簡単だと思ったけど……重くて大変だよ〜」
 普通でもそれなりに重労働なのに、シフールのディアナにしてみればなおのこと。幾度となく中身をこぼしそうになっていた。辛うじて、まだこぼしてはいないけれども。
「ルディアはこんなに重いジョッキや食べ物をいくつも持って凄いよね〜」
 ルディアに感心するような眼差しを向けるディアナ。
「そうかな? もう慣れちゃったしね」
「やっぱり凄いよ〜」
 ディアナは空の皿をルディアに手渡しながら言った。そして料理の載った皿を入れ替わりに受け取る。
「ディア、これお願いね」
「どこのテーブルなの〜?」
「あの可愛らしい、狼の耳の男の子の所よ」
「あ〜、あの子だね〜」
 運ぶ先はロイのテーブルらしい。さっそく向かうディアナ。飛び方は疲労もあってか、新年会当初よりさらにへろへろとなっていた。
 しかし、ロイの姿はどこにも見当たらなかった。
「あれ〜? おかしいね〜、どこ行っちゃったのかな〜?」
 きょろきょろと辺りを探すディアナ。そのうちに、ふと狼の耳と尻尾を生やした首輪をつけた青年と目が合った。
「うーん、似てるけど違うよね〜。こんなにおっきくないし〜」
 ディアナがへろへろと青年の前を飛んで通過する。
「あ、それ俺が頼んだ料理!」
 ぶっきらぼうにディアナを呼び止める青年。実は――この青年こそがロイであった。
 何故青年姿になってるのか? それはやはり、酒のせいではないかと……。

●君は今、燃えているか?【8】
「……っと!! 来たぜ4樽半!!」
 ジョッキを空け、ガッツポーズを取るケイシス。眠気と戦いながら飲み続け、樽に換算してようやく先の記録に並んだのだ。
「たいしたもんだなー。これでもう新記録が『よんだる』なー」
 ボリボリと何か食べながら、レイがご陽気に言い放つ。何だか周囲の気温が一気に下がったような気がした。
「ああ……余計に眠くなりそうだぜ……」
 ぼそっとつぶやくケイシス。しかしレイは今の冗談が気に入ったのか、くすくすと1人で笑っている。
「眠気覚ましに芸見せてやるよー」
 レイはそう言い、口の中に何かを放り込み、ボリボリとかじりながら立ち上がった。
 ちなみにレイが食べているのは、皆が敬遠してた何かの幼虫の炒め物である。……だいぶ酒が回って、味覚やら何やらと麻痺しているのだろうか。
 そんなレイは『黒狼召喚』で黒狼を召喚してから、さらに大剣に『炎の剣』をかけた。これで何の芸をするのか?
 しばし見守っていると、レイは黒狼から少し離れた場所に立ち、炎をまとった大剣をバーのように見立てて持った。そして一言。
「飛べ!」
 それを合図に助走して大きく跳ねる黒狼。見事、炎のバーをクリアしたのだった。客がやんややんやと沸き上がる。
「火は止めてくださいっ!!」
 ルディアが慌てて飛び出してきて、レイを窘める。
「ちぇー。怒られたー、怒られたー、怒られたったら怒られたー」
 拗ねたような素振りを見せ、レイがつぶやいた。完全に酔っ払って、童心にでも戻ったか?
 だが火が使われたのはそれだけではなかった。
「にゃーっ! パンが燃えてるにゃーっ!」
 マオの悲鳴が店内に響き渡った。同時に、ケイシスの驚いたような声も聞こえてくる。
「焔! お前何やってんだーっ!!」
 何と酔っ払った焔が、辺り構わず狐火を出していたのである。その1つがパンを燃やしていたのだ。
「だから火は〜っ!!」
 おろおろバタバタとするルディア。結局燃えたパンは、シェアラウィーセが咄嗟に酒ではない飲み物をかけて鎮火させていた。
「何をやってるんですかっ! 行儀が悪すぎます!!」
 アイラスの叱責の声が響き渡る。その顔はすっかり紅くなっている。酔っ払っていることは明白だった。
「いいから、ちょっとこっちへ来てください!」
 レイと焔、それからケイシスを連れて店の隅へと行くアイラス。ケイシスが抗議の声を上げた。
「何で俺までなんだよっ!」
「飼い主じゃないですか! 連帯責任です!」
「飼い主ってゆーなーっ!!」
 そしてアイラスはくどくどと説教を始めてしまう。2人と1匹が説教から解放されるのは、そのうちにアイラスが眠ってしまってからのことであった。ちなみに後でこの話をアイラスに振ると、さっぱり覚えていないというのは余談である。
 さて、このちょっとした火事騒ぎの後、1人黄昏れている者が居た。ウィリアムである。
「ああ、俺は何ということを……」
 火事騒ぎで、はっと気が付いたのだ。1杯だけのはずが、いつの間にやらずぶずぶと入り込んでしまっていたことに。任務中だというのに。
「あのー……」
 黄昏れるウィリアムに、ルディアが話しかけてきた。
「たぶん、ウィリアムさんが居なかったらもっとエスカレートしてたかもしれませんし……。これだって立派な治安維持の仕事じゃないですか? 居るだけも抑止の効果があるというか……ええっと……」
 ルディアが言葉を選んでいる様子がありありと伝わってくる。恐らくウィリアムを気遣っているのだろう。
「……それもそうだな」
 ふっと笑みを浮かべるウィリアム。
「今日はすっかりご馳走になった。俺はそろそろ任務に戻るとしよう。じゃあ」
 ウィリアムは頭を切り替え、ルディアに礼を言い元気に帰ろうとした。
「あ、ウィリアムさん!」
 それをルディアが呼び止める。
「ん、何だ?」
「帰る前に、自分の分のお勘定は払ってくださいね」
「は?」
 すっと手を出すルディアに、面食らうウィリアム。そこへディアナが飛んできた。
「今日はサービスでだいぶ割引だけどね〜、タダじゃないんだよ〜」
 ええ、タダじゃありません。自分の飲み食いした分は、しっかり払ってくださいませ――皆様。

【白山羊亭新年会 おしまい】


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 整理番号 / PC名 / 性別 
             / 種族 / 年齢 / クラス 】
【 0698 / ウィリアム・ガードナー / 女
             / エルフ / 24 / 騎士 】○
【 1131 / ディアナ / 女
     / シフール / 18 / ジュエルマジシャン 】◇
【 1217 / ケイシス・パール / 男
          / 半鬼 / 18 / 退魔師見習い 】◇
【 1295 / レイ・ルナフレイム / 男
           / 人間 / 24 / 流浪狂剣士 】◇
【 1514 / シェアラウィーセ・オーキッド / 女
        / 亜人(亜神) / 184 / 織物師 】◇
【 1649 / アイラス・サーリアス / 男
              / 人 / 19 / 軽戦士 】◇
【 1719 / ロイ・ローウェル / 男
       / ライカンスロープ / 112 / 旅人 】◇


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■         ライター通信          ■
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・『白山羊亭冒険記』へのご参加ありがとうございます。担当ライターの高原恵です。
・高原は原則としてPCを名で表記するようにしています。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、1から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。
・参加者一覧についているマークは、○がMT13、◇がソーンの各PCであることを意味します。
・なお、この冒険の文章は(オープニングを除き)全8場面で構成されています。今回は皆さん同一の文章となっております。
・大変お待たせいたしました。ようやく白山羊亭の新年会の様子をお届けすることが出来ました。元々お正月に出すつもりだったお話なんですが、マシントラブルの影響で募集が2月にずれてしまい……暦の上ではもう春になっちゃいましたねえ。今さらの感もありますが、改めまして今年もどうぞよろしくお願いいたします。
・今回は新年会の賑やかさを出すために、文章の分割は行いませんでした。それから各場面のタイトルは、一部過去の高原の『白山羊亭冒険記』のタイトルを踏まえてつけていたりします。
・最後のオチですけれど、オープニングには『サービスする』とはあっても『奢る』とは書いてないんですよね。なのでこのように。払えない方は、手伝いで働くという手段もありますので。ちなみにお勘定は普段の7割引(!)です。
・レイ・ルナフレイムさん、4度目のご参加ありがとうございます。すっかり飛ばしてるなー、と思いました。本文では触れていませんが、料理を作ろうとしたのはルディアに阻止されていたりします。あと、何かの幼虫の炒め物、身体にはいいんですよ。
・感想等ありましたら、お気軽にテラコン等よりお送りください。きちんと目を通させていただき、今後の参考といたしますので。
・それでは、また別の冒険でお会いできることを願って。