<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


バレンタイン チョコレート作り講習会

○オープニング
「ルルルルル〜♪ルル・ルル〜ルルル〜〜♪」
「あら、楽しそうね。、何をしてるの?」
楽しそうに口ずさみ、ポスターに色を染めていたルディアはかけられた声にハッと顔をあげた。
「あ、ごめんなさい。ご注文はなんですか?」
お客はルディアの手元を覗く。赤と茶色のハートがポスターの上で踊っていた。
「バレンタイン チョコレート作り講習会?」
「ご存知ありません?最近流行っているんですよ。バレンタインデー。好きな人にチョコレートをあげて告白すると恋が叶うっていうんですって。」
耳慣れない言葉に首をかしげる常連に彼女は説明する。
「チョコレート屋さんって少ないんで、入手が難しいんですけど、伝があってたくさん入手できたんです。ただ…」
「ただ…なあに?」
「ちょっと多すぎるんですよね。注文間違えちゃって…。」
ぺろり、舌を出してルディアは笑った。
「だから、皆さんに提供して一緒に食べようと思って…。」
料理に作れば結構消費できるだろうし、と続ける。
「参加費、実費のみ。講習代無料。みんなで楽しみましょう…ね。」
「ええ、みんなで恋愛談義とかしてみたいですね。いろんな人がいろんな思いを持っているでしょうから。恋愛って…。」
ペンを持ったままうっとりと告げるルディアに、常連は、あなたは問いかけた。
「それはいいわね。でも、ルディア…あなたは誰にあげるの?」
ルディアはニッコリと笑うだけ、答えない。…今は。

白山羊亭の壁にポスターが揺れる。
『バレンタイン、チョコレート作り講習会&パーティ 参加者希望はお早めに。』

○チョコレートを作ろう!!

「バレンタインデーは、参加することに意義があるってね♪」
真っ白いエプロンをぎゅっと力を入れて締める少女が一人。
「そんなに力まなくても大丈夫ですよ。もっと気軽にやりましょうよ。リースさん。」
白山羊亭のキッチンで、看板娘のルディアが肩をぽんと、叩いた。
「うん、固くなってるつもりはないんだけど…。」
叩かれた肩から落ちそうになる羽ウサギを軽く支えると、リース・エルーシアは頷いた。
「リースちゃんは、お料理苦手だからあ…。」
「…言わないでよ。ティア。」
ピンクのエプロンをかけた親友、ティア・ナイゼラの言葉にリースは頭を抱えて下を向いた。
「まあ、まあ。私も教えますから、頑張りましょう。ね!」
「そうね。みんなで作ったほうが楽しいもの♪」
ルディアと、ティアの励ましにリースの顔にも笑みが戻る。
チョコレートの型を揃え、ナッツやフルーツを用意し、3人で楽しく準備を始めた。
だが、ルディアはまだ知らない。
「お料理が苦手」にもレベルが存在すると言うことを。
それで言うなら、リースのレベルはきっとMAXに近いのだろうと言う事を…。
もちろん、ティアは知っているけれど。

○チョコレートを作ろう?

白山羊亭の扉をリースとティアより少し遅れてくぐった青年がいた。
「お二人とも。こんにちは、お久しぶりですね。」
「あ!アイラス!久しぶり〜。」
「アイラスさん、お元気でしたか?」
「いらっしゃい!お客さんが少なくて寂しかったんですよ。」
3人の美少女の笑顔に迎えられて、アイラス・サーリアスも笑顔で答えた。
「人が、少なかったんですか?いい企画だと思ったんですけどねえ。」
壁のポスターを見ながらアイラスは微笑む。
「食べたいだけでも良いのですよね…。本当に、食べたいだけでも良いのですか?」
もちろん!と元気よく答えたルディアの言葉にアイラスの顔が破顔した。
「いや〜、チョコレートと言いますか甘いものには目が無くて…。」
そういえば、クリスマスのときにもそんなことを言っていた。と思い出す。
「でも、バレンタインって作るのは基本的に女の子が主役なんですよね〜。だから、終わるの待っててもらえますか?」
「あたしのチョコレートもできたらご馳走するよ。」
「ええ、解りました。待っています。」
ルディアと、リースの言葉にアイラスは頷いてカウンターに座った。
それが、5分前…。

「リースちゃん!!なにしてるの!」
「何ってチョコレートを混ぜて…、えっ!!焦げてる。なんで??」
「チョコレートの入ったボールを直火にかければ焦げるでしょう!ああっ!火傷しますよ。ルディアさん、水!お願いします!!」
「はいっ!!」
キッチンは、戦場と化していた。ルディアが入手したチョコレートはかなりな量があったはず。
でも、そのうちのすでに三分の一が炭、いや炭を通り越した産業廃棄物と化している。
原因は、意外なことに…リースである。
彼女が動くたび、鍋が雪崩落ち、まな板に穴が開き、包丁が折れる…。
「チョコレートを作っているだけなのに、何故包丁が折れるんです!?」
見かねて手伝いに入ったアイラスの疑問に答えるものはいない。皆、それどころではなかったからである。
赤くなりかけたリースの手をルディアは氷水で濡らしたタオルで冷やしながら、リースを椅子に座らせた。
「ちょっと、座って、休みましょう。ね、リースさん!」
声に秘められた『迫力』リースはうん、と小さく首を動かし、椅子に座りなおした。
アイラスが、ルディアが、ティアが、キッチンを片付けているのをしょんぼりと見つめながら。
「どうして、いつもこうなっちゃうのかな?愛情は、いっぱい込めているつもりなのに…。」
(ずっと、気になっていたあの子に…、チョコレートあげようと…思ったのに…。)
片づけをする手をルディアと、アイラスは止めた。リースの頬に雫が一筋流れているのを…見つけてしまったから。
「リースさん、リースさんはチョコレートを食べてもらいたい人が、いるんですね?それって凄くステキです。」
ルディアは励ますように微笑みかける。
「愛情は、お料理の大事なエッセンスですもの。それが無かったら、お料理は、特に誰かの為に作るチョコレートは絶対に美味しくなんかなりません。とってもステキです。」
「でも、愛情だけでも、ダメなんです。」
女の子の精神理論で浮上させようとしていたルディアの言葉をアイラスはほんの少し否定する。
その瞳は真剣な光を漂わせて…。
「お料理に本当に大事なのは、分量とバランス。そして、落ち着きです。」
「落ち着き…。」
ええ、そういいながらアイラスはリースの手を取った。
「次に何をしなければならないか、考えていますか?完成形ばかり追いかけてしまっていませんか?料理と言うものは数学と同じです。手順を守れば必ず誰でもできるんですよ。」
彼の言葉にリースは答えられない。自分にそれが一番欠けていると実感できるから…。
「次の行動に移る前に、考えてみませんか?これでいいのかな?何か失敗していないかなって。間違っていたら直せばいいんです。上手くいかなければ練習すればいいんです。諦めずに頑張りましょう。」
「…そうだね。やってみる!あたし、頑張るから!!」
羽ウサギのみるくもやっと笑顔の戻ったリースを励ますように飛び回る。
リースの側で微笑む二人から少し離れたところ。あえて、口出しをしなかったティアは、ハートのチョコ型を綺麗に拭いてテーブルに置く。
リースの為に。

○チョコレートを作ろう♪

ネチネチネチネチ…。
「そうそう、焦らないで、ゆっくりと…。そう、上手ですよ。出来るじゃないですか?」
サイラスとルディア、ティアとみるくが見守る中、リースは湯せんにかけたボールの中のチョコレートをかき混ぜていた。
「落ち着いて…ゆっくりと…。」
呪文のように唱えながら動かす手は、今度こそとしっかりとボールを捕まえている。
「そもそも、チョコレートの手作りって、市販のチョコを溶かして、型に入れなおすだけなんだから、頑張って!」
そう言っている間にもティアの手は軽やかに動いていく。
リースに用意したものと同じハートの型にチョコレートが流し込まれていく。
「へえ、凄いですね。ガナッシュチョコレートと、普通のチョコレートの層が綺麗にできている…。」
「間に入っているのは、果物ですか?お上手ですねえ。」
いつもリースと一緒にいるためか、ほんわりとしたイメージのティアだが、実は料理が得意だと二人は初めて知った。
「褒めてくれて、ありがとうございます♪ こういうの作るの結構好きなんです。」
チョコレートそのものも凝っているが、さらにトッピングにもティアは凝っていた。
「チョコレートで、葡萄を作って、葉っぱは〜。」
楽しそうに歌を口ずさもうとするのは、ピンク河童のぴーちゃんに止められて、でも楽しそうにティアは飾り付けの仕上げに入っていた。
キッチンに入ったついでにと、アイラスもいつの間にか手にヘラを握っている。
素早く、的確な動きで作っていくのは…。
「へえ、アイラスさんのも凝っていますね。これは、チョコレート入りのケーキですか?」
「さっき、オーブンをお借りしたんですよ。オペラって言ってナッツプードル入りの生地とチョコレートクリームを重ねてみました。」
銀のアラザンが、チョコレートの夜に浮かぶ星のようで、ルディアもティアもリースも、感心したように息をついた。
「僕は、誰かにあげるって訳ではないですから、あとで皆さんで食べましょう!」
「ワーイ!」
と上げたリースの手にはチョコレートをかき混ぜていたヘラが…。
「リースさん!!」
「あっ、いけない!!」
リースは慌ててチョコレートの鍋の前に戻った。
ネチネチネチネチ…。

○チョコレートを贈ろう!

「プレゼントは、ラッピングも命ですよ。」
なんとか、なんとか、なんとかハートの形を保ったたった一つのリースのチョコレートをアイラスは箱に入れて紙のパッキングを入れてやった。
リースはそれを受け取り、丁寧に蓋をすると、瞳の色と同じリボンをつけた。空のような深みのある青だ。
「私も出来たよ〜♪」
ティアの方も綺麗なラッピングに包まれた見事なチョコが完成する。リボンは珊瑚のような輝きを持つ光沢のある赤。
「喜んでくれるかなあ。」
箱を軽く胸に抱くリースにアイラスは優しく微笑む。
「大丈夫ですよ。リースさんの愛情が篭っているんですから。」
「えっ?でも…さっき…。」
「確かに料理は分量とバランスですけど、愛情や心の無い料理なんてのも無意味ですよ。きっと、喜んでもらえます。」
頑張ってください。アイラスはそう言った。
(食べに来た〜って言ってたけど、本当はあたしたちのこと、心配して来てくれたのかな?)
リースはちょっと思う。そういえば、天使の広場で会った時…いつか、料理を教えてくれるって約束したっけ。
軽い気持ちで、チョコレートつくりにも誘ったっけ…。だから、来てくれたのかなあ。
そんなことを考えていたリースの、そして3人の背後に悲鳴にも似た声が響く。
「ちょっと!助けてください〜〜〜。」
「ルディアさん!!どうしたんです?」
駆け寄るティアの顔に疑問符が浮かぶ。ルディアが運んでいたお盆の上には山のような箱、山のようなリボン、そして、山のようなチョコレート。
「ねえ、ルディア、これ、どうするつもり?」
「どうするってあげるんですよ。みなさんに。」
こともなげに言うルディア。アイラスはため息をつく。
「みんなって、白山羊亭に来る人みんなに渡すつもりですか?こんなに…。」
「ええ、皆さん、大好きですから。全員に♪」
バレンタインの大好きの意味は、ちょっと違う気がする。思い切っての告白を決意するリースとラブラブの彼氏がいるティアは特に。
でも、2人が言うよりさきに、箱雪崩がまた違うんじゃないか?とルディアにツッコミをかける。
「うわ〜〜っ、誰か助けて〜〜。」
3人は顔を見合わせて微笑みながら、ルディアに駆け寄った。

○チョコレートを食べよう!

とにもかくにも、チョコレート作り講習会は終わった。
キッチンはみんなで片付け、テーブルの上には、それぞれの作ったチョコレートの残りという名の味見分が並んでいる。
ルディアは暖かい紅茶を4人分テーブルに運ぶと、自分も席に着いた。
「今日はお疲れ様です。プレゼント分は確保しましたから、後はみんなでチョコレート食べましょう!」
「待ってました!」
「これが、楽しみですものね。」
「待っていたかいがありましたよ。」
3人はそれぞれテーブルの上に手を伸ばす。
「ルディアってお菓子上手だよねえ。」
「ティアさんのチョコレートも凝っていますね。美味しいですよ。」
「今度、この…オペラケーキですか?作り方教えていただけますか?彼にも作ってあげたいです…。」
「いいですよ…。」
楽しい話題と共に順調にチョコレートがはけていく中…リースはふと気付く。
「ねえ、どうしてあたしのは手をつけてないの?皆。」
……………。
軽い沈黙が場を支配する。
「あげる前に味見して欲しかったんだけど…」
「気にしない。気にしないの!」
「こちらも、美味しいですよ。いかがです?」
「あ、お茶のお代わり入れますね…。」
最後まで、リースのチョコレートの残りが誰かの口に入ったという話は聞かない。
特にティアは、それに触れることさえは無かった。何度頼まれても絶対に。

帰り道、箱を大事そうに抱えるリースとティア。それを送ろうと斜め横を歩くアイラス。
後ろを振り向いて、リースが彼に話しかけたのは歩き出してしばらくのことだった。
「ねえ、アイラス…。」
「何です?リースさん。」
「今日は教えてくれて…ありがとう。なんとか、食べられるものが出来たの、初めて。」
「リースさんが、頑張ったからですよ。それに、私ができることなんてたいしたことじゃありません。」
「そんなことは、ないですわ。」
今日は、マイペースにチョコレートを作っていたように見えたティアが言葉を加える。
「私、本当は一人で作るつもりでしたけど、チョコレート。でも、みんなで作ったほうが、楽しかったですもの。」
「うん!そうだとあたしも思う。」
「そう、ですね。楽しかったです。」

ありがとう…。夕日に流れたその言葉を告げたのは、誰だったのか。
それは、愛の聖者だけが知っている。

蛇足

白山羊亭のテーブルに残ったチョコレート。
「おっ!美味そうだ。頂きます!!」
彼はその黒い塊を無造作に口に投げ込んだ。
「ナッツ入りで結構いける…。かな?」

その後の彼がどうなったか?
それを知るのも、愛の聖者だけ…。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1125 /リース・エルーシア /女/17歳/言霊師】
【1221 /ティア・ナイゼラ /女/16歳/珊瑚姫】
【1649 /アイラス・サーリアス /男/19歳/軽戦士】

NPC
【0465 /ルディア・カナーズ /女/18歳/ウェイトレスです】
 
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■         ライター通信          ■
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夢村まどかです。
今回はチョコレート作り講習会にご参加くださいましてありがとうございます。
人数が少なめになりましたので、恋愛談義をやや省略し、その代わりに講習会を書き込ませて頂きました。
楽しんで頂けたでしょうか?

せっかくの交流を生かしたい、と思い今回のような表現をとらせていただきました。
それぞれのキャラクターだったらこういう風に言うんじゃないかといろいろ考えたのですがイメージ等違うところがありましたらお許しください。

次のパーティイベントはひな祭りか、イースターか…。
とにかく、パーティ依頼は、交流を主に楽しい依頼を心がけていきたいと思います。
また機会がありましたらぜひ、ご参加いただければうれしいです。

今回はありがとうございました。