<PCクエストノベル(1人)>
歌う歯車、双子の調べにのせて 〜ウィンショーの双塔〜
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【冒険者一覧】
■1805/スラッシュ/探索士
【その他登場人物】
■子供/旅人宿の子供
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【序】
『 双子の塔がきらきらうたう、
さあ起きなさい、ガーゴイル、その胸に光を抱いて
その声は、双子のしるしを持っている
さあ起きなさい、ガーゴイル、その胸に光を抱いて
そろってふたりが歌ったら、光を抱いたガーゴイル
重いまぶたをきょろりとあけた 』
スラッシュ:「……なんだ、その歌は?」
子供:「お母さんに教えてもらったんだよ、ほら、むこうの塔の歌」
聖獣界ソーン。三十六の聖獣が守護する、夢と現実のはざまに立つ大地。
平原の一軒家、旅人を休ませる宿をあとにした青年は、店先で鞠をつく子供の声に耳を留める。子供はにっこり微笑んで、はるか南に小さく見える、対の塔を指差した。
スラッシュ:「………塔の…ウィンショーの?ここに伝わる歌……なのか」
子供:「うん、お母さんはおばあちゃんに教えてもらって、おばあちゃんはひいおばあちゃんに教えてもらって、それから、ひいおばあちゃんは、えーっと……」
スラッシュ:「………そうか」
店の主人は代々、この地で宿を営んでいる、と言った。
スラッシュはしばらく、思案するように手を顎にやっていたが、やがて顔を起こし、鞠つきのつづきを始めようとしている子供に声をかけた。
スラッシュ:「……もう一度、歌ってくれないか……?」
子供:「うん、いいよ!お兄ちゃんもこの歌、好き?ぼくは大好きだよ!」
そう言って、子供はいま一度、先刻の歌を繰り返す。青年はそれを、注意深く聞いて、時折メモをとりながら、頷いた。
スラッシュ:「………そうだな」
彼はこの歌に歌われるウィンショーの双塔に、再びの探求を挑もうとしていたのだった。
【1】ウィンショーの双塔・一階〜三階:再(ふたたび)
灰色の塔内は、以前来たときと変わらず、冷たい石の息苦しい闇に沈んでいた。
落とし穴の仕掛けられた一階、階段へのドアを抜け、彼は前にとらわれた、無限階段をやすやすと登る。後ろ向きにひとつ、足を踏み出して、彼は呟いた。
スラッシュ:「もう……引っ掛からない、な」
振り向いて、そこがもう二階であることを、彼は古代文字の階数表示で知った。
スラッシュ:「………そういえば」
棒が、二つ。古代文字といえど、この表記のしかたは今も、詩人や作家によって伝えられており、たいていの者は数字程度なら判別できる。装飾的な書体で、『 II 』と記されたその様が、どこか見たことのあるような気がして、彼はそれをしげしげと見た。
しかしその彫刻そのものには特に怪しいところは見つからず、彼は先を急ぐ。
ぐるぐると渦を巻いた通路を抜け、以前に鳴らしたオルゴールのねじを巻いた。
スラッシュ:「………これを、鳴らして……」
彼は降りてきた梯子を手繰り、前回そこで挫折した、見えない壁に阻まれる三階に上りつく。そしておもむろに、荷物から巻いた縄を取り出した。注意深く、見えない壁をつたい、壁際の隠し扉を開く。
オルゴールによって奏でられる心地良い音楽と、外の空気。
ふたつが流れ込むそこには、はるか最上階に向かって伸びる、鋼の鎖があった。
スラッシュ:「………よし」
彼はそれを登ることはせず、代わりに持ってきた縄をそこへ括りつける。
その縄は軽く、丈夫で、等間隔に結び目がつけてあり、巻き上げられたところを登ろうという思惑だった。
やがて音楽が止まり、急速に鎖は巻き上げられてゆく。じゃらじゃらと音を立てて天に昇る梯子のあとにつくように、ロープはするすると手元を離れていった。
スラッシュ:「――どうだ?」
身を乗り出し、頭上を確認する。と、不意に片手のロープを引く手応えが消えた。
スラッシュ:「……ッ!」
スラッシュが見たのは、ロープの伸びる最上階、二つの塔の中心で、一瞬だけ白く閃いた光だった。だらん、と垂れた縄を手繰り寄せると、結び目のあった先端が、真っ黒に焼け焦げている。異物を嫌う機械を、護るための仕掛けだろうか。
スラッシュ:「さすがに……そう簡単には、いかないか」
彼はしかし、落胆することなく、ならば中を行くまで、と踵を返した。
探索士の名に賭けて、この塔を攻略する。そう心に決めて、ここにやってきたのだ。この程度のことで、諦めるわけにはいかなかった。
見えない壁を手探りで確かめ、罠を慎重に解除しながら、彼は上への階段を見つけた。
【2】ウィンショーの双塔・四階〜五階:験(しるし)
階段を抜け、見えてきた四階は、下の三階と同じく、一見何もない広間だった。
スラッシュは注意深く、一歩踏み出す。途端、その床がぐらり、と動いた。
スラッシュ:「ぐっ!?」
スラッシュはとっさにそこを離れる、と、いままで乗っていた床石がせり上がり、天井にぶつかった。あのまま乗っていたら、石と天井の間に挟まれて、潰れてしまったことだろう。青年は身震いして、ひとりごちた。
スラッシュ:「危ないな……ッッ!!」
足元に今しがたとまったく同じ揺れを感じ、彼は飛び退く。案の定同じようにその床石はせり上がり、天井にプレスをかけるようにぶつかった。どうやら人間が乗ると、その重みを感知して、床石が跳ね上がる仕組みらしい。正方形の床石で、格子状に区切られた広間は、スラッシュが歩く順に動く。彼は素早い動きでその攻勢を避けつつ、天井から壁に至るまで、脱出策を探して目を走らせた。
灰色をした、石の天井に一箇所、黒々と口をあけた穴が見える。
スラッシュ:「成る程…あの床を上に揚げればいいわけか、ッ!」
ひょいひょいと、なるたけ一つの床石に長くとどまらないように、彼は件の穴の真下に移動する。彼の予測どおり、その床石も音をたてて上に伸び、やがてその上のスラッシュを、ひとつ上の階に運んだ。
スラッシュ:「――ふうっ」
額に流れ落ちた冷や汗を拭い、彼は五階に足を踏み入れる。
そこはどこか、それまでのフロアとは違って見えた――感覚的な言い方をすれば、そこには敵意がなかったのだ。
四階から登ってきた、上下する床石を交差点にした、十字の通路。スラッシュの正面には、上へ通じる階段らしきものが、登ってくれとばかりに据え付けてあり、左右からは強い風と、光が流れてくる。吹き抜けになっているのだ。ちょうど塔の真ん中あたりに位置するであろうこの階は、冷たい灰色の塔の空気穴、ともいえる階らしい。
そして、振り向けば、黒い巨大な碑。
彼は階段へ急ごうとしたが、そこに重要なヒントがある可能性を思いつき、階段とは反対方向に歩いて、なにか文字の刻まれたその石碑に目を近づけた。
スラッシュ:「……これは――」
アルファベットのようだが、その並びは見慣れない。古代のひとびとが使った言葉だろうか、そこに何が記されているのか、スラッシュには解読できなかった。諦めて階段へ行こうとしたそのとき、彼は文字の下にもう一つ、手書きのなにかが記されていることに気がついた。
スラッシュ:「誰かが……前に、書いたのか……?」
翻訳のために、鉛筆かなにかで書き込んだのだろう、ひとつひとつ、単語の下に意味が書いてあり、完全な訳ではない。しかしその単語をつなぎ合わせ、青年はだいたいの意味を理解した。
歯車の奏でる音は、双子の塔のうたう声。なんじは歌に導かれ、天へ昇る。
そんなことが、書いてある。
スラッシュ:「……やっぱり、あのオルゴールが……」
この手の詩文は、隠喩によって真の意味を隠している。何者かが残した訳文と、探索士としての経験が、スラッシュにその意味を思いつかせた。あの、二階にあったオルゴールは、やはりこの塔を攻略する重要な要素なのだ。
スラッシュ:「でも、どうしてあれは……?」
だとしても、なぜオルゴールで発動した近道は、不完全なものだったのだろうか。彼は石碑の前で腕を組み、いま一度、自分の持っている、この塔に関する情報を拾い集めた。
――さあ起きなさい、ガーゴイル、その胸に光を抱いて
――その声は、双子のしるしを持っている
スラッシュ:「……しるし」
この近辺に伝わるという歌が、頭をよぎった。
『声』が、オルゴールを意味するのならば、双子のしるしとは、何のことだろう。
スラッシュ:「まだ……調べ足りない……な」
彼はしばしそこに立っていたが、やがて反対側の階段へ向かい、六階へと昇っていった。
【3】ウィンショーの双塔・六階:遺(ゆい)
階段を登った先は、迷路のような通路だった。下と違い、あきらかに罠の隠れている気配がする。スラッシュは念のため短剣を抜き、そろそろと歩き出した。
スラッシュ:「…………っと」
がくん、と床が凹み、スイッチの入る音がしたかと思うと、足元から何かが突き出してきた。槍か何かだ、と瞬時に思いながら、スラッシュはそれを避ける。この手の罠なら、探索士である彼の敵ではない。
思ったとおり突き出した針が引っ込んだのを確認し、彼は先を急いだ。行く手にも同じく、壁から飛び出す槍や、突然襲い掛かるでこぼこした巨大な棍棒などの罠が見て取れたが、スラッシュはそれを、仕掛けを外したり、巧く避けたりしながら、順調に歩みを進めていった。
スラッシュ:「……こういうオーソドックスな罠だと、こっちも助かる…な」
これまでに比べれば、得意分野にストライクだ。
彼は時折方向を見失いそうになりながらも、どうやら上への梯子らしきものを発見した。
スラッシュ:「!!」
梯子の手前、壁から突き出した槍に、何か大きなものが突き刺さっている。
それが、白骨化した屍体だということは、飛び出した衝撃でばらばらと、その骨と服とが床に落ちたことですぐに知れた。
スラッシュ:「……さっきの……死んでいたのか……」
おそらく、生身のままで刺さり、壁に収納された後、長らくここを通るものがなかったのだろう。槍が引っ込んだのち、その屍といっしょに落ちた、開きっぱなしの古い手帳の筆跡を見て、彼は呟いた。この塔に関することが書き記されているらしいそれを手にとり、最期に記されたらしい、血糊で滲んだ頁を覗く。
スラッシュ:「……遺書…か?」
槍の刺さりどころが良かった―悪かったと言うべきかもしれない―ために、身動きが取れなくなってからもしばらく意識はあったのだろう。そこには、ともに来た仲間に宛てたらしい文章があった。
『やっと謎を解いたおまえには申し訳ないことをした。双子の塔は揃って歌わなければならないのに、ここまで来て動けなくなってしまって、本当にすまない。おまえと宝を見るという約束は、どうやら果たせそうにな』
中途半端に途切れた文字のあとは、力なく這うインクの線しかない。
スラッシュは寸時、思い半ばで息絶えた過去の探検家を悼んだが、その手記に残されたヒントを見逃しはしない。
スラッシュ:「双子の塔…揃って?」
同じようなことが、あの歌にもあった気がする。
スラッシュは考え、ふと一つのことを思い出した。
スラッシュ:「……そういえば」
ウィンショーの双塔。双、の名のとおり、ふたつの塔が並び立っている。
そして、両の塔は『まったく同じ作り』だという。ならば、反対側の塔にも、同じ仕掛けがあるはずだ。上下する床も、見えない壁も、あの、心地良いオルゴールも……
――そろってふたりが歌ったら、光を抱いたガーゴイル
――そろってふたりが
スラッシュ:「そうか……!」
スラッシュははたと思い当たり、思わず膝を叩いた。
その仮説を早く証明したくて、彼はすぐ、上への梯子に手をかける。もし彼の思いついたことが本当なら、次の階に、それを証明するものがあるはずだった。
【4】ウィンショーの双塔・七階:独(ひとり)
スラッシュ:「……!!」
階段を登りきった先には、古代文字で七を表す字――『VII』が記されている。
スラッシュはその文字に導かれるように、謎を解く鍵をひらめいた。
スラッシュ:「双子の――しるし、そうだ、この階のどこかに……ッ」
V、II、と分解されるその文字、そして『II』は、古代より伝わる占星術で、『双子宮』を表す記号だ。
声は、双子のしるしを持っている――と、あの歌は言っている。ひとつめのオルゴールがあった二階には、『II』と記されていた。つまり、双子宮のマークをその数字に含む階に、オルゴールは置かれているのではないか。
そして、八階建てのこの塔で、古代文字で記した場合にこの記号を持つ階は、二階とここ、七階しかない。
スラッシュ:「あった……」
スラッシュの読みは、当たった。
複雑化した通路の奥、やはりフロアの真ん中にあたる場所に、二階のとそっくりなオルゴールが置かれていたのだ。
はやる心を抑えて、ねじを巻く。シリンダーが回り、下のとはちがっているが、これまた心地の良い音楽が、あたりを包み込んだ。
スラッシュ:「……む?」
しかし、二階とは異なり、どこからも、梯子が落ちてくる気配はない。
そのことでスラッシュは、もう一つの仮説も、確信するに至った。
スラッシュ:「成る程、な……あっちの塔も、鳴らさなければ……八階には行けない、わけか」
双子の塔はなぜ、同じつくりなのか。それは、同じ仕掛けを、同時に発動させて、なんらかの効果を出すためではないか。そしてその効果とはおそらく、最上階の宝にたどり着くための、道を開くもの……
子供が歌っていた歌、先人の遺したメモ、そしてスラッシュ自身の冒険により、彼はその答えにたどり着いたのだった。
スラッシュ:「最低、ふたり……か……」
しかし、彼は、これ以上先に進めないことも、また悟っていた。
たった一人、誰の力も借りずにここまでやってきたスラッシュは、向こうの塔に仲間がいるわけではない。出直して、どこかで仲間を探さなくては。それも、途中の罠にへこたれない、力のある相棒を。
スラッシュ:「まったく……手間のかかる双子、だ」
スラッシュはいまいましげに呟いたが、しかし、口の端で笑ってもいた。
あと一度で、宝を目にすることが出来る。そう考えると、ここまでの労苦が報われる気がした。それに、ここまで骨を折ったこのダンジョンに、どこか親しみを覚えてもいるのだ。
彼は次の、おそらく最後になるであろう挑戦のことを思いながら、ゆっくりと元来た道を戻りはじめた。
―了―
【ライターより】
こんにちは、SABASTYです。二度目の挑戦、ありがとうございました。
本来なら今度こそ宝に辿り着くべきなのですが、「双塔」という設定を生かしたく、結果あとひとつ続けることになってしまった力不足をお詫びいたします……;;
前回に引き続き、クールなスラッシュさんを書けて楽しかったです。
それでは、またの冒険をお待ちしております。
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