<聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記>


壊れた人形
「申しわけありません……冒険者の方々の集まる店、というのはこちらでよろしいのでしょうか?」
 黒山羊亭に、あきらかに黒山羊亭の持つ夜の雰囲気にはそぐわない、まじめそうな感じの、白衣を着た男性が入ってきて言った。
 男性は明らかに意気消沈している様子で、それは見ていて痛々しくなってくるほどだった。
「実は、冒険者のみなさんにご依頼差し上げたいことがあるのです。私は町外れで自動人形を作っております、スタイナーと申します。実は私の作った人形が、どういうわけか暴走してしまったのです。ですから……あの子が他の人間に迷惑をかけるまえに、どうか破壊して欲しいのです」
 言いながら、男性は目に涙を浮かべていた。
「彼は……私の最高傑作でした。亡くなった妻に似せて作ったのですが……」
 スタイナーの憂い顔のわけは、どうやら、その人形が妻に似せて作ってあるからのようだ。だが、『彼』というからには、どうやら人形というのは男性形をしているようだ。
「どうか……どうか、お願いいたします」
 そうして、再度、スタイナーは深々と頭を下げたのだった。

「……人形を、破壊すればいいんですか?」
 しばらくして、大テーブルで6人の冒険者たちと語り合っていたスタイナーが席を立ったところを見計らい、不安田は声をかけた。
「え? ああ、はい。あなたは?」
「不安田です。暗殺拳士をしています」
 不安田は小声で名乗った。それを聞くと、スタイナーは一瞬驚いたような表情をしたあとで、真剣な面持ちになって不安田を見つめてきた。
「その、暴走しているという人形……頭を持ち帰ればいいですか」
「……はい」
 しばしの逡巡の後、スタイナーはうなずく。
「わかりました。あとで、家まで人形の首を持ってうかがいます」
 不安田がうなずくと、スタイナーも泣きそうな顔でうなずいた。
「ところで、いくつかお聞きしたいことがあります。人形の情報と、今はどのあたりにいるのかの予測をお聞かせ願えればと思うのですが」
「彼は、外見は15,6歳ほどです。髪は肩ほどまでの淡い金髪で、瞳には翡翠を使っています。精巧につくってありますから、服を脱がせたり、触ってみたりしないかぎりは人間と区別はつきません。逃げた場所は……多分、天使の広場だと思います。あそこは、妻との思い出の場所ですから……。護身用に投擲用のナイフを持たせてあるほかは、特に武器などは持っていません」
「……わかりました」
 不安田はうなずいた。
 スタイナーは頭を下げると、そのまま黒山羊亭から出て行く。
「天使の広場、か……夜に待ち伏せるほうがいいですね」
 不安田は小声でつぶやくと、スタイナーのあとに続き、黒山羊亭から出て行った。

「もう、すっかり人気もありませんね」
 辺りを見回しながら、アイラスは言った。
「まあ、その方が面倒がなくていいな」
 ジェイは皮手袋に包んだ両手をわきわきとさせながら鼻を鳴らす。
「だが、どこにいるのだろうな。その、人形というのは……いくら闇の中とはいえ、金髪というのはかなり目立ちそうだ」
 剣に手をかけ、フィセルがつぶやく。
「そーだな、このあたりには隠れる場所はねぇだろうしな……」
 腰に手を当ててケイシスも辺りを見回す。
「素直に呼んでみたら、案外出てきたりしてね?」
 サリエルが皮肉げに笑いながら言う。
「……どうやら、呼ぶまでもなかったようだ」
 見れば、葵の指した先に、ふらりふらりと歩いてくる金色の髪をした少年の姿があった。
 ゆるくウェーブのかかった金色の髪に、夜闇の中でも輝く翡翠の瞳。妻に似せて作ったというのが本当であるなら、スタイナーの妻というのはよほどの美人だったに違いない。
 少年は広場の入り口に立っている6人を見ると、不思議そうに首を傾げた。
「こんな夜中に、お散歩ですか?」
 少年の口から出たのは、意外にも穏やかな言葉だった。
 それに安堵して、アイラスは少年に向かって微笑みかける。
「いえ、実は、スタイナーさんから頼まれて……」
「スタイナー!?」
 その瞬間、少年がぱっと身を翻した。広場の別の方面の出口へ向かって駆け出す。
「待って、キミは本当にそれでいいの!?」
 サリエルが少年の背中に声をかける。だが、少年は止まらない。
 それを見た葵が、手をひと振りする。すると、広場の真ん中に設置されている噴水の水が伸び上がって、まるで意志を持っているかのようにうごめく。
「行け」
 葵が命じると、水はするすると少年の方へ伸びていく。そうして、水が少年の足をからめとった。少年はバランスを崩して、その場で転んでしまう。
 6人があわてて少年のもとへ駆け寄ると、少年はまだ抵抗しようとしているのか、水をはずそうと必死にもがいていた。だが、もとはただの水であるため、少年がいくらはずそうとしても効果がないようだ。
「……さて、もう逃げられないよ」
 サリエルが靴音を響かせながら前へ出て、口にしたその瞬間だった。
「……っ!」
 フィセルが剣を抜きながら、少年の前へ飛び出す。
 フィセルの剣が、黒衣の男――不安田の剣を受ける。
「邪魔をしないでいただけますか」
 不安田は短く告げてくる。
「邪魔とは、どういうことだ」
 フィセルが不安田をにらみつける。不安田はそれを見るとふと笑みを浮かべて答える。
「俺はその人形を破壊するように依頼されています。邪魔をしないでもらいましょう」
「なに言ってんだよ、てめぇ!」
 怒りに駆られたのか、ケイシスが不安田に向かって槍を繰り出す。不安田はそれを難なく受けると、穂先をケイシスへ向かって押し返した。
 そこへ、ジェイが殴りかかっていく。
 不安田は足でそれを受ける。
「不安田さん! やめてください!」
 アイラスは思わず叫び声を上げていた。
 不安田はアイラスの姿を認めると、驚いたような表情で目をしばたたかせる。
 そうして剣をおさめると、つかつかとアイラスの方へ歩み寄ってくる。
「どうして、ここに?」
「それは僕のセリフです、不安田さん……どうして、スタイナーさんの依頼を受けたりしたんですか」
 アイラスの口調が、自然と非難するような調子になる。不安田はそんなことも意に介さないようで、首を振った。
「俺は暗殺拳士ですから。破壊して欲しい、と言われたから、依頼を受けた。それだけです」
「……それは、そうですけど!」
 アイラスは叫びながら首を振った。
「でも、ダメです。彼を破壊したってなんの解決にもなりません! 不安田さんは暗殺拳士だから、破壊するように頼まれて依頼を受けるのは当然のことかもしれませんし、それが仕方のないことなのもわかります。でも、僕は、不安田さんは間違ってる、と思います。少なくとも、今は。ダメです。だから、お願いします。今は、退いていただけませんか?」
 普段ならばそんなことを言うことはあまりないアイラスではあったが、今回の件では、スタイナーへの同情があった。いくらスタイナー本人が破壊してくれと言ったとしても、そうしてはいけないのではないのか。そう思ったのだ。
「私からも頼みたい。彼は……依頼人の息子のようなものだ。多少のすれ違いはあったとしても、人間ではないからといって問答無用に破壊していいものではないだろう」
 剣を収め、フィセルが不安田に向きなおる。
「そーだぜ、考え直してくれよ」
 ケイシスも言い募る。
「依頼人にも複雑な事情ってやつがあるらしいからな」
 ジェイも短く言った。
「……なるほど」
 不安田はうなずく。
「では、ここは退きます」
「不安田さん……よかった」
 アイラスはほっとため息をつく。
「……さて、と。じゃあ、ゆっくり話もできるってものだね」
 それまで黙っていたサリエルが、息を吐くと、ゆっくりと少年へと近づく。
「大丈夫、僕たちはキミを壊したりはしないよ。話を聞いてあげるから、言ってごらん?」
 サリエルが怯えた様子の少年に向かって、笑みを浮かべて訊ねた。

「スタイナーさん、いらっしゃいますか?」
 アイラスが、ドアの前で声をかけた。
 あれからしばらくして、一行はスタイナーの家の前にいた。
 葵が水で少年をしばりつけ、その脇には少年によく似た女性が立っている。
 その周囲は、アイラス、ケイシス、ジェイ、フィセル、不安田と、5人が護衛のように取り囲んでいる。
「ああ……依頼は、……」
 どこかやつれた様子のスタイナーが、ドアを開けて出てくる。そして、少年と、少年によく似た女性を目にしたとたん、目を見開いて口をぱくぱくとさせた。
「……ハンナ」
 スタイナーはやっとのことでそれを口にすると、ふらふらと家の中から出てきて、女性へと歩み寄った。
「どうして……おまえは、もう死んだはずだろう? どうして、ここに」
「どうしてかしら。でも、そんなこと、もうどうでもいいじゃない? ね、これからはふたりで暮らしましょう。あれは……私がいれば、もういらないわよね? さ、これであれを壊してちょうだい。私がいれば、人形なんていらないでしょう?」
 ハンナと呼ばれた女性はにっこりと笑うと、スタイナーの手を取って言う。
 スタイナーはしばらく女性を見つめていたが、やがてがくりと肩を落とすと、首を振る。
「……できません」
 涙声でスタイナーは言う。
「この手で壊すなんて……できません」
「……どうして」
 縛られたままの少年が、小さな声で言う。
「おまえは私の息子じゃないか。妻の身代わりでも、なんでもない。私が大切に思っているのはおまえだよ」
 スタイナーの言葉に、少年が目をしばたたかせる。
 きっと、少年が本当に人間であったら、その翡翠の瞳からは大粒の涙が零れ落ちていただろう。けれども少年はただの人形であったから、涙がこぼれることはなかった。
 葵が少年をいましめていた水をほどく。
 少年は駆け出して、スタイナーに抱きついて、その胸に顔を押しつけた。スタイナーはやや迷うような仕種をしていたものの、すぐに、その少年を抱きしめ返す。
「ごめんなさい。もう、僕、逃げたりしないから……いい子にしてるから。そばにいさせて。……おとうさん」
 その言葉にスタイナーはうなずくと、少年の頭をなでてやる。
「……よかったな」
 ジェイが小さくうなずく。
「ええ、本当に。……さて、それじゃあ僕はそろそろ帰ろうかな。仕事もあるし」
 ふんわりとした笑みを浮かべた女性は、言葉の途中から、サリエルの姿へと変わる。
 そう、スタイナーの心を試したいと、サリエルは魔法の力で女性の姿へと変身していたのだ。
「もう夜も遅いし……眠くなってきたな。帰るか」
 不安田が伸びをして、あくびをしながら言う。
「そういえば、僕もなんだか眠くなってきました。もう、夜も遅いですよね」
「私もだ。言われてみれば、もう遅いな」
 アイラスとフィセルも口々に言った。
 今日は特に動き回ったというほどのことはないのだが、なんだか、疲れてしまった――そんな感じなのだった。
「うまくおさまったことだし、宿に帰らせていただこう」
 葵も微笑みを浮かべながら、踵を返す。
「じゃあ、お幸せにね」
 ひらりひらりと手を振って、サリエルは歩き出す。
 その脇に、ケイシスが並んだ。
「そーいやさ、気になってたんだけど。もしもあそこで依頼人が人形を壊そうとしてたら、どうしてたんだ?」
「そうだな……きっと、殺してたと思うけど?」
 本気とも冗談ともつかない口調でサリエルが言う。
「怖いなー」
 ケイシスはそれを冗談と取って、豪快に笑う。
 去っていく冒険者たちのことは気に止めた様子もなく、スタイナーと少年人形はこれまでに足りなかった言葉を、少しずつ交し合っていた。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【1679 / サリエル / 男 / 17 / 魔道士 兼 男娼】
【1217 / ケイシス・パール / 男 / 18 / 退魔師見習い】
【1720 / 葵 / 男 / 22 / 暗躍者(水使い)】
【1563 / ジェイ・オール / 男 / 14 / 武闘家】
【1378 / フィセル・クゥ・レイシズ / 男 / 22 / 魔法剣士】
【1649 / アイラス・サーリアス / 男 / 19 / 軽戦士】
【1728 / 不安田 / 男 / 28 / 暗殺拳士】

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■         ライター通信          ■
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 はじめまして、発注ありがとうございます。今回、執筆の方を担当させていただきました、ライターの浅葉里樹と申します。
 今回、人形の破壊を目的に参加されたのは不安田さんだけでしたので、他の6人の方とは別行動という形を取らせていただきました。
 普段はやわらかな雰囲気のPCさんとのことでしたが、仕事中ということでややかためな感じに書いてみたのですが、いかがでしたでしょうか。お楽しみいただけていれば、大変嬉しく思います。
 もしよろしかったら、ご意見・ご感想・リクエストなどがございましたら、お寄せいただけますと喜びます。ありがとうございました。