<聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記>
過去を見せる鏡
「黒山羊亭、というのはこちらでよろしいでしょうか?」
言いながら黒山羊亭に入ってきたのは、黒いローブを着た小柄な少女だった。腰まで届くつややかな長い髪と、つり気味の青い瞳が印象的な少女だ。
「わたくし、町外れで魔法使いをしております、レーテと申します。実は先日、魔法で『過去を見せる鏡』をつくったのですが……実験台になっていただける方を探しておりますの。もしよろしかったら、どなたか、実験台になってはいただけませんでしょうか?」
レーテはゆっくりと店の中を見回す。
「その鏡は、ただ過去を見せるだけのものではございません。ご自分のご意志で、過去を変えることもできます。もちろん、『もし過去を変えていたらどうなったか』を見せるだけで、現在が変わることはありえませんけれども……」
レーテは静かにつけくわえると、艶然と微笑んだ。
天から雷が降ってきて、近くに生えていた木をなぎたおした。
足がすくんで動けない。
これと似た光景を、前にも見たことがある――エルダーシャはそう思った。
そう、これはかつて一度見た光景だ。
自分が不老不死になる前に――そこまで考えて、エルダーシャは自分がレーテの鏡をのぞきこんだのだということを思い出した。
そう、過去を見せる鏡だ。自分は、あの鏡をのぞいて、そして願ったのだ。あのとき――自分が不老不死になったあのときのことを見たい、と。
「だとしたら……」
エルダーシャは顔を上げた。
大丈夫だ。
あのとき、自分は神さまのもとへ行くまで、傷ひとつ負わなかった。
これが過去を見ているだけなのならば、自分が傷つくことはない。
そして、エルダーシャは走り出した。あのときの再現をするために。
かつて――エルダーシャの住んでいた村には、二柱の神がいた。
人の姿をした神と、球体の姿をした神と。ふたつの神は心臓を共有していて、どちらかが死ねばもう片方も死ぬ、という関係なのだと聞いていた。
二柱の神はエルダーシャの村を守ってくれていたのだが、あるとき、突然暴れだした。
あの優しかった神がどうしてこんなことをするのかわからなくて、驚いたエルダーシャは問いただそうと神殿へ向かったのだ。
「神さまっ!」
そうして、神殿にたどりつくと、扉を開きながらエルダーシャは叫んだ。
神殿の奥には神がいた。どこかうつろな様子で、窓の外を眺めながら力をふるっている。
「……えるだー……しゃ?」
エルダーシャの呼びかけに答えて、神が振り返った。エルダーシャはほっと息を吐いて、神へと駆け寄る。
「神さま……どうして、こんなことを……」
エルダーシャが問い掛けると、人の姿をした神はうっすらと笑みを浮かべ、球体の姿をした神はわずかに身を震わせた。
神は手を合わせると、そっと広げる。するとその間に、みるみるうちに剣が創りだされていく。
「エルダーシャ……、この剣で……私を、殺しなさい」
人の姿をした神が、エルダーシャへ向けて剣を差し出す。
エルダーシャは指先の震えを必死におさえながら、その剣を受け取った。
「この剣で……」
あのときは、エルダーシャはそれを拒んだ。
そうしているうちに神がまた暴れだして、エルダーシャは取り込まれかけた。
そのときに早く殺せとせかされて、自分もともに死ぬ覚悟で胸に剣をつきたてたのだ。
そして、不死の呪いをかけられた――
だから、もしもあのとき、すぐに神を殺していたならどうなったのか、エルダーシャは知りたかった。
どうして神はあんなことをしたのだろうかと、エルダーシャの中ではずっとわだかまっていたから。
「……わかりました」
エルダーシャは顔を上げると、剣の柄をにぎりしめた。
剣を振りかぶって、球体の姿をした神へと振り下ろす。
剣が神を切り裂いた瞬間、空気がびりびりと震えた。人の姿をした神が苦悶の表情を浮かべながらも、エルダーシャに向かって微笑みかける。
「え……?」
そんな表情は予想していたものではなくて、エルダーシャは小さく声を上げた。
自分は、自分に魔法を教えてくれたり、村を守ってくれたりしていた神さまを殺したのだというのに。
それなのに、どうしてそんな顔をするのだろう。
見つめていると、人の姿をした神の口が小さく動く。
――ありがとう。
そう言っているように、エルダーシャには思えた。
「どうして……ありがとうだなんて」
神はその問いには答えずに、笑みを浮かべた。
憎まれて呪いをかけられたのだと思っていたのに、それなのに、どうしてこんな顔をするのだろう。
自分は傷ひとつ負っていないはずなのに、なんだか胸が痛くてたまらなかった。
エルダーシャは剣から手を離すと、そっと、二柱の神を抱きしめた。
アイラスは目を覚ますと、まだ鈍っている頭を目覚めさせるかのようにゆるくかぶりを振った。
見ると、一緒にレーテの家までやってきた3人も、それぞれに伸びをしたりあくびをしたりしている。
「……お目覚めですか?」
レーテはトレイにティーカップを4つ、乗せていた。それを1つずつ配りながら、優しく微笑みかける。
「……レーテさん」
そんなレーテに、ルーセルミィが眉を寄せながら声をかける。
「こんなものを作ってなにがしたかったの? 現在も変えられない……ただ、過去を見るだけの鏡なんて。意味がないんじゃない?」
ルーセルミィの言葉に、レーテは一瞬、目を見開く。そしてそのあとで微笑みを浮かべて、ルーセルミィに視線をあわせた。
「たしかに意味はないかもしれませんね。でも、それが心のなぐさめになる場合もありますから」
「ええ……あの。私……過去を見ることができて、よかったです。あれがただの夢じゃなくて、本当のことだってわかったから……。レーテさん、ありがとうございます。私、この世界で彼のことを探してみます!」
リラの言葉に毒気を抜かれたのか、ルーセルミィが黙り込む。レーテは微笑みを浮かべてリラに近づくと、その頭をそっとなでた。
「よかった。あなたのような方の役に立てて、私も嬉しいわ」
「私も、なんだかよかったような気がします〜。ねえ?」
エルダーシャがほんわりとした様子でアイラスに話を振ってくる。
「ええ、そうですね」
アイラスは笑顔でうなずく。
別の道に進んだ自分の姿、というのはなかなかに興味深いものがあった。
「あの、鏡について色々聞いてもかまいませんか? 仕組みなんかに興味があるんです」
アイラスはカップに口をつけながら、レーテに向かって声をかけた。レーテはうなずく。
「それでは、みなさんもご一緒にいかがですか? ケーキも用意いたしますから」
「ケーキですか〜。いいですね〜」
エルダーシャがにこにこと言う。ひかえめながらも、リラもなんだか嬉しそうだ。
「ルーセルミィさんもいかがですか?」
レーテがルーセルミィに声をかける。
ルーセルミィは眉を寄せて考え込んだあとで顔を上げて、
「……別に、ケーキに釣られたわけじゃないからね!」
と宣言する。
けれどもその言葉とは裏腹に腹の虫がかわいらしく鳴いて、ルーセルミィは真っ赤になる。
アイラスはそれを聞かなかったふりをしながら、顔をそむけてこっそりと笑った。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【1780 / エルダーシャ / 女 / 999 / 旅人】
【1649 / アイラス・サーリアス / 男 / 19 / 軽戦士】
【1411 / ルーセルミィ / 男 / 12 / 神官戦士(兼 酒場の給仕)】
【1879 / リラ・サファト / 女 / 15 / 不明】
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■ ライター通信 ■
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こんにちは、3度目の発注ありがとうございます。今回、執筆を担当させていただきました、ライターの浅葉里樹です。
今回はほとんど個別な感じのシナリオだったのですが、いかがでしたでしょうか。エルダーシャさんも昔は普通の村娘さんだったのかな、と思い、口調なども現在に比べると少しのんびり加減がマイナスされた感じにしてみたのですが……。お楽しみいただければ、大変嬉しく思います。
もしよろしかったら、ご意見・ご感想・リクエストなどがございましたら、お寄せいただけますと喜びます。ありがとうございました。
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