<PCクエストノベル(1人)>


幸福の在り処
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【冒険者一覧】
【 1753 / ヴァリカ / 占い師 】

【助力探求者】
【なし】

【その他登場人物】
【ワーウルフ】

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▼0.
 聖獣界ソーン―――夢と現実の狭間にあるとされ、起源も判らぬ其処には、様々な種族が混在している。姿形が様々であるように、そこに居る目的もそれぞれ違う。例えば、まだ誰も知らぬ地を求めて冒険をする者。冒険者たちを癒す者。治める者。そして、“何か”を護るため、その地に永久的に留まる者―――
 封印の塔に留まるケルノイエス・エーヴォは、その地に留まることと引き換えに永遠の若さを手に入れた。一見すると美青年だが、かなりの年齢である。しかし、塔から出られないために世間の情報に疎く、時折訪れる冒険者から話を聞くことを楽しみにしている。
 塔に入るためには、まず、ソーンでの土産話を用意しなければならなかった。



▼1.
 聖獣である占い師・ヴァリカは、封印の塔へ行き、一目でケルノを気に入った。しかし、噂通りにケルノは外の世界の話をせがむ。会う度、何か話すことを用意しなければならなかった。きっとケルノは外の話なら些細なことでも楽しむだろうと思うが、どうせなら何か面白い、聞き甲斐のある話をしたいものだ。
 ならば、とヴァリカは自分で冒険に行くことにした。この世界、冒険者は数多く、皆酒場などで冒険談を声高に話すものだ。そういった話ならば、きっと、ケルノも目を輝かすことだろう。
 折角行くならば自分も楽しめる場所でないと、と思い色々と調べてみると、この世界で一処に留まるのは何もケルノだけではないということを知った。皆、何かの思惑で――大抵は、其処にある何かを護るために――ずっとその場所に留まっているらしい。ケルノも同じ立場の者の話なら楽しめるのではないだろうか。
 ヴァリカがまず手始めに選んだのは、コーサ・コーサの遺跡。もとは修道院であったその遺跡は今は蔦が絡まり、瓦礫と化している。しかしその中央に位置する庭には今でも滾々と水が沸き出で、しかも、その水に触れた者には富と幸福が約束されると云う。もちろんそんな話が簡単に上手くいくはずがなく、そこには番人が居て、近付く者の心を読み取るという話だ。悪しき心で近寄れば、番人であるワーウルフ・『コーサの落とし子』の大鎌によって命を落とす。
 何処まで本当かは判らないが、是非ともその半狼半人の護神・ワーウルフに会って話がしたい。その水とやらに興味はないが、そのワーウルフが本当に心を読み取るというのならば大丈夫だろう。
 もし違っていても、そいつの望まぬことはしない。とは云え、基が好戦的なヴァリカのことだ。こちらの云い分を信じないのならば仕方がない、勝負でも何でも受けようと心に決めてエルザードを発った。
 


▼2.
 何と表現したら良いものか、コーサ・コーサの遺跡に足を踏み入れると、其処は幻想的な雰囲気に包まれていた。元は修道院なだけあって、瓦礫と化してすら何処となく威厳が漂う。
 ―――静謐。まさに、その言葉が似合う場所だった。
 しかし、残念ながらヴァリカはそんな雰囲気を味わうような趣味は持ち合わせていなかった。きっと懐古趣味の者ならば舞い上がるほどのものだとは思うが、ましてや今回の目的は観光などではない。ヴァリカは湧き出る水とやらを探してきょろきょろと周囲を見渡した。
 風が戦ぐ音だけが辺りを支配していて、瓦礫の合間を虚しく通り抜ける。人がいなくなるだけで、建物は見る間に老朽化すると云うが、それにしてもすごい荒れ果て様だな、とヴァリカは遺跡の姿を目に映しながらぼんやりと考えていた。汚いのとは違う、けれどどこか荒んだ空気が淀んでいるような気がした。
 段々とこの修道院が遺跡となってしまった経緯が気になりだしたその頃、通り過ぎゆく風の音に混じって、ぴちゃん、と云う音が響いているのが聞こえた。それは今まであった風の音とは違う、はっきりとした響きだった。
 ―――水の音だ。
 ヴァリカは、迷うことなくその音源へと近付いた。

ヴァリカ:「ここか……」

 其処だけ、まるで切り取られたかのように瓦礫が消え果てていた。
 草花は手入れをする者がないのか、伸び放題に生えていたが、それでも以前はきちんと整えられた庭だったのであろうことが窺える。
 その中心に、まるで草花に護られるかのようにして小さな泉地があった。
 途切れることなく湧き出るその水は、また何処へ消えるのか、泉の水がそれ以上増える様子はない。触れる者に富と幸福を与えるという、清冽な泉。
 ヴァリカはその正面、少し離れた場所で、どうしたものかと考えあぐねていた。
 水には興味がない。富と幸福よりも、ヴァリカは現れる筈のワーウルフに会いたいのだ。しかし、ワーウルフは悪しき心を持つ者に大鎌を携えて現れると云うし、ヴァリカは興味がない以上悪しき心は持ち合わせていない。

ヴァリカ:(……呼ぶか?)

 おい、とでも声を掛ければ現れてくれるだろうか。
 半ば本気でそう思いながら、とりあえずもう少し近寄ってみることにした。もしかしたら襲いかかってくるかも知れないから、構えた方が良いのだろうかと思う。しかし、それはそれで野心があるのかと思われそうだし……と、恐る恐る、流石に構えはしないもののいつでも対向できるように気を張り詰める。
 しかし、泉の目の前まで来ても何も起こらなかった。
 何処か拍子抜けしたヴァリカは、そのまま暫くの間突っ立っていた。まさか水に触れて、富と幸福を手に入れても困るし……いや、別に何も困ることはないか、とただ湧き出る水を見つめていた。
 どのくらい、そうしていたことだろうかと思う。
 伸びに伸び、何処か歪な形をした茨の隙間から声がして、ヴァリカは抜け始めていた気を張り詰めた。

???:「……何をしている」
ヴァリカ:「おまえがワーウルフか?」
???:「そうだ。水には興味がないらしいが、じっと動こうとしないお前にいい加減痺れを切らせてな、こうして声を掛けたというわけだ」
ヴァリカ:「半狼半人の護神は、割と短気なんだな」

 ヴァリカの言葉に少し笑う気配がして、ワーウルフ・『コーサの落とし子』は草木の合間から姿を現した。

ヴァリカ:「こう……異空間からいきなり現れるものかと思っていた」
ワーウルフ:「野心家が近寄れば、不意をつくためにそうすることもある」
ヴァリカ:「なるほど」
ワーウルフ:「何と云うか……初めてだよ。そんな動機で、何の策略もなく此処まで来た奴は。ましてや、その目的が私などとは」
ヴァリカ:「そうか。お前は俺がどうして此処へ来たかも判るのか?」
ワーウルフ:「“私と話したい”というのは判るが、それがどうしてだかは判らない。……どちらにせよ、此処へは極たまに野心溢れる冒険家が訪れるだけだ。話してみればいい」
ヴァリカ:「ほお……」
ワーウルフ:「何が目的だ。富や名誉が欲しいわけではないのか」
ヴァリカ:「ああ、訊きたいことがある。お前は此処から出たことがあるのか?」

 ヴァリカの言葉の真意が計りとれなかったらしく、ワーウルフは少し逡巡するようにして頷いた。

ワーウルフ:「私は『コーサの落とし子』。このコーサ・コーサの遺跡以外で、生きる場所などない」
ヴァリカ:「そうか……外に出たいと思うことは?」
ワーウルフ:「どんなものだろうかと、思いを馳せることくらいはあるが。何より外の世界というものを知らぬ。そして、此処には使命がある。私は此処を離れたいと思ったことは一度もない」
ヴァリカ:「そんなものか」
ワーウルフ:「何故、そのようなことを?」
ヴァリカ:「ああ、ケルノ……と云っても知らないか。封印の塔という場所があってだな」
ワーウルフ:「それは聞いたことがあるな」
ヴァリカ:「そうか。そこはまあ、呪いのアイテムをその名の通り封印するための塔なんだが。そこに、ケルノという塔守の青年が居るんだ」
ワーウルフ:「青年?」
ヴァリカ:「と云っても、そこから出られない代わりに老いることがないから、実際の歳は結構なものらしいが。俺はケルノと知己なんだが、ケルノは外の情報に疎くて、俺に話をせがむ。そこで、同じように番人の者を訪れて話を聞こうと……」
ワーウルフ:「私の下を訪れたというわけか」
ヴァリカ:「ああ」
ワーウルフ:「気持ちは判らないでもないがな……。確かに、その青年の話には惹かれる。だが私は私で、此処を離れることがない。話せることなどないぞ」
ヴァリカ:「あるだろう。此処にだって、時折だろうが色々な奴が来るんだろう。俺もどんな奴が来て、どんなことが起きたのか聴いてみたいしな」
ワーウルフ:「物好きだな……まあ良い。他人と触れ合うなど、戦うことくらいしかしていない。こうして話をするのも久しい」
ヴァリカ:「戦ってばかりというわけか」
ワーウルフ:「時に、私は見守るだけの場合もあるが。大抵は、欲に目が眩んだ者達ばかりだ」
ヴァリカ:「実のところ、俺はおまえと戦う気満々だったわけだが」
ワーウルフ:「それは悪かった、気を削いでしまったな。それでは、お手合わせ願おうか。そうしながらでも話は出来る」
ワーウルフ:「それは良い。此処まで来た甲斐があった」

 野心溢れる冒険家を、数多く相手にしてきたワーウルフだ。手ごたえがあるに違いない。

ヴァリカ:「あ……忘れてたが、大鎌はナシだ」
ワーウルフ:「もちろんだ」

 この修道院のかつての姿、そして、崩れ落ちてゆく様―――。
 身体を動かしながら、ワーウルフは全てを見てきたとヴァリカに告げた。奇跡の水は時に人を幸せにし、時に残忍なものへと変える力を持つ。触れる者に富と幸福を齎す水は、しかし、その近くに居て水を護ってきた者に、必ずしも幸福を与えたわけではなかった、と。
 もしかしたら、遺跡を取り巻く空気が荒んでいたのも、その所為かも知れなかった。
 次第にどちらともなく息が上がってきて、ヴァリカとワーウルフは動きを止めた。

ワーウルフ:「たまには良いものだな。こういうのも」
ヴァリカ:「また来るさ。俺は、『世界番人ツアー』を敢行中だからな」
ワーウルフ:「何だそれは」
ヴァリカ:「話し相手くらいにはなってやる」

 ワーウルフは少し驚いたような顔をして、少し何かを迷うようにした後、吹っ切ったようにヴァリカに告げた。

ワーウルフ:「ケルノ殿はきっと、外の話もそうだろうが、お前と話をする、そのこと自体が楽しみなんだろうな」
ヴァリカ:「そうか?」
ワーウルフ:「ああ……何なら、この水に触れていくか? お前ならば、その身を滅ぼすこともなかろう」
ヴァリカ:「いや、遠慮しておこう。また来るし、もし触れたくなったらその時で良い」
ワーウルフ:「そうか……なあ、もしケルノ殿に私の話をするのなら、一つ伝言を頼まれてくれないか」
ヴァリカ:「良いだろう。何なら、ケルノとの橋渡しになっても良い。番人同士、交流を持つのも良いんじゃないか?」
ワーウルフ:「それも良いな。では、一つ。迷いながら生きるよりは、自分の居場所を見つけられた俺たちは、それこそ幸福なのかも知れない、と」
ヴァリカ:「なるほど……そうかも知れないが」
ワーウルフ:「頼んだ」
ヴァリカ:「ああ、引き受けた」

 半狼半人のワーウルフは、表情が判り難い。だが、間違いなくその時は満ち足りた顔をしていたと思う。
 風が大きく吹いて木々がざわめいたかと思うと、既にワーウルフの姿はなかった。ヴァリカはもう一度泉の正面に立ち、「では、また」と呟くと、名残も何もなくその場を立ち去った。
 荒れ果てた、風が吹き抜けるばかりの遺跡の中、だが確かにその場を護る神の息吹を感じながら。
 ヴァリカの『世界番人ツアー』は、まだ始まったばかりだ。



END.