<PCクエストノベル(1人)>


ハルフ温泉騒動記〜湯けむり旅情編〜

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【1771 / 習志野茉莉 / 侍】
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<1>

 習志野茉莉は、酒に目がない。
 こうはっきりと言うと当人はあまりいい気分はしないかもしれないが、それは事実である。
 この冬も冷え込みが厳しい日が続いている。そんなときは温かい温泉にでも浸かって、のんびりと体を休めたいものだ。ついでに酒が飲めれば言うことはない。
 そんなことを思っていた矢先、温泉で有名だというハルフ村の噂が小耳に入る。なんでも、風光明媚な土地柄に加えて、何よりも茉莉の心を引いたのは旨い酒を出す宿があるという。
 そうと聞いては黙っておれず、茉莉は早速ハルフ村へとやってきた。

茉莉:「ふむ……なかなかいい部屋だな」
 ハルフ村に到着したときには、もう日は暮れていた。さっそく噂の宿に向かってみると、けっして大きくはないが逆にそれがほっとさせてくれる。案内された部屋も小綺麗にまとまっており、茉莉の趣味に合っている。
茉莉:「すまないが、夕食はもう食べられるのだろうか?」
宿の人:「申しわけございません、もうしばらくお時間の方をいただけますでしょうか」
茉莉:「そうか。ありがとう」
宿の人:「いいえ、どうぞごゆっくり」
 茉莉の荷物を置くと、宿の人は部屋を出ていく。さて、夕食の時間までまだあるようだが……。
茉莉:「さて、特にすることがあるわけでもなし、さっそく温泉にでも入るとしようか」
 着替えその他を手早くまとめ、部屋を出る。途中食堂によって噂の酒を持参していた大ぶりの徳利に分けてもらう。そうしていざ温泉にやってきた茉莉は、目の前の光景に口元が緩むのを抑えきれない。
茉莉:「ほう……これはなかなかの絶景だな」
 露天のその温泉は、村を見下ろす雪山を借景にするように作られている。日本のそれとは趣は違うものの、茉莉を満足させるには十分だ。
茉莉:「少々温めか……ゆっくりと入れそうだ」
女性客:「あら、こんにちは」
茉莉:「お邪魔する」
 先に入っていた女性客に挨拶し、持ってきたお盆に徳利と猪口を乗せて浮かべる。見るとその女性は、それに興味深そうな視線を向けていた。
女性:「お酒、ですか?」
茉莉:「ええ。日本では温泉の楽しみというと、まずこれがあがる」
女性:「なら、この村は最高でしょう?」
茉莉:「まったくだ」
 答えて、猪口の酒を呑む。透明なそれは喉を過ぎるとともに、強烈な熱さがお腹の中から身体を灼いていく。
茉莉:「これは……かなり強烈だな」
女性:「ここの蒸留酒、すごく強いので有名らしいですよ。それでは私はお先に」
 温泉から上がった女性に軽く頭を下げ、それから茉莉は持ってきた徳利が空になるまで、酒と温泉をじっくりと堪能した。

<2>

 茉莉が温泉から上がってくると、ちょうど食堂では夕食の準備が終わったところらしい。何人かの宿泊客がすでにテーブルについている。部屋に荷物を置いて茉莉が戻ってくると、その人数はさらに増えていた。
女性:「あら」
茉莉:「ああ、先程はどうも」
 見れば先程温泉で一緒になった女性の姿もある。一礼してから空いているテーブルにつくと、程なく料理が運ばれてきた。
茉莉:「これは――美味い」
 一口食べて、感嘆の声を漏らす。赤カブやジャガイモ、玉ねぎなどの野菜と鶏肉の角切りが煮込まれた赤いシチューだ。その赤の上に乗せられた白いクリームが見た目にも鮮やかで食欲をそそる。
 もちろん見た目だけではなく、その味も絶品だ。よく煮込まれた具材は柔らかくとろけそうなだけでなく、しっかりと味も染みている。
 当然のように頼んだ例の蒸留酒と共に、茉莉は頷きながらそのシチューを食べる。満足しているのは、何度もお代わりをしているところからみても明らかだ。
 そうして茉莉はもちろん、宿泊客の誰もが舌鼓を打っていると……。

 ガシャーン!

 突然のガラスの割れる音に、何事かとその場が騒然とする。
女性:「ちょっと、やめてください!」
男:「なんだよ、こっちで一緒に飲もうってだけじゃねえか、なぁ?」
 先程の女性に、酒瓶を持った男が2人ばかり何やら言い寄っている。さっきの音は、身をよじって男の手を振り払った拍子にグラスが落ちて割れた音らしい。見回すと客も宿の人間もみな眉をひそめているが、男たちの体格が人並み外れているために止めに入るのを躊躇っているようだ。
茉莉:「やれやれ。どこにでもこういう輩はいるものなのだな」
 呆れたように言って席を立ち、男の側に歩み寄るとその肩に手を置く。
茉莉:「その辺にしておくんだな。そのような無粋なところを見せられては、せっかくの料理と酒が不味くなる」
男1:「なんだ、おい? あんたも仲間に入りたいってか? がははははははっ!」
茉莉:「まったく、言葉で制しようにも、聞く耳を持ち合わせていないのではな」
 予想通りと言えばあまりにも予想通りの男の反応に、さてどうしたものかと嘆息する。その仕草が気に障ったのか、男たちは態度を変えて茉莉に詰め寄ってきた。
男1:「何か文句あるのか、えぇ?」
男2:「おら、どうなんだよ?」
茉莉:「そちらのご婦人にご迷惑だと申したのだ。酒を楽しもうとするのはいいが、人を不快にするようでは本当の酒飲みとは言えないな」
男2:「訳の分からねえこと言ってんじゃねえぞ!?」
 酔っているから頭が回らなかったのか、そもそも理解できなかったのか。ともかく男は声を荒げてつかみかかろうとするが、その動きは茉莉には遅すぎた。
男2:「あが!?」
 伸ばした腕を取られ、そのまま捻られて前に転がる。その際にやたらと派手な音を立てて空いていたテーブルに突っ込んだ。
茉莉:「……うむ?」
 一方で茉莉はというと、投げ飛ばした拍子によろけてしまい、すぐ側の椅子に手をつく。不思議そうにそんな自分の手を見てなにやら考え込むが、もう一人の男がそこに殴りかかってきた。
茉莉:「どれ」
男1:「っとお!?」
 今度は後ろに体を反らしながら男の足を払ったが、そのまま茉莉も止まりきれずに尻餅をついてしまった。筋力の低下を自覚し始めたとはいえ、この程度の動きに問題はないはずなのだが。
茉莉:「まだそんなに飲んではいないはずなのだが」
 嘘である。すでに徳利にして10本は空けている。確かに普段の彼女の酒量からすれば、そう大したことはないのだが。
男1:「こ、こ、こ、この女ぁ!」
男2:「もう容赦しねえぞ!」
 酔いではないもので顔を真っ赤にして男たちが立ち上がる。その怒りの矛先である茉莉だが、殊更にゆっくりと立ち上がり服に付いた埃をぱんぱんと叩き落とす。
茉莉:「致し方あるまい。言っても分からないのであれば、体に言い聞かせるまでだ」
男1:「ふざけんなぁ!」
男2:「覚悟しやがれ!」
 突進する男2人。それを軽くあしらおうとするのだが、どうにも体の動きが鈍い。
茉莉:「それ」
男1:「あだ!」
男2:「ぐは!」
 結論から言おう。やはり彼女も酔っていた。量はともかく、いつもよりも数段強い酒を飲んでいる。おまけに温泉に入りながらだったり、すぐに体を動かしたりすれば酔いが回らない方がおかしい。どうにも調子が出ないのも当然だろう。
 しかし男たちにとって不幸だったのは、調子が出ないおかげでさっぱり手加減が効かなかったことだ。

<終劇>

茉莉:「これは……しまったな」
 椅子やテーブルの山に埋もれる男たちを眺めながら、赤い顔で茉莉は呟く。壁を破ったり窓を壊したりといったことはないが、流石にこれはどうしたものか。
宿の主人:「おやおや、これはまた」
茉莉:「いや、ご主人。申し訳ない、穏便に済ますつもりだったのだが……」
宿の主人:「いえいえ、こう言ってはなんですが、この辺ではこんなことはざらなんですよ。むしろこれぐらいですんだのですから、ありがたいことです」
茉莉:「そう言っていただけると、こちらも気が楽になる」
 恐縮して頭を下げる茉莉に主人は気にしないように言う。最初は方便かと思っていたがどうやら本当だったようで、報酬代わりにといくらか宿代を負けてくれた。
 もっとも、茉莉がその差分を飲み干すのに一晩とかからなかったのは言うまでもない。