<東京怪談ノベル(シングル)>
魔法人形の街
人形師のダンジョンと呼ばれる広大のダンジョンに、最近、魔法人形達が街を作っていた。今では様々な者達が魔法人形の街を必要としている。
人形師のダンジョンの深い階層に挑む冒険者達は、補給拠点として魔法人形の街を利用した。珍しい魔法人形達の街を観光する為に街を訪れる者も多い。街そのものよりも、魔法人形達が記憶している独自の魔法技術を求めてくる魔道士達も居た。少なくとも人形師の街が外の世界と交流を持ち始めた事は事実である。もちろん、外の世界と交流を持つ過程で問題が起こり始めた事も確かだったが。
今日も、地上と魔法人形達の街を繋ぐ街段を人と物、そして人形達が行きかっていた。
若い探索士の姿は、階段を下って街に向かう者達の中に在った。スラッシュである。
「よう、兄ちゃん、人形師のダンジョンとか魔法人形のダンジョンとかに乗り込むのか?」
スラッシュの後ろから階段を降りて来た男が、彼に声をかけた。軽めの鎧に身を包んで各種の道具を持った様子は冒険者のようである。
「…いや、今日は様子見だけだ…」
スラッシュは男の方を振り返らずに答えた。
まあ、機会があったら一緒に何処かへ行こう。と、スラッシュは男と話して別れた。冒険者同士のありふれた会話だった。
スラッシュは階段を降りる。
今日の彼の目的は、ダンジョンの探索では無かった。
冒険に役立つマジックアイテムを物色しがてら、魔法人形の街を見に行くのが彼の目的だった。前回訪れた魔法人形のダンジョンが、あれからどういう風に改修されているのか興味があった。スラッシュは黙々と階段を降り、魔法人形の街に降り立った。
街を見渡してみると、やはり人形達の姿が多く目につく。それは、まあ当然だが、人形達の次に多く見られるのがコボルト達の姿な事が、スラッシュには印象的であった。化け猫に対抗して化け犬と呼ばれる事もある獣人のコボルト族は、手先の器用さと勤勉さ、人なつっこい性質で定評があり、どこの街にも技師として姿を現す種族だったが、魔法人形の街には特にコボルト達の姿が多かった。
「ちょっと…いいか?」
パタパタと尻尾を振りながら働いているコボルト族の一人を、スラッシュは呼び止めた。
「何か用デスカ?」
コボルト族は、きょとんとした顔で振り返った。
「いや、ここには君の仲間達が大勢居るみたいだけど…
何か理由でもあるのかい…?」
スラッシュはコボルトに尋ねた。
「ああ、よく聞かれるデス」
コボルト族は、ワンワン。と答えた。
魔法人形の街で、コボルト族はとても大事にされているそうだ。
ベルクマッシェの時代から1000年間眠っていた街そのものを補修する技師として、魔法人形達の身体の不具合を見る医者として、さらには魔法人形達が新たに調整中のダンジョンを直接的に建造する作業員として、コボルト達の仕事は山ほどあった。魔法人形の街内に、新たなコボルトの集落が出来そうな勢いだそうだ。
「そういう事か…」
先日、スラッシュは魔法人形のダンジョンに行ったのだが、その際、次の日にはダンジョンの仕掛けが補修される事を少し不思議に思っていた。どうやら、その影にはコボルト達の活動があったようだ。スラッシュは、魔法人形のダンジョンの事をさらにコボルト族に尋ねた。
コボルト族が言うには、ダンジョンの改修は難易度を維持したまま、死傷率を下げる方向で改修が進んでいるそうである。例えば発見しにくい落とし穴を設置して、底にクッションを敷いたりといった具合に、工夫が進んでいるそうだ。近々、近隣の冒険者協会に練習用として売り込むそうである。
…なるほど。
頷きながら、スラッシュはコボルト族と別れた。魔法人形のダンジョンの改修はコボルト族の手を借りて、順調に進んでいるようである。
…今度、魔法人形のダンジョンを訪れたら、その時には前と違った姿を見せてくれそうだな。
ふと、スラッシュは上を見上げた。
空は見えない。
ダンジョンの天井が広がっているだけだ。
「…こういう街とダンジョンも…あるのか」
スラッシュは呟いた。
コボルト族の話によると、人形の街では外部の者達、特に人間が入ってきた事による問題が起こり始めているという。魔法人形の街自体を宝物の一種か何かと考えたのか、街で盗難を行なう者や、魔法人形自体を誘拐してしまう者が現れ始めているそうだ。
…何を宝物と考えるかは人それぞれだけど。
スラッシュは考える。
…それでも宝物だから持って行って良いという事は無い。探索士って、そういうものじゃないだろ?
自分は何を求めて何所へ行くのか、スラッシュは少し考えたい気分になった。
しばらく街を歩いた後、スラッシュは一軒の道具屋に入ってアイテムを買った。魔法生物を感知する力を持ったアミュレットである。魔法人形達は、自分達の仲間を探す時にアミュレットを用いるそうで、アミュレットは、特にベルク・マッシェの魔法人形が近くに居る時は通常の魔法生物を感知した時よりも強く反応するそうだ。
「何所かで、心を持った僕達の仲間を見つける事があったら、この場所に僕達が居る事を教えてあげて下さいね」
魔法人形の道具屋はスラッシュに言った。
「ああ…約束する」
ベルク・マッシェの魔法人形達は、その出来の良さの為に、今でも自分がそれであると気づかずに世界のどこかで暮らしている事があるという。
どこかで出会う事があったら、伝えるよ。と、スラッシュは約束した。
魔法人形のダンジョンの様子も聞いたし、アイテムも一つ手に入れた。
目的を終えたスラッシュは、静かに街を離れた。
その手には、『ベルク・マッシェのアミュレット』と呼ばれる魔法生物を感知する装飾品が握られていた…
(完)
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