<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


過去に描かれし狂詩曲(ラプソディー)から
〜とある神父の思い出語りより

 オンサちゃん、神父様、ありがとー! と、帰って行く子ども達の後姿を見送り、一息。
 とある教会の聖堂で、一人の少女と――茶の長い髪に同じ色の瞳が鮮やかな、褐色の肌に白い入墨の美しい少女、オンサ・パンテールと、その教会の主任司祭でもある銀髪の神父、サルバーレ・ヴァレンティーノは、ようやく落ち着いた時を過ごしていた。
「それにしても、皆さん喜んでくれて良かったです。――オンサさんも、ありがとうございました。色々と手伝っていただいてしまって……」
「別にあたいは何もやってないって。言われたとおりに材料混ぜてただけだしね」
「いえいえ、一人でやるのと二人でやるのとでは、大分かかる時間も違いますからね」
 今日二人は、神父の提案で、朝から大量のパンケーキを作り、子ども達へとそれを配っていた。
 ふとそこで、オンサは子ども達の言っていた言葉を思い出し、
「ところでこれ、毎年やってるって本当かい? そういえば前の年も、この時期にパンケーキを作ってもらったような気はするんだけど……」
 問いかけた。
 すると神父はうーん、と一言二言、
「ええ、作った……と言いますか、あれは子ども達に配ったものの余りだったんですね、実は。折角だから、オンサさんの分も残しておこうかなぁ、と思いまして」
 前の年のこの日は――そういえば、オンサさんは、留守にしていらっしゃりましたからね。
 ――故にオンサは、昨年の事実を知らなかったのだが、
「言ってくれれば、前の年だって、手伝ったのに……」
 神父の言葉を受け、オンサが小さく呟きを零す。
 神父はそれに慌てて手を振ると、
「そんな、今年手伝って下さっただけでも十分ですよ! 私のただの、趣味みたいなものですからね」
「趣味?」
「実はこの時期にパンケーキを作るというのは、牛乳を処分するためのアイディアだったようですけれども。何となく、面白い風習なんで、乗っかってみているんですよ」
「牛乳を……処分?」
 繋がらない会話の脈に、オンサはんん? と問い返す。
 ――そこで初めて、
 神父はぽん、と手を打つと、
「……もう四旬節(レント)、なんですよ」
「――ああ、あれかい? 大斎とかいう、断食の、」
 その言葉に、オンサがふ、と思い出す。
 そう言えば前の年も、この教会に来てすぐに、このような時期を見てきたような気がする。
 大斎。
 四旬節と呼ばれる、復活祭という祭りの前の期間、基本的には聖教の信徒達は皆――と言っても、当然子どもや妊婦などと、例外はあるのだが――普段とは違う食生活を心がける事になっている。
 肉や乳製品を控え、魚や野菜を中心とした質素な食生活をおくる。
「そう、それです。まぁ断食と言っても、完全に食を断つわけじゃあありませんけれどもね」
 しかし断食とは言え、一日に一度は十分に食べて良く、間食も二度ほど許されてはいるのだが。
 オンサの聞いたところによれば、曰く、その目的は、この時期を神への祈りと断食のうちに過ごし、苦しみを受けている人々の心や、人々というものは灰のように小さな存在であり、謙虚に生きる事を忘れてはならない――といった事を、思い返す事、
 ……らしいけど。
 あたいには良くわからないや、と、前の年もそこのところは、あまり深く問い詰めてはいなかったのだ。
 まぁ、たまには質素に生活しないと、贅沢に慣れちゃう……って事だろうけど。
「――まぁ、うちにはオンサさんがいますから、牛乳をあえて処分する必要もないのですけれどもね。ああ、心配しなくとも。きちんと食事には、肉料理も出しますよ? 五十日近くもオンサさん、そんな食事じゃあ飽き飽きしちゃうでしょうからね。あ、ちなみに知ってます? チョコレートは断食中に食べても良いものなんですよ。昔大論争が起こったらしいのですけれどもね」
 面白い話だと思いません?
 言わんばかりに話しかけられ、へぇ、とオンサは一つ頷いてみせる。
 その反応に、つられて神父も一つ頷くと、
「でももう、四旬節の季節ですか」
 いやまぁしかし、つまりは春なんですねぇ――と、
 不意に窓の外へと、視線を移して言葉を続けた。
「オンサさんとは、二度目の春になりますか」


 しかし、その翌朝から。
 その日の夕方に天使の広場まで出かけてきた事が祟ったのか――神父が風邪で、床に伏した。
 珍しく朝、起きてこないと思ったら……、
 思いながらも、オンサは何とか教会の信徒の協力を受けながらも初歩的な事務を済ませ、その後は昼間になっても起きる事のなかった神父の看病を、根気強く続け。
 ようやく、神父がぼんやりと目を覚ました頃には、早速お粥を作りに台所まで下り、
 そうして、今。
「すみません……もうこんな時間だっただなんて……、」
 うっかりしてました。
 ベッドの上に寝かされたまま、しゅん、と謝罪する神父に、
「いや、あたいももっと早く気づいていれば良かったのに……」
 どうやら夜中の内に熱を出していたらしい神父へと、あたいの方こそ、と、ベッド横の椅子に腰掛けたままで、言葉を返していた。
 ――正直、少しばかり悔しかったのかも知れない。
 昨日の夜のうちに気づいていれば、こんな事にはならなかったのに――。
 時折魘されているかのようでもあった、神父の苦し気な様子。全身には冷汗をかき、故に、先ほどパジャマを着替えさせたばかりでもあった。
 それでも唯一不幸中の幸いと言えそうな点は、この風邪が前の年の――初めて出会ったあの頃の風邪よりは、軽度のものであろうという事くらいで。
「いえ、オンサさんのせいじゃあ、ありませんから」
 咳き込んで酷かった前年よりは遙かに落ち着いた様子で、神父は微笑むほどの余裕を、オンサへと何気無く仄めかせて見せる。
 それを受け、オンサはそれでも不安を拭いきれなかったものの、一応ほっと一息を吐くと、
「そうだ、ほら、朝ご飯も食べてないんだから」
 手元の台から、先ほど作ってきたばかりの料理を取り上げた。
 細かく裂かれた赤身魚ののった、暖かな、お粥。
 ――肉ですとか卵ですとか。乳製品ですとかは、私達、この期間は慎まなくてはなりませんからねぇ。
 でも確か、魚は食べても良いはずなんだよな。
「おや、それは、」
「東の国じゃあ結構普通だって、神父、昔に教えてくれただろ?」
「……そういえば、」
 確かに。
 東の国には、海産物の豊かな国があるそうで――と、そこのレシピを簡単に説明した事も、あったような気がする。
 赤身魚の塩焼きをばらし、お粥の上に質素にのせる。
 説教のついでに話が逸れた時、その後オンサに色々と聞かれ、知っている限りで、神父には向うの方について答えた事があったのだが、
 ……覚えていて、下さったんですか。
 小さく微笑み、
「もしかして、わざわざ気を使って下さったので?」
 冗談交じりに、きょとん、と問うてみる。
 ――問われてオンサは。
 神父に瞳を覗き込まれ、数度きょとりと瞬きをすると、
「……良いから、早く食べる!」
 少し慌てて、スプーンの上にお粥を掬い上げた。
 本当は、ミルク粥の方が栄養も良いんだけどな。
 作れば作ったで食べてくれはしただろうが、一応自分のできる範囲内で、この神父の気持ちを汲み取ろうと思ったのだ。
 普段から何ともヘタレな神父ではあったが、人付き合いや信仰の面では、オンサとしても感心する部分は多かったのだから――。
 まぁ、そんな事言わないけどね。
 思いながらも、ほかほかのご飯に、ちょこんと魚を乗せて神父の口へと近づければ、
「――あのう、」
「何?」
「自分で食べれますから……」
 苦笑される。
 しかしオンサは、少しだけ悪戯な微笑を浮かべると、
「熱いから。火傷するよ?」
「でも……、」
「ほら、あーんして」
 言うなり、ふーっと、スプーンの上で湯気をたてるお粥に息を吹きかける。
 ――神父は。
 ほら、ともう二、三度諭され、そこでようやく、恥ずかしそうに口を開いた。
 そこにオンサが、お粥を一口、
「……美味しい?」
 問いかける。
 その問いに、神父は暫しかかってお粥を飲み下してから、こくりとゆっくり頷くと、
「――本当に、美味しいですよ」
 にっこりと、満面の笑みを浮かべて見せた。
 ――それから暫くの間、
 同じ事を、会話を交えながら何度か繰り返し、皿の底が見え始めた頃、
 神父様ー! と、下の方から誰かの呼ぶ声が聞こえてきた。
 反射的に起き上がろうとする神父を、オンサは手で制すると、
「あたいが行くから、あんたは寝てな。あ……寝てても良いけど、起きてちょっと待ってろ。今薬も作ってくるからね」
 神父に言い訳の暇も与えず、素早く立ち上がる。
 そそくさと身を翻したその姿に、神父は思わず一言、
「……苦いのは嫌――、それに、リパラーレにはできればこの事、内緒にしていただけますと……」
 苦い薬とか、痛い注射とか。あんな荒行には、与りたくないからなぁ……。
 と、
「もう! 子どもじゃないんだから!」
 オンサの近くにぬいぐるみの一つでもあれば、神父目掛けて飛んできていたのかも知れない。
 振り返り様にもう! と一声、オンサはそのまま、階段をとたとたと駆け下りて行く。
 ――遠ざかるその足音に、
 神父はふぅ、と、彼女に追わせていた視線を天井へと移し、
「感謝してますよ?」
 不意に、呟いた。
 ベッドの頭の方の飾り板に浅く寄りかかり、窓辺のカーテンに揺れる光の影を、微笑んで眺める。
 一年前。そろそろ手伝いのシスターの一人や二人、司教に頼んで送ってもらおうと考えていた頃。
「Gratias agimus tibi propter magnam gloriam tuam...〈主の大いなる栄光の故に感謝し奉る……〉ああ、でも、」
 ……丁度、あなたと出会いましてね。
 あの頃は、まさかこのような事になるとは、欠片ほども思ってはいなかった。
 ある日突然に現れて、そのまま成り行きで、ここに居座ってしまった彼女。
「その前に、」
 それからずっと、今日まで生活を共にしてきていた。
 一緒にいるのが当たり前。すぐそこにいて、最も違和感を感じさせない存在。
「――あなたに、感謝しなくてはなりませんね」
 あなたと出会えたのは、きっと主の御導きでしょう――しかしでも、
 でもね、
 普段はこんな事、滅多に言いませんけれど。
「……ありがとう、」
 神様に、お礼を言う前に。
 あなたに向って、ありがとうの言葉を。
 ――身近すぎるからこそ、忘れがちな言葉を、
 面と向って、一度くらいは言わないと駄目、かな。
 そのままゆるりと、瞳を閉ざす。
 やわらかな夢の波が、目の前に静かに揺れていた。


 ――暖かい、と、手を伸ばしたところで。
 そこはかとない甘い香りに誘われるかのようにして、神父の意識が再び現実へと浮上する。
 ……と、
「おおおおおお、オンサさんっ?!」
 途端神父の虚ろ虚ろに途切れがちであった感覚が、しっかりと鮮やかなものへととって代っていた。
 目の前にある現実に、神父が驚きの余りにそのまま凍り付いていると――、
「どうしたんだい?」
「どうしたもこうしたもありません! な、何であなたが、ここに――!」
 目の前から、声が聞こえてきた。神父の瞳を見開いたその先、同じベッドの中で横になっていた、オンサの声音が。
 神父の驚きを受け、しかしオンサは戸惑うことも無く、
「こうすると、体が温まるだろ?」
「いやでも風邪とかうつったら困りますでしょうに……!」
「大丈夫、あんたの風邪なんかうつらないよ」
 くすり、と微笑み、
「どうせその様子だと、前の年ほど辛くも無いんだろ?」
 そのままで、問いかける。
 前の年は――それこそくしゃみ、止まらなかったみたいだし。
 それにほら、
「元々あんたは体が弱いんだから。普通の人じゃあ何でもないような菌にだって、すぐにやられちゃうだろ?」
「……そっ、そんな事ありませんって!」
「ま、そういう事だから」
「一体どういう、」
「だから、あんたの風邪なんてうつらないって事」
「そういう意味ではなくて――、」
 流石に戸惑い、神父もどうすれば良いのかわからなくなってしまう。
 ……こんなにも近くで、
 微笑まれてしまえば。
「え……と、」
「たまにはゆっくりしたらどうだい? 一日くらい仕事しなくても、誰にも何も言われないって――似非医者とかテーアなら何か言ってきそうだけど――けどほら、また熱、出てきたんじゃないのかい?」
 赤くなって――と、おでこにその手をもってこられる。
 ぴたり、と暖かい手が、神父の額に触れていた。
「……そんなっ! も、もう大丈夫ですからっ! そうだ、そろそろ仕事に戻ろうかなぁ、とか!」
 その感触に心を急かされ、慌てて神父はベッドの上に飛び起きる。
 ――が、わざとらしく元気元気、と体を動かして見せたそのところで、
「――しっ、神父っ?!」
 ぽふんっ、と神父は、再びシーツの海へと、頭の後ろから勢い良く沈んで行く。
 オンサは弾かれたようにその場に起き上がると、小声で唸る神父の顔を上からひたり、と覗き込んだ。
 神父の潤んだ視界に、オンサの顔が大きく映り込む――。
「天使様……」
「はぁ?」
 茶の髪に茶の瞳。森の木陰からひょっこりと姿を現したかのような、心優しい神の御使いのようにも見えてしまって。
 天使は苦笑して、薄く汗に濡れた額から、神父の長い前髪をそっと払うと、
「……そうだ、」
 思いついたかのように、背後を振り返る。
 そうしてオンサが手を伸ばし、近場の台から取り上げたのは――小さな深皿に入れられた、薬湯であった。
「薬、飲まないとね。寝てたから起こすのもどうかと思って」
「あ……すみません、」
 そういえば、そんな風に約束してたんだっけ……。
 ぼんやりとする意識の中で考えながら、身を起こそうと体に力をかける。
 が、
「ほら、あんな風に、無理に動くから……」
 なかなか上手くいかないところを、わざわざ手に持っていた薬湯を元の場所へと戻してまで、オンサが手助けしてくれる。
 神父がようやく飾り板に寄りかかり、上半身を起こしたところで、再びオンサが薬湯を手に取った。
 ――苦いのは嫌だなぁ……と、
 憂鬱に考える神父には、しかし、ほんのりと、
「……おや?」
 甘い、香りが。
 窓辺の春風にのせられ、運ばれてきているのは、薬湯の香りであるはずだと言うのにも関わらず――。
「それ……」
「あんた、苦いのは嫌なんだろ? 果物で甘味をつけてきたから。大丈夫、神父にも飲めるようになってるからね」
 手にしたスプーンで、オンサは深皿の中を軽くかき混ぜる。
 その姿を見つめながら、神父はきょとん、と一言、
「……てっきり、また薬草を無理やり飲まされるのかと……」
「馬鹿。あの時は突然の事だったんだから、仕方なかっただろ? 咳き込んで、煩いし。苦しそうだったからな」
 前の年の風邪の治療法は、出会ったその場の白山羊亭で、薬草そのものを飲ませられるという、結構な荒行であったはずなのだが。
「それとも、その方が良かったのかい?」
「いえいえいえ! とんでもないっ!」
 あんなのは、もう二度とごめんだし……でも、
 でもね、オンサさん、
「いや、ただ、」
「ただ?」
 ただ、ふとね――改めて考えてみると、やっぱり、嬉しくなってしまって。
 こんなにも私に、気を使ってくれているだなんて。
「……わざわざ、面倒だったでしょうに」
 素直にありがとうって、言ってしまえれば良いのだろうけど。
「別に。冷蔵庫の中に果物はあったし、薬草も手元にあったから……」
 これだけ近しい人にだからこそ、逆にお礼を、言いにくくなってしまう。
 ……もはや家族も同然で、
 明日明後日、突然いなくなったとすれば、それを黙認する事など、絶対にできないであろう存在。
「そう、ですか、」
「そんな事は良いから、ほら、早く口を開けて」
 神父の日常に、当たり前のように溶け込んだその姿。
「だ、大丈夫ですってば……一人で飲めますから!」
「まだ暖かいんだ。普通のお湯とは違うからね――とろとろしてて、冷めにくいから。火傷したらあんただって嫌だろ?」
「でもそんな、」
「良いからほら、あーんして!」
 大好きですよ、あなたのことは。
 本当に、大好きですもの。
「え……っと、」
「恥ずかしがらずに! じゃないと、また薬草食べさせるよ?」
「――しますしますやりますからっ! それだけは勘弁して下さい……!」
 きっと皆さんも、このような気持ちで、家族というものを大事に思っているのでしょう――、
 神学の道に進んでからは、そういう気持ち、少しだけ、忘れかけていたような気も……するの、だけれど。
 そういう気持ちは。家族と離れて暮らすのが当たり前になって、その上異世界に――このソーンという大地に、飛ばされてしまってからは。
 照れながらも神父が口を開ければ、ふーっと息を吹きかけられ、冷まされた薬湯の味が、口の中に甘く広がった。
 こくりと、飲み下す――、
「……暖かい」
「当たり前だろ」
 違いますよ。
 ……そういう、意味ではなくて。
 思わず呟いた感想に言葉を返され、神父はオンサへと小さく微笑みを向けていた。
 本当に暖かいのは、きっと薬湯の熱ではなくて、
「オンサさんの、優しさが、ですよ」
 心まで、暖かくしてくれる、
 ――そんな優しさが、とても嬉しいんですよ。


 思い出話に、花が咲いた。
 一年前のあの頃、半年前のあの頃――例えば初めて二人が出会ったのは、故あってオンサが一日この教会を取り仕切る事になったあの日。例えば少し前には、司教に追いかけられて森の中を逃げ回った事もあった、と。
 話すその内に、
 その後いつの間にか、夕方まで寝入ってしまっていた二人は、不思議な夢を見ていた。
 ――どこかの、世界で。
 神父が教師となり、オンサが生徒となった――そんな、夢。
「……でも、」
 それからは、オンサの作った薬が相当効いたのか、夕方には大分良くなっていた神父も、一応オンサに言われるがままに、一日の間は仕事を自粛し、大人しくベッドの上で、新しい楽譜に赤いペンを入れていたのだが。
「それって、同じ夢じゃあありません?」
 その日の夜、今度お粥を運んできたのは、オンサの方ではなく神父の方であった。
 いつもの神父服に着替えた神父は、先ほどオンサがしていたように、彼女の部屋のベッド横の椅子にふわりと腰掛けると、
「私も見ましたよ。そういえばああいう運動もあるとは聞いた事はありましたけれどもねぇ。した事は、無いんですよ」
「そうだろうね。神父があんな事をやった事があったら、あたいも吃驚だよ」
 ベッドの上に寝かしつけられた、オンサに向けて微笑みかける。
 ――流石のオンサも、
 今回ばかりは、神父から風邪をうつされてしまったらしい。
 或いは神父の代わりに、風邪を貰ってしまったようでもあったが。
「……まぁ、面白そうではありますが」
「今度やりに行くかい?」
 話しているのは、夕方二人で見ていたあの夢についての事。いくら同じベッドで寝ていたからと言って、同じ夢を見るなどと。
 ――雪山の中、二人でスキーをしている夢。
 奇妙な既視感を、オンサも神父も不思議に思いつつ、
「ええ、別に良いですよ。面白そうですしね」
「……言ったな? 神父。よし、じゃあ夏になる前に、一度雪山にまで行かないとね」
 後からそんなコト言ってない! だなんて言わせないからね。
 念を押し、オンサはくしゃみを一つ。
 その様子に、ああ、そういえば……と、神父は不意に、手元の棚から、作ってきたばかりのミルク粥を取り上げると、
「そろそろご飯にしましょうか」
 皿を手にしたそのままで、悪戯にオンサへと笑顔を向ける。
 ――その、笑顔に。
 オンサは何か嫌なものを感じつつも、
「えっと……」
「ほら、」
 何かを問いかけようとしたところで。
 神父は皿を持つのとは逆の手で、今度はスプーンを取り出した。
 そのまま物言いた気なオンサの方へ、一先ずお皿を近づけながら、一言、二言。
「ほら、あーんして下さい? 熱いですからね。火傷したら、大変ですよ?」


Finis



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            I caratteri. 〜登場人物
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<PC>

★ オンサ・パンテール
整理番号:0963 性別:女 年齢:16歳
職業:獣牙族の女戦士


<NPC>

☆ サルバーレ・ヴァレンティーノ
性別:男 年齢:47歳
職業:エルフのヘタレ神父



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          Dalla scrivente. 〜ライター通信
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 まずは長々と、本当にお疲れ様でございました。
 今晩は、今宵はいかがお過ごしになっていますでしょうか。海月でございます。今回はご発注を頂きまして、本当にありがとうございました。
 実は発注文を頂きました時、あたし、相当驚いてしまいまして……微妙にネタが寒イベで納品したものと被っておりましたので、プレイングに共通点を見出す事ができまして、本当に嬉しく思いました。
 一年前の納品ですとかは、読み返していて色々と恥ずかしくもありましたが、楽しくもありました。そういえばこんな事もあったな――と言いますような思いは、あたしの方にしましても、サルバーレと同じです。きっとオンサちゃんとも一緒でありますと、嬉しく思います。
 ――一年以上にもわたり、随分と長い間お付き合いいただきまして、本当にありがとうございます。振り返ってみましたこの機会に、改めてお礼を申し上げてみたいと思いまして……。宜しければ今後とも、お付き合いいただけますと幸いでございます。
 では、短くなりましたが、この辺で失礼致します。
 何かありましたら、ご遠慮なくテラコン等よりご連絡をよこしてやって下さいませ。
 ――又どこかでお会いできます事を祈りつつ……。


17 marzo 2004
Lina Umizuki