<聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記>


対立協奏曲(コンチェルト)

 現在エルザードの音楽愛好家達の間では、様々な噂が飛び交うようになっていた。
 世界有数の楽団として知られる、エルザード・フィル・ハーモニー管弦楽団。
 飛び交うのは、その常任指揮者が――つまりは音楽監督が、前回の公演を最後に年齢を理由に引退してしまった、という事実からの、様々な憶測であった。
 音楽監督というのは、つまりは楽団の最高責任者の事を指す。勿論最高責任者が変わってしまえば、
 ……人事異動についての問題、ねぇ。
 今回の音楽監督は本当に綺麗なエルフの女性で――と、話を持ちかけてきた客に真っ青なカクテルを差し出しながら、黒山羊亭のカウンター、エスメラルダは椅子にそっと腰掛ける。
「でも確か、前の常任指揮者ってあれよね。五年もいたけれど、その間メンバーって……代ってたかしら」
「代ってはいるよ。何人かはね――引退を望む人だとか、体調不良が原因だとか。でも、首を切られたって話はないね。前の監督は、そういうのが嫌いだったらしい」
 頬杖をつくエスメラルダに、カクテルを受取った、白衣姿の近くの診療所の医者――リパラーレが答えを返した。
「前の監督は、エルザード・フィルの地位を随分と高めてくれたけどねぇ。来る前からいたメンバーを入れ替えずに、良くもまぁあそこまでやってくれたと思うよ。大体、監督が代れば楽団が良くなったってーのは、殆どがメンバー入れ替えに由来するのにも関わらず、だ」
 噂によれば、前監督が就任した時には、監督は楽員の一人一人と真剣な話し合いの場を持ったのだという。一人一人の気持ちを確認し、音楽への想いを見抜く。多少、多少技巧が他の人より劣っていたとしても、
 ――大事なのは、音楽への想いです。
 前の監督は、そういった人物であった。
 しかし、
「いやでも、それにしたって……やっぱ考えてみれば、すごい事なのかしらね。あの根性無しのヘタレが、上司にたてつくだなんて」
 監督が代って、十数日。監督が代れば、楽団の方針も変わる。
 方針が変わったその上に、提案されたのは大規模人事異動であった。他の楽団から有数な人材を引っ張り抜き、少しでも技術の劣る者の首を切る。
 今までには直面する事の無かった危機に直面し、楽員の反応も様々――で、あるらしい。ある者は反発し、ある者は仕方がないと覚悟を決めた。
 楽壇に私情を持ち込むな、と。
 現監督の言葉は、確かに、一理ある事でもあるのだ。
 ――それでも、
「でもほら、サルバーレとしては前の監督の事、すっごく尊敬していたみたいだし」
 ふ、と友人の言葉を思い出し、医者はカクテルを口にする。
 エルザード・フィルは、技巧だけによって音楽を奏でている楽団とは違うんです、と。
 そう言っていたのは、前監督の意思を引き継ぐかのようにしてそれに立ち向う、医者の友人のエルフの青年――巷でも有名な、根性無しの体力無し、ヘタレ神父のサルバーレ・ヴァレンティーノであった。
 サルバーレは、優秀なオルガニストにして、エルザード・フィルの副指揮者の内の一人でもある。本職が旧教の聖職者であるため、それほど多く楽団の指導に当たっているわけでもないのだが、
「……あれは意地でも、人事異動なんてさせないつもりだろうな。変に意固地なトコロあるし、あいつにも」
 現在神父は熱心に、人事異動に反対すべく、聖務もそこそこに何か手を打とうと考えているらしかった。


I, Primo movimento

「――で、数の暴力のおつもりですか」
 出会った途端の最初の一言が、これであった。
 エルザード・フィルの所有する会館の、とある部屋の一室で、
「やります、と言ったら、やります」
 一応お茶こそ出されたものの、サルバーレと、共に来ていた五人とは、目の前の監督に邪険にされている事は明らかで。
 椅子に偉そうに腰掛けたまま、エルフの女性監督の返してくる無表情な言葉の数々に、
「……ですから……」
 たまらずエルザード・フィルの副指揮者でもあるサルバーレは、その場に立ち上がっていた。
 珍しく落ち着かない様子で、テーブルの上に両の手をつき、
「監督はどうしてそうなんですかっ……!」
 それでもこちらを見ようともしない監督に、じっと視線を向ける。
 しかし、
「まぁまぁ、まずは落ち着いて下さい」
 サルバーレの隣に座っていた青年が、静かに彼を宥め、再び椅子へと座らせた。
 ――アイラス・サーリアス。
 やわらかな光の灯る青い瞳に、色素の薄く長い青い髪。今回の件の噂を聞き、神父の所へとやって来ていた軽戦士でもある青年は、眼鏡の奥からそろりと周囲を見回し、
「……駄目ですよ、神父さん。はじめから、それでは」
「でも、」
「まずは冷静にお話してみる事も必要ですよ。案外聞いていないようで、聞いていらっしゃるかも知れませんし」
 ひっそりと耳打ちすれば、再びちらりと監督を一瞥したサルバーレが、小さな溜息と共に視線を落とす。
 アイラスも一つ、息を整えると、
「神父さんの――サルバーレ神父の言う事は、ですよ、」
 やはりこちらを見ようともしない監督の方へと、言葉を続け始めた。
 神父の言うところ――つまり、
「エルザード・フィルともなりますと、趣味での演奏とはわけが違います。俗な言い方になりますけれども、商売として音楽を売っているわけでもありますし」
『大事なのは、音楽への想いです』
 厳しい言い方をすれば、やはりそれだけでは足りない部分も多いのだ。技術を抜きにして、想いだけで事を語るのは難しい。
「ですから、神父さんの言う事は、簡単にはいそーですね、と言える様な事ではありません」
「アイラスさ――」
「しかし、ですよ」
 慌てて口を挟もうとしてきた神父の言葉を遮って、
「監督さん、あなたが取り仕切るのは、個人ではなく団体です」
 先ほどにも増して、きっぱりと言い放った。
 そのアイラスの一言に、面倒くさそうに気だる気に――監督が、全員の方へと視線を向けてくる。
「――和が大事だとでも、仰るつもりですか」
「おや、わかっていらっしゃるのでしたら、話は早いのではありませんか?」
 監督の一言に、微笑を向けたのは、膝の上にメロンを――ただし中からは、小さな羊が顔を出していたが――連れた、もう一人の金色の瞳の神父、ルーン・シードヴィルであった。
 神父が本職を忘れて、音楽活動に没頭、ですか。信者の皆様も、それはもうさぞ、お困りでしょうしねぇ。
 これは面白そうですね――という言葉は飲み込み、サルバーレの聖務の手伝いという名目でここまでやって来ていたルーンは、メロンの――バロメッツのシーピーが戯れていた緑の髪の毛を背中へと流し落とすと、
「てっきりお互いに、何もわかっていらっしゃらないのかと思っていたのですけれども、」
「……神父様、」
「サルバーレ神父も、言いたい事、言えないようですしねぇ。このまますっぱりと諦める事になるのかとも思っていたのですけれども、どうやらそうはならなさそうで」
 あぁ、良かったですねぇ――とティーカップを片手に、ほっとわざとらしく溜息をつく。
 その隣で、静かにルーンの事を呼んでいたのは、ルーンの教会のシスターでもある、キアラ・ユディトであった。
 ラピス・ラズリを思わせる青色の髪のかかる肩には、小さな白いカーバンクルのクルル。少しばかり、もしかして神父様は場違いな事を仰っていらっしゃるのでは――と、シスターは青い瞳で、おどおどと控えめに周囲の視線を気にしていたようだったが、今更のルーンの言動に、あえてつっこみを入れてくるような人間は、
「……諦める?」
 ――何も知らない、監督くらいで。
「私、申し上げたのですよ。あまり意固地になって歩み寄りを忘れるのもどうかと思いますし、どうして人事異動に反対なのか、明確に説明できないようでしたらば、すっぱりと諦めて監督さんに従う事です、とね――まぁ、私は無理に人事の必要は無いとも思いますけれど、その程度でしたら、その程度までですよ」
 丁寧に説明を付け加えると、ねぇ、神父、と視線を向けて問いかける。
 サルバーレはちらり、と、ルーンの方を一瞥し、
「――私は、」
「けれども私の気は、変わりませんよ」
「監督!」
 言いかけたところを遮られ、再び監督の方へと振り返った。
 監督は、テーブルに頬杖をついたそのままで、
「私は前もそうやってきたのですから。郷に入らば郷に従えと言いますでしょう」
「それはあなたの方ですよ! エルザード・フィルは今の今までこうしてやってきたのですから……!」
「いいえ」
 わかって、ませんわね。
 溜息と共に、一言。
「監督の権限は絶対です。従っていただかなくては、困るのですよ」
「それは、そうですけれど――でも!」
「そうですけれど――つまりは、あなたもそう思っていらっしゃるのでしたら。それ以上でもなく、それ以下でもありません。これは私の仕事です。一々口出ししないで頂きたいですわね」
 突き放され、そのままサルバーレはあえなく黙り込んだ。
 ――そんな光景を、ひっそりと見つめながら、
「あーあ……」
 再びルーンが、小声で呟く。
 手元のシーピーのくるくるの毛を、意味も無く何度も伸ばして弄りながら、
「何て情け無い――仮にもあの人、神父ですよ? ねぇ、キアラさん、神父と言いますとね、説教というのは大事なお仕事で――、」
「あんたは少し黙ってろ……!」
 それをついに聞きかねたのか、口にしたのは二人の神父の間に座っていた少女――オンサ・パンテールであった。
 惜しげも無く晒し出されている健康的な褐色の肢体には、美しく伸びやかに描かれた、部族の証でもある白い入墨。背中にするりと伸びる真っ直ぐとした茶の髪に、同じ色の瞳の部族出身のオンサは、最近はサルバーレの周囲でも色々な意味で名の知れ渡っている、彼の教会の居候でもあった。
 オンサは足元で、ひっそりとルーンの足を踏んづけて、黙らせようとするものの、
「私、あんな人と同職だなんて……ああ、これだから最近、献金も減るわ信徒も減るわ改宗は増えるわで……」
 ルーンは表情一つ変える事も無く、小声で愚痴を続けて話す。
 その一言に、ふ、と、
「でも神父様のこの前の十分の一税のお話の後、献金は増えておりますわ」
 キアラが静かに、付け加えていた。
 しかし、
 ――まぁたこの神父、どうせロクでも無い事説教してるに決まってる……!
 これ以上言っても無駄だ、と言わんばかりに、テーブル下で足を組み替え、オンサはつい、と心の中で付け加えていた。
 ……そのオンサの予測と言えば、ある意味当たっていたのだが。
 何せルーンのその時の説教の内容と言えば、
「それは何よりです」
 教会税を支払わない者は、容赦無く異端と見なされ、厳しい異端審問にかけらた挙句、火刑に処され――、
『ああ、これには『魔女狩り』も深く関連していますけれどもね。献金は十分の一。教会の言う事を守らなければ、魔女と決め付けられて拷問です――あぁ、本当に恐ろしいお話ですねぇ……、』
 ルーンとしては、断じて嘘は言っていない――大昔の話ですが、とも、あえて付け加えなかったが。
 ついでに火刑や拷問の様子をまざまざと語ってみたりもしたのだが、それはあくまでもついでの薀蓄であり、
「皆さん教会の財政の苦しさを、少しは理解して下さったようで」
 別に信者達を怖がらせようと、話をしたわけでもないのだから。
「でもあの日のお話は、わたくしと致しましても、とても身に迫るものがありましたわ」
「そうですか? いやぁ、それは良かったです」
 全く本当に、どんな説教したんだか……。
 二人の会話に――むしろルーンに呆れながら、オンサはちらり、とサルバーレの方を一瞥した。
 身に迫る説教、ね。
 あいつには、絶対無理に決まっている。
 心に響く説教は、或いは得意なのかも知れないが。
 ――と、
「少なくとも、一年間はやってみたらどうだ」
 不意に口を挟んだのは、静かに紅茶を口にしていた女性――シェアラウィーセ・オーキッドであった。
 椅子からも零れ落ちんばかりの真っ直ぐな黒髪に、静かな微笑を湛えた青い瞳。この場で一番に東の国の香りを漂わせる女性は、相当腕の良い織物師でもある。
 シェアラはこっそりと一つ、溜息をつくと、
「どうせ数日かそこらしかまともな練習もやっていないんだろう? たったそれだけの期間でお互いが分かり合えるはずもなし――それに監督は、前の監督からの引継ぎも受けているはずだ。その前の監督がやった事が正しかったかどうかも見極めない内に、そんなに大規模な人事異動か?」
「そんなの、私の勝手です。放っておいて下さい」
「自分の実力不足を人事で補おうとしているわけ、か」
「あなたには関係ありません」
 先ほどから、ずっとこうだ。
 呆れたように、
「このままでは、エルザード・フィルそのものが駄目になるな。こういう問題は、お互いが納得した上で解決しなければ」
「そんな事を言っていたら人事なんて出来ません。絶対に反対する人達はいつだって出てくるものですから」
「それに、知らないのだろう? 監督。今のエルザード・フィルの演奏を聞いた、この街の人々の反応などは」
「そんなもの、たかが知れていますでしょう。あえて確かめる必要もありません。特に許せないのがティンパニです――あんなんでいられては困ります」
 シェアラの微笑みながらの言葉にも、全く動じようとはしない。
 ついでに、と、監督はあまり脈略の無い話を付け加え、
「あそこまでリズム感のずれていらっしゃる方が、良くもまぁ今までここにいたものです」
 嫌味ではなく、感じた事実としての一言。
「――ティンパニが?」
 しかしその一言に疑問を感じ、眉を顰めたのは――アイラスであった。
 アイラスははて、と小首を傾げると、
「そう、でしたっけ?」
 このエルザードに来てからというもの、エルザード・フィルの演奏を聴く機会には何度か恵まれてはいたものの、
「そんな事、感じた事もありませんが――、」
 打楽器に関して、それほどの違和感を感じた事など、
 果して今までに、ありましたでしょうかね……?
「良いですか。例えば――そうですね、シンバルとヴァイオリンを例にしましょう」
 向けられた呟きに、監督は説明するのも面倒くさい、と言わんばかりに欠伸を噛殺す。
「わかりやすいように回数に置き換えて説明しましょうね。例えば一曲につきヴァイオリンが百回演奏するとして、シンバルが一回しか演奏しなくても、給料は一緒なんですよ」
「――そうなのかい? 神父、」
「ええ、そうですよ。例えば一楽章につき、ヴァイオリンがふるに一楽章分を演奏しているのに対して、シンバルが一回しか打たれなくても……お給料は、一緒ですからね」
「いえでも、それとこれとが何の関係が?」
 オンサと神父とがひそひそと会話を交わすその横から、それはそうですけれど、ともう一度アイラスが問いかける。
 ――監督は。
 つん、とアイラスから視線を逸らすと、
「……ただ言ってみただけです」
「監督さん……?」
「しかし、だからといってあのティンパニのリズムがずれている事には変わりありません」
「いえ、ですからできればどういう風にずれているのか、その説明を――、」
「私がずれていると言っているんですからずれているんです!」
 途端。
 何かの勢い良く叩かれる音と共に、テーブルの上の食器がかたんっ、と揺れた。
 その音に、全員が視線を上げれば、
「……ティンパニだけじゃあありません! あのクラリネットだってひっどいんですから!」
 今までの冷静さはどこへやら、叫びながら立ち上がっていた、監督の姿がそこにはあった。
「ティンパニとシンバルと、オーボエとクラリネットとヴァイオリンのあの三人衆に、フルート一人とハープ奏者も! 入れ替えると言ったら入れ替えます!」
 その言葉に、サルバーレももう一度立ち上がり、
「……じゃあはっきり言いますけどね、その方々ってみーんな初日に! あなたにお土産代わりに東の国のお菓子を持ってきた人達じゃないですか!」
「東の国のお菓子は嫌いだって言ってるじゃあありませんの! いいやもうそんな事関係ありません! とにかく! 辞めて頂きます」
 はぁ? と、
 ――神父の言葉と、聞こえてきた会話のあまりの内容に、疑問符を浮かべている五人を差し置いて、
「お帰り下さい!」
「帰るものですか! そんなあなたの好みで人事を行われても困るんです!」
「いいえ実際あのヴァイオリン三人衆なんか、大した倍音も――」
「あの人達は三人揃ってこそなんです!」
「とにかく!」
 そんな事はどうでも良い――言わんばかりに。
 監督は全員をきっと見回し、もう一度テーブルを勢い良く殴りつけていた。
「とにかく。あの楽団は私のものなんです!――そういうわけで、お帰り下さい……!」


II, Secondo movimento

「別に、東の国のお菓子だけが原因じゃあないと思いますよ。ただ単に目をつけたところから人事をしていこうと考えていらっしゃったんでしょうけれども、ねぇ」
 そうして。
 追い返された一同は、再びサルバーレの教会の聖堂に集い、アイスクリームをつつきながら、先ほどの出来事について再び話し合いの場を持っていた。
 ――アイスクリームは、春にちなんだ桜のアイスクリーム。シェアラ曰く、桜は東の国では最も尊ばれている植物の一つでもあるらしいのだが、エルザードにもその木は、存在する事には存在していた。
 咲く時も、散る時も美しいという、どこか矛盾した花。
 時期が短いためか、それほど知られているわけではないのだが――、
「駄目だ、な」
 その甘味にふ、と一つ溜息を吐き、神父の言葉を聞きながら、シェアラは静かにそう呟いていた。
 シェアラの言葉に、傍に座っていたルーンは大きく頷くと、
「確かに駄目ですね。神父は神父で言っては負かされ言っては負かされ……アイラスさんが勝つまで、ずっと負けっぱなしでしたし」
 夏はメロンアイスも美味しそうですけれど――。
 勿論シェアラの言う駄目、とはそういう意味ではないのだが、手元のシーピーに向けた心の呟きは一切表には出さず、アイスを一口、サルバーレの方へと視線を向ける。
「……で、サルバーレ神父はどうなさるおつもりで?」
「どう、って、」
「勿論、今後の話だ」
 ルーンとサルバーレ。放っておけば話が長くなると、シェアラが紅茶を一口、するりと口を挟む。
「今後、ですか?」
「諦めるのか?」
「とんでもない!」
 わかっていて問うたにしても、あからさま過ぎるサルバーレの反応に、
「なら、のんびりしてもいられないのではないか?」
「それは、そうですけれど……」
「それにこのままだと、本気でエルザード・フィル事態が危ないな」
 というか、何であんな監督がこの楽団に就任してきたんだか。
 一応最高水準の楽団だろう――と、
 呟いたシェアラに、
「……やっぱり、これ以上交渉したって無理だって」
 見かねた様に。
 サルバーレの僧衣の裾を引いたのは、お茶の準備を終えて戻って来ていたばかりのオンサであった。
 振り返った神父へと、真正面から言い放つ。
「それに、あたいは元々、ややこしい交渉なんて嫌いだし。どうせなら勝負といこうじゃないか!」
「し……勝負、ですか?」
「楽団を二つのチームに分けて、前の団長と今の団長とに演(や)ってもらえば良いだろ? 前の団長が勝ったら、もう一度エルザード・フィルの指揮者をやってもらえば良い。それにあんな自分勝手な団長じゃあ、この先神父だって困るだろ?」
「そ……そんな、」
 そうと決まれば、早速交渉!
 言わんばかりに立ち上がり、聖堂の扉へ向って歩き出したオンサの後を、慌ててサルバーレが追いかける。
 その足音に、
「大丈夫! あたいがあんたにも、今の団長にも前の団長にも話をつけられるように手伝ってやるよ。さ、ほら、行くよ、神父!」
 オンサは一度立ち止まり、追いかけて来た神父の手を取る。
 だが、
「ち、ちょ……ちょっと待って下さいよ!」
「何、逃げるつもりかい? あんたも決めたんなら、最後まできちんとやらないと!」
「あー……いや、」
 半分以上は図星だったらしく、あからさまに神父は言葉を見失ってしまう。
 しかし、
 ……そうじゃあ、なくて!
 首を横に振り、思い返す。
 実はそれ以外にも、オンサを呼び止めた理由はあるのだから――。
「いや――言い忘れていましたけれどもね。実は前の監督の退任の理由って」
 あー……と口ごもり、一言、
「……持病が悪化した事もあって……」
「持病?」
「その……あんまり言わないで下さいよ? 口止めされているんですから――」
 腰を屈め、耳元に口を寄せ、
「ぎっくり腰で……」
 こっそりと囁きかける。
「……ぎ、ぎっくり……、」
「しっ!」
 言いかけたオンサの口を慌てて塞ぎ、
「しかもツイカンバンへるし……、あ、違う、へるにあ、とかいう病気が悪化したらしくて……」
「へる――、」
「私にも良くわかりませんがね、リパラーレが言っていましたよ。何でも腰の病気だとかで、相当辛いものだそうです」
『椎間板ヘルニアって言ったらあれだ、腰の病気って言うか何と言うか……ま、背骨が飛び出した、とでも思っておけば間違いないんじゃないか? そう思えば、痛そうだし。実際、かなり痛い』
 人差し指をおったてた、友人の一言を思い返す。
 神父には、医学の事は良くわからないものの、
 それであまり、立っていられないとかで――確かに随分と、辛そうではあったけれど……。
 ひっそりと、心配の色を瞳に浮かべた。
 ――一方、
 そこからは遠く離れた聖堂の一角、そんな二人の会話など知るはずも無く、
「見て下さいよ、あの二人」
 影の方で、ルーンがひっそりと、オンサとサルバーレとの方に指を向けていた。
 他人を指差すのは失礼だ――それはおろか、
「……新婚早々のご夫婦みたいで」
 忍び笑いは堪える事ができたものの、表情の方まで、ルーンの意識は回らない。
 前々から随分と仲の良い二人だとは思っていたが、
 いやもう――そんな近くで、囁き合わなくても、
「ねぇ?」
「――えと、」
 突然に問われ、改めて知らない人に囲まれた時の緊張感の中に沈みこんでいたキアラが、慌てて返事を返す。
 向けられた視線に、顔を上げれば、
「駄目ですよねぇ、仮にも神父は神父、腐っても神父なんですから、」
「神父様、それって……」
「勿論褒め言葉ですよ? まぁ、そういうわけなんですから、ね、あんな風にラブラブを見せ付けられては、困りますよねぇ?」
 そこにはルーンの、金色の瞳があった。
 それでも見慣れたその姿に、キアラは自然と安堵してしまう。
 そんな彼女の心の内を知ってか知らずか、ルーンはいつものようにキアラへと笑顔を向けながら、
「まぁでも、還俗してまで結婚する、というのでしたらば、私も止めはしませんけれど」
 聖職を捨てちゃえば、まぁ結婚はできるわけですからね。
 簡単な事ではないでしょうけれども――と、向こうのサルバーレをからかうかのように付け加え、紅茶を一口する。
 ――と、
「まぁ事情があって、監督の所には頼みに行けないので……」
「でしたら、街の皆さんの協力を仰いでみてはいかがでしょう?」
 席に戻り、周囲を見回したサルバーレへと提案したのは、アイラスであった。
 神父が椅子に腰掛けたところで、
「団員の皆さんともできれば話し合いたいところですね。それから、街の人にこの動きを知ってもらう事も、大切でしょう」
 アイスクリームのスプーンを置く。
 大衆の力は、案外見逃せないものなんですよ?
「大袈裟に言えば、そうですね――『エチュード』です」
 少しだけ悪戯な微笑みを浮かべ、ソーサーに手をかけた。
「エチュードって……もしかして……、」
 練習曲(エチュード)の中でも最も有名なピアノ曲の中に、『革命』と呼ばれる曲がある。
 その引っ掛けにすぐに気がつき、
「確かにな」
 口を挟んだのは、シェアラ。
「過去にもそういう例は幾つもある。例えば市民の武装蜂起によって、その時の君主を引き摺り下ろしただの、処刑しただのとな」
「そんな、乱暴な……」
「あくまでも例としてだ。実際にあの監督を引き摺り下ろすかどうかは――そうだな、少なくとも、私の関与すべきところではないだろう?」
 それに――、
 心の中で、そっと付け加える。
 確かにあの監督の態度には少々宜しくないものがあるような気もするが、だからと言って今すぐに退任させるべき相手かどうかは、まだわからない。
 シェアラは監督に、少なくとも一年はやってみろ、と言った。
 しかしそれは、裏を返せば、
「まぁ、市民の声があれば、もしかするとあの監督も、神父の言う事に耳を貸すようになるかも知れないし、な」
 楽団が、少なくとも、一年間は今の監督と共に活動を続けてゆく、という事でもあるのだから。
 人間、お互いのことなど。書物にも、似て、
「です、ね。そうなれば、もっと落ち着いて話し合いができるかも知れませんし」
 紐解くまでは、本当の事などわからない。その上、読むのにかけた時間が、その理解に比例する場合も、しない場合もある。
「びらを配るのも、良い事かも知れません」
 だからこそそれも良い案だ、と、アイラスの言葉に、シェアラも一つ頷きを加える。
 アイラスは紅茶を一口、
「監督さんとしても、街の皆さんが皆さんで言ってきたとしたら、きっと無視できないのではないかと」
 東の国のお菓子云々も、確かに気になるところではあったのだが、アイラスとしては純粋に、それのみで人事が行われようとしている、という説を鵜呑みにする事もできなかった。
 ……あれでも、エルザード・フィルの監督に選ばれるくらいですし。
 実際に、今の団員よりも腕の良い楽士を知っている可能性は、かなり高い。
 監督が新しく入れ替えるつもりの団員に会った事があるわけでもなし、実際にどちらが素晴らしい、正しいのかなどと、アイラスにはわかるはずもないのだが、
 ――でも、まだ、数十日しか経っていないそうですしね。
 理由はどうあれ、本当に人事を行う事になったとしても。
「どうでしょう? 神父さん」
 当事者達にとってみれば、それはきっと、
 ……ある日突然、環境ががらり、と変わるのにも、等しいものがあるでしょうから。
 監督の交代がいつ頃から示唆されていたのか――という話も聞いてはいなかったが、それだけでも多分団員達は、それなりに新しい監督になれる事に齷齪している事に違いは無いのだ。
 仕事だから、仕方が無い。そういう厳しい意見も、ある意味では尤もであるのだろうが、歴史上、急激過ぎる改革に、倒れた組織は幾つでもある。
 その上、人事にしても、監督の決断と団員の理解には、時間差があって当然でもあった。前者は一人、後者は多数、多数にはあって、一人には無いものも多くある。
 例えば、和、ですとか、繋がりですとか……ね。
 明日から隣にあなたの友人はいません――言われてはいそうですか、と簡単に割り切れる人間は、それほど多くはないのではないだろうか。
「……それもそう、ですね」
 ですから何にせよまずは、もう少し時間を。エルザード・フィルの皆さんにも、それに、街の皆さんにも、それについて考えるくらいの時間はあっても、悪くないでしょうから。
「でもびらって……何を書いて配れば――、」
 しかし。
 不意に、アイラスの意見に、早速色々と考え始めていたサルバーレの言葉を遮り、
「あ、あの……」
 そこで声をあげたのは――今まで黙って話を聞いていた、キアラであった。
 控えめな声音に、全員が一斉にキアラの方へと視線を向ける。
 キアラはその注目に、反射的に黙り込みそうになっていたものの、
「その――……、」
 自分を励ますかのごとくに、クルルをきゅっと抱きしめる。
 ……ここで言わなくては、
 いつ申し上げる機会があるといいますの――。
「……わたくしに――、」
 現に先ほども、言いそびれてしまっていたのだ。
 キアラには、監督を目前にして、どうしても言い出す事のできなかった案がある。
 すなわち、
「わたくしに、一つ考えがございます……」
 ともすれば上ずりそうになる声音を、必死に低いところで押さえつける。
 上目遣いに周囲を一望し、自分に向けられる視線からは身を隠すかのようにして縮こまりながらも、何とかもう一度顔を上げ、
「その……演奏を、お聴き頂いてはどうかと……」
 新しい監督に、今のエルザード・フィルの演奏を聴いてもらえば良い――。
 ……神父様の仰るとおり、楽団の皆様の心が、本当に通じていらっしゃるのであれば、
「きっとその……わかって、頂けると思うのです――音楽には、調和が大切だと思いますし……」
 一つの音楽としての演奏を、きっとわかって頂けると、思いますから。
 例えば安息日、多くの人が教会に集い、一つの歌を――聖歌や賛歌を奏でる事がある。
 殆どが単旋律の、単純かつ素朴な旋律。しかもそれを歌う人々の中には、普段は音楽に馴染みの無い生活をしている人々も、数多いと言うのにも関わらず、
「……聴いてもらう? ですか?」
「はい――、」
 土に深く染みこんでゆく、雨水のように。一つになった時にはじめて、それは静かに、心に暖かな落ち着きを与えてくれるものとなる。
 きっとそこには、理論では簡単に説明できない何かが、
 わたくしには、専門的な事は、良くわかりませんけれど……きっとそういう何かがあると、そう思いますもの――。
「神父様も、監督様への反対のご説明に、手間取っていらっしゃったようですし……」
 言葉で説明しても、伝わらない事もあるはずなのだから。
「でしたら直接、お聴きして頂けば――と思いまして……か、監督様だけではなくて、街の皆様にも、お聴き頂ければ……――音楽は、聴衆の皆様がいらっしゃってこそ……だと思いますし……、皆様の意見をお聞かせいただければ、監督様にもその気持ちが――伝わると思いまして……あ、さ、差出がましくて申し訳ございませんけれど……、」
「手間取っていたって……キアラさん、それは違いますよ。サルバーレ神父はただ単に、あの監督さんが怖かっただけに違いありません」
「――確かに、キアラの言う事も正しいかも知れないな」
 ルーンの茶々はともあれ、と。
 必死のキアラの提案に、不意にシェアラがサルバーレの方へと視線を投げかけていた。
「あの監督が、今のエルザード・フィルの演奏をまともに聴いた事は?」
 一応、聞かせても無駄かも知れないが、という言葉は飲み込んでおく。
「ある、にはありますけれど……あまり回数も無いはずですし、交響曲(シンフォニー)なんて一度もまともに聴いていらっしゃらないのかも、知れません」
 それに私達の方も、ついこの前まで、舞踏会に向けて円舞曲(ワルツ)の練習が主でしたから。
 付け加えたところに、
「神父、少し練習すれば弾けるようになる曲もいくつかあるんだろ? だったらそれを皆に聴いてもらって、団長説得の手伝いをしてもらえば良い」
 オンサがにっこりと、笑いかけてくる。
 その言葉に、サルバーレはうーん、と天井を見上げ、細く息を付いていた。
「ええっと、今すぐ弾けそうな曲は――『交響曲第四番 イ長調 作品九十』、あああと、今流行りの『交響曲 作品十四 第五楽章』とか――あああ、でもコル・レーニョなんて聞いたら監督きっと怒っちゃうかな……」
 コル・レーニョ。音楽史の中では極めて最近の演奏技法であり、ヴァイオリン属と総称される類の楽器の弦を弓で叩くという、ある意味異端的なものでもあった。硬い弦をやわらかい木の弓の背で打つ――つまりは弓を傷めつけるような演奏方法でもあるのだから。
 勿論、音楽監督としての彼女は、楽譜に指定があればやる時にはやるであろうが、それと彼女の好き嫌いは又別の話でもあるのだ。
 変に気を悪くされても、困りますしねぇ……、
「作品十四、ですか――でしたら、第四楽章は?」
 悩んでいたところをアイラスに問われ、
「……いけますね、多分」
 そういえば、と、手を打った。
 第四楽章――そういえば、
「あれなら、監督の言うティンパニも聞かせどころバッチリです」
 アイラスの、言うとおりであった。
 作品十四といえば、各楽章に、作曲者がその音楽の奏でる物語の筋書きを書き残している点からも明らかなように、物語性の強い交響曲でもあり、
 ――四楽章は、
 第三楽章までの話の流れがまとまって、結果として主人公が処刑されてしまう、場面ですからね。
 心の中で、アイラスが思い返す。
 断頭台までの行進、そうして、処刑。この物語を描き出すために、作曲家はティンパニの比重を大きく置いた。
「なら、決まりだな」
「――良かったですね、キアラさん」
 シェアラの言葉に頷いたルーンが、キアラへとやわらかな微笑を向ける。
「いえ、そんな……、」
 気恥ずかしさにキアラが落とした視線のその先では、クルルもじっと、キアラの方を見つめていた。
 ――そんな長閑さが、十分に行き渡った頃、
「皆が花見をする中、真ん中に立つ桜の木なんて、切り落とそうにも切り落とせるやつもいないだろう?」
 普通は、な。
 付け加え、シェアラはスプーンの銀の上に乗る、淡い桜色へと視線を移した。


III, Terzo movimento

 全員による宣伝の影響もあってか、公演当日の会館は、開始時間の相当前に満員となっていた。
 皆が先日から配られていた予定表を片手に、会館の椅子に腰掛ける。
 ――そうして、演奏の開始前。
 そんな人々の姿を影から見つめながら、ほっと胸を撫で下ろすキアラの姿が舞台横にあった。
 ……良かったですわ……。
 壁際からひょっこりと、観客席の方を覗き見れば、
 あ……、
 ちらり、と開き、覗き見てくれている近くの席の人に、キアラはほんのりとした嬉しさを覚えさせられてしまう――。
 皆が手にしている予定表は、キアラが中心となって編集したものであった。
 わたくしも、少しくらいはお役にたてれば良いのですが――と、
 少しくらいは、ご協力する事ができたのでしょうか……。
 心配気味にクルルに問えば、クルルは小さな頬を、キアラのそれへとよせてくる。
 クル〜、と鳴く愛らしい声音に、キアラが静かにありがとうの言葉を付け加え――、
 それから、暫く。
 不意に舞台裏からルーンに呼ばれ、キアラはその場から小走りで去って行った。
 ――キアラの見つめていた街に配った予定表の中には、合計四曲の――否、一曲は無題であったが――曲名が書き込まれていた。
 『円舞曲 作品四百三十七』――エルザード・フィルが先日まで練習していた、という舞踏会用の円舞曲から、一曲。
 『交響曲 作品十四』――数日前に話し合った結果、サルバーレがエルザード・フィルの団員に再練習してもらったあの曲と。
 三番目の曲名は、無題。サルバーレの提案による、オンサの草笛による単旋律。
 そうして、四番目の曲名は――『前奏曲 第十五番 変ニ長調』
 それほど長くはない演奏会の予定表の中、一番最後に書き加えられていたその曲は、憂いの色のピアノ曲であった。
 奏者は――アイラス。
 サルバーレが別枠で、アイラスに公演をお願いしたものであった。

 良いですか、皆さん――。
 舞台の方から聞えてくる、団員に向けられた神父の聴きなれた声音にこっそりと耳を済ませながら。
「……全く、あの神父ときたら……」
 オンサは一枚の葉を手に、舞台裏で小さく呟きを洩らしていた。
 それは、数日前――全員で天使の広場まで出向き、びらを配っている最中の事であった。
『ねぇ、オンサさん?』
 不意に後ろからかけられたあの声音に振り返れば、そこにはサルバーレの姿があった。
『わからせる、という言い方はあまり好きではありませんが、私としましてはね、できれば監督に、お分かりいただきたい事があるのですよ……ね、唐突な話だとお思いでしょう? けれどもね、一つ頼まれ事をして頂きたくて』
 にっこりと。
 神父は微笑んで、一言。
『草笛を、披露して下さりませんか?』
 さすがにこの提案には、オンサも驚かざるを得なかった。
 しかし神父は笑顔を崩さず、
『あの響きをですね、監督にも、是非ともお聞きいただきたいんです』
 そうすれば監督も、少しくらい気を変えて下さるかも知れませんから。
 付け加え、オンサの瞳をじっと見据える。
『お願い、できませんか? きっとオンサさんの草笛なら、監督も少しは――私の考えも、わかって下さるような気がして、』
 それに、お互いに少しでも理解しあえれば、この先は、円滑に事を進めて行く事ができるようになるかも知れないから――、
 言わんばかりに、
『……私は、そういう事――悪い事ではないと、信じていますから』
 少なくとも神父は、自分の思う事を、信じている。
 だからこそ、
 我侭ですか?
 問いかける――。
 その、問いに。
『――そんなわけ、ないだろ』
 どこか照れたように、オンサは不意に、ぷいと視線を逸らしながらも、
『だけど、だからって何であたいの草笛を、』
 或いは普段なれば。
 二つ返事で了承していたのかも知れないが、ここまで言われてしまえば、逆に本当にそれで良いのかと疑問に思えてきてしまう。
 あたいの草笛で、本当に神父の思うとおりになるのか、
 あるいは、否か――。
 しかし、
「逃げないで下さいよ――か」
『オンサさん、私に言いましたよね? あんたも決めたんなら、最後まできちんとやらないと!――って』
 無駄に自信たっぷりに言われ、断れなくなってしまったのだ。
 ……その際にオンサの方も、今度の晴れた日、弁当を持って一緒に散歩に行く、という約束を、きっちりと取り付けていたのだが。
 神父の料理は、美味しいしね。
 緊張するわけでもなく、くすりと微笑を零し落とす。
 ――公演までは、あと少し。
 隙間から見えるその背中に、オンサはひっそりと応援の言葉を送っていた――いつもと同じく、目の前で彼を励ますかのように。
「だからあんたも、しっかりとやるんだよ?」

 そうして。
 一曲目、円舞曲が、終る。
 軽やかな足取り、とりどりの色彩の旋回を思わせる、華やかな三拍子――小太鼓の刻むリズムに、噂のティンパニの響く間合いも申し分無く。
 そうしてその次の交響曲も、観客の大盛況の内に幕を閉じた。
 ――基本的に、
 それは当然の事と言えば、当然の事でもあるのだが。
「でもまぁ、この分だと、」
 多分この試みは、上手くいくだろうな。
 エルザード・フィルといえば、この世界の中でも指折りとされている楽団であった。故に、演奏をすれば拍手と喝采を浴びる、という事は、言うまでも無い事ではあるのだが、観客のその表情や、演奏中の態度を見れば一目瞭然、どれほど彼等がその世界に引き込まれているのかを、シェアラは知る事ができた。
 その上、
 やっぱり暫く、監督は人事を待つべきだろうな。
 別段ティンパニがおかしいだの、何が気に食わないだの、そのような事を感じる事無く、こうして演奏を聴いている。
 自分自身、音楽の専門家でない事は認めるが、
 個人の好みで人事というのも、困りものだろうしな。
 全く――と思ったところで、
「……どう、思われました?」
「どう、とは?」
「今回のこの騒ぎの原因、結局のところ何だと思われます? シェアラさん」
 交響曲の終わりに響いた観客の拍手の余韻の残る中、隣で黙って曲を聴いていたルーンが、不意に問いを投げかけてくる。
 ルーンは、先ほどの楽曲が相当怖かったのか、膝の上でメロンを閉ざしてしまったシーピーをぽむぽむと叩きながら、
「私は今回の騒動、実に馬鹿らしいと思いますけれど」
「神父様――、」
「勿論、褒め言葉です」
「どこが」
「褒め言葉です」
 隣に座っていたキアラの言葉に答えたルーンは、シェアラのつっこみにも動じず、にこやかにもう一度言葉を繰り返す。
 そうしてやおら、舞台の方へと視線を移し、
「私はね、どうにもあの監督さんといいますのは、我侭と申しましょうか自己中心的と申しましょうか、悪く言えば――、」
「もう既に悪く言ってるだろう、ルーン」
「……とにかく、そういう方だと思うわけですよ。それにあのサルバーレ神父でしょう?――正統な理由なんて、あったと思います? 今回の件」
 先ほどまで舞台の上にあった楽器は既に片付けられ、そこには指揮を執っていたサルバーレの姿も無い。
「キアラさんは、どう思われます?」
「わ……わたくし、ですか?」
「ええ」
「……え――と……、」
 不意に話題を振られ、キアラもルーンと同じく、舞台の方へと視線を落とす。
 そうして、ふ、と、一言。
 でも、と、
「けれども、これで新しい監督様と、楽団の皆様が打ち解けて下さるのでしたら、決して無意味な事では無かったような気も致しますわ」
 小さく微笑を、零し落とす。
 まだ、結果はわかりませんけれど、
 きっと大丈夫だって――そのような気が、致します。
 胸元の十字架に、そっと手を当てる。
 その姿に、思わずルーンとシェアラとは顔を見合わせていた。
 キアラの肩の上で、クルルが小さく鳴き声を出す。
 ――丁度その時、舞台上には、オンサの姿が現れていた。

 ――引立ちますね。
 心の中で、そっと呟き。
 アイラスは舞台横から、一人舞台の上で草笛を披露するオンサの姿をそっと見つめていた。
 聞えてくるのは、先ほどまでの賑やかな演奏の中に、ぽん、と一つ、放り込まれたかのような、素朴な草笛の音色。
 曰く、彼女の部族の曲であるらしいのだが、
「……ああいうのも、良いとは思いませんか?」
「そうですね。僕もそう思います」
 指揮が終わり、舞台裏に引っ込んでいた神父に不意に話しかけられ、アイラスは素直に一つ頷きを返していた。
 ――さながらそれは、水溜りの中に一粒の雨が、落ちてきたかのように、
 円を描く波紋はゆっくりと水面に広がり、緩やかに世界を取り込んでゆく。
 と、
「確かにね、技術も大切なのはわかりますし、人事も必要な事は、わかっているんですよ?」
 それに私はあくまでも副指揮者の一人ですから――と、さほど権限もありませんから、と神父がするりと付け加える。
 しかも聖職を兼任していれば、音楽のために割ける時間も限られてくる。現に今回の件にしても、オンサやシェアラやキアラやルーン、そうして、アイラスや、その他、楽団の団員や別の副指揮者の力を借りてこその、実現であったのだから。
「あんな事言いましたけれど、実際監督は、挨拶がてらに東の国のお菓子を持参した方の中でも、チェロですとかピッコロですとか、グロッケンは人事から外しているんです。それからその件に関わっていなくとも、一人だけ人事の対象にされた方もいますし……何らかの意図は、あるのだと思いますけれど」
「そうだったんですか?」
「ええ、そうなんですけれど……ほら、私って中の人間でしょう? だからいきなり誰が悪い、ですとか言われても、正直良くわからなくなっているんです」
 だからこそ、監督の交代による、客観的な楽団の見つめ直しには、異論を唱えようとも思わない。意見は唱えるだろうが。
 しかし、
「……でも、ちょっと急ぎすぎかなぁ、と」
「確かに……まだあの監督さんがいらしてから、一ヶ月も経っていないのでしたっけ?」
「一ヶ月どころか。実は今の監督が赴任してきてから数日目で、人事に関する言葉があったんです――でも、確か五日目くらいだったんですよ? まだロクに練習もしてないのに、と思いまして、それで……」
 どうやら、そういう事であるらしい。
 今回の騒ぎの元凶は、何よりも、
 ……一番の問題は、時間間隔のずれ、ですかね。
 先を急ぐ監督は第三者、それに対して神父や楽員達は、監督には無い過去を既に背負ってしまっている。
 そうしてもう一つ、
「それにほら、もう少し経たないと、監督にだってわかっていただけない良さがあるかも知れないでしょう?」
 確かに、と、
 アイラスはこくりと一つ頷いた。
「ですからそれまで、もう少しの間は人事を待って頂きたかったんですよ。まぁ、結果としてこうして色々な方に迷惑をかけているわけですけれどもねぇ」
「――でも、」
 苦笑する神父へと、
「良いんじゃあ、ないですか?」
 アイラスは近くの台の上に置いていた楽譜を取り上げ、抱えなおして微笑みかけていた。
 草笛の演奏が、終る。
 舞台の上で、怒涛の如くの拍手の中を、オンサが照れたように頭を下げる。
「あの監督さんも相当な方みたいですし。それにエルザード・フィルの和を知ってもらう為には、良い機会なのではないかと。監督さんが技巧に拘るのもわかりますし、実際厳しい事を言えば、気持ち一つで音楽を奏でる事ができるようになれば、プロなんていらないわけですけれども、」
 そこで一旦息を吐き、
「相乗効果って言うんですか? 集団には、そういうものが無いとも言えません。折角のそれを壊してしまうのは、勿体無いでしょうからね」
 それでは、行って来ます。
 付け加え、オンサと入れ替わりに、舞台の上へと上がって行った。
 ――まぁ、僕はプロではありませんけれど、
 趣味の人は趣味の人なりに、伝えたい事を伝えられるように、頑張って来ましょうかね――?


IV, Quarto movimento

 大盛況の公演のその翌々日。
 突然呼び出され、全員は会館のある一室までやって来ていた。
 ――そこにはあの日、会館の最後部座席につん、と一人腰掛け、演奏を聴いていた、監督の姿があった。
 監督は、手元にあった紅茶を一口、
「……あと三ヶ月くらいは、とりあえずこのままにしておこうかと」
 初めに出会ったあの日と同じく、テーブルに偉そうに頬杖をつきながら、腰掛けた六人へと視線を投げかける。
 その、言葉に、
「本当ですかっ?!」
 神父が慌てて問い返す――。
 実は、演奏の後。
 キアラの提案により会館の外に設置されていた意見箱には、幾つもの感想や、応援の書かれた紙が入れられていた。
 キアラはその紙を丁寧に纏め、後日ルーンと共に、監督に手渡しに来ていたのだ。
 監督に考えを改めさせたのは、その言葉の数々と、そうしてオンサの響かせた素朴な旋律、アイラスの奏でた憂いのピアノと。
 そうして、もう一つ。
『綿の糸を使って、きちんとした布を織り上げられない奴が――絹の糸を使ってもたかが知れてるとは思わないか?』
 アイラスの演奏が響き渡るその中で、監督を見つけたシェアラが、そっけなく残したこの一言であった。
 後は、監督の判断次第だ、と。
 一流の織物師に、残された言葉。
「本当です。ただ、何かありましたらすぐに人事を考えますからね」
 極力無愛想を装い、言い返した監督の姿に、
「……ついに監督さんも折れましたか。いやぁ、良かったですねぇ、神父」
 ルーンはにっこりと、サルバーレに満面の笑みを向けていた。
 その言葉に、
「べ、別にっ! 折れたとかそういうわけではありませんでしてよ。その方が――その、」
 監督は慌てて立ち上がり、暫く考え、
「――合理的だっただけです!」
「どういう風にだい……?」
 相当な、意地っ張り。
 思いながらも、何とか切り返そうとしたのか意味のわからない捨て台詞で腕を組んだ監督へと、しかしオンサは自然とつっこみを入れていた。
 その言葉に、監督はきっと、オンサの方を睨みつけると、
「そんなの、あなたが知る必要はありませんでしょう? 私が合理的だと思ったから合理的なんです。悪い事ではありません、決して」
「いや別に、」
 悪い、だなんて言ってないんだけど……あたい。
 それとももしかして、自覚あるのかい? この人は。
「それとも、やっぱり人事、行います?」
「いえいえいえいえいえ、監督、それで良いんですよ! 多分!」
 監督から冷ややかに問いを向けられ、慌ててその言葉を止めたのは、オンサの後ろにいたサルバーレであった。
 サルバーレは、後ろからオンサの両肩に手を添えながら、
「という事で、そういう事で良いですから、今回は人事は無しという事で――、ね?」
「神父、それでは随分と投げ槍な言い方のようにも聞えますけどねぇ、」
「神父様……」
「勿論、褒め言葉ですよ?」
 きっちりと一言を添えてからのんびりと、背後にちょこん、と、控えめに控えていたキアラの心配そうな声音に、ルーンが当たり前、と言わんばかりに微笑んだ。
 ルーンはシーピーを抱えなおすと、
「でもまぁ、何はともあれ丸く収まって良かった――ですよね? キアラさん?」
 ふ、と振り返り、その先のキアラへと満面に微笑みかける。
 ――その、笑顔に、
「は、はい――」
 キアラは慌てて極力自然な動作を装い、ルーンから視線を逸らしてしまっていた。
 どきり、と小さく、驚いてしまった。
 何せその言葉は、キアラ自身が丁度その時、考えていたのと同じ言葉であったのだから。
 ……本当に、良かったですわ。
「まぁねぇ、本当はもう少しくらい、」
 お互いにそれなりに、納得しあって下さったようで――。
 ですよね、とクルルに、こっそりと視線を向ける。
 ――しかしだからこそ、
 キアラは全く、気が付いていなかった。
 肩越しにサルバーレの方を見やり、ルーンが、一言。
「受難があっても、面白かったとは思うのですけれどもね――」
 そんな五人のやり取りの一方で、
「あの様子だと――また近く問題が起こるな、きっと」
 遠巻きに呟いたのは――シェアラであった。
 今回の件が、単なる監督の勝手と我侭と私見によるものであった――という保障は無いのだが、
「気が強すぎるというか、何と言うか」
「……僕もそんなような気がします……」
 だからといって、あの監督の性格に問題が無い、という結論に至るわけでもないのだから。
「その時は――、」
「今度は口出ししないでおこうかな」
 アイラスと同じく、シェアラも心なしか、いつもよりほろ苦い笑顔を浮かべてしまう。
「言うだけ、無駄だ」
 エルザード・フィルの今後は、もしかすると少々、波乱なものとなってしまうのかも知れない。
 しかし、
「……でもまぁ、悪い人じゃあ、なさそうですから」
 アイラスの言う通りでもあり、
 或いは――、と、シェアラはふと考える。
「それに、慣れれば案外、扱い易い相手かもな」
「――確かに」
「神父に監督の扱い方を覚えてもらうのが一番かもな」
 理論立てして、押せるところまで適当に押してしまえば良い。
 説教の訓練だとか何とか理由をつけて、ルーンに話術を教えてもらうのも良い方法かも知れないな。
 ――勿論冗談ではあったが。
「……かも、知れませんね」
「――アイラスは意外と、人が悪いのかもしれないぞ」
「そう、ですかね?」
「さあな」
 短く答え、髪の毛をかきあげる。
 アイラスも小さく微笑み、シェアラと同じく、再び五人の方へと視線を投げかけた。
 その、先では。
「――ちょっとあんた、あんまり神父に近づかないでくれるかい?」
 いつの間にか、オンサと監督とが軽く言い争いを始めていた。
「あら、誰もこんなヘタレに用はありませんよ。それとも――あなたはこんなヘタレに、気でもおありなんですか?」
 今までの仕返しだ、と言わんばかりに、監督は意地悪く微笑むと、
「へ、ヘタレってヒドっ――……わっ?!」
 抗議しかけたサルバーレの背中を、突然勢い良く突き飛ばしていた。
 突き飛ばされ、運動神経には相当恵まれていないサルバーレは、数歩たたらを踏んだ挙句、
「……え……と……!」
 耳元で聞えた声音と共に、オンサはふわり、と何かの重みを抱きとめざるを得なかった。
 黒い僧衣に、長い銀髪。
 その正体に気がつき、慌てて、
「ち、ちょっと神父!」
 叫んだオンサへと。
 今度は監督が、後ろから二人を見つめているルーンと、視線を逸らしがちなキアラとを味方にしたような心地で、すっぱりと言い放った。
「まぁ、夫婦仲良く、お幸せに」
 そうして。
 二人の声音が、見事に調和する。
「「ふ――夫婦っ?!」」


Fine



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            I caratteri. 〜登場人物
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<PC>

★ アイラス・サーリアス
整理番号:1649 性別:男 年齢:19歳 職業:軽戦士

★ ルーン・シードヴィル
整理番号:1364 性別:男 年齢:21歳 職業:神父

★ キアラ・ユディト
整理番号:1735 性別:女 年齢:187歳 職業:シスター

★ オンサ・パンテール
整理番号:0963 性別:女 年齢:16歳 職業:獣牙族の女戦士

★ シェアラウィーセ・オーキッド
整理番号:1514 性別:女 年齢:184歳 職業:織物師


<NPC>

☆ サルバーレ・ヴァレンティーノ
性別:男 年齢:47歳 職業:エルフのヘタレ神父

☆ リパラーレ
性別:男 年齢:27歳 職業:似非医者



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          Dalla scrivente. 〜ライター通信
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 まずは長々と、本当にお疲れ様でございました。
 今晩は、今宵はいかがお過ごしになっていますでしょうか。海月でございます。今回はご発注を頂きまして、本当にありがとうございました。
 ……早速となりますが、ざっと、ご解説を。
 今回のお話は、Primo→Secondo→Terzo→Quartoの、全四楽章立てとなっております。
 何だか事情が埋もれ埋もれになっているのですが、要するに今回の人事と申しますのは、
 1、嫌いな和菓子を手土産にして来た団員を中心に監督が目をつけた。
 2、五日間ほどの練習の機会に、とりあえず和菓子を持ってきた人達の辺りから人事を考えた。
 3、突然の人事発表に神父が反対を表明。人事そのものを悪いと言うわけではなく、理由としてはまだ早すぎる、との事。
 よって一応和菓子の逆恨みだけではないらしいです。実際監督は数日後にまた人事発表を予定していたそうで。
 神父も神父で、これが数ヵ月後、数年後でしたらここまで意固地にはならなかったのではないかと……監督はまだ何も知らないじゃあないですか、という想いが強かったのかも知れません。
 色々ところにより矛盾が生じてしまっているかも知れませんが、基本的にはこういう対立だったそうです。――なお監督も、かなり気まぐれエルフさんみたいですので……。
 ちなみに文中に出てきました曲ですが、
『交響曲第四番 イ長調 作品九十』――JLF.メンデルスゾーン作 交響曲第4番 イ長調 op.90 『イタリア』
『交響曲 作品十四』――H.ベルリオーズ作 幻想交響曲 op.14 〜ある芸術家の生涯の挿絵
 なお、後者の中でも、第四楽章には『断頭台への行進』、第五楽章には『サバトの夜の夢』ですとか『魔女の宴の夢』ですとか『ワルプルギスの夜の夢』ですとかの題名がつけられております。幻想交響曲は、イタリアに比べれば随分とおどろおどろしい迫力に満ちているのではないかと。ちなみに前者は前に書かせて頂きましたお話に、ちらり、と通り名が出てきていたりします。
 更にもう一つ、『聖歌』という名称につきまして、ですが、旧教でのグレゴリオ聖歌ですとかを良くそう呼んだりもするそうです。一方、聖書の言葉とは別に作られたのが『賛歌』、なお、『賛美歌』とは主に新教で使う用語だそうです。賛美歌に関しましては、現実の世界ですと意外とM.ルターも有名だったりするのですが――宗教改革の第一人者としてだけではなく、ルターは結構多才な人間で、自らリュートを手に賛美歌を作ったりしていたそうで……。ちなみにグレゴリオ聖歌は、修道院の中で脈々と歌い継がれてきたものも数多いのだそうです。本当どうでも良い余談ばかりとなっておりますが……。
 更に、
『円舞曲 作品四百三十七』――J.シュトラウス II作 皇帝円舞曲 op.437
 とても華やかなワルツです。軽やかなリズムがとても……ワルツに対する評価はあまり宜しくなかったりもしますが、きちんと一つの音楽として確立されている作品も数多いような気がします。あくまでも、私見でございますが……。
『前奏曲 第十五番 変ニ長調』――FF.ショパン作 前奏曲 第15番 変ニ長調 op.28-15 『雨だれ』
 その曲名の通りどこかもの寂しい曲ではありますが、思わず黙って聞き入ってしまいたくなるような響きのある曲かと。真夜中に俄かに降り出した雨の、屋根に当たる音を静々と聞いているような心地に――なれそうなような気が致します。なお、エチュードの『革命』もショパンの作品です。
 どうでも良いような気も致しますが、曲名には算用数字を用いようかと、実は何度か悩んでおりました。基本的に縦型に対応させた形で統一しておりますので、漢字表記にしておりますが――更にもう一つ、何度も曲名をまんま出してしまおうかとも思ったのですが、一応現段階では思い留まっております。一応ファンタジーですので、現実世界の作曲家と直接結び付けても良いものかどうか悩んでしまいまして……一応、示唆する程度に留めております。
 ――大変長くなってしまいました。
 最近ずっと音楽ネタばっかりやらせていただいているような気も致しますので、次ぎはきっとそこからは離れた部分で何かを受注させていただくのではないかな、とも思います。

>アイラスさん
 一日ほどお届けが遅れてしまいまして大変申し訳ございませんでした。実はプレイングを見させて頂いた時に、一番どきっとさせられてしまったのがアイラスさんのプレイングだったりします。瞬間的に、逆の意味で神父を説得なさるものかと思いまして……。
 様々と引き伸ばしていく内に、色々とアイラスさんの考え方が、PL様の意にそぐわなくなってきているのでは――ですとか、実はかなり不安になっておりましたり……します。何かありましたら申し訳ございません、と先にこの場を借りて謝罪させていただきたく……。

>ルーン神父、キアラさん
 お二人揃ってご発注いただけまして、本当に嬉しく思いました。実はキアラさんの暴走――と申しましょうか、丁度四コマのような展開も、狙っていたには狙っていたのですが、流れの上で機会も無く、少々内気なだけ――という印象になってしまいまして、少々申し訳なく思っております。
 ルーン神父は相変わらず、プレイングではヘタレ神父を素適に励まして下さりましてありがとうございました(笑)。確かに神父が本職忘れると大変な事になるのではないかと……どうやらサルバーレの教会には助任司祭もいないようですし、シスターもおりませんので、多分お留守番はいつでもオンサさんにまかせきりなのではないかと思われますが――そんな適当で良いのでしょうか、カトリック。しかし実際田舎の教会ですとかは、普段は神父様がいなかったりもするようですけれど……。

>オンサさん
 今回は大幅にプレイングにそぐわない流れとなってしまいまして、大変申し訳ございませんでした。色々と集約していく内に、上手い展開にならなくなってしまいまして……。
 どこかにも出てましたとおり、多分最近のオンサさんは、ヘタレの周囲からはかなり評判な事と思われます。日々あの似非医者は「あんなのやめておきなって!」と嘆いているようです。――似非医者、彼女に恵まれていないようですし。先を越されてきっと悲しいのではないかな、と。
 多分前監督も、その内この噂を耳にする事と思います。ヘルニアが治ったら指揮者に復帰するのかどうかは――年なようですから、定かではありませんけれども、たまに彼が教会に顔を出した時には――からかわれないように、要注意かも知れません。

>シェアラさん
 頂いたプレイングの説得内容に、共感する点も多かった事は――こっそりと、内緒にしてみます。
 相変わらず冷静な感じで、とても素適に思いながら書かせていただきました。分野は違えども、専門としている分野があれば共通する意識も、確かに多いのではないかなぁ、と思います。特にシェアラさんの場合ですと、物事を習得していく過程も大事になさるそうですから、色々とそういう事に対しての考え方もあるのではないかな、と……。
 相手があんな自己中な監督でして――大変お疲れ様でございました。

 では、そろそろこの辺で失礼致します。
 様々なご無礼があるかとは思いますが、どうかご容赦下さりますと幸いでございます。
 何かありましたら、ご遠慮なくテラコン等よりご連絡をよこしてやって下さいませ。
 ――又どこかでお会いできます事を祈りつつ……。


24 marzo 2004
Grazie per la vostra lettura !
Lina Umizuki