<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


楽しいひな祭り?

○オープニング

「う〜ん。どうしましょう。」
「あら?どうしたの、ルディア。そんなに深刻そうな顔しちゃって。」
常連の声かけにカウンターを真剣に睨みつけていたルディアは、ハッと顔をあげていらっしゃいませ、と笑いかける。
「実は、こんな人形を拾ったんですよ。」
よく見てみると、ルディアが睨んでいたのはカウンターではなく、その上に座る一体の人形であったことが解る。
「へえ、雛人形じゃない。珍しいわね。」
「ひなにんぎょう?何です?それ?」
ルディアのもっともな問いに常連は答えた。
「異国の風習でね、女の子のお祭りって言われているの。男と女のこういう人形を…ホントはもっと多いけど飾ってね。みんなで女の子の幸せをお祈りするのよ。」
「へえ、いいですねえ。でも、…私が拾ったときには女の子のしかありませんでしたよ。」
「えっ?これは男女揃ってはじめて意味があるんだけど…?夫婦の人形だから…。」
「そうなんですか?恋人がいないっていうのも可哀想ですよね…。」
ルディアは人形を見つめると、こう呟いた。そして、顔を上げる。
「ねえ、お願いです。この人形の片割れを探してあげてくれませんか?」
なんとなく他人事ではないらしい。それは自分達にも同じで…。
「無事見つかったらパーティしましょう。ひな祭りパーティ!」
そう言って頭を下げるルディアに、常連は、あなたは頷いた。

○ひな祭りってなあに?

漆黒の黒髪に映える金色の天冠。金襴まばゆき十二単。
虹を思わせるふくら織の唐衣。五衣。上品な白い肌の人形は、異国の装い、異国の顔。
だが、その白き頬にはどこか、憂いが感じられる。まるで、誰かを待っているように…。

「ひな祭りですか…いいですねえ。風流で。僕は、男ですけど、参加してもいいですか?」
アイラス・サーリアスはルディアに微笑みかけた。青い瞳、青い髪、冷たいはずの色合いなのに、彼の笑顔と共にあると、それは春の泉のように優しげに見える。
「ええ、もちろんですよ。お人形さんだって、男女ペアですからね。大歓迎です。」
「そうですか、それは良かった。」
「あれ?アイラス、来てたんだ。」
「アイラスさん、リースちゃんが、この間はお世話になりました。」
「やあ、リースさん、ルディアさん。いえいえ、またご一緒に楽しめるのはとてもうれしいですよ。」
リース・エルーシアとティア・ナイゼラは先に来ていたアイラスを見て、微笑んだ。
ここでのパーティではよく顔を合わせる常連同士、いや、友達同士である。リースの肩の羽兎も、ティアの胸に抱かれた桃色カッパも嬉しそうである。
「ひな祭り、上巳の節句ですよね。桃の節句とも言いましたか。」
「桃の節句?」
「なんですか。それ?」
ひな祭りには、あまり、というよりまったく詳しくないルディアと、リースは揃って首をかしげる。リースはまだ、少し知識があるのでついていけるようだ。
「ひな祭り、別名、桃の節句、って言いましてね。元は厄除けに女の子の枕元に飾っていた人形が始まりで、今は春の訪れと女の子の幸せを祈るお祭りになっているんですよ。」
「確か、この頃にその桃っていう花が咲くからだっけ。」
ええ、ルディアの言葉を引きついでアイラスがさらに続ける。
「この人形は親王…異国の王族を象っているとか。王とお后ってところですね。お付きの女官や、楽師、武官などの人形も本当はあって、全部並べるとそれは綺麗ですよ。彼らのように幸せな結婚ができるように、と女の子の幸運を祈るのがひな祭りの意味です。」
アイラスのひな祭り講座に3人の少女達は思わずぱちぱちぱち、と手を叩いた。
「すご〜い、アイラスって物知りだねえ。」
「私は、ひな祭りって聞いてもよく解らなかったんです。ホントに凄いです。」
「ためになりました。」
軽く、照れた笑いを浮かべるアイラス、そして、4人はさて、と人形を見つめた。
王の后と言われれば納得のいく美しさだ。
「で、このお人形さんは幸せな結婚の相手を、今、失ってる。と。」
「他の人形は無くてもなんとかなりますが、内裏の男雛と女雛、これだけは欠かせませんね。」
「恋人が見つからないなんて、可哀想です!!絶対に探してあげましょう!」
グーに握り締めた手に力を込めるティアの言葉に、リースとアイラスも頷く。
「で、ルディアさん、この女雛はどこで見つけたんですか?」
「えっと、確か〜〜。」
見つけたところの近くに、あるとしたら男雛もあるだろう。そう考えたアイラスの問いにルディアは城へ向かう途中の大階段のところだったと話す。
「なら、その辺を探してみましょうか?ついでに、ちょっと探してみたいものもありますしね。」
「あ、あたし達も探してみるね。」
「手分けして、探しましょう。リースちゃん。」
「じゃあ、夕刻の鐘がなるまでには、見つかっても見つからなくても戻っていらしてください。ご馳走、作っておきますから。」
ルディアはお願いします。と頭を下げる。その時ぶつかったルディアの手がカウンターの人形にぶつかって揺れる。
まるで頭を下げるように動いて…。
扉を出ようとした3人は、「彼女」に答えた。頷きと微笑で…。

○アルマ通り

エルザード城の大階段に一番近い場所は、と考えれば…リースはアルマ通りを探すことにした。
白山羊亭から大階段を逆に通り、また戻る。
もちろん、軽くみたところに落ちているわけは無い。
「う〜ん、こっちじゃあないのかなあ…、あっ!そうだ!!」
リースはあることに気付き、ある場所へと走った。
「シェリル!こんにち…」
「やっぱり…見つからない!!せっかく大枚ははたいて面白いもの仕入れられたって思ったのに〜〜〜〜。あ!いらっしゃい。」
ぐちぐち、ぶちぶち不機嫌そうに呟いていた「シェリルの店」店主、シェリルは客の来訪を察すると一瞬で笑顔を作って接客モードにチェンジした。
プロである。
「どうしたの?一体?何か探しもの?」
「ああ、そうなのよ。」
リースの言葉にシェリルは実は言いたかった、という表情で話し始める。
「先日、変わった人形とその飾りのセットを仕入れたんですよ。女の子の厄を払って幸運を呼ぶっていうんであたしにもいいかなあって。でも、それが運んでくる人がドジって肝心の人形を無くしちゃったんですよ。」
「えっ?それって…。」
「男と女のペアの人形で、男の方は拾ってくれたひとが、さっき届けてくれたんですけど、女の方が見つからなくて…。心当たりありません?」
心当たりどころではない。
「あ、あのね、シェリル。実はね…。」
リースはシェリルに、自分がここに来た訳と事情を話した。おそらくは…シェリルの探していた人形の行方も…。
「えっ?ルディアが?灯台下暗しってやつ〜。こんな近くに〜〜。」
脱力したかのように下を向く。
「あの〜、シェリル?」
大丈夫かなあ、落ち込んでるのかなあ?リースが気遣うようにシェリルの肩を叩こうとした時だ。
「よ〜し、今日はお店終わり!!!」
あっけに取られるリースをよそにシェリルはいきなりカーテンを引き店じまいの支度を始めた。
そして大きな木箱を抱えるとリースの前に立つ。
「リースさん、あたしも混ぜてください。ひな祭り。もうぱーっと騒ぎたい気分なんです。その代わり、これ全部提供しますから。」
覗き込んだ木箱の中にはいくつかの道具や飾りもの。そして、綾錦の衣を身に纏った男の人形が、内裏の男雛が…座っていた。

○女の子のお祭り

「へえ、これはシェリルの店の人形だったの?」
「なるほど、いろんなものを扱っているシェリルさんのところならこういうものがあっても不思議はありませんね。」
「うん、気がつかなかったわ。」
白山羊亭では現在、ひな祭りパーティの準備、飾りつけのまっ最中である。
アイラスとティアは人形を見つけられなかったが、リースは無事に男雛を見つけてきた。
シェリルと、小道具というオプション付で。
人形は男雛と女雛だけ、アイラスの言ったような豪華にはちょっとほど遠いが、緋毛氈を敷き、金の屏風を立て道具を並べると
「綺麗ね。それに二人ともとっても幸せそう。」
ティアの言ったとおり、それは、確かにとても美しかった。
「へえ、こんなに小さな道具もちゃんと作ってあるのね。こまか〜い。」
感心したようにリースは道具の一つを手に取る。女雛の持つ扇には華や波が細かく書き込まれ、添えられた道具は、かるた、コップ、棚。楽器らしいものまである。
「面白いでしょう?多分売れないと思ったんですけどね。面白いから仕入れたんですよ。異世界人は芸が細かくてステキですよね。」
「その世界の、文化、ですね。」
うんうん、と頷きながら買って来たピーチュアの花を飾るアイラス。周りも同意するように首を縦に動かした。。
「さあ、ご馳走もできましたよ〜〜。」
「うわ〜〜♪」
ルディアが運んできたお皿に歓声があがるのはいつものことだが、今回はさらに特別。
小さな可愛い串揚げ、サンドイッチもちゃんとひし形に切ってあるし、丸いボール型に可愛く盛り付けられたフルーツも可愛い。チーズをのせたカナッペもハマグリのチャウダーも美味しそうだが、特に目を引いたのはハート型のパンケーキだった。
赤いジャムと、白いクリーム、そして茶色のクリームで花が見事に描かれている。
「あら、美味しそう。いいところに来たわね。」
料理に皆が見入っている間に聞きなれた、でも意外な声の登場に皆は振り向いた。
「エスメラルダさん?」
「シェリルからお招き頂いたのよ。一緒にお祭りパーティしませんか?って。だから、お店が忙しくなる前にちょっと覗かせて頂こうと思ってね。」
「だって、男雛を拾ってくれたのはエスメラルダさんだったんだもの。その権利はあるでしょ?」
皆は何故か納得した。
(王様も男だったってことかなあ?)
「さあさあ、パーティ始めましょうよ。」
ルディアが皆にグラスを配った。アイラスが、良かったらこれをどうぞ?と皮袋を差し出す。探し物中に仕入れてきたもの一つだ。飲み物であることが察せられたのでお互いにさしつさされつ。
注がれたグラスは乳白色で、甘い香りがする。
「アイラス、これは?」
くんくん、と鼻をならしたリースにアイラス先生はまた答えてくれた。
「ひな祭りには本当は白酒っていうのを飲むんですけど、その材料まではなかなか入手できませんからね。専門店でもないと。だから、同じ白くて甘いミルク酒を作ってみました。」
「私も手伝いました〜〜。」
はーいと明るくティアも手を上げる。
「アルコール度数はすごく低いから大丈夫ですよ。」
アイラスの笑顔に安心したようにリースもグラスを掲げた。
「じゃあ、春の訪れと女の子たちの幸せに…。」
「それでいいの?アイラス。」
「いいんですよ。…乾杯!!」
「「「乾杯!!」」」
合わされたグラスは軽やかな音を奏でた。

「このミルク酒、美味しいねえ。」
「料理も流石です。」
「これの作り方、今度教わりたいですね。彼に作ってあげたいから…。」
常連達から少しはなれたところ。
いくつかの料理の皿だけを側にグラスをもてあそんでいたエスメラルダに、気付いたリースはつっと近づいた。
「どうしたんです?一緒に食べましょうよ。」
「…私はいいわ。ここで。元々女の子ってがらじゃあないしね。」
小さなため息と、小さな苦笑。そんなエスメラルダの手はぐいっと引かれた。
「ちょっと、なあに?」
「せっかくのパーティなんですから。楽しみましょうよ。女の子同士なんですから。」
ねっ!リースの笑顔は青空のように華やかで、エスメラルダの闇色の瞳が少し和らいだ。
引かれる手を拒絶せず、パーティの輪の中に入る。
「エスメラルダさん、シェリルさん、今度いろいろお話させてくださいね。」
ティアの笑顔が、美味しいご馳走が、柔らかい花の香りがエスメラルダを出迎えた。
(…たまには、こういうのもいいわよね。)

アイラスは「幸せな恋人」同士を見つめた。カウンターの親王飾りたち。
二人並んですましているが、お互いに紆余曲折もあるだろう。今回のように。
(恋愛は双方のことを思いやれる関係が、一番ですよね。お二人さん。浮気しちゃあだめですよ。)
ピンと男雛の方の額を指でつつく。彼の返事は無かったが、誰かの苦笑と含み笑いが聞こえたような気がしないでもなかった。

ティアは雛人形たちの可愛い道具に興味があるようだ。流石に欲しいとまでは言わないが、じーっと飽きずに見つめている。
やがて、楽器に目が止る。
「楽しい場にはやっぱり歌が無いとね。一曲歌いまぁ〜す♪皆さん、聞いて…。」
「ダメッ!!」
「ピーッ!!!!」
ミルク酒に酔ったのか、頬をいつもより赤く染めたティアがいつものように歌おうとするのを、いつものようにリースは止めた。
ピンクカッパのピーちゃんも小さな手で必死にティアの口を押さえる。
「ほら、ティア。これ、美味しいよ。」
「ピーッ!ピピーピ、ピッピッ!!!」
料理を差し出し、グラスに酌をする。
誤魔化そうとしているのは一目瞭然だが、今回のティアは素直に誤魔化された。
口ににパンケーキを幸せの笑顔で運ぶ。
周囲の客達は知らない。彼らの涙ぐましい努力が、この店を守った事を。

冬に比べて伸びてきた太陽もゆっくりと山陰に沈もうとしている。
窓から射した緋色の毛氈が店を赤く染める。
誰も…気付かないけれど。
女の子は誰もが特別。男の子もみんな特別。
たとえお姫様でなくても。たとえ、王子様でなくっても。

人形達は、カウンターの上で微笑む。
願わくば、古き役目のように、彼らの厄を払い幸せをもたらすことが、できますように。と。

甘いピーチュアの花の香りが、部屋を包み込む。
少女達の祭りは、まだ終わらない…。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1125 /リース・エルーシア /女/17歳/言霊師】
【1221 /ティア・ナイゼラ /女/16歳/珊瑚姫】
【1649 /アイラス・サーリアス /男/19歳/軽戦士】

NPC
【??? /ルディア・カナーズ /女/18歳/ウェイトレスです】
【???  /シェリル・ロックウッド /女/?/?】
【???  /エスメラルダ /女/?/?】
 
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■         ライター通信          ■
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ライターの夢村まどかです。
白山羊亭ひな祭りパーティにご参加くださいましてありがとうございます。
いつも本当にありがとうございます。

今回の男雛の捜索先
正解は 黒山羊亭 エスメラルダのところ
次点正解が シェリルの店
です。理由は作中に少し書きました。
今回はリースさんがアルマ通りを探してくださったので、シェリルの店に行って頂きました。
ヒントをもう少し書いておけばよかったかなあと思っております。
ありがとうございました。

アイラスさんにはひな祭りの先生役を、リースさんにはそのアシスタントを。
そしてティアさんには雛人形探索と、NPCへの交流役をお願いいたしました。
NPCにも女の子が多いので、参加してもらいました。

七段飾りにはありませんが、親王飾りにはちょっと変わった道具があります。
かるた、琵琶、琴などの楽器があるのは本当です。機会がありましたらご覧ください。
流石にソーンに七段飾りは出せませんでした。

少しでも桃の節句を、楽しんで頂ければうれしいです。

パーティ依頼はこれからしばらくお休みして、冒険系の依頼を出していくつもりです。

改めまして、今回も、ありがとうございました。
また機会がありましたら、どうぞよろしくお願いいたします。