<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>
ヘンゼルとグレーテル
■プロローグ
「むかしむかし、ある森の中に、小さなおうちがありました。そこにはヘンゼルとグレーテルという、仲のいい兄弟と、そのお父さんと義理のお母さんが暮らしていました――えーっと、なんだっけ」
昼下がりの、白山羊亭の店先。看板娘のルディアは外に出されたいすに座り、周りを子供達が囲んでいた。
「せっかくルディアねえちゃんがお話してくれるっていうから来たのにさっ、なんだよっ」
「ごめんごめんっ、――えーっと、そうそう、で、ヘンゼルとグレーテルのお母さんがいじわるでね、ある日、2人を森の中においてってしまうの。1回目は光る石のおかげで平気だったんだけど、2回目はおうちに帰れなくなっちゃって。森の中をさまよい続けた2人は、お菓子のいえにたどり着いて――」
ルディアはまた止まった。子供達も大きなため息をついて、ルディアのスカートの裾を引っ張る
「ルディアねえちゃん!!」
「ごめんゴメン。ちょっとまってて、今思い出すから……」
しかし、ルディアはなかなか次の言葉を出そうとしない。本当に忘れてしまったようだ。ルディアがそういうと、子供達はルディアの服の裾を引っ張り、袖を引っ張り、とにかく身体で表せるブーイングの全てをする。
店はまだ開いていないが、店先でこれは今後の店には悪い。ルディアはそう思うと、口からでまかせ――ならぬ提案をした。
「じゃぁ、これから1週間後に、『ヘンゼルとグレーテル』の劇をするから。そっちを見に来てね!」
「本当〜〜?」
疑ったような目でルディアを見つめる子供達に、ルディアは胸をはった。
「お姉さんに任せなさいっ」
店が開く頃になり、三々五々に散って行く子供達を見ながら、ルディアは手を振りながらわずかに脂汗を流していた。白山羊亭のカウンターに入り、ぽつりと呟いた。
「――どうするよ、あたし」
■製作段階〜大道具〜
アンフィサ・フロストは白山羊亭で大きなあくびをしていた。外は明るくなった空の下、朝の表情を見せていた。聖都の門が開くのと同時に森から聖都の中へと入ったアンフィの朝は、いつも以上に早かったようだ。いつもは落ち着いている銀の髪も、ところどころ外にはねていた。
「まぁすたぁ〜はやすぎですよ〜」
カウンターの席に座り、アンフィはさっそくマスターにごねた。劇に参加すると言ったのは自分だったが、まさかこんなに朝早くからの召集を強いられるとは思ってもいなかったらしい。もっとも、アンフィが今日早かったのは、周りの動物達が朝早くから騒いでいたせいなのだが。
「じゃぁ、朝ごはんをあげよう。それで機嫌直してねー」
「わ〜、マスターいいですねぇ〜。サラダはドレッシングかけないで〜ジュースは果汁100%でお願いしますね〜」
「……了解」
ゴチになる立場であるにもかかわらず、アンフィはリクエストを欠かさない。と、アンフィは気付いたように立ち上がり、店のドアへと向かった。
「すみません〜忘れ物したんで〜ちょっと戻りますね〜。朝食はちゃんと作っててくれないと怒りますよ〜」
アンフィが店から出て行くのと同時に、入ってくるかげがあった。マスターがおはよう、というと、なれたように返す。
「今の、ダレ?」
「デューイさんと一緒に大道具つくる人ですよ。彼女の場合午後に音響の準備がありますから、大道具のほうはそんなにかかりっきりになれませんけど……」
「ふぅーん」
それから何分か経って、アンフィが大きな黒いものを持って現れた。ブツを半ば引きずりつつ、アンフィは腰を曲げながら歩いた。さっきまで自分が座っていたところまでブツを運んで座ると、一息ついて言う。
「マスター、朝ごはんほしいんですけど〜」
「ああ、できてるよ」
マスターはカウンターにお皿を並べた。ドレッシングのかかっていないサラダに、リンゴジュース。バターロールとクロワッサンが大量に置かれたバスケットと、コーンスープ。ほとんどが即席であるものの、見事な朝食の世界が広がっていた。
「マスター天才ですね〜」
近くにいるデューイのことなど目にかけもせず、アンフィは食べ続けた。
「マスター、あの子……」
「さっき説明しただろう? 一緒に大道具をつくる……」
「いや、なんで朝食ここで食べてるのっていう……」
「アンフィが〜働きものだからですよ〜」
デューイとマスターの会話に割り込む形で、ちぎったバターロールを口に近づけながらアンフィは言った。デューイとマスターが見つめる中、バスケットの中のバターロ−ルとクロワッサンは、順調に数を減らしている。
「アンフィさん、そろそろやめた方が」
山盛りあったはずのパンが、3個しかパンの残っていない事態にも関わらず、バスケットに手を伸ばそうとしたアンフィを、マスターが止めた。アンフィはしぶしぶ手を自分の体に引き寄せ、手を合わせてごごちそうさまでした、とおじぎをする。
どうやら彼がまとも視界にはいったのはこのときらしい。
「マスター、アンフィがぜんぜん知らない人がここに座ってるんですけど〜」
さっき自分が、デューイをマスターの会話に割り込んだのを知ってか知らずか、アンフィはのうのうと言い放った。不安の色を出しながらも、マスターはいつもと変わらぬ笑顔でいった。
「デューイさんですよ。一緒に劇の大道具を作るんです」
「そうなんですか〜アンフィサ・フロストです〜アンフィでいいですよ〜」
アンフィが笑みながら手を差し出した。
「デューイ・リブリースだよ。ボクのことは呼び捨てでもなんでもかまわないから」
「デューイくんですか〜。フツツカモノ? ですがよろしくおねがいしますねー」
「こちらこそよろしく。んじゃぁ、早速大道具の準備に取り掛かろうか」
デューイがそういうと、マスターが店の奥から紙粘土と木材、ダンボール、白の模造紙、のりを出してきた。デューイが了解して受け取ると、アンフィにのりと白の模造紙を渡し、自分は持参したはさみを出した。
「大道具は本番、ボクのミラーイメージで誤魔化すことにするんだけど……って、ミラーイメージがわからないか」
周りにクエスチョンマークを並べたアンフィの顔を見ると、デューイは了解したように頷いた。アンフィもその言葉にうなずいた。
「ミラーイメージって言うのは、幻をつくる魔法だよ。――あのバスケットを見てて」
デューイが、パンがまばらにあるだけのバスケットを指さした。アンフィが言われたようにじっとそれを見つめていると、最初は残した3個しかなかったバスケットのなかのパンが、山盛りに増えた。
「これが〜ミラーネーターですか〜」
「違う、ミラーイメージ。これで表面上はどうにかなるけど、役者が触ったりして質感が必要なものはこれじゃだめなんだ。だから……」
「この〜紙粘土とかで作るんですか?」
「そう。さ、頑張ってつくろうね」
「アンフィ、図工は結構得意ですよ〜ほら、お花〜」
即効でアンフィがつくったお花は立体的で十分それなりではあったものの、劇には不要、とデューイはお花を却下した。
■製作段階〜音響〜
大道具が作り終える頃には太陽は高く昇り、昼頃になっていた。かまど、ヘンゼルとグレーテルの家、森の木など、白い模造紙でできたそれらは、単品ではそれとは言いがたいものの、デューイのミラーイメージで表面上は本物と見間違えんばかりの出来だ。
「じゃぁ、ボクはこれで帰るね。おつかれ〜」
「お疲れ様でした〜」
デューイが白山羊亭を出ていったあと小1時間ほど経つと、白山羊亭にアイラス・サーリアスが入ってきた。アンフィが持って来たものよりも大きいブツを抱えて。アイラスがブツを置いて一息つくと、ルディアに向かっていった。
「音響は作って来ましたよ。一部作曲したものもあるんですけど、クラシックとかから取ってますね、大体。本当は全部作りたかったんですけれど、時間がなくって」
「アイラスくんは〜相変わらず〜頑張りやさんですね〜」
アンフィは振り返り、アイラスにいった。デューイが出てから昼ごはんを――またしても――マスターからいただいたので、お腹の調子も抜群だ。アイラスがアンフィの足元にある黒いブツをみると、頷く。
「今日中に録音も終らせてしまいましょう」
「アンフィは〜イマイチよくわからないんですけど〜」
「……なんでしょう」
「音響って〜何するんですか〜?」
楽しそうなのは分かるんですけどね〜と、アンフィはのどかにいった。アイラスはその中で、自分の持って来たブツに頭をぶつける衝動に駆られながらいった。
「舞台に効果音などを流すことで、登場人物の気持ちやその場面の雰囲気を出す役割ですよ」
手元にマニュアルがありそうな説明をすると、アンフィはただ、そうなんですか〜と頷く。理解しているかはこの際おいて、近くに迫った舞台のために打ち合わせをした方がよさそうだ。
アイラスはブツのケースを開け、ブツ――コントラバスを出した。標準的な身長のアイラスには、約2m程の大きさがあるコントラバスは自分の身長よりも高い。コントラバスの音調節が終ると、アイラスはアンフィのほうを振り向いた。
「で、アンフィさんのアコーディオンは?」
「私も〜準備するんですか〜? アコーディオン重たいんですよ〜?」
「……お願いします」
アンフィがつぶやきながら、黒いケースから赤いアコーディオンを出す。その様子をアイラすが確認すると、コントラバスのケースから白い紙を何枚か出した。
「僕が今からコントラバスのパートをひきますから、アンフィさんは……」
五線が入っただけの、白い楽譜をふしぎそうにじっと見つめるアンフィに、アイラスはため息をついた。この顔は、今日何度も見た表情の顔だ。
「……アンフィさんは、アコーディオンをどんな風にひくか考えてください……」
「この紙は〜使わなくてもいいんですか〜?」
「アンフィさんは、アンフィさんのままでいてください」
「言わなくっても〜アンフィはアンフィですってば〜」
アイラスは肩を落としながら自分のコントラバスを弾き始めた。一回目ではさすがのアンフィもアコーディオンを鳴らさなかったが、二回三回と、回を重ねる毎にアコーディオンのメロディがはっきりとしてくる。
何度ひいても同じメロディにならないが、それがアンフィの『味』だろう。
「本番、生演奏できないのが残念ね〜」
二人の演奏を聞きながら、傍らで聞いていたルディアがため息を漏らす。ルディアの持っている録音機で音を録音し、タイミングを見計らって、場面場面で再生していく方式だ。本来なら一人が付きっ切りでいてもいいポジションだが、即興の人材不足のため困難と判断されたのだ。
「本番になると、僕は魔女でアンフィさんは……えーっと……」
「森の仲間さんですよ〜」
アンフィはアコーディオンのバンドを肩からずらしながらいった。演奏しないときは少しずらしておかないと、肩がとても辛い。
「そう、それです」
「ごめん、台本読んでないんだけど、それってどういう……」
「ひみつですよ〜〜」
ルディアの問いかけに、アンフィが口元に人差し指をあて、微笑んだ。
■そろそろ本番!
台本の作成は僅か一日。その翌日に大道具・音響の録音があり、そのさらに翌日から練習にはいった。ギリギリの進行でも練習期間はたったの五日間だけ。デューイは舞台そででふんぞり返りながらいった。
「完成しただけマシだと思いなよ。ルディアが一週間なんてうかつなこというから……まったく、ボクがいなかったらどうなっていたと思うんだい?」
周りがそれぞれの衣装へと着替えている中で、デューイはただ一人普段を変わらない格好だった。一番普段と違うのはアイラスで、黒い服で全身を覆い、黒いケープを肩からかけ、されに三角にとがった帽子をかぶっていた。さすが『魔男』だ。
「アイラス君〜素敵ですね〜。本物の〜魔女みたいですよ〜」
そういったアンフィはウサギの着ぐるみをかぶり、動物役に扮している。舞台に出る動物は彼女だけではなく、デューイのミラーイメージで、羊や狼も出ることになっている。あくまで幻であるのだが
ルディアの宣伝効果もあり、舞台の外は満員御礼、子供達がいっぱいだ。「本物のお菓子の家」を見たさに来ている子供もいるのだろう。ちなみにこの家は劇終了後に解体されて配られる予定もある。
「これより、『ヘンゼルとグレーテル』を上演いたします……」
ルディアの口から、いつもとは違った穏やかな口調で、舞台の内外に放送が入る。精鋭五人は円陣を組んで気合を入れる。主役二人が抜け、一人が大道具の準備に走った。
■ただいま本番中
自分の舞台が近付くも、アンフィに緊張の色はなかった。脂汗などから、緊張が目に見えてわかるアイラスと比べてみれば、一目瞭然だ。デューイは二人を見比べて腹を抱えて小さな声で笑っているが、大道具を一手に引き受けるデューイは、舞台が暗転してしまえば一番忙しい人となる。
「そろそろじゃないの?」
デューイがアンフィを見ながらいった。森の仲間達はアンフィの他にも、デューイの相方ともいえる、蔵書目録に宿る精霊・リブロがいる。
アンフィが気をつけながら舞台を見ていると、ヘンゼルとグレーテルの兄妹が、《光る石》を拾えなくなってしまい、悲観に暮れている場面だ。次の場面で森の仲間達はとうとう出番となる。
「ほら、出番だよ」
パンが舞台に並んだところで、デューイがリブロにいった。その様子をみて、アンフィはその場を動き、リブロに近づいた。リブロと一緒に舞台にはいると、ヘンゼルとグレーテルの兄弟が落として行ったパンを、相互に食べていく。
「おいしいね〜はむはむ」
透明なフィルムで覆われているパンを、それを外しながらも食べる森の仲間達。舞台の外からはため息が流れ、心底羨ましそうに子供達がじっと見つめる。やがて最後の一個までたどり着くと、アンフィの手が先に伸び、透明のフィルムをはがしてパンを一口でほおばる。
アンフィたちが食べ終った頃、ヘンゼルとグレーテルが舞台に登場した。先に口を開いたのはグレーテル役のロイラ・レイラ・ルウだ。
「おにいちゃん、道しるべにおいておいたパンがないわ!」
「本当だ」
「どうしよう、私たち、どうやって帰れば……おうちに帰りたい!」
「大丈夫だよ、グレーテル。もう少し、がんばって歩こう?」
「……うん」
二人の会話など知りもせず、森の仲間達は二人に近付いた。
「あれ〜、どっかでことがあるような〜……?」
「ボクはヘンゼルです。こっちが、妹のグレーテル。実は僕たち、道に迷っちゃって……」
「あらぁ〜、大変ですねぇ〜」
森の仲間達は、自分達が食べたパンが二人の道しるべ――いわば命綱だったことなど知りもせず、二人にいった。
「そういえば〜、満月の夜に月に向かってまっすぐ歩くと〜家があるって聞いたことがありますね〜」
「本当ですか!? ありがとうございます!」
ヘンゼルは頭を下げ、グレーテルの手を引っ張って舞台を歩きまわる。その間に森の動物達は退場し、お役ごめんである。
「おいしいパンでしたよ〜マスター。やっぱり焼きたてが一番ですね〜」
袖で控えていたヘンゼルとグレーテルの父親やくのマスターにそういったかどうかは、……99%真実なわけで。
■エピローグ
傍らで子供達がお菓子の家を食べる中、アンフィを除く制作者御一行は白山羊亭のカウンターでマスターから酒を一杯進呈された。アンフィはそばでお菓子の家解体に燃える子供達と一緒にクッキーをほおばっていた。
「ひょほは〜あんふぃのれふ〜」
例え相手と自分の年齢差が1世紀半あろうと、アンフィの態度はかわらない。アンフィの隣では同じ森の仲間やくのリブロが熱心に食べている。
「お菓子の家、おいしいですねーっ」
「チッチィ!」
そこはカウンターの傍ら。アンフィにはグラスに注がれたワインより、夢一杯のお菓子の家の方が格別においしいのであった。
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■ この物語に登場した人物の一覧 ■
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< アンフィサ・フロスト >
整理番号:1965 性別:女 年齢:153 クラス:花守
< ロイラ・レイラ・ルウ >
整理番号:1194 性別:女 年齢:15 クラス:歌姫
< デューイ・リブリース >
整理番号:1616 性別:男 年齢:999 クラス:守護書霊
< アイラス・サーリアス >
整理番号:1649 性別:男 年齢:16 クラス:軽戦士
< シノン・ルースティーン >
整理番号:1854 性別:女 年齢:17 クラス:神官見習い
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■ ライター通信 ■
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遅れてしまって申し訳ありません!! ヒー! 天霧です。
二度目の発注ありがとうございます。
プレイングには『食』の言葉はひとつとしてなかったはずなのに、
なぜ今回のアンフィは騒ぎ立てない代わりに、
こんなに食べているのでしょうか……ふしぎです。
音響は前回もお世話(?)になった2人組で書きやすかったものの、
あまり出番がありませんね……; いや、ビックリですよ、音響は(笑)
「森の仲間達」は予想していましたが、
かと言って考えていたわけではなく……
今回の感想など、戴けたら光栄です。それでは、またの機会に。
天霧 拝
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