<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


秘宝の呪い

「ここで依頼を受けてもらえると言うのは、本当だろうか?」
 白山羊亭で元気よく働くルディアに、一人の旅人らしき男が声を掛ける。被っていたフードを下ろし、頬にかかった漆黒の髪を首を振って分けると、額にバンダナをしているのが見えた。
「あ、はいっ、ご依頼のお客様ですね?もちろんお受けしますよ。ここは、たくさんの情報と知識が詰まった場所ですから」
 一瞬、見事なまでの黒髪に目を奪われていたルディアは遅れてそう返事を返した。そして男を空いているテーブルへと案内する。
「旅人さんですね。どういったご依頼を?」
「…こいつを見てくれ」
 静かに座った男は、肩で止めてあった草臥れたマントを捲り、ルディアにマントの中を見せる。そこには、『魚』が彼に張り付くように隠れていた。
「お魚さんですね。………えぇっ!?お魚さんが、なぜこんな所に!?」
 普通に受け答えした後、ルディアは頭の中で自分の言葉を反転させ、それからその場で声を裏返した。それに、周りの者達も自然と視線をこちらに向ける。
「…俺の名はセリュウ。トレジャーハンターをしてるんだが、目的の『獲物』にトラップが仕掛けてあって、相棒がこの様なんだ。何とか元に戻せないだろうか?」
 集まった視線を好機と受け取った男は、皆に振り返り、そう説明をする。肩にいる『魚』は、その多くの視線にビクビクしているようだ。
「…どなたか解決策をご存知の方、いませんか? このままではお魚さんが可愛そうです」
 ルディアは男の前へ一歩出て、集まったままの視線へと、そう言葉を投げかけた。

 セリュウの前に現れたのは2人の女性だった。一人は鬼灯(ほおずき)と言う、切り揃えられた腰までの黒髪の、意思を持つ自動人形。小袿姿の背には、大きなゼンマイがついている。『呪いの類であれば力になれるかもしれない』と申し出てきたのだ。幼き少女の姿と人形だと言う現実に、セリュウは少しだけ理解に苦しんだが、『ここは何でもありな所なんだ』と言い聞かせていた。
 そして、もう一人は短い黒髪の女侍。名を習志野 茉莉(ならしの まり)。帯刀している袴姿が凛々しい。彼女は『呪いの事は解らないが、力になれるものなら』と前に出てきた。二人とも、『魚』となったセリュウの相棒を、まじまじと見つめていた。
「………」
 普段、こう言った女性との接触があまりにない為か、セリュウは押され気味になりそうになっていたのだが、『魚』に突っつかれ、咳払いをした。
「お二人が協力してくださるんですね?無理をしないで、頑張ってくださいね」
 その様子を見ながら、ルディアは3人に声をかけて、にっこり笑って見せた。そして彼女は自分の仕事へと戻っていく。
「まずは状況から聞こうか」
 茉莉が、セリュウの目の前に座り、そう言った。鬼灯はその場から動かず、セリュウの言葉を待っている。
「…あ、ああ…さっき話したとおり、俺の仕事中に、ウィスティがこうなってしまった。俺達トレジャーハンターは獲物を見つけたらまず、トラップや呪いの類はチェックするんだが、今回はそれが間に合わなかったんだ。あ、『ウィスティ』ってのは、こいつの名前で、女の妖精だ」
「…まぁ、精霊、ですか…」
 鬼灯がそう、言葉を返す。彼の相棒が妖精だと知り、尚更興味を持ったらしい。
「その宝物は持ち帰り、今は手元にあるのか…?」
 茉莉が続けて口を開く。するとセリュウが言葉なく頷き、テーブルの上に捕ってきた獲物を静かに置いた。
「…これは…?」
「『女神の涙』と言われている、水晶だ。…まぁ見たとおり、石の固まりなんだけどな」
 セリュウが二人の前に差し出したものは、水晶の原石だった。男の手の握り拳ほどの大きさだ。
「…習志野さま、触れてはなりません」
 茉莉がその原石に触れようと手を伸ばした途端、鬼灯がそれを制止する。そして『よろしいですか?』と続けて、彼女が手をかざした。
「………」
「…何か感じるか?」
 セリュウがそう問いかけると、鬼灯はゆっくりと首を振る。身を乗り出してそれを見ていた茉莉も、軽く溜息を吐いて、椅子に座りなおした。
「この原石からは、何も感じ取れません。仕掛けられた罠自体に、呪いのような物があるのかもしれませんね…。あった場所へと案内はお願いできますか…?」
「…あ、悪い…。トラップが発動した途端に、崩れてしまって、跡形も無いんだ…水際だったしな」
「ますます厄介な問題だな。危険なものなのだろうか?」
「いや…この手のは、そんなに強力なものじゃないと思う。ただ、コイツが呪いやトラップに、掛かりやすい体質なんだ。引き寄せられるって言うのか…?今回も、俺が止めに入る前にコイツが勝手に先に進んでしまって、結果がこう、だったからな…」
 セリュウがそう言いながら『魚』をみると、彼女は怒っているのか、ふい、と顔を逸らしてあさっての方向を見ていた。
「…ウィスティ君はご機嫌ななめらしい」
 それを見ていた茉莉は、ふ、と大人の笑みを漏らす。
「ウィスティさま、よろしいですか?」
 鬼灯は『魚』に歩み寄り、声を掛ける。すると彼女はビクついていたが、セリュウに促されて、渋々、鬼灯の手のひらに降りてきた。
「………」
 鬼灯が何かを読み取っている。それを茉莉とセリュウは、黙って見つめていた。
「…ウィスティ様は妖精であるためか、繊細なのでしょう。原石にではなく、ウィスティ様自身に呪いの様なものが感じ取れます」
 鬼灯がそう言うと、ウィスティは彼女の元を離れて、セリュウの傍へと移動した。
「私は呪い関係はよく解らないのだが…封印の塔で根源を引き出してみるのはどうだろうか?」
「封印の塔と言うと…ケルノイエス・エーヴォ様がいらっしゃる…?」
「そうだ。呪いのアイテムの封印が目的の場所だが、応用でウィスティ君を助けられるかと思うのだが…」
 茉莉と鬼灯が、会話を続ける。
 セリュウとウィスティはこの世界に来て間もないものである為に、会話の内容がいまいち解らないままだった。二人顔を見合わせ、首をかしげている。
「セリュウ君、腕に自信は?」
「…え?ま、まぁ、それなりには…」
 茉莉が急にセリュウに向かって話を振る。
 それにセリュウは慌てて、返事をした。彼は長剣こそは扱えないが短剣であれば扱いは得意なのだ。トレジャーハンターとして、当然といえば当然の話だが。
「わたくしも、支援的な攻撃なら可能です」
 といいながら、鬼灯は左腕を差し出し、その形を変えていく。見る間に左腕は大砲となっていった。
「呪力を変換させ、攻撃が出来る『鬼砲』です。お役に立てるかと」
「私も腰の刀は飾りではない。こうして自ら名乗り出た以上、最後まで協力させていただく」
「………」
 見た目以上の女性を目の前に、セリュウは始終驚き隠せずに、押され気味なままでいた。



「セリュウ君!!そっちに行ったぞ!!」
「…、解ってるっ!!」
 封印の塔内。
 言うまでも無く戦闘中と相成った、セリュウ達。
 茉莉の言った応用と言う形で、ウィスティ自身に掛けられた呪いを解くために、具現化させた呪い――即ちモンスターと、戦うこととなったのだ。
 セリュウが茉莉の掛声に応えると同時に、懐から小短剣を取り出して、モンスターに投げつけた。身軽なトレジャーハンターだけあって、身体だけはよく動く。
 セリュウが投げたナイフは全て的中し、壁に『多くの足』が打ちつけられる形となった。
「…仕留められるか?」
「いいえ、お待ちください!」
 一旦、茉莉たちの動きが止まった。しかし、鬼灯が貼り付けられた敵を見据え、戦闘態勢を崩さすに居る。
 彼女の読みは、どうやら当たりのようだ。
 貼り付けられたモンスターは大きな身体に力を入れ、捕らえられた足を、ナイフごと壁から引き抜き始めた。
 足の多いモンスター。
 ウィスティが『魚』となった事、秘法があった場が水辺であったことから想像も出来たが、それはクラーケンだったのだ。
 足が多いと言うだけでも、厄介な相手である。
「…、危ないッ!!」
 ガラガラと、音と共に壁が崩れ始め、それがセリュウ達の頭上に降りかかってくるのを、彼が先に察知をした。
 そして茉莉と鬼灯を両脇に抱える形で、その場から飛び移り、難を避けた。
「な!?」
「………」
 二人は突然なことに、目を丸くしていたが、状況を読んだらしく、直ぐに体制を整える。
「すまない、言うより行動したほうが早かったんだ」
「…いいえ、多少驚きましたが、助けていただけたことには変わりません。有難うございます」
「助かった。礼は言わせてもらうが…まだ先が長そうだぞ」
 それぞれに、敵との間合いを取りながらの、会話である。
 クラーケンはウネウネと足を動かし、少しも傷ついていないかのような動きを見せていた。
「…くそっ小短剣じゃ威力も届かないか…!」
「私がある程度ダメージを与えてみる、もう一度動きを止めてはくれないだろうか」
「わたくしも加勢致します」
 鬼灯の左腕の大砲『鬼砲』は、呪力を重力に変換させて発動させるものらしい。先ほどから相手の動きを見極めつつ、その呪力を溜めていたようだ。
 茉莉は言うが早いか、身体は既に刀を構え、攻撃準備は整っている状態だ。
 セリュウも彼女らに遅れを取らぬよう、腰の短剣を引き抜き、敵に飛び込んでいった。
 ウィスティはどうしているかと言うと、戦闘が終わるまでは眠らされている状態で、ケルノイエス・エーヴォのもとにいる。
「…今度は、少しは保ってくれよ!」
 その腕に、直に感覚が伝わる形で。
 セリュウは短剣を握り締め、クラーケンの中心部を貫き、壁へと再び打ち付けた。
『―――!』
 クラーケンは悲鳴のような声を上げる。
 それに一瞬怯みはしたものの、茉莉は斜め一文字にそれに刀の一撃を入れ、鬼灯は離れた場所からの大砲攻撃をクラーケンに打ち込んでいた。
「…ッ!!」
「おや、気がつかれたかな?」
 ケルノイエスのもとの、ウィスティがビクリと震えた。塔の管理人のケルノイエス本人は、実に落ち着いた物腰で、彼女を見守っている。
「そろそろ、決着が付きそうなのですかね…」
 花かごの中にいるウィスティは、『魚』の姿と本来の姿である『妖精』とで、交互に形を変えている。どうやら、ケルノイエスが言うとおりに、決着が近いようだ。
「早く、本来の姿に戻れるといいですね」
 ケルノイエスが独り言を繰り返していると、塔の中が、一度だけ、グラリと揺れた。

「悪戯だと!?」
「…なにか、そのような事を仰っていますが…」
 戦いが終わったようでは、あるのだが。
 満身創痍、とまではいかないが、三人とも小さな傷や土ぼこりでその姿を汚したまま、敵であったモノを囲んだ状態で、その場に居た。
 先に声をあげたのは、茉莉である。
 そしてそれに応えたのは、鬼灯だ。
「………」
 セリュウにいたっては、呆れかえっているのか、うな垂れたままで声も出せない状態に居た。
 クラーケンは茉莉と鬼灯の一撃で、倒された。しかし、その姿は『縮小された形』で、残っている。解りやすく言えば、『槍烏賊』のサイズだろうか。
 小さくなったクラーケンは弱々しく、命乞いを始めたらしい。それは鬼灯にしか聞き取れない言葉で、言っているようだ。彼女がクラーケンに手をかざして、言葉を解読している。
「まったく、子供のすることと同じではないか…ウィスティ君はかかり損みたいなものだぞ」
「…ですが、この方はまだお小さいようですし…ここまで大事になるとは思わなかったそうですよ」
 二人の会話を整理すると、こうなる。
 このクラーケンはまだ子供で、まだ遊びたい盛りであった。たまたま遊びついた場所に水晶が隠してあり、それを人間達が狙っていると知ったクラーケンは、脅かし半分で其処に居座っては、悪戯の限りを繰り返していたそうなのだ。
 そして今回、その定番化した遊びにも飽きたのか、別の試みを――水晶を取りにきたモノに、自分が乗り移り、自由なことをしてみようと言う、後先考えずの行動を、実行させてみた結果、セリュウ達がものの見事に掛かってしまったと言うわけだ。
「傍迷惑な話ではないか。セリュウ君だって、本気で心配していただろうに」
「…ま、そうだな…」
「もうしないと仰っていますし…どうでしょう?このまま逃がしてあげませんか?」
 クラーケンは話の通じる鬼灯に甘えているのか、彼女の後ろに隠れながら、必死に頭を下げていた。どうやら謝っているらしい。
「……最終的な答えは、君が出すべきだと思うが? セリュウ君」
 茉莉がそう、促してくる。
 言いたいことは山ほどあったのだが、セリュウも事の結末に疲れたのか、早くこの場から離れたいと言う気持ちでいっぱいで、茉莉に頷いて見せた。
「俺だって非道じゃないさ。お前がこんな性質の悪い悪戯をもうしないと約束するなら、旅先の海で逃がしてやる」
 一歩、クラーケンに足を進め。
 咳払いをした後、鬼灯の後ろに隠れたままのその『子供』にセリュウはそう言い、クラーケンもそれに頷き返し、そこでようやく、安堵の溜息が一行から漏れた。
 それから三人はケルノイエスの元へと足を運び、彼に預けてあったウィスティと再開を果たし、ケルノイエスに経緯や、外の話などを一通り聞かせた後、封印の塔を後にするのであった。

 そして再びの、白山羊亭。
「とんだ一騒動だったな」
「…すまない、何だかとんでもない一軒に巻き込んでしまった…」
 茉莉の一言に、セリュウはただ、謝罪の言葉を繰り返すばかりだった。
 しかし茉莉は怒っている素振りではなく、セリュウに頭を上げるように促す。
「何より、ウィスティさまが元の姿に戻ることが出来、良かったですね」
「その通りだ。それで十分ではないか?」
 鬼灯の言葉に、茉莉が続く。
 そんな二人の言葉をセリュウはありがたく受け止めて、笑い返した。すると元に戻ったウィスティも二人の前に飛んで行き、
「協力してくれてありがとう。相手はとんでもないオコサマだったけど、元に戻れたのは鬼灯さん、茉莉さんのおかげだよ!」
 と、元気よく頭を下げ礼を言った。
 それをみて、二人は笑顔を返してくれている。
「この世界には驚かされる事ばかりが多いが…その分いい体験も出来て、良かったと思っている。暫くは滞在するかもしれないな」
 セリュウはそう言いながら、手にしていた皮袋の中身を探り、手のひらほどの小さな皮袋をテーブルの上に差し出した。どうやら、謝礼の金貨がそれぞれに入っているらしい。
「どこかで逢えたら、気軽に声をかけてくれ。今回は本当に助かった、有難う」
 何も言わずに受け取って欲しいと。
 そう言うものなのだろう。二人も頷きながらそれぞれ皮袋を受け取った。
「お役に立てたようで、良かったです。こちらこそ有難うございます」
「今度は共に、酒でも交わしたいものだな」
 そこで三人とも、笑顔で別れを告げた。
 お互いが、お互いの求める、道を歩くために。

 余談であるが、その後のクラーケンがどうなったかと言うと。
 より詳しく話を(どうやらウィスティに訳して貰って、の会話らしいが)していると、親と逸れていたらしく、その親が居る海まで世話をする羽目になり、暫くはセリュウの気苦労を増やしていたようだ。

-了-



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    登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  
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【整理番号 : PC名 : 性別 : 年齢 : 職業】

【1771 : 習志野茉莉 : 女性 : 37歳 : 侍】
【1091 : 鬼灯 : 女性 : 6歳 : 護鬼】

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          ライター通信          
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ライターの桐岬です。この度はご参加有難うございました。
そして大変長らくお待たせしてしまい、申し訳ありませんでした。それでも少しでも楽しんでいただけたらな、と思っています。
鬼灯さんも茉莉さんも、とても素敵な方達で、どう動かせば引き立たせることが出来るだろうと物凄く悩んでしまいました…。
言い訳にしかなりませんが途中、体調も崩してしまい、納品がギリギリになってしまった原因の一つにこれも入ってしまい、本当に申し訳ないと思っています。今後このような事が無いように精進致します。
今回はうちのセリュウ達にお付き合いいただき、有難うございました。

※誤字脱字の見落としがありましたら、申し訳ありません。

桐岬 美沖。