<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


チョコレートの魔法
「ええっと……あの、ごめんなさい、白山羊亭って、こちらでよろしいんですよね?」
 恐る恐る、といったふうな様子で、白山羊亭に金髪の少女がはいってきた。年の頃は14,5歳、大人しそうな可愛い女の子だ。
「実は、私、バレンタインにチョコレートを手作りしたいんですけど、ものすご〜く不器用なんです! お願いします、私と一緒にチョコレート作りをしてくださいませんか!?」
 少女は頬を赤くしながら、白山羊亭の入り口で、必死に訴えるのだった。

「僕でよければ、お手伝いさせてください」
 いつものように白山羊亭を訪れていたアイラス・サーリアスは、そう優しく声をかけた。
 すると女の子はぱっと顔を輝かせる。
「本当ですか!? ありがとうございます!」
「私も、もしよろしかったらお手伝いしましょうか?」
 そこに、もうひとり金髪の女性が声をかけてくる。
「ああ、よかった……これで、きっとなんとかなりますよね。じゃあ、私の家までいらしてください!」
 女の子はすっかり興奮しているらしく、アイラスたちの名前も訊ねずに歩き出した。

 しばらくして、3人は女の子の家の台所にいた。
「別に、そんなに難しいチョコレートじゃなくてもいいんです。っていうか、私、そんなに難しいのは無理だと思うから……」
 ティナ――依頼人である女の子の名前だ――は一息にそう言った。
「いい心がけですね。料理に大切なのは『バランス』と『分量』ですから……お菓子作りは難しいんです。最初から、一緒に作っていきましょうか」
 アイラスはうなずいて、ティナに言った。
「それでは、まずはカカオ豆の選定から入らなくてはいけませんよね」
 そこで、もうひとりの女性――ラピス・リンディアがとんでもないことを言う。
「違いますよ! 普通、手作りチョコレートを作る場合には、既にあるチョコレートをとかして型に流し込むんです!」
 専門店ならともかく、一般の女性が豆からチョコレートを作ることはほとんどないと言ってもいい。
「あら……そうだったんですね」
 ラピスは頬を染めて恥ずかしそうにうつむく。
 どうやら、彼女は料理はあまり得意ではないらしい。
「ええ、そうです。だいたい板チョコレートから作るんですが……ティナさん、板チョコレートは用意してありますか?」
「あ、はい! 一応、白いのと茶色いのと両方あります」
 ティナはあわてた様子で、材料となるチョコレートを出してくる。
 かなり余裕をもっておこうと考えたのか、それとも他に理由があるのか、通常必要な量と比べればとんでもなく多い。通常の3倍はありそうだ。
「それだけあれば十分です」
 アイラスは笑顔でうなずいた。
 これだけあるなら、3人でそれぞれ一緒につくりながら説明する――ということもできそうだ。
「それじゃあ、一緒に作りましょうか」
 アイラスは山の中からチョコレートを手に取りながら、ティナに向かって微笑みかけた。

「まずは、チョコレートを湯煎するんです」
 自分の前にある大きなボウルにぬるま湯を注ぎながら、アイラスは笑顔で言った。ティナは真剣に、アイラスの手つきを見つめている。
「湯煎……ですか?」
「ええ。チョコレートをまずはとかさないといけませんよね? だから、チョコレートを細かく刻んでボウルに入れて、お湯を入れた大きめのボウルにつけてとかすんです」
 アイラスはティナに説明しながら、ナイフで手際よくチョコレートを削っていく。ティナがその手を見ながら、おぼつかない手つきでナイフを握る。
「刃物は危ないですから、気をつけてくださいね」
「はい、がんばります!」
 ティナは大きくうなずき、おそるおそるチョコレートを削り始める。
 一方、そのうしろでは、ラピスがチョコレートを湯の中に放り込んでいた。どうやら、湯煎、という言葉をなにか勘違いしてしまったらしい。
「……ラピスさん、それは湯煎じゃありませんよ」
「えええええっ!」
 アイラスがツッコミをいれると、ラピスは大げさに驚く。
「ま、まあ……大丈夫です。きっと。最終的に水を蒸発させればきっと!」
「水を蒸発させたら、固形に戻ってしまうのでは?」
「……」
 アイラスの言葉に、ラピスはがくりとする。だがすぐに顔を上げ、めいっぱい力みながらラピスが叫ぶ。
「愛があればいいんです!」
「愛情のない料理は味気ないものですが、愛情だけではおいしい料理はできませんよ」
「……うぅぅ」
 ラピスは小さくうめくと、机に突っ伏した。
「……なんだか、私、元気が出てきました。ラピスさんみたいな方もいるんですよね。私……がんばります!」
 ティナの言葉にさらにショックを受けたのか、ラピスはすっかり魂が抜けた様子になってしまう。
 アイラスはそれを見て苦笑をもらしながら、手元ではチョコレートを削りつづけた。

 ――そんなわけで、しばらくして、それぞれにチョコレートが完成した。
「……まるで私が作ったんじゃないみたいです!」
 自分のつくったチョコレートを見て、ティナが歓声を上げる。
 ティナのつくったチョコレートは、料理が苦手だと言っていたわりには、なかなかにいいできだった。
 ホワイトチョコで書いたLoveの文字は少々よれていたが、慣れていないにしては上出来だ。
「……」
 一方、その隣では、ラピスがこの世の終わりでもきたかのような顔でうなだれていた。
 彼女のつくったチョコレートはムリに水分を蒸発させたせいでヒビ割れができており、その上、炎の魔法かなにかで水分を蒸発させたのか、ところどころ型がコゲている。
 よくいえば非常に個性的な仕上がりとなっていた。
「ラピスさん、大丈夫です! 私だってできたんですから、きっとラピスさんだってできるようになりますよ! ね、アイラスさん?」
「え? ああ、そうですね……がんばったらなんとかなるかもしれませんね」
 話を振られ、アイラスは曖昧にうなずいた。
 ちなみに、アイラス自身のつくったものは一番できがいい。このままその辺の店頭に並んでいたとしてもおかしくないようなできだ。
 ラピスはそれをじいっとうらめしそうに眺める。
「これから、みんなでがんばりましょう! いいですよね、アイラスさん」
「ええ、こうなったら乗りかかった船ですから。最後までつきあいますよ」
 どうやったらここまでのものがつくれるのか、逆に興味がある。アイラスは内心腕まくりをしながら答えた。

 ――その後、ラピスが無事にチョコレートをつくれたのかどうかは、「乙女の秘密」ということらしい。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【1649 / アイラス・サーリアス / 男 / 19 / 軽戦士】
【1892 / ラピス・リンディア / 女 / 21 / 魔女】

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■         ライター通信          ■
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 はじめまして、発注ありがとうございます。今回、執筆を担当させていただきました、ライターの浅葉里樹と申します。
 今回はひたすらギャグに徹するとのコトでしたので、このような感じに書かせていただきましたが、いかがでしたでしょうか? お楽しみいただけていれば、大変嬉しく思います。
 もしよろしかったら、ご意見・ご感想・リクエストなどがございましたら、お寄せいただけますと喜びます。ありがとうございました。