<聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記>


強王の迷宮【地下4階】
●オープニング【0】
 『強王(きょうおう)の迷宮』と呼ばれる場所がある。聖都エルザードから北西方向へ数日向かった岩場の地下にある迷宮だ。それを作り上げたのは、自らをある日『強王』と呼び始めたドワーフ・ガルフレッド。
 だがある冒険者たちがヴァンパイアと化していたガルフレッドを倒した結果、現在『強王の迷宮』は各種ギルドの管理下に置かれ、新たに発見された地下4階以降の探索が行われている所である。
「その各種ギルド連名での依頼よ。地下4階における探索の障害となる物の排除」
 そう言い、エスメラルダはワインを1杯すっと差し出した。
「『鎧に気を付けろ』……迷宮に勝手に忍び込んだ盗賊が、そう言ってこと切れたらしいわ。その身体はずたずたに斬られ、さらには腫れ上がっていた、と」
 なるほど、ギルドとしてはある程度の安全を確保出来ないと探索が続けられないということか。それで、冒険者へお鉢が回ってきたのだろう。
「どう、引き受けてもらえるかしら?」
 妖しく微笑むエスメラルダ。
 冒険者としては、ここで引き受けなきゃ話にならないでしょ――。

●ようこそ『強王の迷宮』へ【1】
「久し振りに気兼ねなく暴れられる……って訳か」
 ごく自然に指をパキポキと鳴らしながら、身の丈ほどあろうかという大剣を背負い、銀色の長い髪を後ろでまとめている青年――言葉を発したからこそ、そうだと分かるのだが――レイ・ルナフレイムが言った。
 ここは複雑に入り組んだ岩場の一角にある迷宮の入口前だ。言うまでもない、『強王の迷宮』のある場所だ。
 周囲には各種ギルドが協力して探索中ということもあるからか、小さいながらも詰め所がいくつか出来ていた。以前ならいざ知らず、今は全く無人の場所ではない場所となっている。
「ふん、どいつもこいつも不安そうな目で見てやがる」
 詰め所の前に立って迷宮の入口の方を見ている各種ギルドの連中の視線に気付き、多腕族の戦士・シグルマが口を開いた。4本ある腕各々に、剣・斧・鉄球・金槌と異なった武器を装備し、白虎模様の鎧に身を包んだ男性である。
 こうして2人並ぶと、シグルマががっしりした体格のためか、普通体型のはずであるレイが若干細く見えてしまう。もっともレイの場合はその外観による印象もあるのかもしれないが。
「この人数だからな。無理もないだろ」
 仕方ないといった様子で言うレイ。そう、入口前にはレイとシグルマ、2人の姿しかなかった。怖じ気付いたのか、それとも他の依頼で人手が取られてしまったのか、これだけしか集まらなかったのである。
「ま、各ギルドに名を売る絶好の機会だ。期待が薄い分、返りもでかい……か」
 シグルマがニヤリと笑った。経験上、こういう状況は何度か味わっている。それゆえに、成功した時の相手方の反応が想像つくのだ。
「さて、そろそろ中に入るか」
 そう言ってシグルマが迷宮の中へ入ろうとした時、レイが呼び止めた。
「ちょっと待った」
「ん、どうした?」
「予め言っておくが……俺は狂戦士だからな。気を付けろよ」
「狂戦士だと?」
 シグルマの眉がぴくっと動いた。狂戦士――簡単に言えば、何らかの要因により精神的なたがが外れ、狂ったように戦い続ける者のことだ。要因には流血や精神的衝撃など様々あるが、個人によって異なる部分はある。
「たがが外れたら、自分で戻るには戦いを終わらせるかくたばるか、とにかく動けなくなる必要がある。その時は遠慮なく、殴るなり魔法をかけるなりやってくれて構わない」
 レイはそこまで話してから、視線をシグルマの頭から爪先まで動かした。
「……どっからどう見ても殴る方だよなあ」
 軽口を叩くレイ。確かに、このシグルマの格好で『実は魔法しか使えません!』だったなら意外過ぎるほど意外なのだが、そういうことは全くない。シグルマはれっきとした戦士である。
 かくして伝達事項を済ませた2人は、いよいよ迷宮へと乗り込んでいった。

●いざ探索へ【2】
 迷宮内部は一面の白だった。単に岩を掘っていっただけの造りかと思えばさにあらず、壁や天井等もきちんと磨かれており、塗装も施されている。さすが、ドワーフの仕事といった所か。
 迷宮の1区画は5メートル四方、2人横に並んで十分に敵と戦うことが出来る大きさだ。何とも無駄に贅沢な造りである。
「聞いた話だと、地下3階までは敵はまず出てこないらしい」
 ランタン片手に、レイがゆっくりと辺りを見回して言った。足元にはレイが召喚した黒狼たちが、うろうろと歩き回っていた。
「ああ、俺も聞いた。結界の魔法……だったかよく知らねぇけど、悪しき存在が出てこれないようにしたとか何とかって話だな」
 酒場で聞いた話を思い出し、シグルマが頷く。そしてレイがふと気付いたように、こう付け加えた。
「けど、盗賊が入れる時点で、何か穴あるんじゃないか?」
「言えてらぁな」
 恐らく結界の外から出入りする分には、何の影響も受けないのだろう。でなければ、そもそも盗賊が入れる訳がないのだから。まあ探索と安全のことを考えると、このような形の結界が必要だったのかもしれない。
 さて、2人がこうして言葉を交わしている最中のことだ。黒狼の中の1匹が、床に鼻をつけるようにして何か匂いを嗅いでいた。
「どうした?」
 レイがその黒狼のそばへ行く。目に入ったのは白い床には不似合いな赤黒い染み――恐らく血だろう。
「思った通り残ってたな」
 レイの後ろからひょいと覗き込み、シグルマがつぶやいた。
「盗賊の血痕だろ」
「ああ、なるほど」
 シグルマに言われ、レイは通路の先に目を向けた。確かに、血痕が点々と続いている。
「この後をつけていけば、そのうち敵と遭遇だろう。悪くとも、盗賊がどこでやられたかは分かる」
「じゃあ、さっそく追ってくか」
 盗賊の血痕を追ってゆく2人と黒狼たち。地下1階を過ぎ、地下2階、そして地下3階へと降りてゆく。
 聞いていた通り、敵は全く現れない。あまりにも退屈だったのだろう、シグルマは途中持参していた酒を飲みながら歩いていた。それでも敵は現れなかったのだが。
 やがて強王ガルフレッドの玉座がかつてあった部屋をも過ぎ、さらに奥の部屋――それまでとは様子が異なる部屋――にあった階段を降りていったのだった。

●地下4階【3】
 そして地下4階。壁や天井などが一面白なのは変わりがないが、大きさが変わっている。1区画3メートルくらいになっていた。
 また、迷宮に人為的な感触がないのだ。まるで以前からそこにあったような……そんな雰囲気が先程通ってきた奥の部屋から漂っているのだ。
 また空気も地下3階までとははっきりと異なる。それまでをぬるま湯としたら、地下4階は冷水だ。やはり敵が彷徨っているからであろう。
 しかし、盗賊の血痕を追い地下4階を歩いてゆく2人に緊張の色は見られない。特にレイの方はそうだ。
「ほう、緊張してないんだな」
 前を歩いていたシグルマが、ちらりとレイを見て言った。
「怒りや緊張は筋肉を強張らせ、とっさの判断や行動が出来なくなるって言うからな」
 それに対し、淡々と答えるレイ。
「よーく分かってんな」
「……つって、何かあった時に俺が真っ先におかしくなっちまうんだけど」
 レイがぼそっと付け加えた。笑うシグルマ。
「はは、違いねぇ」
「それにしても、どういう奴が相手なんだか。『鎧に気を付けろ』って言い残したくらいだから、鎧をまとった奴なんだろうがなあ」
 何気なくつぶやくレイ。シグルマが自らの予想を口にした。
「リビング・アーマーだろうな」
「リビング・アーマー? って、動く鎧のあれだよな」
「動かねぇとただの飾りだろ」
 シグルマがそう言って苦笑した。
 リビング・アーマーとは魔法により疑似生命を与えられた、彷徨う鎧のことである。一見すると重戦士のようだが、兜の中ががらんどうだからそれだと分かる。
「聞いた盗賊の様々な傷の様子からして、敵は刃物や打撃系の武器で武装してるな。恐らく複数」
「複数の根拠は?」
「傷の種類が複数だしな。それに1対1なら、身軽なだけ盗賊に分があんだろ。な?」
「そりゃそうだな」
 魔法生物とはいえ、鎧は鎧。それほど素早く動けるとは思えない。1対1ならば、隙を見て盗賊は逃げ出すことも出来ただろう。それが出来なかったということは、複数の可能性が高いということになる。
 もちろん1対1であっても奇襲を受けた可能性もあるが……その場合には、傷の種類が問題となってくる訳で。
「なーに、複数でも問題ない。俺1人で4体は戦える、任せておけ」
 自信たっぷりにシグルマが言った。
「8体居たらどうすんだ?」
 何気なくレイが尋ねる。シグルマは間髪入れず答えた。
「そん時は2度に分けて叩けば済むことだ。というか、お前も戦え」
「言われなくとも」
 『分かってる』――レイがそう続けようとした時だ。黒狼たちが、低い声で唸り始めたのは。
「グルルルルルル……」
 それはちょうど、通路の先に大きな部屋が見え始めた頃であった。

●叩き付ける一撃【4】
「いよいよ敵のお出ましか」
 楽しみだというようにシグルマが言った。
「ここからだとまだ見えないな」
 通路の先を見つめるレイ。ランタンの明かりが届かないため見えないのだ。
 静かに通路を進んでゆく2人。やがてランタンの明かりが部屋へと届くようになり、待ち受ける敵の姿が明らかとなった。
「鎧が2体……どっちも両手に剣を構えてるな」
「な、言った通りだろ」
 予想が的中し、ニヤッと笑うシグルマ。2体であれば、1人1体ずつでちょうどいい。
「けど打撃系武器は? どこいった?」
「俺が先に出るからな」
 レイの突っ込みをさらっと無視して、シグルマが言った。ちなみに打撃系武器は、影も形も見当たらない。
「……分かった」
 レイは頷くと、大剣に『炎の剣』の魔法をかけた。身の丈ほどある大剣が魔法の炎をまとった。
「いくぜ!」
 シグルマの号令で、リビング・アーマーたちの待ち受ける部屋へ突入する2人。
「おぅらあぁぁっ!!」
 先に突入したシグルマが、リビング・アーマーに剣で最初の一撃を叩き付けた。そしてすぐさま金槌を振るおうとしたのだが――。
「ありゃ?」
 思わず間の抜けた声を発するシグルマ。何とリビング・アーマーは、今のたった一撃で部位毎にばらけて崩れ落ちてしまったのである。
 それはレイの方も同様だった。リビング・アーマーの両手の剣による最初の一撃を大剣で防ぎ、1歩引くと同時にすぐさま胴を叩いていた。その結果、やはりこちらも部位毎にばらけて崩れ落ちてしまったのだ。
「これで終わり……か?」
 距離を置き、訝し気に様子を窺うレイ。シグルマもそれに倣う。だがしばらく様子を窺ってみても、リビング・アーマーが復活する気配は見られなかった。
「ずいぶんと呆気ねぇな。本命はまだ奥に居るってことか?」
 物足りなさを表情に出し、シグルマが言った。確かに部屋の奥からまた新たに通路が繋がっているし、盗賊の血痕も続いている。
 2人はリビング・アーマーの残骸を放置し、さらへ奥に進んでゆこうとした。そして部屋を出ようとした時、後ろに居た黒狼たちから悲鳴のような鳴き声が上がった。
「ギャウッ!!」
 何事かと振り返る2人。その瞬間、2人は何かに顎を思いきり蹴り上げられた――。

●敵の本質【5】
「うっ!!」
 不意打ちを喰らったレイは壁へと吹き飛ばされ、そのままずるずると崩れ落ちた。
「ぅぐっ!!」
 一方のシグルマは衝撃で後ろへのけ反ったものの、何とか踏ん張ることに成功した。そんなシグルマが目にした光景、それは床に倒れている黒狼たちと……。
「な……にぃっ!?」
 シグルマが目を剥いた。何と崩れ落ちたはずのリビング・アーマーたちの各部位が、宙に浮かんで漂っているのである。兜・剣・小手・胴体・靴……まるで各々が意志を持っているかのように。
(あの傷はこういうことか!)
 ここでようやく盗賊の傷の意味を、シグルマは正しく理解した。傷は『複数のリビング・アーマー』がつけたのではない、『リビング・アーマーの複数の部位』がつけたのである、と。
 ひょっとしたら盗賊は、最初の一撃でリビング・アーマーが崩れ落ちたことで油断したのかもしれない。そしてその油断を突かれ、圧倒的な反撃を受けたのだろう。
「…………」
 崩れ落ちていたレイは、大剣を杖のようにして使い、無言で立ち上がった。だが……どうも様子がおかしい。明らかに、目付きが尋常ではなくなっている。
 次の瞬間、レイはリビング・アーマーたちの中心へと突っ込んでいった。雄叫びを上げて。
「ゥグアァァァァァァァァァァッ!!!!!」
 大剣を振るい、漂うリビング・アーマーの各部位に攻撃を仕掛けてゆく。時には手で殴ったり、足で蹴り付けたり、頭突きで返したりと、全身で攻撃――叩き潰すと言った方が正確かもしれないが――を行うレイ。理性なく戦うその姿は、まさしく狂戦士のそれであった。
「ぬおぉぉぉぉっ!!」
 シグルマとしても黙って見ている訳にはいかない。鉄球や金槌を中心に振るい、各部位を潰すことを目的に攻撃を行っていった。
 1つ、また1つと潰されてゆくリビング・アーマーの各部位。やがてその数は0となり、今度こそ確実にリビング・アーマーを倒したのだった。
 けれども――戦闘はまだ終わっていない。いや、レイが狂戦士と化している以上、終わらせられないのだ。
「ゥオオォォォォォオオォォオォォッ!!!」
 新たな攻撃目標――すなわちシグルマを見付け、襲いかかってくるレイ。シグルマは最初の一撃を何とか防ぐと、レイの背後に回り込んで4本の腕で羽交い締めにした。
 狂戦士といえども、さすがに4本の腕で羽交い締めにされると、行動に支障は出る。だがそれでもなお、シグルマを振り払おうと暴れるレイ。
「こなくそっ! いい加減、おとなしく……しろいっ!!」
 シグルマはそんなレイに対し、空いている部位――頭を使った。知恵ではない、文字通り『頭』を使ったのだ。つまり……レイの後頭部に思いきり頭突きをしたのだ。1度だけでなく、2度、3度と。
 これが意外に効果があった。シグルマが3度目の頭突きをレイに加えると、ようやくレイの動きが止まったのである。そしてシグルマは、レイの身体から力が抜けたのを感じ取った――。

●帰還【6】
 さて、蛇足になるかもしれないが、この後の話をもう少しだけ続けよう。
 平静を取り戻し気が付いたレイは、シグルマとともに盗賊の血痕を追ってさらに進んでいった。
 盗賊の血痕は、下に降りる階段のある部屋で途切れていた。ということは、盗賊はそこでリビング・アーマーたちと遭遇したのだろう。もっともリビング・アーマーたちがそこで待機していたのか、下の階からやってきたのかまでは分からないけれども。
 そこまで確認をした2人は、報告をすべく地上へと戻っていった。地下4階における探索の障害となる物は排除したし、また排除する方法も判明したのだから。
 こうして依頼を遂行した2人は聖都エルザードに帰還後、各種ギルドより多額の報酬を受け取った。その額は、当初の話の5割増しであった。
 その後、また各種ギルドによる『強王の迷宮』の探索は再開されたが、その中には何故かシグルマの姿も見受けられたという話である。

【強王の迷宮【地下4階】 おしまい】


□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【 整理番号 / PC名 / 性別 
             / 種族 / 年齢 / クラス 】
【 0812 / シグルマ / 男
             / 多腕族 / 35 / 戦士 】◇
【 1295 / レイ・ルナフレイム / 男
           / 人間 / 24 / 流浪狂剣士 】◇


□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
・『黒山羊亭冒険記』へのご参加ありがとうございます。担当ライターの高原恵です。
・高原は原則としてPCを名で表記するようにしています。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、1から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。
・参加者一覧についているマークは、○がMT13、◇がソーンの各PCであることを意味します。
・なお、この冒険の文章は(オープニングを除き)全6場面で構成されています。今回は皆さん同一の文章となっております。
・大変お待たせいたしました、『強王の迷宮』地下4階でのお話をお届けいたします。以前に地下3階までのお話はしていたのですが、今回こうして新たにお話をお届けすることとなりました。地下5階以降のお話も、そのうちに出てくることでしょう。お時間などありましたら、地下3階までのお話に目を通されてみるのも面白いかもしれませんよ。
・レイ・ルナフレイムさん、5度目のご参加ありがとうございます。仲間に狂戦士であることを予め伝えておいたのは、正解だったと思います。今回は狂戦士と化してしまいましたからね。という訳で、このようなお話となりました。
・感想等ありましたら、お気軽にテラコン等よりお送りください。きちんと目を通させていただき、今後の参考といたしますので。
・それでは、また別の冒険でお会いできることを願って。