<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>
虹色の羽
【求ム、勇者!!】
その日、白山羊亭の前に立てられた一枚の立て看板には、そのような件(くだり)が大きな字でたった一言書かれていた。
何とも古典的な謳い文句に、そこを通りかかったルディアは両手一杯抱えていた食料を思わず取り落としそうになる。
「何よ、これ……」
紙袋の上から林檎を手で抑えながら、看板に近付いていく。周囲には見物人の姿も見えたが、本気でそれを見ている人間はいないようで、彼女が近付くと素直に道は開かれた。
「【求ム、勇者!!】って何なのかしら……。ウチで斡旋しろ、ってことなのよね、多分」
ウチ、とは言うまでもなく白山羊亭のことである。溜息混じりにルディアは荷物を置いて再び戻ってくると、小さな気合と共に立て看板を引っこ抜いた。土を少しばらまいて、小さな穴が創られる。靴の先で軽く穴を埋め、ルディアは急いで白山羊亭へと駆けていった。
後にルディアは気付いたのだが、白い真新しい看板には以下のような情報が記載されていた。
虹色の鳥の卵を所望する
報酬は応相談
斡旋に関する全ては白山羊亭に一任する
最後の行には、立て看板の持ち主であろう人間の名前と住所が地図付きで事細かに書かれていた。そこまでして欲しいのか、と呆れた声が出るも、ルディアの顔はやや高揚に沸いていた。
「虹色の卵……。うん、近くの山に出たって聞いたことがあるわ」
顎に手を当てて、彼女は一人満足そうに頷いた。元来冒険好きなだけあって、今にも飛び出したくてうずうずしているのだ。
だが、ルディアはこの店の看板娘。そうそう簡単に店を離れるわけにはいかない。
「どうしよう」
スカートを舞わして、彼女は周囲を見渡した。
フィセル・クゥ・レイシズは、その日、ルディアの嬉しそうな顔に視線を向けたことがそもそもの間違いだと気付いた。
眼が合った時点でジ・エンド。手にしている空の食器とメニューをフィセルのテーブルに置くと、開口一番に彼女は今時間があるかと訊ねた。
「時間がなければ来ないよ」
と、やや皮肉混じりに答えたのを知ってか知らずか、ルディアは例の「虹色の鳥」の一件を話し始める。
話し終えると、彼女は脱兎の如く、食器と共に去っていった。
「……私がやるのか?」
訊ねる相手はもう仕事に入っていて、暫く待ってみるも視線が以後合うことはない。
諦めに近い溜息をついて、フィセルはいつの間にかペーパーナプキンに走り書きされていた場所へと向けて腰を上げた。
書かれた場所にやってきたとき、まず出会ったのは小鬼の大群だった。フィセルは無言で剣を抜いて、構える。と同時に、一匹が身長に似合わず数メートルも宙を飛び、フィセルに鋭い爪を向ける。その攻撃を一歩の後退で避けると、腕を最小限の動きで動かし、初めて剣を動かした。
小鬼らは回避に伴う大仰な動きを見せ、それをかわしていく。フィセルは元々、その山に住む彼らを殺すつもりはない。それ以上の追い討ちを行うことなく、新たに襲い掛かる小鬼に向け、新たな剣を向ける。殆ど手を抜いたものではあったが、敵にとってはそれでも脅威らしく、必死に避けていた。
小鬼は見た目とは裏腹に、弱い。それがフィセルにとってなのか、一般的になのか別の話だとして。
二桁以上に及ぶ数を処理し終えると、周囲は彼を中心として小鬼らの輪が完成していた。それを確認し終えると、剣を正面に一気に駆け出した。
「はっ!」
一息はき、横一文字に切り裂く。とはいうものの、高さは小鬼らより高く何もしなくても避けられるものであったが、それでも風圧によって周囲の木々に飛ばされていった。
自身の持つ最高速度をもって、フィセルは足場の悪いその場を離脱した。
やがて開けた場所に出る。
僅かに高い丘の上に出たように、そこは一面に草原の広がった場所だった。
軽く首を回らせて、目についたのは大樹とそこに群がる人間の姿だった。
「先、越されたか……」
ルディアに何て言われるか、と俯いた視線に入ったのは、卵だった。じっくりよく見ていないと気付かないような場所。恐らく、親鳥が誰の目にも見つからないように木の室に隠しておいた一個だろう。
今日の、このような時を予期してか。
眼前の人間の手には大量の卵が握られている。
足元には、瀕死の親鳥が鳴いていた。虹色ではない色をした、鳥だった。
「…………」
何も言わず、その光景を見て。
フィセルは誰にも聞こえないような、小さな苦痛を漏らした。
辺りには誰もいなくなったのを確認して、数分後、フィセルはある場所に手を伸ばした。
卵。
一個の卵が、手の上で転がっていたのだ。
先端と後端が白くなっており、中心に向けてグラデーション掛かっていた。
だがそれは一方向から見たものであって、少し身体を動かしただけで、光の辺り具合が変わっただけで、その色は忽ち見目を変えた。
暫しの間それを見やったあと、小さな溜息が一つつかれた。
触れると、仄かに暖かい。
中には命があるのだろう。
よくよく考えてみれば、これは命の売買だ。
それに加担するとはね。
ようやく気付いたのは、親鳥が天に召されたころだった。
「置いてきたって、どういうこと!?」
「……声、大きい」
白山羊亭の中心で出された大声に、フィセルは困惑して口元を歪ませた。
「あれを持って来るなんて、そうとうな生き物じゃないと出来ないよ。まだそこまでおちぶれてないからね」
「どういう、こと?」
「さて。依頼人もそうとうな考えなしと見た。ルディアもこれからはああいう胡散臭い依頼は断るべきだよ」
出された食事にようやくフォークを刺し、だがフィセルは思い出したように顔を上げた。
「それと、卵はもうあの場所から移動させたから、他の人に頼まないように」
「フィセルの意地悪っ!」
頬を膨らませてルディアは、それでもそれすら愉しそうに仕事に復帰していった。
その後姿を見て、フィセルは食事を再開する。
「「移動」はしたけど、また別のどこかに隠した訳ではないんだよな」
フィセルの胸元で何かが動き、服の上から優しく撫でてやると、それは小さく鳴いて身をよじらせた。
【END】
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【1378/フィセル・クゥ・レイシズ/男性/22歳/魔法剣士】
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■ ライター通信 ■
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初めまして、千秋志庵と申します。
依頼、有難うございます。
捕獲、とは少し違った終わり方になってしまいましたが、いかがでしたでしょうか?
虹色とは卵の色であって、鳥の色ではない、という何だか本末転倒な内容になってしまい、愉しんでいただけたか不安ですが、少しでも何か感じていただければ幸いです。
それでは、またどこかで会えることを祈りつつ。
千秋志庵 拝
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