<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


ヘンゼルとグレーテル
■プロローグ
「むかしむかし、ある森の中に、小さなおうちがありました。そこにはヘンゼルとグレーテルという、仲のいい兄弟と、そのお父さんと義理のお母さんが暮らしていました――えーっと、なんだっけ」
 昼下がりの、白山羊亭の店先。看板娘のルディアは外に出されたいすに座り、周りを子供達が囲んでいた。
「せっかくルディアねえちゃんがお話してくれるっていうから来たのにさっ、なんだよっ」
「ごめんごめんっ、――えーっと、そうそう、で、ヘンゼルとグレーテルのお母さんがいじわるでね、ある日、2人を森の中においてってしまうの。1回目は光る石のおかげで平気だったんだけど、2回目はおうちに帰れなくなっちゃって。森の中をさまよい続けた2人は、お菓子のいえにたどり着いて――」
 ルディアはまた止まった。子供達も大きなため息をついて、ルディアのスカートの裾を引っ張る
「ルディアねえちゃん!!」
「ごめんゴメン。ちょっとまってて、今思い出すから……」
 しかし、ルディアはなかなか次の言葉を出そうとしない。本当に忘れてしまったようだ。ルディアがそういうと、子供達はルディアの服の裾を引っ張り、袖を引っ張り、とにかく身体で表せるブーイングの全てをする。
 店はまだ開いていないが、店先でこれは今後の店には悪い。ルディアはそう思うと、口からでまかせ――ならぬ提案をした。
「じゃぁ、これから1週間後に、『ヘンゼルとグレーテル』の劇をするから。そっちを見に来てね!」
「本当〜〜?」
 疑ったような目でルディアを見つめる子供達に、ルディアは胸をはった。
「お姉さんに任せなさいっ」
 店が開く頃になり、三々五々に散って行く子供達を見ながら、ルディアは手を振りながらわずかに脂汗を流していた。白山羊亭のカウンターに入り、ぽつりと呟いた。
「――どうするよ、あたし」



■製作段階〜台本〜
 昼の白山羊亭。扉についた鈴がなり、ルディアは営業スマイル全開で扉のほうに身体を向けた。
「いらしゃいませー! ああ、デューイさん」
 ルディアはそういうと、営業スマイルから普段の何の変哲のない顔に戻し、デューイは少々落胆しながらいった。
「ルディア、とりあえずつくるだけ作ってきたよー」
 左手でぺらぺらと持っている白い紙束。絵本一冊にも満たない厚さだが、上段にキャラクターの名前、下段にセリフと、それらしいものが出来上がっている。
「さすがー! けどわたし、お店の方が忙しいから! 彼女に手伝ってもらって」
 彼女、とルディアが指差した方向には、一人の少女が心許なさそうに座っていた。がんばってね、とルディアが通りすがら彼女の肩をたたいた。はい、とよどみない声が、人の少ない店内に響いた。
「はじめまして、ロイラ・レイラ・ルウです。よろしくお願いしますね」
 ロイラは笑み、デューイに手を出した。
「こちらこそ。ボクはデューイ・リブリース。よろしく」
 デューイは早速といいながら、カウンターから一番遠い席を陣取り、台本をテーブルの上においた。ロイラはオレンジジュースを飲みながら、台本に目を通した。
「すごいですね、これだけの量……やることになってから、数時間もたっていないのに」
 一通り読み終わると、オレンジジュースを置いて、ロイラは息をついた。
「結構カンタンだよ? 本にあるセリフを全部書き出して、足りないセリフを少し補なっただけ」
「でもすごいですっ。うーん、私、出る幕ないなぁ……」
 台本の直しは特に必要ない、ということで、二人は雑談などをはじめた。自己紹介もそこそこに劇の話になってしまったので、二人は自己紹介からはじまった。
「本職は図書館の司書さんなんですか……」
「うん、兼管理人だけど。ホラ、ここにいるのが本の精霊のリブロ。リブロ、挨拶は?」
 デューイの持つ蔵書目録から出てきたリブロが、ふわりとあたりを漂いながらロイラに近付き、挨拶をする。
「チィ!」
「かわいいっ。アギルやグリンもかわいいけど――」
「アギル?」
「私の召還獣です。アギルが大きな鷲で、グリンが黒い狼なんですよ。家族みたいに育ったからもう――」
「かわいくって仕方がないんだね?」
「はいっ――そうだ、台本、後半のほうを少しかえませんか? 魔女がかまどで焼け死んじゃうのって、好きじゃないんですよね」
 ついさっきまでの雑談の流れとは打って変わったロイラの表情に、デューイは一瞬沈黙した。我にかえって台本の直しに取り掛かる。
「どんな風に?」
「えーっとですね……」
 そんな風に相談する二人の様子を、ルディアは遠目に安心した。
「なんとかなりそうでよかった。明日は大道具と音響で――」
 そうルディアがお皿を拭きながらつぶやいていると、ドア口に立ったデューイが叫んだ。叫ばなくても声は届く範囲なのだが、叫びたいお年頃らしい。
「ルディアーッ、台本終ったからボク達帰るよ――」
「明日大道具だからヨロシク〜」
「……ボク、明日もここに来るの……?」
 隣にたったロイラがデューイの肩にぽん、と手を乗せた。
「お疲れ様ですっ」
 ロイラが家に帰っていくのを見届けて、デューイは自分の図書館へと帰った。



■そろそろ本番!
 台本の作成はわずか一日。その翌日に大道具作り・音響の録音があり、その翌日から練習にはいった。練習期間は五日間だけ。それでもがんばったんだと、台本・大道具作成に貢献したデューイ・リブリースはヒマな身体でつぶやいた。
「完成しただけマシだと思いなよ。ルディアが一週間なんてうかつなこというから……まったく、ボクがいなかったらどうなっていたと思うんだい?」
 周りがそれぞれの衣装へと着替えている中で、デューイはただ一人普段を変わらない格好だった。舞台で大道具小道具を出すときに目立たなければいいだけなので、なるべく黒い格好……普段と変わらないのは、普段から黒いためか。
 魔女役のアイラス・サーリアスは、黒い服で全身を覆ってから、黒いケープを肩からかけ、されに三角にとがった定番の帽子をかぶって、みごとな「魔男」になっている。本番はデューイのミラーイメージで、彼は彼女――老婆になるらしい。アイラスの隣ではシャイでいるのは森の仲間たち役のアンフィサ・フロスト。ウサギの気ぐるみを着た彼女は、森にそのままいてもわからないほど、大きさ以外は動物そのものだ。
「シノンさん、更衣室、空きましたよ」
 舞台袖の一角に臨時でできた更衣室は、周りをカーテンで囲っただけの簡素なもので、面積が狭い。そこから出てきたロイラは、茶色やベージュを基調とした地味な衣装に着替えていた。
「あっ、うん、ありがとうございます」
 シノンは衣装を持って更衣室に入り、着替え始めた。二人共地味とはいえ、ヘンゼルの衣装はグレーテルのそれに比べて、彩りに欠ける。薄汚れた白シャツに、茶色のベストとズボン。ところどころほつれたそれらの衣装は、貧乏らしさこそあらわすものの、……いじめられているとは思えないかも知れない。
「そうだ」
 更衣室から出ると、シノンはロイラの手をひいた。店の暖炉へと近付き、手に炭をつけてそれを衣装につけた。
「こうすれば、いじめられた貧乏な少年少女に見えない?」
「本当ですねっ。まぁ、もともと汚れた衣装ですし……」
「顔にもつけてみる?」
「まんべんなくぬれば、地黒に見えそうですね」
 衣装だけではあきたらず、自分の身体にも二人は炭をつけ始めた。手首や顔、足。二人のその様子をみて、他の役者達が笑い始めた。場が和んだところで、継母役のルディアが口元に一本、指を当てた。
 ルディアの宣伝効果もあり、舞台の外は満員御礼、子供達がいっぱいだ。「本物のお菓子の家」を見たさに来ている子供もいるのだろう。ちなみにこの家は劇終了後に解体されて配られる予定もある。
「これより、『ヘンゼルとグレーテル』を上演いたします……」
 ルディアの口から、いつもとは違った穏やかな口調で、舞台の内外に放送が入った。シノンはロイラと手を握り、二人で手を縦に振った。



■本番中〜そのいち〜
「ホラあんた、この棚を見ておくれ? 食糧はすこししかないよ、この冬はちゃんと越せるか……」
 継母が差した棚に、これと言ったものは置いていない。努めて落ち着いた口調で言っているものの、テーブルの下では苛立ちを隠せないかのように、足を小刻みに揺らしている。あんた、と呼ばれた夫はしかし、なだめるように言った。
「明日、木の実を拾いに行こう。森の恵みがあるんだ、頑張ればきっと……」
「冬になって、雪が降ってきたらどうするつもりなんだい!? まったく……」
 彼女は眉間にしわを立て、テーブルの上で指をトントンとたたく。声のない部屋に響く、どたばたとした音は紛れもなく子供達のもの。
「ほら、グレーテルもう寝よう?」
「やーよっ、おにいちゃんっ」
「ヘンゼル、グレーテル!! 何しているんだい、早く寝な!!」
 子供の返事はなく、ただあたりがしんと静まり返った。髪をくしゃりと苛立ちを鎮めるように押さえた彼女に、彼が言った。
「お前、子供相手に……」
「いいんだよ!! ……そうだ、いいことを思いついたよ。あの子達を、森に捨ててしまおう。そうすれば……」
「何を言っているんだ。子供はちゃんと……」
「じゃぁあんたが飢え死ぬんだね? 死んでくれるんだね?」
「……」
「ほうら、やっぱり。明日がいいさ、明日、森にあの子達を置いて行ってしまおう……さ、私は寝るよ」
 彼女が去っていく姿を見つめながら、彼はため息をついた。
「……やはり、血のつながりは大きいな……」

「おにいちゃん、どうしましょう! 私たち、森に置いていかれてしまうのかしら」
 暗い部屋の中、グレーテルはヘンゼルをじっと見つめた。その目には不安の色が濃く映り、ヘンゼルは手を強く握った。窓の外を見、笑みを浮かべた。
「大丈夫だよグレーテル。窓の外を見てみな、光るものがあるだろう?」
「……うん」
「あれは月の光で光る石なんだ。あれを森に行く途中においていけば、迷わず帰ってこられるだろ?」
「すごいわ、おにいちゃん!」
「じゃ、石を拾いに行こう」
 二人は家を出、窓から見えた光る石の場所へと走っていった。眠っているらしい両親は二人の様子には気付いていない。
「さ、今日は早く寝よう」
「うんっ」


 舞台袖で待機している中、シノンはふと手の中を握った。――が、そこにあったはずのものが、ない。
「……あれ?」
「どうか、したのですか?」
「……石が、ない」
 ロイラは自分の手を確かめた。魔法がかかっていなければ、ただの白い紙のかたまりでしかないそれは、きちんと手の上にあった。だが、劇の進行と舞台の広さ上、光る石はロイラが持っているだけの数では足りない。
「ちょっ、どこ……!!」
 ただの白いかたまりでしかないものを、暗闇の舞台袖で探すのは難しい。とりあえずあたりの手触りを見てみるものの、ないものは、ない。舞台にライトがあたり、舞台袖もいくらか明るくなったが、それでも目的のブツは見えない。
「どうっ……」
「……あまりやりたくないですけれど、ここは踏ん張って光る石なしで生きましょう。しっかりもののヘンゼルが持っていないと不自然ですから、私の分はシノンさんが。この場はとりあえずしのいで、……次の暗転で相談、良いですね?」
 落ち着いた様子で、ロイラが言った。ないものはない。腹をくくった彼女の発言にシノンは頷き、舞台に出た。



 ヘンゼルとグレーテルはまだ部屋にいた。二人の身支度は終わり、外からは母親の怒鳴り声さえ聞こえていたにも関わらず、グレーテルは部屋のなかのあちこちを捜し歩いていた。
「グレーテル、どうしたんだい?」
「ないっ、ないわ!!」
「なにが?」
「光る石がないの!」
「ええっ!?」
 ヘンゼルは自分の持った光る石をベッドの上に置き、あたりを見回した。反対側の舞台袖にいるルディアに目配せし、困惑するルディアに対して首を縦に振った。口はアドリブ、と開けながら。
「ヘンゼル、グレーテル!! 早く来ないと、今日は一日中、食事抜きだよ!」
 ルディアの声が舞台響く。シノンとロイラは内心胸をなでおろしながら続けた。
「どうしよう、おにいちゃん……」
「そうだ、グレーテル。今日の朝食に出たパンをちぎって、石と同じようにおいていこう。そうすれば、パンをたどって帰られるよ」
「そうね!」
「ヘンゼル、グレーテル!!」
 母親の罵声に、ヘンゼルとグレーテルははい、ときれいな返事をし、舞台から下がった。


 ヘンゼルとグレーテルは、森に進みながらパンをちぎって、時には光る石を置いていった。時々思い出したようにふりかえる二人の行動をいぶかしんで、母親は声をかけた。
「グレーテル、何を見ているんだい?」
「あそこにいるウサギさんが、私のウサギさんじゃないかと思って、見ていただけよ」
「なに言ってるんだい……早く行くよ」
「はーいっ」
 そうしているうちに、一行は森の奥深くまでたどり着いた。ここから家に戻るのは、土地感がある人間じゃないとまず無理だろう。
「じゃぁ、私たちは木の実を取りにいってくるから、二人は昼食でも食べていなさい」
「はーいっ」
 そう言って二人が去っていくのを見つめながら、ヘンゼルとグレーテルはバスケットに手を伸ばした。空腹が収まると眠気が遅い、二人は気付くと眠り込んでしまっていた。起きた時にはもう、あたりは薄暗く、西の空がわずかに赤みを残すだけだった。
「おにいちゃん、道しるべにおいておいたパンがないわ!」
 起き上がったグレーテルが兄をゆすりながら叫ぶ。起きたヘンゼルは飛び上がって確認して、ため息のようにいった。
「本当だ」
「どうしよう、私たち、どうやって帰れば……おうちに帰りたい!」
「大丈夫だよ、グレーテル。歩けば、家に帰れるかも知れないよ」
「……うん」
 二人は森の中を歩きはじめた。ここまで深いところにきたことのない二人は本当に迷ってしまい、森の動物達が前を通った。
「あれ〜、どっかでことがあるような〜……?」
 ウサギはいった。傍らにいるリスは何かを食べているようでもあった。ヘンゼルはおずおずと、動物に尋ねた。
「ボクはヘンゼルです。こっちが、妹のグレーテル。実はボクたち、道に迷っちゃって……」
「あらぁ〜、大変ですねぇ〜。そういえば〜、満月の夜に月に向かってまっすぐ歩くと〜家があるって聞いたことがありますね〜」
 ヘンゼルとグレーテルの表情はにわかに明るくなった。感謝を述べながら、ヘンゼルは頭を下げ、グレーテルの手を引っ張って歩きまわった。明かりを見つけて近付くと、そこにあったのはお菓子の家だった。



■ただいま本番中!〜そのに〜
 二人はお菓子の家をじっと見つめていた。クッキーとビスケットでできた壁、水あめでできた窓……お菓子を今まで数えるほどしか食べられなかった二人は、壁のクッキーを一枚ほおばった。
「おいしいっ」
 グレーテルの声が聞こえたのか、チョコレートでできたドアから一人の老婆が出てきた。
「どうしたんでしょうか? 森の中は寒いでしょう、入ってもかまいませんよ?」
 老婆がそういうと、ヘンゼルとグレーテルは誘われるがままにお菓子の家の中へと入っていった。あたり一面に甘い匂いが広がって、自然と二人のお腹の音がなる。老婆はしわくちゃの顔を伸ばしながら言った。
「お腹がすいているんですか? こっちに来ていいですよ、ちょうど、食事中だったんです」
 老婆が微笑むと、ヘンゼルとグレーテルも笑み、家のさらに奥へと歩いていく。たると生地でできたテーブルに並んだごちそうに、二人はかじりつき、涙をこぼしながらも食べ始めた。
「ありがとう、おばあさん」
 ヘンゼルがいうと、老婆は頷いた。
「そうですか。ぼ……私も目が悪いので、実は身の回りを手伝ってくれる子を探していたのですが、どうです?」
「私たちでいいの? おばあさん」
 老婆が頷くと、二人は歓声をあげた。その後ろで二人から隠れるように老婆が口元をゆがめて一瞬笑む。
「今日はもうお休み……明日の朝、早くに起こすからね」
「おやすみなさーいっ」
 去っていく二人を見ながら、老婆が一人ごちにつぶやいた。
「目が悪いのは本当ですけどね。そろそろ肉も少なくなったことだし、あの体躯のいいお坊ちゃんには、食用になってもらおうかな……イッヒッヒッヒッヒッヒ……!」
 迫力のある高笑いに、舞台の外から嗚咽が聞こえ始めた。一人が泣き始めると伝染して、あたりは涙を目いっぱいに浮かべた子供ばかりだ。老婆はそのまま、ライトがなくなるまで――なくなっても、高笑いを止めなかった。


「ヘンゼル、こっちへおいで。グレーテル、お前はそこでまっていていいですからね」
 老婆がヘンゼルだけを呼び寄せた。グレーテルは老婆の後ろに気付かれないようについて行くが、ヘンゼルがかごの中の食材を取った瞬間に天井から檻が落下し、ヘンゼルを捕らえた。
「あっはっは! ヘンゼル、君は僕のものですよ!」
「おにいちゃん!!」
「グレーテル!!」
「グレーテル!? お前はそこで待っていろと言っておいたのに……」
「おにいちゃんを檻から出してよ!!」
「いやですね!」
 老婆はそっぽを向き、グレーテルの要求をはねつけた。
「ヘンゼルはこれから私の肉になるんだ……グレーテル、かまどの用意をするんですよ!!」
「イヤだよ! おにいちゃんっ!!」
「グレーテル!!」



■ただいま本番中!〜そのさん〜
 舞台に老婆の声が響く。
「とっととするんですよ、グレーテル!!」
「どうしよう……そうだわっ――はい、いまやります」
 グレーテルは思いついたようにかまどに近付いた。あたりには老婆の高笑いが響き、グレーテルの立てた物音には誰も気付かなかった。

 ぱきょん

「……えっ……」
 グレーテルはしばらく沈黙した。舞台袖にいたはずの黒い物体がいきなり舞台に現れ、グレーテルに隠れるように動く。
「あれほど大道具の扱いには気をつけてって言っただろ!?」
 あくまで舞台上の小声、である。グレーテルはごまかすように笑いながら、手元の薪をかまどに入れ続けた。時々火を見ながら、竹で息を吹き込んでいくと、かまどの火がどんどん大きくなっていく。
「おばあさーん! ちょっと火の加減が……」
 グレーテルは大きな声で老婆を呼んだ。
「どれ……」
 老婆がかまどを覗きこむと、グレーテルが老婆の後ろに場所を取った。
「そろそろいい……」
「今だわ! えーいっ」
「なっ、何するッ……」
 老婆は手を前に出し、グレーテルの腕をつかんだ。グレーテルは手を振り払い、老婆がバランスを崩してかまどの火へと近付いていった。グレーテルが手を伸ばし、間一髪、火から老婆を救った。
「――って言うのはウソで」
 グレーテルは舌を出しておどけて見せた。助けられた魔女は床に腰を落とし、大きくため息をついた。
「おばあさん、私はおにいちゃんを返してほしいだけなの……おばあさん、一人が寂しいのなら、一緒にいきましょう?」
 グレーテルは手を差し出した。老婆はその手を払いのけ、自らの力で立ち上がった。
「私に助けはいらないよ、優しいこども」
 老婆がそういうと、まもなくして足音が聞こえ、ヘンゼルが出てくる。老婆から庇うようにグレーテルの前に立ち、老婆を睨みつけた。
「お前なんかいなくなってしまえばいいんだ!」
「……私がまた食べたいと思わないうちに、自分の家へお帰り」
 ヘンゼルに手を引っ張られながら、グレーテルは歩いていった。



 ヘンゼルとグレーテルは森の中をおもむろに歩き続けた。いくら歩いただろうか、見慣れた屋根が目の前に現れ、二人は駆け寄った。
「お父さんっ……!!」
「その声はヘンゼル!? おお、グレーテルもか……!!」
 ヘンゼルとグレーテルは父親に抱きつくと、顔を見上げていった。
「お父さん、ボクたち、いらない子供だったの?」
「そんなことはないよ、大事な子供さ。お母さんも悔いているよ。さぁ、一緒に中に入ろう」
「あのね、お父さん、森の中でお菓子の家を見たんだよ――」
 グレーテルは父の手を握りながら家の中に入っていった。森の草花にはいつの間にかつぼみが出来ていた。




■エピローグ
 傍らで子供達がお菓子の家を食べる中、制作者御一行は白山羊亭のカウンターでマスターから酒を一杯進呈された。ルディアが一気のコップを飲み干すと、顔を赤くしていった。
「いやーっ、一週間で間に合うとは思わなかったけれど、結構形になるものねー」
「ちゃんと音響も、聞こえていましたしね」
 アイラスがコップに口をつけながらいった。ここでいつもならアンフィが茶々を入れるところだが、アンフィはお菓子の家の崩壊に必死になっていた。リブロも同じで、それを横目にデューイが言う。
「大道具は……まぁ、色々あったけどね……」
 カウンターの隅で黄昏た様子のデューイに、ロイラが肩を落とした。
「すみません、はりぼて崩壊させてしまって……」
 最後の最後、形だけ作っておいた紙製のかまどを、ロイラが派手に穴をあけてしまったため、急遽デューイが自らにミラーイメージをかける事態となった。仕方がないこととはいえ、デューイは別のものにける余裕がなかったようだ。
「ま、あたしも光る石なくしたしね! あと片付け終わっても、まだ見つからないんだよねー」
 神官見習いのシノンが、一人だけ水を飲み干す。ロイラはリンゴジュースの入ったコップを持ったまま、口をつけていない。二人は劇が終って、半ば放心状態だ。
「とにかくおわってよかった! この開放感だけがずっと続けばいいんだけどねー」
 なかなか現実、そううまくはいかない。隣で微笑むロイラに、シノンはいった。
「お疲れ様っ」
 ロイラは微笑んで、リンゴジュースに口をつけた。



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■    この物語に登場した人物の一覧     ■
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< ロイラ・レイラ・ルウ >
整理番号:1194 性別:女 年齢:15 クラス:歌姫

< デューイ・リブリース >
整理番号:1616 性別:男 年齢:999 クラス:守護書霊

< アイラス・サーリアス >
整理番号:1649 性別:男 年齢:16 クラス:軽戦士

< シノン・ルースティーン >
整理番号:1854 性別:女 年齢:17 クラス:神官見習い

< アンフィサ・フロスト >
整理番号:1965 性別:女 年齢:153 クラス:花守



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■        ライター通信         ■
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はじめまして、発注ありがとうございました。天霧です。

ロイラさんは、グレーテルそのまんま、と言った感じで。
なので「素」と「グレーテル」の差をつけるのが難しく……
魔女(老婆)を助けるところは、
台本作成中のアイディア、ということになりましたが、
いかがでしたでしょうか?

よろしければ、ご意見・ご感想などいただければ光栄です。

では、ありがとうございました。またの機会にお会いできれば幸いです。
天霧 拝