<東京怪談ノベル(シングル)>
戦わずにはいられない
1.たくさんのきっかけの中で
俺が傭兵団に入った理由は、至極単純なものだった。
(強くなりたい)
そんな願望は男なら誰であれ持っていることだろう。鍛錬するのはもちろんのことだが、実際はそれだけでは強くなれない。
(実戦において)
その練習した時と同じ状況になることなどほとんどないのだから。
(場数を踏まなければ)
戦場で、戦わなければ。
本当の意味での成長は望めないのだった。
(だから傭兵団に入った)
どこにも所属していないとなると、自分で情報を集めて戦場を探さねばならない。逆にどこかの国や地方に属してしまうと、その場所が戦に巻き込まれるまで待たなければならない。
その点傭兵団は、どこかで戦が始まると向こうから連絡をくれる。何故なら兵を借りたいからだ。
(俺の力を)
借りたいからだ。
「――おい、聞いたか? ロウ」
「なんだ?」
ワクワクした顔をして、共に食事をとっていた親友が声をかけてきた。奴も俺と同じような理由で傭兵団に入った口で、気が合いよく一緒に行動をしていたのだった。
「南の方でもうすぐ戦が始まるらしいぜ」
「!」
奴はいつも情報が早い。どこから仕入れているのか知らないが、そしてその情報は誤ることがなかった。
(呼ばれる、な)
もう覚悟にすらならない。
「また暴れられるな」
「ああ」
嬉しそうな奴に、俺は苦笑で返したことを覚えている。
(――あの時)
なんで一緒に笑ってやらなかったんだろうと、あとで後悔した。
情報どおり呼ばれた南の戦で、奴は命を落としてしまったのだ。
★
「馬鹿め……」
逃げ遅れていた子供を、かばっての死だった。
「いつもあんたが、言ってたじゃねーか……」
盛り上げられた土の上に、石を置いただけの簡素な墓。
その前で、俺は奴と出会った時のことを思い出していた。
(初めて会ったのも、戦場だったな)
奴は傭兵団に入りたてで、俺は奴のことを知らなかった。知る予定もなかった。
(ただ)
その戦が終わった時、奴がたまたま俺の傍に立っていて。
「――人間って、ホント馬鹿だよなぁ……」
しみじみそう呟いた。
たったそれだけのことだった。
(俺は驚いたんだ)
ちゃんと理解している奴がいたことを。
俺は人型をしていても、正確には人間ではなかった。ドラゴリーという種族であり、人間に化けた龍と人間との混血ともいわれている、少し変わった種族だ。
(人間とは違う)
だからこそ、命をあっさりと奪い合う彼らを馬鹿にしていた。
(皮肉をこめて)
戦いの相手に彼らを選んでいたのだ。
「――よぉ、お疲れさん」
俺は思わず声をかけた。
(その時から)
俺たちは親友になったのだ。
しかし――
「あんたも、”人間”だったんだな」
ドラゴリーは人間に比べると、絶対的に数が少ない。だからこそ命を大切にすることの重大さは、人間の比ではない。
(それにしたって)
人間は命を粗末にしすぎると思うが。
奴が助けた子供は、その後すぐに殺されてしまったのだから。
(やはり”人間”とは、なれあえないのか?)
俺の肌には合わない?
この傭兵団だって、ほとんどが人間だ。
無理して合わせてなんになる。
(俺は悩んでいた)
奴の墓を前に、悩んでいた。
そうしてしばらく石とにらみ合ったあと、俺が出した答えは。
「――俺はやはり、”人間”は好かない」
きっかけは、奴の死そのものだった。
2.見つけた守るべきもの
独りへと戻った俺は、気ままな旅を始めた。
(大きな戦でなくていい)
とりあえず馬鹿な人間だちを抑えることができれば……
そんなふうに、考えられるようになった。
相変わらず人間を助けることは目的にはならなかったが、結果的には助かる者がいて適度に感謝されたりもしていたので、旅の資金に困ることはなかった。
そんな折、ある町へ滞在中、1つの依頼が俺のもとに舞いこんだ。
「龍を捕まえてほしい」
俺は耳を疑った。
(――そう)
俺の外見は人間とさほど変わらない。彼らはまさか俺がドラゴリーだとは思いもしないのだ。
(龍族を神として崇め続けてきた)
俺を知らないのだ。
「龍のせいでこの町は毎年不作なんです!」
そのセリフで、俺の心は決まった。
「――いいだろう」
やることは1つだった。
★
俺を含めて50人ほどで、龍が棲むといわれる山へ出かけた。
しかし実際に目的の場所へ着く頃には、人数は半分に減っていた。
残った奴らは不思議そうな顔をしていたが、なんてことはない。
(先頭を歩く俺が)
得意の工作で様々な罠を仕掛けていたのだった。ちなみに俺に先頭をやらせたのは馬鹿な雇い主だが。
(あと半分)
俺を楽しませてくれるか?
龍をおびき出すための罠を張りながら、俺はその時を待ちわびていた。
徐々に夜が更けてゆく。
やがて暗闇に2つの星が――いや、星ではない。それは龍の瞳だった。
多くの者たちが悲鳴をあげた。
それでも何人かは龍に向かって襲い掛かる。
それを俺が――殺した。
「何?!」
「なんだお前は……っ」
「龍の味方をするってか?!」
龍相手では立てもしないくせに、俺相手にはすぐに剣を構える人間たち。
(本当に馬鹿だ)
今この瞬間、龍は成り行きを見守っているだけ。
「……何故それに気づかない?!」
暗闇の中で、戦いは始まった。
実際問題、戦闘能力では人間の戦士にも敵わないことを、俺はよく知っていた。だがその分だけ、分があるのは俺の方にだった。
(奴らは気づいていない)
自分たちが既に追いつめられていること。
(自分たちの愚かさに)
「うわぁぁあああ」
「ぐあっ」
俺の仕掛けた罠は、次々に人間をしとめてゆく。もちろん龍を待っている間に仕掛けておいたのだ。
しかし当然ながら、罠だけに頼る俺ではなかった。
(炸薬は30か……十分足りるな)
俊敏な足を活かして、懐に飛び込む。そこからくり出される大型パイルバンカーの一撃は、それだけで相手を即死させた。
「これが愚かな人間たちの末路だ!」
大きな穴の開いた屍に囲まれて、俺は高らかに声をあげた。
「それでもあんたは、見守るって言うのか?!」
視線の先には、先程からずっと俺の様子を見つめている龍がいる。
その龍は、何も答えなかった。ただ酷く優しい瞳を、こちらに向けていた。
(この龍のせいで)
不作だなんてそんな馬鹿なことはない。龍の寿命は人間なんぞよりはるかに永いはずで。この龍はこれまでずっとここにいたのだろうから。それなら”毎年不作”になんかなるはずがない。人は最初からそれしかとれない土地なんだろうと、思うはずだろう。
龍はその誤りにも、殺されようとしていたことにも気づいている。
(それでも)
見守ろうとしているのだ。
そんな龍を見て、俺は1つの決心をした。
「――わかった。なら好きにすりゃあいい。あんたが俺たちと同じように人間をも見守るって言うんなら、俺はそんなあんたたちを守るだけだ」
告げると、龍は微かに頭を動かした。頷いたのだろうか。
それから身体を翻し、ゆっくりと。
暗闇に溶けていった――。
3.そして、現在
俺はまた旅をしている。
ただこれまでと違って、人間を懲らしめるための旅じゃない。
(龍を助けるため)
ひいてはドラゴリー全体のための旅だ。
(俺は戦わずにはいられないから)
きっと色々に理由を変えながら、永遠に旅をしてゆくだろう。
このパイルバンカーを道ずれに……。
(終)
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