<PCクエストノベル(1人)>


音楽祭

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【0849 /鷲塚 ミレーヌ/ 派遣会社経営】
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楽器の名産地クレモナーラ村は、美しい川や森が近くにあるのどかで自然環境のとても良いところではあるが、交通が少し不便であるゆえにミレーヌは今、大衆馬車に揺れていた。
ミレーヌ:「クレモナーラ村へはあとどれくらいか知っているか?」
 ミレーヌは隣の席に座っている老人に聞いた。老人は何か弦楽器のようなものを布にくるみ、大事そうに持っている。
老人:「さあねえ……。わしも直接行くのは初めてだからねえ」
ミレーヌ:「じいさんは“音楽祭”に参加するのか?」
老人:「ああ、やっと、この年になって旅費が出来たからね。一生の記念で自分の腕を試したいと思ってるんだ」
ミレーヌ:「そうか」
 窓の外ではボルシチのような紅い夕暮れが森を照らしている。石が車輪に引っかかるたびに大きく上下に揺れる簡素な木の座席にもそれは届いた。ミレーヌは黙って手を合わせる。
老人:「お前さんは、何をしに行くのかい?楽器は特に持っていないようだが……歌い手かい?」
ミレーヌ:「いや……私はコックだ。ボルシチの素晴らしさを伝えにいく」
老人:「ボルシチっ!!」
 老人の目が僅かに見開いた。それからゆっくりと笑む。
老人:「そうか。ボルシチ……。懐かしいな。私の故郷の料理だ」
ミレーヌ:「故郷?」
老人:「私のふるさとはロシアなのだよ」
 そう笑んで老人は手の中のものを開いた。
 バラライカ。ロシアで最も愛好されている撥弦楽器。老人は、右の指で軽く弾いた。軽くて柔らかい音がする。ミレーヌも笑んだ。
ミレーヌ:「懐かしいな」
老人:「もし、良ければ一曲弾くが……?」
ミレーヌ:「よろしく頼む」
 老人はまた軽く微笑んで右の手でロシアの古い民謡を爪弾いた。ミレーヌはそれを心地よく聴き、終わった後、今度自分がボルシチを食わせてやると約束し、馬車でのかりそめの夢に落ちた。
 翌朝、目覚めると馬車は既に目的地に着き、乗客の半分以上が降りていた。ミレーヌは、隣を見た。置き手紙がある。
『別れの挨拶をきちんとできなかったのは残念だが、とてもよく眠っていたので起こすのも忍びなく、また自分も新しい弦を買いに急がなくてはならない用向きもあったので、申し訳ないが、このような形を取らせてもらった。お前さんのボルシチ、楽しみにしている。小さな村だ。もし、見かけたら遠慮なく声をかけてくれ』
といった用件が書かれてあった。ミレーヌは笑む。大きく背伸びをし、座りっぱなしで少し凝った肩を揉みほぐしながら、一番最後に馬車から降りた。

 ミレーヌはとりあえず新鮮な素材を探しに露店へと寄り、それから中央広場へと足を運んだ。
 中央広場は、翌日より始まるという音楽祭の準備でピアノやチェロ、コントラバスといった大型の楽器から、その楽器を良く響かせるための音響装置、木に括りつける照明等が慌しく設置されていた。若者から老人、子どもや女性全てが立っては座り、大声を出して確認し合っている。ミレーヌはその円形の広場の真ん中にある噴水の縁に腰掛け、小型の携帯用発火石を置き、小さい鍋を取り出し、鳥腿肉、ジャガイモ、キャベツ、ベーコン、たまねぎ、ニンジン、セロリ、トマト、ピーマン、にんにくをナイフで切り出した。にわかにミレーヌの背後の男が叫ぶ。
村の中年の男:「だから、これはそっちじゃなくてあっちだろうっ!?」
村の若者:「いや、それはこっちじゃなくてあっちだっ!!」
 ドカッという鈍い音。何かが倒れ、それの巻き添えで何かが零れ、転がる音。ミレーヌのすぐ横にいた中年の女も驚き振り返り、両手でその口を押さえた。その反対側の若者から野次が飛ぶ。
村の若者2:「よせよっ!!確かに“ニーベルンクの指輪”の時の照明の切り替えの色は大事だけどよっ!!それで他を台無しにしちまって言い訳じゃねえだろうがよっ!!」
 パッとミレーヌの位置が紅に輝く。発光石が陽に斜めに透かされ、帯を出している。ガラガラという何かが起き上がる音がする。また、ドカッという鈍い音がした。グシャッという潰れるような音。次に中年の男の声が響いた。
中年の男:「こんなのは邪道だっ!!指環の時は、神聖な“白”でなくてはならないっ!!だから、こっちの方が正しいっ!!」
 カッと照明の色が変わった。真っ白な光が広場を満たす。発光石の角度を変えたのだ。
 ミレーヌはフッと目を開いた。鍋に入れておいた水は大分沸騰している。ミレーヌは調味料と鶏肉をさっと入れ、あくを取ると、ジャガイモを煮上げ、透き通ってきたら、キャベツと他のフライパンでいためていたベーコン、たまねぎ、ニンジン、セロリ、ピーマンを入れ、煮込んだ。
村の中年の男:「特に最後の黄昏は、哀愁を漂わせねばならず、その点で赤は下品すぎる色だ」
村の若者:「何だと……っ!!“ワルキューレ”の時にそんな無味乾燥な色彩では、感動が伝わらないっ!!もっと激しさがなければっ!!」
村の中年の男「何だとっ!!」
村の若者:「っんだよっ!!」
ミレーヌ:「食え」
 ミレーヌが二人の間に挟まり、二つの皿を差し出していた。どちらも赤いスープだが、微妙に違う。男たちは不審そうにミレーヌを見つめた。ミレーヌはじっと睨みつけたまま動かない。
ミレーヌ:「いいから、食え」
村の中年の男:「………。ああ」
村の若者:「…………。ん」
 二人は、気圧されたようにそれを手に取った。一口啜る。顔から怒気が引いた。
村の中年の男:「う、うまいっ!!」
村の若者:「ホ、ホントだっ!!うまいっ!!」
 二人は貪るように食す。ミレーヌは満足そうに見ていたが途中でその三人を両方取り上げた。不服そうな顔をする二人に碗を取り替え、差し出した。二人はそれに手を伸ばしかけ、躊躇する。
ミレーヌ:「どうした?スプーンはきちんと自身のものだぞ」
村の中年の男「だが……」
村の若者「ああ……」
ミレーヌ「どうした?鍋などは皆で囲むだろう?それと同じだ。毒が入っているわけでもなし、何を躊躇う?」
村の中年の男:「………。そう、だな」
村の若者:「ああ、食べられねえわけでなし」
 二人はまたガツガツと食べ始めた。こちらにも新鮮な食の喜びが顔一杯に広がる。ミレーヌはそれを見て近くのベンチの縁に腰掛けた。
 二人が食べ終わるとミレーヌが立ち上がった。二人の顔を交互に見る。二人の顔は熱い料理を早口で食べたためか、つやつやしていた。ミレーヌは微笑む。
「どうだ?旨かっただろう?お前が食べたこちらがウクライナ風ボルシチ、そしてもう一人のお前、お前が食べたのがモスクワ風ボルシチだ。どちらも多少の違いはあったけれども変わらず旨かったはずだ」
 二人は同時に頷く。ミレーヌはそれに目を細め続ける。
「二つは舌の中で反発することなく互いの良さを活かしたから、旨かったのではないか?その意味を考えろ」
 二人はハッとお互いの目を見つめた。何かを互いの瞳に見つけようとする。深く頷いた。ミレーヌは笑う。
「よし」
 金の縦ロールを翻し、背を向けた。

 翌日、ミレーヌは鼻歌を歌い、おたまを目の高さに上げ、スキップをしていた。頬は上気し、昨日の料理で少し余った材料を入れた袋が背中で軽やかに揺れた。
 と、そこで、ミレーヌはふと立ち止まった。村全体がお祭りになっており、道端でも家でも音楽や歌が響き、歓声や拍手が巻き起こっている中、一箇所だけぽつんと人が通らないスペースがあった。道具屋と雑貨屋の隣、細い路地があるところである。そこは、赤や紫や黄色の旗を括りつけた赤レンガの前で、人々が好んで手に持っている白い花びらが地に汚れて吹かれていた。
ミレーヌ:「じいさん」
 ミレーヌは言った。腰を屈め、右指をバラライカで弾かせている老人に合わせた。弦を押さえるため、少し下を向いていた中年の男は、次の瞬間、ミレーヌに気づき破顔した。音は止めず、首を傾げる。
老人:「どうだい?ボルシチは?良さは分かってもらえたかい?」
ミレーヌ:「ああ……だが、あんたは?」
老人:「私は、この通りだよ。お金に余りがなくてねえ、音響にまで気が回らなかった。周りの音にかき消されちまってこのざまさ」
ミレーヌ:「……」
 周りと見渡すと、カルテットを組んでいる楽団やパイプオルガンを響かせている女、十数人で四重奏を弾いている一角もあった。ミレーヌは、老人の隣に腰掛けた。発火石を出す。鍋を出し、先日と同様に材料を料理し出した。
老人:「な、何をするつもりだい?」
ミレーヌ:「黙って見ておけ」
 料理が煮え始めるとボルシチ特有の酸っぱい匂いがそこらじゅうに漂ってきた。老人は目を細める。手は休めない。ミレーヌは笑った。こちらを珍しそうに見ている通りかかった子どもの一人におたまで鍋を掬って差し出した。子どもは飛び上がる。
こども:「な、なにこれっ!!スッスッゲーうめえよコレっ!!」
女性:「あらあら……」
 女性は困ったように言いながら半分目を輝かせ、「私も一口いいかしら?」と言った。ミレーヌは「どうぞ」と小皿に掬う。女性の顔も微笑む。
女性:「まあ、ホントに……イヤだわ。おいしいわ。……あの、こちら、いくらかしら?」
 ミレーヌは指を二本立てた。女性はいそいそと財布から銅貨を取り出す。
ミレーヌ:「どうも」
 ミレーヌは笑んだ。それを見て、他の何となく見ていた通行人たちも寄ってきた。
村人1:「あ、オレも」
村人2:「オレも。オレも」
ミレーヌ:「ハイハイ。並んで並んで」
 ミレーヌは微笑みながら、列を誘導した。背後には老人のゆったりとした音楽。一同は皆、ゆっくりと目を閉じた。早速、ミレーヌからボルシチを貰ったある一人が言う。
村人3:「同じ感じがする……」
 ミレーヌは笑んだ。

 そうして、ミレーヌの働きにより、客が集まった老人は幸せそうにこの音楽祭を終えた。ちなみにクレモナーラ村では暫くボルシチブームが来たという。



鷲塚 ミレーヌさま
はじめてのご発注、ありがとうございます(^^)
お届けが大変遅くなり申し訳ありませんでしたm(__)m
いかがでしたでしょうか?
少しでも楽しんでいただけたでしょうか。
私個人としては大変楽しんで書かせていただきました!
鷲塚さんのノベルは少し拝見した限りではギャグ系が多いので
私の今回のノベルは浮いてしまうのかな?と思うのですが
(申し訳ありません……)
精一杯頑張らせていただきました!
そして食べさせて解決でダメなら
配って解決だ!と思ったのですが、
……よく考えなくてもそれじゃ同じですよね……
申し訳ありませんm(__)m。

ご感想等、ありましたら寄せていただけると嬉しいです。
もしよろしければ、またのご発注もお待ちしております