<PCクエストノベル(1人)>


闇に咲く花 〜ダルダロスの黒夜塔〜
------------------------------------------------------------
【冒険者一覧】
【 整理番号 / 名前 / クラス】

【1893/キャプテン・ユーリ/海賊船長】

【その他登場人物】
【ニーナ】
------------------------------------------------------------
ニーナ:「――はい。どちら様でしょうか」
ユーリ:「お初にお目にかかります、美しいお嬢さん。僕はユーリ。キャプテン・ユーリとお呼び下さい。どうかお見知りおきを。…それにコイツもね。相棒のたまきちです」

 小さな小屋をノックしたユーリの目の前で開いた扉から、そっと顔を覗かせた少女。硬い表情は初対面だからか、それとも噂どおりの人物だからか。

ユーリ:「こんな日にキミのような美しい女性に会えるなんて感激の至り。どうです、此処で知り合ったのも何かの縁。どこかでお茶でも」
ニーナ:「……結構です。お引取り下さい」
ユーリ:「ああっ、そんなつれない…」

 戸を閉め更にカンヌキまでかけようとした少女をどうにかこうにかなだめ、小屋の中へ入れてもらう。尤も、最後には根負けしたニーナがしぶしぶ中へ招き入れたと言うモノだったのだが。

   ☆   ☆   ☆

ニーナ:「あなたも、あの塔を調べたいと言うのですか」

 香り高い茶をことりとユーリ、たまきち両方の目の前に置きながら、口にしたのはその言葉。

ユーリ:「まぁね。でもそれだけじゃない。その傍に居るキミの姿も拝んでおきたくてね」

 中へ入れてくれたことに気を良くしたのか、あっさりと丁寧口調をふっ飛ばしたユーリ。それに動じる様子も無く、黙ってお茶を口に運ぶ少女。
 先程の言葉はとりあえず女性と見れば大抵掛けてしまうものだが、ニーナは噂どおり…いや、それ以上に不思議な雰囲気を持った美少女だった。

ニーナ:「あの塔にはダルダロスが住んでいます。…他には、何も無いと思いますが」
ユーリ:「謂れは知らないのかい?」
ニーナ:「…謂れなど…ありません」

 ほんの僅かの間。それが何を意味するのか、彼女の表情に変化は無い。――が。
 ――ゥゥゥオオオオァァァァウゥゥウルゥゥゥゥウウガアァアアアアア―――
 ぴくり、と。
 表から…遥か高みから響いてくる『鳴き声』に、ごく僅かながら体が動いたように見えた。

ユーリ:「なるほど…この声がいつも聞こえて来るというわけか。興味深いね。…お茶、ご馳走様。それじゃあひとつ、見に行ってみるかな」

 立ち上がりながらのユーリの言葉に、少女がえ?と顔を上げる。

ニーナ:「あの塔に…登るつもりですか」
ユーリ:「まあねぇ。この身体で何処まで行けるか、試してみるつもりだよ」

 ユーリの体。
 その言葉にニーナがかたん、と音を立てて立ち上がった。

ニーナ:「…入り口はありませんよ。…窓も」
ユーリ:「そうだってね。…うーん。何処まで登れると思う?たまきち」

 ぱたぱたとユーリの肩のあたりを飛びながら、『?』と思い切り首を傾げるちびドラゴン。

ニーナ:「……」

 難しい顔で黙ってしまったニーナにもう一度礼を言うと、外へと出て大きく伸びをする。

ユーリ:「さあーて、行ってみますか」

 上りやすそうな壁を探してぐるっと回り、1つのでっぱりを見つけてぺしぺしと叩いてみる。力の入れ具合によっては何とかなりそうな形。だが。

ニーナ:「お待ちください」

 塔のでこぼこに手と足をかけてみたユーリの背に、小さな声がかかった。

ニーナ:「…これを、どうぞ」

 少女がやや険しい顔をしながら差し出したのは、小指ほどの大きさの小さな石。

ニーナ:「塔に入るための『鍵』です。――けれど…何もありませんよ。無駄に怪我をするよりはマシでしょう」
ユーリ:「ありがとう。何か『彼』に伝える事はあるかな?伝言なら承るよ」

 ニーナは只黙って首を振り、そしてくるりと背を向けて小屋へ走りこんで行ってしまった。
 まるで、塔の中へ入る者を見たくないとでも言うように。

   ☆   ☆   ☆

ユーリ:「暗いな」

 『鍵』はどういう仕組みなのか、塔を良く調べて見つけた隙間へ差し込むと、意外な程静かな音を立てて『扉』が開いた。鍵を抜き取って中へ入ると静かに扉が閉まり、手元に石があるのを確認し、そしてゆっくりとあたりを見回す。
 塔の底部。普通ならば其処に居ることの出来る者など、居る筈は無かった。
 …そんなことをしみじみ考えながら、一歩足を踏み出す。
 真っ暗な闇の中。
 窓も、入り口も…普通には存在しない塔の内部は、思った通りの真っ暗闇。

ユーリ:「光が差すわけはない…か」

 呟いて、懐に入れておいた用意のランタンを左手の鉤に引っ掛け、辺りを見回した。
 ――ぼう、と周囲が微妙に明るくなる。
 底には何も無かった。誰かが訪れるような跡さえ。手を上げて灯りの届く範囲を広げる――と。

ユーリ:「階段か。行こう」

 暗闇が怖いのか、それとも他のモノか…足元に纏わり付く相棒を促し、壁から突き出している無骨な石の板を一段一段静かに上がって行く。
 すぐに上の階へ辿り付き、そして下と同じように腕を上げて室内へ灯りを通そうと――
 ――ゴウッ

ユーリ:「!?」

 はっきりと見た。塔の内部を照らそうとした光が、ある一点から弾かれ――そして、激しい風になって吹き付ける様を。
 其れは手元の灯りをあっさりと吹き消し、そして闇が満ちた。

 ひしひしと。
 闇の中に蠢くモノを感じる。それは足元のドラゴンも感じるのか、きゅ、と器用に足にしがみ付いた。

ユーリ:「…そこにいるのは…ダルダロス、なのか」

 影は、黙して答えない。元より姿など無い。いや…あるのかもしれないが、ユーリの目では捉える事は出来ない。

ユーリ:「答える気は無いってことかな?」

 足元が重い、そう思いながらじりっと一歩進む。気のせいか、ユーリが進んだ分だけ闇の気配が後退した気がした。 す、と軽く息を吸い、用意の言葉を投げかけてみる。

ユーリ:「ニーナのこと…知ってる?」

 その言葉に。
 ……ざわり、と。
 初めて、闇が反応した。

ユーリ:「彼女はずっと、噂になるくらいずっと塔のすぐ傍に居るよ」

 何のためか、聞いてもはっきりは答えなかったが。それでも分かる事。
 ――幾夜も1人で過ごしたのは、この闇の主のため。

ユーリ:「会ってやろうとか思わないのかな。彼女…ニーナにさ」

 何を思うのか。何を、考えているのか。
 闇が、のろのろと蠢いて、弱々しげに、或いは猛々しく、ユーリを…足元の相棒を、脅かす。尤も、怯えまくっていたのは足元のちびだけ。ぎゅー、としがみ付く様子は可愛いのだが重い上に力も加わって結構痛い。
 やがて。
 のろりと動いた闇が、滑るように上へと流れて行く。この場からは見えないが、少なくとも数階分が吹き抜けになっているようで、空気が広がったのを見えない分だけ強く感じ取った。
 …ぱら。ぱら、ぱらぱら…。

ユーリ:「雨?」

 呟いて上を見上げ、ぽつぽつと顔に、肩に当たるモノを1つ手で摘む。…小さくて、硬い。
 それが何か分かったのは次の瞬間。
 ――ぽぅ。
 床一面が、淡い光に包まれ…その光と共に、一斉に植物が芽吹いたから。

ユーリ:「種か…」

 指先で摘んだ其れは、はっきり見るには光源が足らなかったけれど。それでも、指先に当たる感触と地面から芽吹いたモノとを結びつけ。
 そうしているうちにもみるみる育った其れは、白く淡い輝きを見せながら次々に一輪の花へと変貌を遂げる。

ユーリ:「――まるで、極上の美女が育つ瞬間みたいだ」

 しなやかで、繊細な白い花。茎も葉も、淡く白い。…そして、全てが同じように柔らかな輝きを見せ。
 その中央だけがごく微量の青を含んでいる。
 ――まるで、誰かのように。

ユーリ:「摘んで行っていいかな?…ニーナに見せてやりたいんだ」

 上へ、声を掛ける。反応は無かったが、ユーリがそのまま足を進めても止めるモノは何もなかった。
 一輪、二輪。小さな束に出来る程の其れを、そぉっと摘み、左腕に抱え…すると、上からの急激な圧迫を感じ急いで数歩後ずさりし、壁にとすんと背をぶつけた。その瞬間。
 ――ずん。
 再び闇が全てを覆い尽くした。腕にほのかに残る花束を残して。
 今度は手探り足探りで階段を降りるユーリの耳に、耳を聾するばかりの轟音が長く長く糸を引いた。

   ☆   ☆   ☆

 昼に入った筈の塔を出ると、外は闇に包まれていた。小屋を訪ねると、ニーナが出迎えてくれる。

ニーナ:「良くご無事で」
ユーリ:「悪運が強いんでね。…帰って来れない方がよかったかな?」

 ユーリの手から『鍵』を受け取ると、ゆっくりと首を振る少女。それは、無表情なままで…だが、何故かユーリには泣いているようにも見え。

ユーリ:「ああ、そうそう。これは御土産だよ」

 驚かそうと、塔の中を出る時に懐深くに隠していた花束を、ばっ、と差し出す。
 その瞬間。

 ―――――パリィィィ…ン―――――

 ユーリの手の中で。
 ニーナの目の前で。

 ――その花は、高い音を立てながら粉々に砕け散った。

   ☆   ☆   ☆

ニーナ:「わざわざ、ありがとうございました」
ユーリ:「いや…何だったんだろうなぁ。僕が摘んだ時には普通の花だったのに」

 一晩、なし崩しに泊めて貰った朝。困ったような顔のユーリにゆるりとニーナが首を振る。

ニーナ:「あれは…光を嫌うのです。完全な闇でしか育たない花ですから。一度だけ、昔に見せてもらったことがあります」
ユーリ:「表じゃ一瞬だけかぁ。ニーナには見えたかい?」
ニーナ:「……はい」

 こくりと頷いたニーナ。そのまま黙ってしまった少女に、他に何かないか、と居心地の悪さからかぱたぱたと身体を探ってみると、指先に触れた物がある。

ユーリ:「あ。ちょっと待って。…おっ、残ってた。此れは昼間でも大丈夫みたいだな。――手を出して」

 不思議そうな顔をしたニーナの手の平にぽんと載せた物。それは、小さな小さな粒。

ユーリ:「あの花の種だよ。地面じゃなくて僕の手に有ったから発芽しなかったみたいだ。…こんなものしかないけど」

 ――載せた種の形を確かめるように、きゅっ、と握り締めるニーナ。

ユーリ:「思ったんだけどね。きっと、キミにあの花を見せたかったんだと思うよ。…わざわざ僕の目の前で種を蒔いて咲かせてくれたんだから」

 ぽん、とユーリが肩を叩いた時、少女がどんな顔をしていたのか見ることは出来なかった。…俯いたまま、顔を上げることが無かったから。


・おまけ
 いい暇つぶしになった、と鼻歌交じりで船へ戻るユーリ。
 だが、何故花が彼の目の前で咲いたのか、あの塔の主がどういう力を持っているのか、何故思い出せなかったのだろう。

ユーリ:「な…なんだ、あれは…」

 ――それなりにいい気分で船へ戻ったユーリを待っていたのは。
 2,3日で帰ると言ったきり2週間以上戻らなかった船長を心配したのか先走りすぎたのか盛大な葬儀を営む船員達の姿だった…。

END