<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


花咲か魔道士

------<オープニング>--------------------------------------
 ある日、ソラン魔道士協会の三階にある魔道士ウルの部屋に来客があった。盗賊のルーザである。
 「どうしたの?急いでるみたいだけど」
 ウルは振り返らずに答えた。ルーザは余程体調が悪く無い限り、壁を登って窓から入ってくる。そんな知り合いは他に居ないので、振り返らなくてもわかるのだ。
 「ウル、花見に絶対必要な物は何だと思う?」
 ルーザはウルに尋ねた。
 「花見?
  …『花』…かな。やっぱり」
 ウルは首を傾げながら答えた。
 「そうよね。
  それで相談があるんだけど、枯れ木に花を咲かせるような魔法のアイテムって何か無い?」
 ルーザは言った。
 「あたし、盗賊協会のお花見会の幹事になったんだけどさ、まともに花をつけた桜の木で花見をしようとすると、場所取りとか大変でしょ?
  だから、枯れ木に花を咲かせちゃえば楽かなーって思ったんだけど、 ほら、ウルの所の魔道士協会って雪を降らせるアイテムとかあるでしょ?
  花を咲かせる位、簡単よね。何か良い物あったら頂戴」
 ウルの魔道士協会は、確かに冬祭りの際には雪を降らせる魔法のアイテムを使っている。ルーザはそれを知っている。
 「いや、雪を降らせるのは、規模はともかく原理自体は単純だからね…
  でも、花っていうのは生き物だし、枯れ木に花を咲かせるのは生命創造系になるから難しいし…」
 ウルは、珍しく困った顔をする。
 「無理?」
 「いや…無理では無いよ」
 「じゃあ、頼むわね。花見の無料招待券あげるからさ。」
 「…まあ、やってみるよ」
 言いたい事だけ言うと、ルーザは来た時と同様に去っていった。
 「ふぅ…」
 と、ウルはため息をつきながら何かを紙に書くと、弟子の見習い魔道士を呼んだ。
 「ニール、このメモにある材料を買ってきてくれるないか?」
 そうして、ウルは『枯れ木に花を咲かせるアイテム』を作り始めた。
 助手も欲しいな。とウルは思った。

 (依頼内容)
 
 ・魔道士ウルが、怪しい未知のアイテムを作成する助手を探しています。
 ・ついでに盗賊協会の花見の乱入者も募集しています。
 ・誰か、何とかしてあげて下さい。

 0.日和佐・幸也

 「枯れ木に花…
  俺の世界には、花を咲かせる不思議な灰の話があるけどなー…」
 ウルから話を聞いた医学生の日和佐・幸也は、うむー、と首を捻る。そうやって考え事をする事が多い男で、そういう姿が似合う男でもあった。
 「なるほど…すると、元は天界のアイテムという事なのかな?」
 「いや、そういうわけでもないと思うんですが…」
 有名な童話の事を、どう説明したら良いか幸也は悩んだが、
 「…て、以前にも似たような会話をした事がありませんでしたっけ?」
 幸也は、ふと気づいた。
 「そういえば、確かに…
  …あ、赤い鼻のコピー人形の時だよ、幸也君」
 「ああ、そうだ。そんな事もありましたね」
 少し懐かしいなー。と幸也は思った。思えば、ウルとの付き合いも結構長い。ともかく、今回の件には手を貸そうと幸也は思った…

 1.花見の為に…

 わかりあえる仲間と一緒なら、例え、寒空の中の野宿で焚き火をしながらの夕飯でもそれなりに楽しいものである。逆に、気に入らない者と囲む食卓というのは、あまり気持ちの良いものでは無い。
 物事の楽しさを判断する時、『何をするか』よりも『誰とするか』の方が大切な事が、普通は多いものである。
 とは言うものの、それでも最低条件というものがある。花見をするのに現場に花が咲いていなくては、そもそも花見ですらない。
 今、魔道士ウルの研究室には、花見の最低条件、『花が咲いている事』を整える為に、彼の仲間達が集まって相談していた。
 「う〜ん、そういうアイテムの話は聞いた事あるような気がするんですけどね〜。
  確か、灰を撒いて花を咲かせるお爺さんの話だったような…
  大丈夫です、任せて下さい。私、頭の中がお花畑って言われる事もありますし、お花には詳しいですから〜」
 考え込みながら文献を漁っているのは旅人のエルダーシャだ。魔道の心得がある女性である。
 「確かに、私も灰の形をしたアイテムだったと記憶してるけど…
  詳しくは覚えてないな」
 同様に考え込んだり文献を漁っているのは織物師のシェアラだ。やはり、魔道の心得がある女性である。
 「俺も、灰の形をしたアイテムだとは聞いた事があるんですが…」
 依頼人の魔道士ウルも、もちろん、がんばって資料を調べていた。
 「まあ、アイテムが灰の形態をしているってだけでもヒントにはなるよな。
  物を灰に加工する手段って、そんなに多くは無いわけだし…」
 「そうですよね。火を加えるか、そういう魔法を使うか…ですよね」
 魔道の心得は大して無い、医学生の幸也や軽戦士のアイラスも頭を悩ませていた。2人とも、魔法の知識はそれ程でも無いが、頭の良さには定評がある。
 「うぅ、色々難しいですね…」
 見習い魔道士の二ールは頭を悩ませている。
 「そうだよねー、難しいよねー」
 みんな、本当に難しい話をしてるなー。と、ニールと一緒に悩んでいるのは魔法戦士のフェイだ。魔法使いを挫折して、大剣を背負って走り回る道を選んだ女性である。当然、難しい話は苦手だ。
 「そうだ、昔話なんだけど、私、父様と母様の手伝いで魔法薬作りのお手伝いしてて、暴発した事あるんだ…
  危ないから、ウル君のお手伝いはやめて、ルーザちゃんのお手伝いしてくるね。枯れ木に花を咲かせる以外にも、お花見の準備って色々あるもんね。
  うんうん、きっとその方が良いよね!」
 フェイは、ぽん。と手を打った。両親の手伝いで魔法薬を暴走させた事は実話である。
 「そうだね。きっとルーザも手が足りなくて凄く困ってるから、フェイが行ったら喜ぶよ。是非、行ってあげてくれないか?」
 「おお、そうだ。行ってやると良いと思うぞ!」
 ウルと幸也は、フェイがルーザの手伝いに行く事に賛成した。
 「うん、行ってくるね!
  …て、幸也もウル君も、私の事を研究の邪魔だとか思ってない?」
 フェイはウルと幸也をじーっと見た。
 「そ、そんな事は無いよ」
 「あ、ああ。そんな事は無いぞ」
 ウルと幸也は目をそらした。
 「別に、いいもん…」
 何となく寂しげに、フェイはソラン魔道士協会を去っていった。
 その間にも、枯れ木に花を咲かせるアイテムの研究は続く。
 「いや〜、たまには本を読み漁るのも良いですよね〜…」
 エルダーシャは少し元気が無くなってきた。旅人は、一所に留まって調べ物をするのは得意ではないらしい。
 「読書は良いね。家に居ながら、世界中を旅出来るよ」
 「なるほどー、そういう考え方もありますね」
 シェアラの言葉に、アイラスは頷いた。この二人は、書物を読み漁って調べる事に何の抵抗も無いようだ。
 「旅…か」
 幸也は、何となく遠い目をしていた。
 「ふ〜、頭を使うと疲れますよね〜。
  私、お茶でも入れて来ますから、一休みしませんか〜?」
 やがて、エルダーシャが言った。午後の魔法のアイテム研究会は、そんな風に続いた。
 一方、盗賊協会のルーザの所に行ったフェイも、活動を開始する。
 「…というわけで、手伝いに来たよ!
  準備する事があったら、何でも言ってね!」
 「そ、そう。助かるわ…」
 ルーザは苦笑した。
 そもそも盗賊協会はイベント会社では無いので、花見の準備をする人手は基本的に存在しない。フェイの手でも借りたいのは事実だった。
 こうして、魔道士協会と盗賊協会に散った一行は、それぞれの準備を続けるのだった。

 2.前日…

 花見の準備の日々は、あっという間に流れ、ついに花見の前日になった。枯れ木に花を咲かせるアイテムの製作も大詰めの段階を迎える。
 「『春呼び草の花粉』を他の触媒と一緒に煎じた薬を、『月影の糸』で織った布で包み、『不死鳥の業火』の呪文で一晩の間、燃やし続けて灰にする。
  …と、結局、そういう手順ですね」
 ここ数日間の研究でまとめたアイテムの作成法を、アイラスは確認した。いっぱい本を読んで調べたなー。と、彼はため息をついた。
 「それが、一番可能性が高そうだね…」
 少し青ざめた顔で、ウルが言った。彼は徹夜続きで疲労のピークである。彼に限らず、皆そうだった。
 「なるほどねー、じゃあ、それで行ってみようよ!」
 「ふーん、上手くいくと良いわね」
 ルーザと、彼女の所で花見の下準備をしていたフェイだけは、比較的元気だった。そろそろアイテムが完成すると言うので、二人は魔道士協会に様子を見に来ていた。
 「じゃ、まずは『春呼び草』を煎じるか」
 やれやれ。と、幸也が材料となる薬の調合を始めた。彼の得意分野である。徹夜続きだったが、いつもフェイにこき使われてるから平気さ。と幸也は言った。
 「俺は、今のうちに休ませてもらうね…」
 「以下同文です〜…」
 後で魔法的な作業をする予定のウルとエルダーシャは、今のうちに休むと言って、椅子にもたれた。
 「私は、『月影の糸』の布を仕上げるかな。
  何かアクシデントが起こったら、私も魔法的処理を手伝うけど、あんまり期待しないで欲しいな…」
 昨日から、猛スピードで材料の布を織っていたシェアラである。基本的に不死のシェアラも、だるいものはだるいらしい。
 「みんな、がんばって下さいねー」
 「応援してますよー」
 特に有効な専門技能が無いアイラスとニールは、応援に回ろうとしたが、
 「ニール、丁度良いから、君も見習い卒業試験を兼ねて『不死鳥の業火』に参加するんだ。
  上手くいったら、魔法の実技試験は合格にするよ」
 ウルは穏やかに笑った。
 「師匠、そんないきなり言われても…」
 「へー、ニール君もいよいよ見習い卒業なんだ。
  がんばらないとね!」
 あたふたするニールを、フェイが励ました。
 「うわー、いきなり重大な試験ですね。がんばって下さい」
 アイラスもにこやかに言って、他の皆さんもがんばって下さい。と、人数分のお茶を入れに行った。
 「…じゃ、後はよろしく」
 やがて、薬の調合を終えた幸也が床に寝転んだ。
 「幸也ー、風引くよー」
 そんな幸也に、おつかれさまー。と、フェイが毛布をそーっとかけた。
 「そういう事で、後はよろしく…」
 やれやれ。と布を織り終えたシェアラも、椅子にもたれて目を閉じた。
 「ありがとう。ゆっくり、休んで下さい…」
 「後は任せてくださいね〜」
 と、代わりにウルとエルダーシャが、椅子から立ち上がった。
 『不死鳥の業火』なんて高級な魔法、久しぶりですね〜!と、エルダーシャは燃えている。
 この2人とニールの3人が、交代で『不死鳥の業火』を唱える事にした。
 「教科書でしか、読んだ事無いなー…」
 「いついかなる時も、必要な魔法を唱えられる事が、見習い卒業の条件だからね。
  …ただ、仲間との協力体制を上手に取れる事も、ソラン魔道士協会の教えの一つだという事を忘れないように」
 危なくなったら他の者の助けを借りるのも、多少は見逃すから。と、ウルはニールに言った。
 「うんうん、みんな一人で生きてるんじゃ無いもんね!」
 仲間…特に幸也の手を煩わせる事には自信のあるフェイが言った。
 「がんばると良いよ…」
 目を閉じたまま、シェアラが呟いた。微笑んでいるようにも見えた。
 結局、シェアラがひっそりとニールを援助する形で、『不死鳥の業火』による処理は完了した。
 翌日、完成した『枯れ木に花を咲かせる灰(略して花咲かの灰)』を持って、一行は花見へと向かうのだった…

 3.当日

 「がんばって、準備をしよー!」
 「そうね…」
 一足先に、枯れ木の周囲で花見の席の準備をしているのはフェイとルーザである。花見に参加予定の盗賊協会の者達や、『花咲かの灰』を製作していた者達は、まだ来ていない。
 枯れ木は文字通りに枯れ木で、陣取る者など他に居なかった。果たして、この枯れ木に花は咲くのだろうか…
 フェイやルーザが席の準備をし終えた昼前には、参加者達が集まってきた。
 「おーい、本当に花なんか咲くんだろうなー」
 『箱売り』の通り名で呼ばれる盗賊協会の男が、『花咲かの灰』を持ち込んだ一行に声をかけた。
 「さあね?」
 シェアラは肩をすぼめて笑っている。
 「文句があったら、あんたが咲かせてくれ…」
 俺は眠いんだ。と幸也が言った。
 「何だか、お花を見ながら寝ちゃいそうですよ〜」
 「さすがに、徹夜続きは大変ですね…」
 エルダーシャやアイラスも眠そうだ。
 これで、花が咲かなかったら、それこそその場で燃え尽きて灰になりそうな一行である。
 「じゃ、咲くかわかんないけど、撒くわよ?」
 宴の準備が整ったところで、他人事のように言いながら、灰が入った袋を持って枯れ木に登ったのは幹事のルーザだった。
 花見に集まった一堂は、ルーザと桜の方を見守る。
 気だるそうに、ルーザは袋の灰を少しづつ枯れ木に撒いた。
 沈黙。
 何が起こるのか、それとも何も起こらないのか、一堂は静かに待った。
 変化は、すぐに表面化した。
 茶色くて生気の無かった枯れ木の色が、力強さを取り戻したのだ。
 そして、みるみるうちに桜の花は咲いた。
 盗賊協会の面々から、どよめきが起こる。
 「ま、言わなくてもわかると思うけど、あっちで燃え尽きかけてる人達が仕掛け人だから。
  みんな、感謝するといいわよ」
 ルーザが微笑みながら、盗賊協会の面々に、『花咲かの灰』を作成した一行を紹介した。盗賊協会の面々から拍手喝采が起こる。
 花見の宴の、それが始まりだった…

 4.宴

 ずっと、こういうのが続いたら良いなー。
 賑やかな宴の中で、フェイは思った。
 みんなと楽しく、いつまでも…
 「どうした?
  珍しく考え事か?」
 幸也がフェイに尋ねる。
 何でも無いよ。と、フェイは首を振った。
 …まあ、今回はルーザちゃんのお手伝いをしたから、今度、何か貰えるかな。と、フェイは微笑んだ。
 すやすやと、昼寝をしているのはエルダーシャである。花が咲いたのを確認した彼女は、宴の片隅で密かに休んでいた。その寝顔は、とても幸せそうだった。
 宴の終わりに目を覚ましたエルダーシャは、残念そうに微笑んだという。
 アイラスは、いつもと変わらず、にこやかに宴を楽しんでいた。彼は『花咲かの灰』の作成に関しての苦労話等を盗賊達に話している。
 気分の良くなってきたアイラスは、途中からリュートの演奏を始めたそうだ…
 やがて日が沈み、『花咲かの灰』の魔力が切れ、桜の花が散り始めた。
 「ウル、時間調整、上手くいったみたいだね」
 「そのようですね。良かった。」
 シェアラとウルが、目配せしている。『花咲かの灰』の制限時間は、ウルとシェアラが苦労して調整したらしい。
 花が散ると共に、花見の宴も自然に終わりを迎えた。一行はそれぞれの場所へと帰っていく。
 ある、春の日の出来事だった…

 (完) 

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / クラス】
【1649/アイラス・サーリアス/男/19才/軽戦士】
【1780/エルダーシャ/女/999才/旅人】 
【0401/フェイルーン・フラスカティ/女/15才/魔法戦士】
【0402/日和佐幸也/男/20才/医学生】 
【1514/シェアラウィーセ・オーキッド/女/184才/織物師】

(PC名は参加順です)

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■         ライター通信          ■
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 毎度ありがとうございます、MTSです。
 今回は大幅に遅くなりまして、申し訳ありません…
 ともかく、おつかれさまでした。また、気が向いたら遊びに来て下さい。
 当面、OMCの他の仕事は休んで、ソーンに専念して、締め切りと品質を守ろうと思います…