<PCクエストノベル(1人)>


ヴォミットの毒薬

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【 1892 / ラピス・リンディア / 魔女】

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 ヴォミットの鍋といえば、毒竜の伝説で有名だ。
 かつて付近の森で果てた毒竜の血肉が大地にしみこんで、あたりに毒の霧を発生させた。
 その中で、独自の進化を遂げたものたちが住まう村――そこが、ヴォミットの鍋だ。村を猛毒の霧がおおっているため、普通の人間では息をすることすらできない。
 そんな村に、ラピス・リンディアはひとり訪れていた。

ラピス:ここがヴォミットの鍋……。

 そこは、噂にたがわぬ、おどろおどろしい場所だった。
 木々はまるで魔物かなにかのようにねじくれて折れ曲がり、まばらにたつ家すらもどこかいびつな姿をしている。

村人:おや、珍しい。旅の人かい?

 ラピスが村へと足を踏み入れると、村の入り口付近にいた村人が声をかけてきた。
 言葉こそ普通にラピスと同じような言葉を話すが、その容貌はどちらかといえば魔物に近い。長期間、竜の毒にさらされつづけてきたためか、皮膚はまるで木の幹のようにかたくなって、皺が寄ってしまっている。
 身体はごつごつと節くれだっていて、どこかしなびた感じだった。

ラピス:ええ、竜のあごにたまっている、毒をいただきに来たんです。
村人:毒を? そんなもの、いったいなんに使うんだい。

 村人はもともとこぼれおちそうなほどに大きな目を、さらに大きく見開いて言った。ラピスはそれに笑顔で応える。

ラピス:毒竜の持つ毒からは、薬が精製できるんです。この森で死んだ毒竜の毒は、とびきり強いようですから……。
村人:薬、ねえ。まあ、この霧も、普通の人間にとっては毒らしいからね。

 言うと、村人は肩をすくめた。
 相手の言う通り、この村にたちこめる霧は猛毒だ。普通の人間ならば、たちまち死んでしまうだろう。だからこそ、ヴォミットではすべての生きものが独特の進化を遂げているのだ。
 ただ、ラピスは正確に言えば人間ではない。
 魔族の血をひく娘だからこそ、ラピスは毒の霧を吸い込んでも平気でいられるのだ。

ラピス:ええ、もしよかったら、竜のあごのところまで案内していただけませんか? それとも、よそものが入ってはいけないような場所なんでしょうか。
村人:いや、別にかまわんよ。たいしたものがあるわけでもないからね。

 村人はおっくうそうに立ち上がると、ついてこい、とあごで示した。
 ラピスは歩き出した村人のあとをついていく。
 村人は、ためらいもせずに木々の間へと入っていく。意外にしっかりとしていて、素早いその足どりに、ラピスは小走りになりながらしたがった。

ラピス:あの、どこまで行くんですか?

 ずんずんと先へ行く村人の背中に向かって、ラピスは声をかけた。すると村人はいったん足を止めて、振り返る。

村人:そう遠くじゃあないさ。ほら、すぐそこだ。

 そう言って村人が指し示したのは、とてつもなく大きな、古びた骨だった。
ラピス:これが……毒竜の骨?

 ラピスは思わずつぶやいた。
 想像していたものより、ずっと大きい。
 のぼるだけでも一苦労だろう。だが、村人は慣れているのか、骨に足をかけてひょいひょいとのぼっていく。

ラピス:あ、待ってください!

 ラピスは追いかけようと、竜の骨に手を触れさせる。
 すると、じゅっと音がして、なにやらいやなにおいがした。
 見ると、手の皮膚がただれている。毒にやられたらしい。

ラピス:……ずいぶん強い毒なのね。

 ほとんど人間ではあるものの、魔族の血を引いているために、ラピスは毒などに対する耐性はかなり強い。
 つまり、そのラピスの手を傷つけるということは、かなり強い毒だということだ。
 ラピスは荷物の中から分厚い皮の手袋を出してはめて、竜の骨をのぼりはじめた。
 ラピスがやっと下の方をのぼっているというのに、村人はすでにずいぶんと上のほうへ行っている。
 ラピスは遅れじと、必死になってのぼっていく。しばらくして、ラピスはやっと村人のもとへとたどりついた。

村人:なんだい、もう息が上がってるじゃないか。ひ弱だねえ。
ラピス:……そう、ですね。鍛えなおす必要がありそうです。

 息を切らしながらラピスは口にした。
 以前、宮廷魔術士だった頃は、毎日鍛錬を欠かしたことはなかった。自分に居場所をくれた人たちを守るために、今にして思えば過剰とも思えるほどの鍛錬を己に課したものだった。

村人:あそこにたまっているのが、毒液だ。好きなだけ持っていくといい。
ラピス:あれが……。本当に、いただいていってもかまわないんですか?

 あごにたまった、小さな池ほどもありそうな毒液だまりを見つめながら、ラピスは訊ねた。

村人:どうせすぐにたまるものだからね。放っておいてもあふれるだけだ。
ラピス:それでは、遠慮なくいただいて行きますね。

 ラピスは毒液を持ち帰るためにと持ってきた、専用のビンを取り出した。毒液を入れても溶けることのないビンの中に、ラピスは毒液を満たしてふたをする。

ラピス:ありがとうございました。これで、薬が作れます。
村人:ああ、よかったねえ。それじゃあ、がんばりなね。

 村人はひらりひらりと手を振ると、そのまま、また来たときと同じように軽やかな足どりで骨から降りていく。
 ラピスはそれを見送ると、厳重にビンを布で巻いて荷物の中にしまった。
 そして、今度はこれを降りるのかと思いながら、ため息をついたのだった。


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【ライター通信】
 こんにちは、3度目の発注、ありがとうございます。今回、執筆を担当させていただきました、ライターの浅葉里樹です。
 ヴォミットの鍋へのひとり旅ということで、このような形になりました。いかがでしたでしょうか?
 お楽しみいただけていれば、大変嬉しく思います。
 もしよろしかったら、ご意見・ご感想・リクエストなどがございましたら、お寄せいただけますと喜びます。ありがとうございました。