<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>
恋とはどんなものかしら
「大変なのです、大変なのです!」
今日も白山羊亭には、困っているものたちの叫び声がこだまする。
本日、白山羊亭に駆け込んできたのは、以前にも駆け込んできたことのある白ウサギだった。
「大変なのです! お城にある鐘の精霊が恋煩いをしてしまったせいで、城の鐘が鳴らなくなってしまったのです! 助けてくださいなのです〜!」
直立歩行で、洋服を着ているウサギは、以前と同じように切羽つまった様子で叫んだ。
「あら、ウサギさん、どうして鐘が鳴らないと困るの?」
「あの鐘が鳴らないと、お城に春がこないのです! ずっと冬のままなのです! お願いしますなのです〜!」
声をかけたルディアに向かって、ウサギはわっと泣きついたのだった。
そして、そんなルディアが声をかけたのは、たまたま白山羊亭を訪れていたヴィーア・グレアとアイラス・サーリアスだった。
「恋煩い――ですか」
アイラスがきょとんと口にする。
「でも鐘も恋をするんですね。うーん、興味深い……」
「そうなのです! もう、どうしたらいいのかわからないのです」
ウサギは悲愴な声音で頭を抱える。
けれどもウサギの目はくりくりとしていて、声の切羽詰まり具合に反して、いまいち悲愴感はない。
「そうですね……でも、僕も恋愛には疎いんですよね」
「ああ、そんなことおっしゃらないでくださいなのです〜!!」
ウサギがじたじたとヴィーアにすがりついてくる。そのやわらかな毛におおわれた耳をなでてやりながら、ヴィーアはくすりと笑みを浮かべた。
「大丈夫ですよ、ウサギさんの頼みとあっては断れません。がんばりましょうね」
「そうですよ。僕もあまり恋愛沙汰には縁がありませんが、できるかぎりがんばりますから気を落とさないでください」
ヴィーアとアイラスが、口々にウサギをなぐさめる。
するとウサギはその大きなまるい瞳に涙をいっぱいに浮かべて、感極まったようにおいおいと泣き出すのだった。
「それで……あなたたちが?」
ヴィーアとアイラスが引き合わされたのは、やわらかな銀髪の少女だった。
背後の鐘がきらきらと銀色に輝いていることから、やはり彼女はこの鐘の精霊なのだということが知れた。
「ええ、そうなんです。あなたの悩みを聞いて欲しいと、ウサギさんに頼まれて」
ヴィーアが微笑んでうなずく。
「あの方が……」
ウサギと聞いた瞬間に、少女は目を伏せた。
「どうしたんです?」
アイラスが首を傾げる。
「あ、なんでもないんです。でも、私、嬉しいです。ここにはあまり人が来ないから……」
「僕たちでよろしかったら、なんでもお聞きしますから。誰にも言いませんから、安心して話してくださいね」
ヴィーアが笑いかけると、ためらいがちに少女はうなずく。
「……そう、ですね。あなたがたは外の方ですものね。……私の話、聞いていただけますか?」
少女が近くにある長いすのところへと、ふたりを案内する。
まずは少女が真ん中にかけて、その両脇にアイラスとヴィーアがかけた。
「実は、好きな方がいるんです。……でも、その方は私のことなんて眼中にないようなんですよね」
「眼中にない、ですか?」
アイラスが訊ねる。
「ええ、そうなんです。他の方のことばかり考えていて……」
「優しい方なんですね」
ヴィーアが言うと、少女はこくりとうなずいた。
「ええ、とても優しい方です」
「……あの、こういうのはどうでしょうか。鐘にもやはり、メンテナンスは必要ですよね。それを理由に、その方に鐘の管理人になっていただく、というのは?」
「……それは……」
ヴィーアの提案に、少女はうつむく。
どうしたのだろうかと、ヴィーアは首を傾げた。
「その方は、他に大切なお仕事をお持ちですから……。きっと、そんなこと、お願いしても無理です」
「ムリかどうかはやってみないとわかりませんよ。ねえ、ヴィーアさん?」
「そうですよ。アイラスさんの言う通りです」
「でも……」
少女はうつむいたままで、首を横に振る。
「では、こういうのはいかがです? 鐘を鳴らすんです。美しい鐘の音色を聞けば、相手の方もあなたに興味を持ってくださるかもしれません」
「そうでしょうか……?」
言いながら、少女は立ち上がって鐘を見上げる。
ヴィーアは少女を勇気づけるように、大きくうなずいた。
少女がそっと、手をかざす。すると、鐘がひとりでに大きく動いた。
周囲の空気がびりびりと震えるほど大きな、澄んだ音が鳴り響く。
「……キレイな音色ですね」
ヴィーアは隣のアイラスに語りかける。鐘の音のせいで声は聞こえなかっただろうが、それでも口の動きで伝わったらしく、アイラスはうなずく。
「大丈夫だったのですのですか!?」
すると、音を聞きつけたのか、ばたばたとウサギが走ってくる。
とたんに鐘の音がやんだ。
「……あ」
少女が目をしばたたかせる。
そして、頬を赤くしたかと思うと、恥ずかしげに目を伏せた。
ヴィーアとアイラスは目配せをかわすと、こっそりと物陰に隠れる。
「すみませんなのです。邪魔をしてしまったのです?」
ウサギが訊ねると、少女はぶんぶんと首を振る。
けれども、言葉は出てこないらしく、ただうつむいたままだ。
「……アイラスさん、今日は笛はお持ちですか?」
「笛、ですか? ええ、持ってますけど」
「ふたりで吹いてみたらどうかと思うんです。話題になるかもしれませんし、それで心が和むかもしれませんから」
「ああ……そうですね」
アイラスはうなずき、懐から笛を取り出す。
ヴィーアも笛を出すと、そっと吹き口にくちびるを当てた。
鋭く息を吹き込むと、やわらかな、けれども強い音が響く。
アイラスの奏でる笛の音がそれに重なった。
「笛の音……なのです?」
するとウサギが耳をひくひくさせながら、あたりを見まわす。
「そう、ですね。あの……音楽はお好きですか?」
「ええ、大好きなのです。鐘の音も、毎年、楽しみにしているのです」
ウサギは悪気がないらしく、にこりとして答える。
少女はぱっと顔を輝かせた。
「あ、えっと、でしたら……その。もしよろしかったら、これから、たまに音を聞きに来ませんか? 私、がんばって鳴らしますから」
「いいのですかなのです?」
ウサギは嬉しげにつぶやく。
「ええ、ぜひ」
「では、姫を連れて来ますのです」
「……」
ウサギの言葉に、少女は複雑そうな表情になった。
けれどもすぐにやわらかく笑み、小さくうなずいた。
少なくとも、一歩前進したらしい。
アイラスとヴィーアは視線を交わし、笛を吹きながらうなずきあった。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【1755 / ヴィーア・グレア / 男 / 22 / 秘書、「お気楽亭」アルバイト】
【1649 / アイラス・サーリアス / 男 / 19 / 軽戦士】
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■ ライター通信 ■
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こんにちは、9度目の発注ありがとうございます。ライターの浅葉里樹です。
アイラスさんとお会いするのもこれで9度目、と思うと、なんだかしみじみしてしまいます。今回はヴィーアさんとおふたりで恋愛相談を受けていただいたのですが、いかがでしたでしょうか。お楽しみいただけていれば、大変嬉しく思います。
もしよろしかったら、ご意見・ご感想・リクエストなどがございましたら、お寄せいただけますと喜びます。ありがとうございました。
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