<PCクエストノベル(2人)>


導きの灯

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【冒険者一覧】
【整理番号 / 名前 / クラス】

【 1528 / 刀伯・塵 / 剣匠 】
【 1720 / 葵 / 暗躍者(水使い) 】

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 春の陽気は暖かに、世界の色を柔らかく映し出す。
 芽吹き、色取り取りの花を咲かせる植物達、陽気に誘われ活動を再開する動物達。兎角、春と言う季節は心躍る感じになるものだ。
 そう、今街道を歩いて居る二人と一匹だって例外では無いのだ。

葵:「ベップさん、大丈夫かい?疲れたら言ってね?」
ベップ:「クワ!」
塵:「大丈夫だろ?こいつがこの程度でへたばるかよ」

 ニヤリと笑った塵の足を、足元の体長60センチ程のペンギンが抗議するかの様にバシバシとその羽で叩く。その姿が愛らしく、葵は思わず柔らかな微笑を浮かべた。一方の塵は、苦笑いである。

塵:「それにしても、こっちの世界にも春なんて有るんだな。あっちじゃ、春ってもなかなか楽しむ雰囲気じゃなかったが、こうして見ると気持ちの良いもんだな」
葵:「うん、暖かくて本当に良いよね。旅をするには最適♪ねっ?ベップさん♪」
ベップ:「クワワァ!」

 青く澄み切った空を見上げる二人と一匹。日差しの眩しさに目を細めるが、何処か穏やかな表情が全員の顔から見て取れる。何処か懐かしむ様に……
 そも、塵にとって季節の移り変わりは確かなものとしてありはした。しかし、戦乱渦巻いていた故郷中つ国では、そんな機微を堪能する余裕等有りはしなかった。そんな戦いに明け暮れた日々を思うと、どうしたって顔が緩むと言うものだ。
 一方、葵の記憶には春を楽しんだ覚えが無い。そもそも、殆ど全てと言って良い程の記憶を失っている葵にとっては、覚えてないのが当たり前なのだ。だが、それでもこうして居られるのはやはり陽気の為だろう。暖かな日差しの中に居ると、記憶が無いと言う不安さえ掻き消してくれる様に思えた。

葵:「あっ、見えて来たよ!あれだよね、塵さん?」

 葵が指差すその先に、木々の高さを少しばかり抜けた白亜の塔がその姿を見せていた。その姿を見詰めながら、塵は聞いていた話を思い出し、ニヤリと頷く。

塵:「ああ、間違いねぇ。あれだ、あれが遠見の塔だ」

 遠見の塔――何時の頃から存在して居るのか分らないが、その白亜の塔には二人の人物が住んでいると言う。100年近く前から、住んでいるその二人の名はカラヤン・ファルディナスとルシアン・ファルディナス……二人の兄弟だ。
 二人は『賢者の兄弟』として有名であるが、実際に会った人はそれ程多くは無い。何故なら、その兄弟の眼鏡に適わなければ決して会う事が出来ないともっぱらの噂なのだ。その噂を裏付ける様に、話しを聞いていても実際に見たと言う人は、塵が聞いた人達の中では居なかった。
 エルザードの街で、塵はその話しを聞き込み、此処へ来る決意をしたのだ。その理由は二つ。
 一つは、故郷に帰る為の歪……所謂門の事に付いて聞く事。もう一つは葵の故郷、日本に関して情報を得る事。
 賢者と称される人物達に話しを聞けば、きっと何か手掛かりが有る筈だと塵は踏んだのだ。そんな塵から誘いを受けた葵に、断る理由は無い。
 こうして二人は、物見遊山も手伝う中この塔を目指したのである。


 下から見上げれば、塔としてはそれ程大きくない造りの様である。日差しの下では、その白亜の色合いが一層眩しく見え、塵と葵は目を細める。葵の腕の中に居るベップに至っては、眩しすぎるのか懸命に羽で眼を覆っていた。

塵:「さて、んじゃ行きますか。会えるかどうか分んねぇけどな」
葵:「うん」

 目の前に有る、塔にしては小さな扉を押し開き中へと入る。外見同様、それほど大きな感じはしない内部には、上に続く螺旋の渦を巻いた階段が見て取れた。
 扉を閉めて、二人は黙って階段を上り始める……

 どれ位上っただろうか?好い加減疲れ始めた二人の目の前に、扉がある。それも、どう見ても不自然な位置に……

塵:「此処……か?」
葵:「んと……そうなのかな?」

 階段を上っている左側、壁にはめ込まれる形で一枚の扉。別に階と階の間と言う訳では無く、本当に唐突に、気をつけてなければ絶対見落とすだろう?って感じの扉で有る。
 
葵:「行って見る?」
塵:「ああ、行くっきゃねぇだろ」

 取っ手に手を掛け、葵の顔を見て頷く。葵も、緊張した面持ちで頷く。それを確認したと同時、息を思いっきり吸い込み、塵は扉を一気に開けた。
 目の前に広がる、広大な空間……その隅から隅まで見やれば、本棚の列列列……びっしり詰まった本が、その蔵書数を伺わせた。

塵:「なっ何だ、このでかさは……全然広さが違うじゃねぇか」
葵:「本当だね……塔の大きさとも全然違うよ」
?:「驚くのも無理は無いだろうね。だが、こう言う事も有るんだよ?」

 不意な声に見やった先、黒髪に眼鏡をかけ穏やかな笑みを浮かべる男の姿が見て取れる。服装は、ゆったりとした紺色のローブ、その彼方此方に奇妙な文字が刺繍されていた。本を閉じ、男は二人と一匹の方へと近付いてくる。

?:「初めまして、私はカラヤン・ファルディナス。どうぞお見知り置きを、異界よりの来訪者達よ」

 ニッコリと笑みを浮かべ手を差し出すカラヤンの手を、些か緊張しながら塵が取る。

塵:「お初だな。俺は塵。んで、こっちが葵。わりぃんだけど、聞きてぇ事が有るんだ。邪魔じゃなければ、頼みてぇんだが?」
カラヤン:「邪魔な事は有りませんよ。どうぞゆっくりして下さい。まあ、立ち話もなんですから、こちらへ」

 柔らかな微笑を浮かべ塵の手を離すと、カラヤンは踵を返し本棚の間にその姿を消して行く。塵と葵はその後を追い、本棚の波の中へ。一体幾ら有るのか、その凄まじいまでの蔵書に塵と葵は些か気圧されながら、カラヤンの後を付いて行く。
 幾らか歩いたその先にある階段を、カラヤンは上って行く。付いて行ったその先には客間であろうか?広々とした空間にテーブルや家具・調度品等が見て取れた。そのテーブルには一人の男が座ってカップに口をつけていた。

?:「あっ来たんだな♪俺は、ルシアン・ファルディナス。まあ、座りなよ」

 くったい無く笑みを見せるルシアンの勧めるまま、塵と葵は席に着く。葵の腕の中のベップをルシアンは興味深そうにしげしげと眺めていた。

カラヤン:「さて、ではお話を伺いましょうか?」

 柔らかな笑みを浮かべながら、用意したお茶をそれぞれの前に出した後、カラヤンはルシアンの隣の席に着く。
 出されたお茶の香りと味を楽しみつつも、塵は正面に座る二人に視線を向けた。

塵:「この世界には、彼方此方に歪が存在するって聞いた。ぶっちゃけ、他の世界に行ったり出来る門って奴だ。あんた等なら、何か知ってるんじゃねぇかと思ってな。何でも良い、何か知ってたら教えてくれねぇか?」

 真剣な眼差しを、カラヤンとルシアンは見詰める。

ルシアン:「歪か〜あれは本来歓迎される物じゃないからね。詳しい記述が有る訳じゃないんだよな」
カラヤン:「確かに仰られる様に、彼方此方にありますがそのどれもが突発的であり、確固たる確証が有る訳では無いのですよ」
葵:「じゃあ、ルクエンドに有るのもそうなの?」
ルシアン:「ああ。ルクエンドの歪は、10年に一回だけ望む世界に行かせる歪が有るらしいけど、それ以外は本当にランダムだしな……」
 
 やれやれと言った表情のルシアンをカラヤンが見詰め苦笑いを浮かべ口を開いた。

カラヤン:「もう一つ、はっきりとしないですが歪の強い場所が有ると言う話です。聖獣界の知識の書にも曖昧な事しか記されていませんが……エルザードより北方の山岳地帯にあるとか……今現状ではそれ位しか分っていません」
 
 申し訳なさそうにするカラヤンを見て、塵は苦笑いを浮かべた。

塵:「いや、あんた等が悪いんじゃねぇんだ、気にしねぇでくれ。で、他にも聞きてぇんだが……」

 塵はその視線を葵に移した。その視線に気が付いた葵は、頷くと二人の兄弟を見据える。その眼差しは真剣そのものだった……

葵:「田山省三って人知ってる?日本って言う場所から来た人みたいなんだけど……あっ後日本って場所の事も何か知らない?それと、今日本から来てる人が居ないか分らないかなぁ?居たら場所も教えて欲しいんだけど……」
塵:「おいおい葵、そんなに一編に聞いたら……」
ルシアン:「構わないよ。でも、それだったら兄さんの方が知ってるよな?」

 笑顔で兄カラヤンを見詰めるルシアン。

カラヤン:「田山省三と言う方は、知りません。申し訳ないですが……」

 すまなそうにするカラヤンだったが、再び口を開く。

カラヤン:「日本と言うのは、この世界とは異なる世界の島国であり、とても優れた文明を持って居るようです。それ以上の詳しい事は分りかねますが、独特の文化を持つ国だと記されて居たと記憶しています。現在、日本から来られている方については分りかねますが、多くの方が歪の影響で来られているのは確かです。貴方もその一人の筈ですから……」

 少しだけ寂しそうな笑みを見せるカラヤンを、静かに見詰める葵の瞳には、少し驚きの色が見えていた。

カラヤン:「聖獣界の知識の書には、ほぼあらゆる知識と記憶が残っています。確かに、記述として来られた時の事は載るのですが、その後の事は一切分りません。貴方が、日本と言う所から来られた事は確かに書かれていますが、それ以降の事に関しては一切の記述が無いのですよ」

 残念そうな口ぶりのカラヤンに、葵は微笑みを浮かべていた。

葵:「ううん、それだけ分っただけでも十分だよ。有り難う、カラヤン」
ベップ:「クワァ!」

 ベップの鳴き声に全員の顔に笑みが浮かぶ中、塵が改めて二人に向き、口を開いた。

塵:「もう一個だけ良いか?」
ルシアン:「良いよ?何だい?」
塵:「歪に引っ掛かった人間が、元の世界に戻るにはどうすりゃ良いんだ?」

 カラヤンとルシアンは顔を見合わせ、困った顔をする。何とも言えない、そんな雰囲気が二人の様子から察する事が出来た。

カラヤン:「方法は……やはり歪に飲まれる事……ですね。これが一番簡単と言えば簡単です。実はもう一つ有る事は有りますが、危険すぎるのでお答えはしたくありません」
塵:「頼む!聞かせてくれ!」
ルシアン:「兄さん、教えてあげよう。知れば、やろうとは思わないだろうから」

 塵とルシアンの言葉に、少し眼を閉じ考えていたカラヤンだが、眼を開くと真っ直ぐに塵を見た。

カラヤン:「儀式により、無理やりに歪を引き出す事です。ただし、任意の世界に行く事は決して有りません。望む望まざるに関わらず、その時一番強い歪の影響を受けてしまうからです。ほぼ運任せ……決して勧められるべき方法では無いのです……」
塵:「……そうか……」
葵:「塵さん……」

 心配気に見詰める葵の視線の先には、苦渋に顔を歪めた塵の顔が有る。方法として、有るには有るが賭けに等しいその答えに、塵は何も言う事が出来なかった。
 その顔が、フッと緩むと塵は笑顔を浮かべる。

塵:「まっしゃーねぇ。どっか歪を探すっきゃねぇな」
ルシアン:「ごめんな。力に成れなくて」
葵:「ううん、全然。大分助かったよね塵さん?」
塵:「ああ、全然助かったぜ。ありがとよ」
カラヤン:「それは良かった」

 お互いに微笑み合う四人の顔は何処か晴れやかに、楽しき歓談が時間を忘れさせて行く。夕暮れ時まで、四人と一匹はその出会いを楽しんだ……


 チャプン……

ベップ:「クワァ!クワァァァ♪」
葵:「ふふ……ベップさん幸せそうだね」
塵:「ホントこいつは湯が好きだよな」
 
 気持ちよさ気に温泉の中を泳ぎ回るベップの姿を、塵と葵が微笑みを浮かべて見詰めている。空に輝く星と月の下、湯煙に包まれながら二人と一匹はその日一日の疲れを癒している。
 彼等が居る場所は、ハルフ村の温泉。突然に沸いた温泉は、今では有名と成り湯治に来る客でごった返している所である。

塵:「ふぅ〜たまにはこういうのも良いもんだな」
葵:「うん、本当にね」

 ゆったりとした気分に浸りながら、今までたどった事を思い返してみる。別に気負っていた訳では無いが、それでもやはり焦りや苛立ちが有ったのかもなと、二人は静かに思う。

ベップ:「クワァ♪クワワァ♪」

 その声に眼をやれば、ベップが気持ち良さそうにお湯の中でバシャバシャとお湯をはねている所だった。

塵:「こらベップ。他のお客さんに迷惑だから、そう言う事は止めろ」
葵:「ベップさん。こっちで一緒にゆっくりしよう」

 微笑む葵にベップは近付き、その膝にちょこんと腰を下ろし上機嫌だ。そんな姿を見詰める二人の表情は何時に無く穏やかだった。
 サワリ……
 吹き抜ける穏やかな風に、湯煙が少しだけ舞った……