<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


昨日の敵は今日の

 「…お?」
 何故その少年で視線が止まったのか、クラウディスにはその時は分からなかったが、ともかく興味を惹かれたものは最後まで追求するのがかの性格だ。クラウディスの前を横切って向こうへと歩いていく少年の後を追い、クラウディスも場外へと出て行った。
 場外とは、闘技場の外の事である。聖都エルザードの郊外には常設の闘技場があり、腕自慢且つ賞金目当ての猛者が週末になると集まってきていた。今日はまた、積み立て式の賞金がかなり溜まって高額になっている為、出場者も数多い。大抵は大柄でいかにも馴れた風の男達だが、そんな中に混ざって一人、場違いのようにも見える少年がいたのだ。
 その少年は小柄で、到底そんな猛者相手にどうにかなるような風には見えない。だが、手馴れた剣の扱いと体術の組み合わせで次々と優勝候補を蹴散らし、瞬く間に優勝してしまったのだ。だが、クラウディスが興味を惹かれたのは、そんな少年の強さではない。少年は、折角獲得した賞金を、自分はいらないからとそのまま積み立て分に回してしまったのだ。
 『前のマスターが言ってた、欲の無い人をマスターにすると、私利私欲の為には働かされなくて済むって。そう言う意味では、一つのハードルはクリアだな』
 うんうんと思案げに頷くクラウディスは、マスターを捜してソーン中を旅している自動人形である。人の役に立つ事を目的として作られたドールが、いつまでもマスター不在では、その存在意義が達成できない。だが、生半可な者では己のマスターとしては役不足とばかりに、未だに次のマスターを選びかねていた。…選り好みのし過ぎだと言う話もあったが。
 だが、そんなクラウディスにも、久し振りにマスター候補として良さげな人物を見つけたのだ。年恰好は見るからに若く、恐らくクラウディスの何十分の一しか生きていないだろう。マスターとしては年齢は関係ない。ただ、その資質があるかどうかなだけだ。
 そしてその資質を判定するのは、クラウディス本人。だからクラウディスは、こっそりと選考試験をする事にしたのだ。勝手に。


 一方、遼介は意気揚々と鞘に収めた剣を肩に担いで歩いている。遼介にとって、闘技場での戦いは賞金目的ではなく、己の武術向上の為のみだ。生活に困っている訳ではないし、今特に欲しいものも無いから、だから賞金も断ったのだが、その所為で妙な事に巻き込まれつつある事には、さすがに気付いていなかった。
 闘技場のある小さな街の中央通りを抜けて裏路地へと入る、すると遼介の目前で、可愛い女の子がならず者達に取り囲まれている所に出くわしてしまった。
 「へっへっへっ、いいじゃねぇか、おれとつきあえよー」
 何故だか妙に芝居掛かった棒読みで、男の一人が言う。すると女の子が、キャー!と黄色い声を上げて遼介の方へ駆け寄ろうとした。
 「お願いです、助けてくださいぃ〜!」
 「むりだぜ、だれもたすけてなんかくれやしねぇって」
 「そうだそうだ、おとなしくしやがれってんだ」
 だが、遼介は、そんな遣り取りの真横を、素知らぬ顔をして通り抜けていく。きょとんとした顔で女の子がそんな遼介の背中を見詰めていたが、再度黄色い声を上げた。
 「助けてってば、助けてぇ〜!」
 すたすたすた。
 「……。カワイイオンナノコが助けを求めてんのよ、助けなさいよ!」
 自分で可愛いと言うなとか助けて欲しい割には態度がでかいとか、ツッコミどころは満載だが、その辺りは敢えて追求せず、振り返った遼介が腰に両拳を当てて仁王立ちになる。
 「助けて、って、別にその必要なんかなさそうじゃん」
 「…どう言う意味よ」
 「だって、あんたからは危機感は全く感じないし、ソイツらからも悪意を全く感じねぇもん。何がしたいのかは分かんねぇけど、とりあえず危険はねぇから平気だろ?」
 「………」
 「じゃ、俺は行くから。まぁ頑張ってね〜」
 ひらひらと片手を振って遼介は踵を返し、立ち去ろうとする。女の子がならず者の一人の尻をぎりっと抓ると、その男が遼介の背中に向かって怒鳴った。
 「なんだよ、このおくびょうもの!そんなにおれたちにやられるのがこわいのかよ!」
 途端、遼介の歩みがぴたりと止まる。ゆっくりと首だけ捻って振り返った遼介の表情は、物凄く険悪な雰囲気を漂わせていた。
 「…今、何っつった……?」
 「だ、だからおくびょうもの、そんなにおれたちにやられるのが……って、うわぁー!」
 同じ言葉を繰り返す間もなく、遼介の剣が閃く。数回、男達の身体の周りで剣を振り回してから、徐に剣を鞘に収めた。ふん、と鼻で笑って不機嫌な表情のまま、また歩き出す。遼介の姿が曲がり角を曲がって消えた頃、男達の衣服がどさっと音を立ててばらばらになって足元へ落ちた。
 「げっ!いつの間に!?」
 「…へぇ、凄い剣技だな。さすがの俺にも見えなかったよ」
 感心した声を出したのは、先程の女の子だ。くるりと一回転すると魔法が解け、その姿はクラウディスへと戻った。下着一枚の情けない姿になったならず者の一人が、クラウディスに泣き言を言う。
 「ひでぇよ、こんな事になるなんて、言ってなかったじゃないか」
 「や、悪い悪い。まさか、あんな反撃の仕方をするとは思わなかったんだ。…にしても、幾らあんたらの演技がショボかったとは言え、俺の気配や何かまで一瞬で見破るとはな…」
 なかなか見所あるじゃん、とクラウディスの口端が持ち上がった。


 暫く歩いていると、遼介の不機嫌も沸点が下がって元に戻った。元より、一つの事をいつまでもくよくよと悩むタイプではない。しかも今日は、闘技大会で優勝をし、元々の気分はいいのだ。肩に担いでいた剣は腰に戻したが、それでも足取りは軽く、踊るように歩いていく。
 が。そんな遼介の踏み出した先に、まるでどこかから転移してきたかのよう、不意にぽっかりと穴が空いた。勿論、その程度の突然さでは遼介がひるむ訳も無く、軽くその穴をひょいと跳び越してやり過ごす。何なんだ、と振り返った遼介に向かって、その穴から大蛇が飛び出て来、鎌首を擡げるとカッと口を開いて牙を剥いた。が、瞬く間も無く、遼介が居合い抜きの要領で抜いた剣に切り裂かれて、蛇の頭がごろりと落ちる。落ちた蛇の首は、地面に落ちる前に、ふっと煙のように消えてしまった。
 「………」
 眉を潜める遼介だが、はっと何かの気配に気付いて上を向く。すると、どこから飛んできたのか、何本もの矢が雨のように遼介に向かって降り注いでくるではないか。広範囲に渡るそれは、飛び退いても避け切る事は難しい。遼介は舌打ちをして剣を引き抜き、目にも留まらぬ速さで次から次へと弓を払い落としていく。矢の雨がようやく途切れた頃、遼介は周囲に気を払いつつ、凄い勢いで走り出した。
 走っていく遼介を、次々と様々なトラブルが襲う。それらを時には剣で避け、時には拳で避けながら、遼介は尚も走った。視線は注意深く周囲へと巡らされ、それは密かに何かを探している風である。そうするうち、遼介の直感に何かが触れた。急ブレーキを掛け、砂煙を上げて立ち止まった遼介は、直角に向きを変えると路地へと走り込み、抜いた剣を頭上に振り翳すと、渾身の力を込めて壁に向かって振り下ろした。
 「うおぉぉぉ!」
 ガン!普通なら、遼介の剣はレンガ造りの壁にめり込むか、最悪折れてしまっただろう。だが、剣はそのどちらにもならず、いつの間にかそこに居たクラウディスが、真剣白羽取りで受け止められていた。
 遼介は、さっきの蛇や矢の様子から魔法の気配を感じ、その為、人為的に自分にそれらが向けられている事に気付いたのだ。なので、魔力が強く発せられている場所を探し、その中でも特に強い波動を感じた箇所に剣を叩き込んだところ、隠れていたクラウディスを引っ張り出す事に成功したのだった。
 「…てめぇ、何のつもりだ、コラ」
 「あはははは、バレちゃったかー」
 にっこりと人懐っこく笑い、クラウディスが小首を傾げる。その間も、遼介は目一杯の力で剣を圧し付けているのだが、クラウディスは全く平気な顔で手の平だけでそれを受け止めていた。
 「や、悪い悪い。とりあえず説明すっから、この剣、下ろしてくんない?」
 無邪気な調子でそう言われると、さすがの遼介もガクリと脱力して剣を鞘に収めた。


 「俺、クラウディス。よっしく♪」
 よろしく、と言われて即座によろしく出来る訳がない。早く説明をしろと遼介が睨み付けると、しょうがないなぁと言う顔でクラウディスが肩を竦めた。
 「まぁ、イロイロあって、俺は新しいマスターを捜して旅をしてんの。で、あんた、なかなか見所がありそうだったから、テストさせて貰ったんだ」
 「…誰の許可を得てだ」
 「俺の許可♪」
 にっこり邪気の無いクラウディスの笑顔に、思わず遼介は拳を握り固める。
 「ンじゃなんだ、俺は勝手にテストされて、んであんな危険な目に合わせられたのかよ。死んだり怪我したらどう責任取ってくれんだよ」
 「してないからいーじゃん。それに、この程度で怪我するような相手なら、最初っから目ェ付けてないって」
 だから大丈夫、とクラウディスが笑う。遼介は本日二度目の脱力を感じて肩を落とした。そんな遼介の肩を、クラウディスが満面の笑みをと共に、ぽむりと叩いた。
 「まぁまぁ、結果としてあんたをご主人様にはできないけど、俺は気に入っちゃったな、あんたの事♪」
 「ふっ…ざけるなぁー!」
 とうとうテッペンに来た遼介は、クラウディスの襟首を掴んでガクガクと前後に揺さぶる。クラウディスはそれにつれてがたがたと首を揺らしながらも、可笑しげな笑い声を立てていた。
 「もういいっ、てめーみたいなフザケタ奴、相手にしてられっか!」
 そう言い残して未だご立腹の遼介は、その場を去って行った。その、意図的な早足の後ろ姿を見詰めながらクラウディスが、
 「あーあ、面白かった♪」

 本当にクラウディスが、マスターを捜していたのかどうかは疑問である。